13
水曜日。明日からの文化祭を控えて、基本的には生徒たちは半日で帰ることを促される。
しかし明日の準備の追い込みで、それを守る生徒はほとんどいなかった。
武尊のクラスは内装はほぼ終わり、担当の男子たちはのんびりと過ごしていた。それに比べて女子たちは、家庭科室でクッキーづくりに悪戦苦闘していた。
そんなクラスに恭介が顔を出す。
「武尊、ちょっといい?」
「ああ、大丈夫だけど、なに?」
近寄ると、武尊に小声で恭介は言う。
「もう少ししたら、理事長の奥さんが到着するって。
だから理事長に来てって、守ノ宮さんから連絡があった」
「本当か? やったな!」
恭介は緊張を抑えられないようすで、武尊に言った。
「うん、だからついて来てほしいんだ」
武尊は大きく頷くと、クラスメイトに声をかけて教室を後にした。
理事長室の前に来ると、聖子と彬がいた。聖子は腕を組んで偉そうだし、彬はそんな聖子の横でボディーガードのように立っている。
「ありがとう、守ノ宮さん」
「伯母様に直接アポイントメント取ってるわけやないけど、私の知り合いってことで紹介したげるわ」
そういう聖子の声もいつもより硬く、緊張しているようだった。
「悪いな」
武尊が言うと、聖子はフンと鼻を鳴らして答える。
「うちからの別れの餞別や」
その生意気な態度に、武尊と恭介は苦笑しながらも、聖子らしいなと思った。
「それにしても遅いわ。渋滞してるんやろか」
「さっきから、同じことを繰り返してる」
抑揚のない彬の言葉に聖子は顔を赤くする。
「しゃあないやろ、一年ぶりなんやもん」
「その伯母ってどんな人?」
「めちゃめちゃ強うて、めちゃめちゃ美人なんや。結婚しとるなんて思えへんで。
そうそう、言わんと思うけど、おばさんって言うたら怒られるから、守ノ宮夫人って言うんやで」
「お前は伯母様って言ってるじゃないか」
「うちの場合は、お父さんが面倒くさいんや。小さい頃は『玲子ちゃん』って呼ばせてもろうてたのに、友だちやないんやから伯母さんを名前で呼ぶなんて変やって言われて、直された」
そこはいささか不満そうである。
そんな他愛もない話をしていると、思い出したように彬が口を開く。
「そう言えばこの前言ってたな。
宮本さんが、小さい頃の聖子に会ったことがあるって」
普段無口な彬に話しかけられるとは思わなかった武尊は、驚いて返事をする。
「ああ、幼稚園の頃って言ってたと思うけど」
「あれも何か不思議なんよね。うち、幼稚園通ってないし」
武尊と恭介は首をかしげる。
「うち、小学校上がる前ぐらいは、喘息でよう入院してたんよ。まわりに比べて体力もなかったし、すぐに発作も起こしてたから、幼稚園通えんかった」
「今は大丈夫なの?」
「うん。今は嘘みたいに元気や」
彬は無言で聖子を指さす。
なにと、聖子は不審そうな顔をした。
「それが気になって母に尋ねたら、理事長と玲子さんの結婚式で会ってるんじゃないかって」
彬の言葉に三人が注目する。
まだ意味のわからない三人は不思議そうな顔をした。
「なんで宮本さんが伯母様の結婚式にいたん?」
「理事長の旧姓は宮本。宮本家は守ノ宮家の末流。そいで、宮本千鶴は理事長の姪になるんじゃないかと」
「ほんま? それ」
「母も絶対とは言わんかったけど、苗字が同じやし、同い年ぐらいの子がおったような気がするって言っとった」
彬の言いたいことを理解した恭介と武尊、そして聖子は顔を合わせた。
空気がピンと張り詰める。
「もしもそれが本当やったら、宮本さん、伯父様から何か聞いとったんやない?」
「もしかしたら、夜の学園も自由に出入りできたのかも」
「もともと、赤い目を見ていたのは、宮本だけで、他の人は知らないって言ってた」
三人は思わず沈黙する。
それを破ったのは、聖子だった。
「でも、なんで?」
聖子は武尊を見た。
「殺魔師になりたかったって言ってた」
武尊は手のひらに汗を感じる。それを抑えるようにぎゅっと握った。
「本当かどうか、確認したほうがええな。ちょっと待って」
言うが早いか、聖子はスマホを取り出して電話をかける。
「校内だぞ」
「緊急事態や」
彬の制止なんて、お構いなしだ。
しばらくして、理事長がスマホに出る。
「伯父様、忙しいところ悪いんやけど、ちょっと教えてほしいんよ。
宮本千鶴って伯父様の姪なん?」
スマホの向こうでしばらく沈黙していた理事長は、やがて小さな声で返事をする。
『そうや』
「もしかして、あの練習してた時も、来てたりしてたん?」
『ああ。どうしても怪魔と戦っているところを見たいって言うから、断り切れんで。
危ないから、体育館の放送室に隠れて、そっと見るんやでって、言い聞かせといた』
放送室という言葉に、武尊はハッとする。
「もしかして、先週の水曜日もいたのか?」
『ああ、どうしてもと言われて……』
聖子はお礼を言うと、静かにスマホを切った。
心なしか、指が震えている。
「いたんやな、放送室に……」
「ああ」
「何が目的なんや」
「わかんねーけど、話をした方がいいな。
俺、宮本を探してくる」
言うが早いか、武尊は動き出していた。
「武尊、待ってよ!」
恭介も慌てて後を追う。
武尊は出口の見えない迷路に迷い込んで行くようだった。
教室棟の奥にある古びた講堂では、生徒会の役員が数人残って、明日の創立記念の準備をしていた。舞台の上の演台の横には、見事な花が生けられている。その下で千鶴は書類を片手に舞台のチェックをしていた。
武尊と恭介は千鶴を見つけると、息をきらしながら近づく。千鶴は戸惑ったように武尊を見た。
「どうしたん、武尊。なんかあったん?」
「お前、あの夜、いたんだよな。体育館に」
千鶴の顔が青くなる。
「どうして、いたんだよ」
「……何のことか、わからん」
息が整って来ると、武尊は落ち着いて話し始める。
「宮本が、理事長の姪だってことは、理事長にも聞いたからわかっているんだ。
宮本が、守ノ宮の練習を隠れて見ていたことも。
どうしてそんなことをしてたんだ?」
武尊はできる限り優しく聞いた。
「見たかったんよ。どうしても。
殺魔師って人たちが、怪魔と戦うところを」
「いつから知ってたんだ?」
「叔父さんがうちに来て、話してたのを聞いたんよ。守ノ宮さんが怪魔と戦う練習を時々してるって。
叔父さん、なかなか負の感情が集まらんから、集めるの手伝ってほしいって、うちの家族に札を渡そうとしたんよ。
家族は気持ち悪がって受け取らんかったけど、うち、手伝うかわりに、練習見せてくれるように頼んだ。
どうしても、見たくて」
千鶴は言葉をきって、何かを思い出すように遠くを見た。
「守ノ宮さんが怪魔と戦ってるとこ、ほんまにかっこよかった。
でも、なんでうちは殺魔師になれんのんやろって、悔しゅうなったわ。
勉強だって、学校のことだって、頑張ってんのに、なんでなれんのんやろって」
「どうして、俺に赤い目を見たって話したんだよ」
「武尊が、霊力ないのに殺魔師やって聞いて、どうやって戦うんやろって思ったんよ。
でも、普通に見せてって言うても、無理やろ。だから、ああ言うたら、興味持ってくれるんやないかなって思うて。
でもあの夜は、たまたま守ノ宮さんも練習してて……
やから、うち、隠れて見てた」
武尊が放送室で見えたような人影は、千鶴だったのだ。
「ねえ、武尊。ほんまに霊力ないの?
ほんまに無いのに、あんなすごいことできるん?」
虚ろな目で武尊に問いかける。その目を見た瞬間、武尊の背筋に鳥肌が走った。危険を知らせるような音が頭に響く。
「一度でええから、あの剣触らせてくれん?」
恭介は痛々しそうに、千鶴に伝える。
「無理だよ。
それに、あの剣は、武尊以外が使おうと思っても、鞘から出すこともできないんだ」
悔しそうな顔をすると、千鶴はポケットから一枚の紙を取り出して二人に見せた。
「叔父さんに返してって言われたけど、返せんかった。これはうちのお守りやから」
それは間違いなく、あの札だった。それを武尊の目の前に突きつける。
「お願い触らせて!」
「危ないだろ! そんなもん捨てろよ!」
「触らせてくれたら、捨てる!」
そう叫んだ時だった。
武尊の目の前で札が燃え上がる。千鶴は悲鳴を上げて、手から札を放すと、武尊の頭上に黒いもやが広がり、怪魔が現れた。
「危ないっ!」
後ろにいた恭介が思わず武尊を押すと、その勢いで、武尊は千鶴を庇うような形になって二人は倒れた。
怪魔は雄叫びを上げると、恭介めがけて飛んできた。
「恭介!」
武尊は腹の底から恭介の名前を呼んだ。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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