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彬は聖子の前に出ると、二人を見下ろす。それに負けないように、武尊は睨み返す。
二人の間に緊張が走る。
彬が口を開こうとした瞬間、聖子が厳しく言った。
「彬! そんな人らに話すことやない!」
彬は武尊の後ろに視線を向ける。その後ろには、葵が立っていた。ズボンのポケットに手を入れ、ゆったりと立っているようだが、隙は全くない。
「そうかもしれんけど……あの人には、そういう理屈はとおらんと思うわ」
どうする? と彬は聖子に視線を向けた。
聖子は武尊たちを睨みつけると、彬を見上げる。
「すきにしたらええわ」
彬は頷くと、低い声で話し始めた。
「俺らは、この札を理事長からもらったんや。札はそもそも、理事長が奥さんからもらったもので、これがあったら怪魔を使った実践的な戦いの練習ができるんやないかって言い出したのは理事長や。
聖子はそれにのって、練習をしてただけや」
「いつから行っていたのですか?」
静かだがよく通る葵の声が、体育館に響く。
「去年の冬、年明けぐらいかな。
もともとは、札を自分たちや家のもんに持たせてて、怪魔が好きな負の感情を集めてたんや。
だけどそれやとなかなか思うように怪魔を出すことができんかった。ならもっと多くの人から集めたら、って話になって、気がついたら学園で広めてた」
「負の感情を集めるなんて、どうしてそんな危険なことを。
実際、他校では札がもとで事件になっているんですよ」
淡々としているが、葵は言い訳を許さない。
「確かに、今振り返ったら危険なことをしてたんやけど、当時は何か変な空気みたいなもんがあって……。
守ノ宮の当主から言われるまで、止められへんかったんや」
彬の表情は読み取りにくいが、言い訳を言っているようには感じられなかった。
「毎週、怪魔を使っていたのですか?」
「あんたらが来るまではな。
札について探ってるって聞いて、聖子も大人しくしてた」
武尊が聖子を見ると、聖子は目が合った途端フンとそっぽをむく。
「どうして、また始めたんだよ」
改めて、武尊は彬に疑問をぶつける。
「今度の文化祭で式典があるやろ。その時に、理事長の奥さんが来るからや」
「奥さん?」
「玲子さんや。聖子の伯母で、一条家に属しているから、京都には年に数日ほどしか帰ってこん。
聖子は玲子さんに少しでもいい格好をしたかったんや。玲子さんは聖子のあこがれの人やから」
「余計なこと、言わんといて」
聖子の鋭い一言に、彬はバツが悪そうに頭下げた。
「怪魔を相手に練習なんて、危ないじゃないか」
恭介は二人を非難する。
「何度も止めたけど、聖子は聞かんし。
聖子が頑固なんは、昔からやし」
「……悪かったわね」
聖子は小さく呟いた。
「それはそうと、あんたらどうしてここに来たん?
最初の頃は、いろいろ探ってたみたいやけど、最近は大人しくしてたやろ」
聖子が不思議そうに首をかしげる。
「クラスメイトが体育館で赤い目を見たことがあるって聞いて……」
「そんなわけないやろ。学生は全員帰らせてから、うちらはしてたんや。
もしも、なんかあって、一般人が巻き込まれたら危ないからな。
伯父さんにも協力してもらって、校内の防犯カメラもチェックしてもらってるから、間違いない」
「でも、生徒会の仕事で残ったときに見たって……」
「武尊さん!」
葵が武尊の言葉を遮った。
武尊は自分の失言に気がついて、口を押さえる。
「生徒会の仕事でね……」
聖子は一人呟いて、静かに頷いた。
「理事長はまだいらっしゃるのでしょう。案内をしていただけますか」
彬が聖子をじっと見つめる。
「わかったわ。ついてきて」
聖子を先頭に体育館から出ようとする時、ふと武尊は舞台の横にある、放送機材が置かれている部屋の小窓を見た。
「武尊?」
「今、何か動いた気がしたんだけど」
恭介と葵も見る。そんな三人を馬鹿にしたように聖子は言った。
「うちら以外、誰もおらへん。見間違いやろ」
さっさと歩き始めた聖子の背中を、武尊は睨みつけた。
「いちいちムカつくんだよな」
「まあまあ」
隣で恭介は武尊をなだめる。武尊は小さく舌打ちをすると、体育館をあとにした。
理事長室は教務棟の一番奥にある。広い部屋には、歴代理事長の写真が何枚も飾られていた。
大きな机の後ろに座る理事長の守ノ宮鷹臣は、気の弱そうな男性だった。
聖子はノックをして部屋に入ると、慣れたようすで理事長の前に出る。
「伯父様、ごめんなさい。札のこと、知られちゃいました」
理事長は葵、武尊、恭介の顔を見ると、聖子の言った意味を理解して青くなる。
「だから、もう少し待ちなさいと言ったんだよ」
小さく呟く理事長の前に、葵が進み出る。
「話は宮内君から聞きました。奥様からもらった札を校内で広め、負の感情を集めた。
そしてそれを怪魔を倒す練習に使ってましたね。守ノ宮さんの練習に協力していたことは間違いありませんか」
「ああ、間違いないよ」
理事長の声は震えていた。
「確認したいのですが、このことは守ノ宮家当主はどのように関わっていたのでしょうか」
その問いに答えたのは、鷹臣ではなく聖子だった。
「お父様は札のことは知っとったし、うちがそれを使うことも知っとったけど、学校で広めようって言ったんは伯父様や」
「それは、奥様もご存知ですか」
それにも、鷹臣が答える前に聖子が答える。
「伯母様は何にも知らん」
聖子の態度に、葵は苦笑する。
「守ノ宮さんが言っていることで、間違いないですか」
「……間違いない」
「どうして、そんなことをしたんだよ」
思わず問いただす武尊を、葵がたしなめる。
鷹臣は諦めたように少しずつ話し始めた。
「私は霊力がなくてね。そんな私に玲子が護身用としてくれたんだよ。
怪魔を呼び出す物なんて、私は恐ろしくて使えなかった。
けれど、弱い怪魔を自由に呼び出せるのなら、何か使い道があるのではと考えたんだ」
静寂な中、鷹臣の話は続く。
「怪魔を倒すのは、練習できるものではない。殺魔師がさまざまな怪魔と対峙し、少しずつ成長するしかない。
しかしその結果、経験の浅い殺魔師は大きな負傷をしたり、時には命を落とすことも少なくはない。
札を使って弱い怪魔を自由に呼び出せるのなら、若手の殺魔師の練習になるのではと考えたんだよ」
「お父様もその考えには賛成していたわ」
「そこで聖子さんにも協力をしてもらって、使い方を研究していたんだ。
ただ、私のまわりの人間だけでは、負の感情を集めることにも限界があった。
そこで、学園内へ札をばらまくことを思いついたんだ」
鷹臣は葵の視線から逃れるように、落ち着きなく話した。
「やりすぎだと、お父様には怒られてしまったわ。
けど、私は伯父様のしたことは間違ってへんと思ってる。
伯父様は、今後の殺魔師のことを思ってしてくれたんやから」
鷹臣は顔を上げ、聖子を見た。
「実際他校では、思いもしない強力な怪魔を呼び出してしまいました。それでも、同じことが言えるのですか」
葵の冷え冷えとした声が響く。
「それは使いようや。何でも初めはしかたないわ」
聖子はムキになって言い返した。
「しかたないで済まされないだろ!
人の命がかかってんだぞ!」
武尊の勢いに、聖子が怯む。
「それは……そうやけど……」
聖子の肩に、彬がそっと手を置いて、首を振る。
「……ごめん。さすがに私が悪いな」
鷹臣は立ち上がって葵の前に進み出て、大きく頭を下げた。
「この度のことは、全て私の責任だ。玲子さんも、守ノ宮家も、聖子さんも何も悪くはない」
「伯父様!」
「ええんや。これで、ええんや」
鷹臣は弱々しい声で聖子に答えた。
「最後に一つ。
札は奥様が作ったのですか」
「いや、知り合いからもらったと聞いている」
「わかりました。この件は全て、警察庁対怪魔局特別対策課に報告します。
後の捜査は対策課が行います。また、守ノ宮家や奥様も捜査の対象となるでしょう」
「わかりました」
理事長はうずくまり、膝をつく。それを彬と聖子が横から支えた。
「結局私がしたことは、玲子や守ノ宮家に迷惑をかけてしまったね」
「伯父様……」
さらに弱々しくなった鷹臣に一礼すると、葵は武尊と恭介を促した。
「行きますよ」
部屋から出ようとした時、武尊は思わず振り返った。しかし何も言うことができず、黙って部屋を後にした。
一つの山場が終わりました。お話はまだ続きますので、お楽しみ下さい。
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