1-11 王子様の寝室
先を歩くラディアスの背中を見つめながら、廊下を進む。出来るだけ静かに。長い廊下を一切立ち止まらずに進み、大きな広間に出た。そこには壁の燭台に灯りが灯っていたが、人の気配はなかった。やはりラディアスは、目的地までの道中で、誰かに会わないように計算していたのだろう。
「もう少しだ」
小さな声でそういうラディアスの背中について行く。突き当りの扉まできて、その扉をラディアスが開けると、そこは見るからに寝室だった。先にメルベールを部屋の中に入れると、ラディアスが辺りを警戒しながら扉を閉めた。
「ここって…もしかして」
「ああ、私の寝室だ」
(やっぱり!)
今日のラディアスの案内で方角は覚えていたから、もしかしたらと思っていたが、やはりラディアスの寝室だった。
(ど、どうしたら!)
何かが始まるわけではないと理解してはいるが、やはり妙に身構えてしまう。そんな事を気にしているほど、呑気な雰囲気でもない。
「今日はここで眠れ」
そう言われても、「はい、わかりました」とは素直に言えない。ましてやラディアスの使っているベッドを使うなんてとんでもない。
「で、殿下はどうするんですか?」
「あ、そうだ」
ラディアスがらしくない調子でそう言うと、メルベールは思わずびくっと体を飛び上がらせる。
「敬語は必要ない。特に二人の時は」
「えっ、いやいや、無理です! だって王子様ですよ?」
「私は君を仲間だと思っている。部下だと思っているわけではない。平等だ」
「ダメです! それに、うっかり敬語じゃないところ見られたらどうするんですか? わたしがあなたの部下だと周りの人に勘違いしてもらったほうが都合がいいですよね?」
メルベールがそう反論すると、ラディアスが「ふむ」と顎に手をあてて考え込む。
「確かにそれはそうだ。だが私は君をそんな風に扱いたくない。これは私の意地だと思って受け入れて欲しい」
「ただのわがままじゃないですか!」
「ああ、そうだな。それでいい」
「よくないです!」
ラディアスがメルベールの前に立ち、じっとメルベールを見つめる。
「正直に話すと、自分が君に魅了されているかどうか、確信が持てない。もしかしたらこれも魅了されているから、そう思っているのかもしれない」
ラディアスの素直な言葉に驚く。そうして冷静に分析ができるのは、彼の技量なのだろう。
「ただ、君を仲間として扱いたいのは、呪いの力ではないと思っている」
確かに『仲間』とは言わないかもしれない。もし、呪いの力で魅了されているなら、そんな関係を口にせず、もっと直接的な表現をするだろう。
「それに君がうっかり敬語じゃなくなっても、どうにかなるだろう」
「わたしが周りの人から怒られるかもしれないですよ?」
「ああ、だから私のわがままだな」
でも、きっと本心。
「わかりました…。努力しま…する」
ラディアスの素直な言葉を聞いてメルベールは、なんだが無性にその申し出を受け入れたくなった。この人はやっぱり真摯な人だと思うから。
「よかった」
安堵した表情で静かに微笑むラディアスの顔は、とても胸に刺さるものがあった。自分が魅了されているかどうかわからないなら、メルベールを信頼させることが難しいと考えているのだろう。
もしかしたら今まで、たくさん裏切りにあったかもしれないと思うと、メルベールの返事を聞いてこんな表情をするのも納得できる。
「それで、殿下はどうしま…どうするの?」
無理やり敬語を押し込めるとラディアスがにこりと笑う。メルベールは照れくさくなって、思わず視線を斜め上の天井に向けた。
「私は執務室に行く。安心しろ、一緒に寝ろなんてことは言わない」
「そんなこと考えてないっ」
「そうか。念のため扉の外にひとり兵士を置いている。誰かが来ることはないから安心してくれ」
すぐに切り替えて業務連絡をしてくるラディアスに、肩透かしを食らった気分になるメルベール。
「では、おやすみ、メルベール」
ラディアスは扉の外へ出ていった。去っていくラディアスの姿を見送ると、メルベールに疲労が押し寄せた。
(今日は本当に色んなことがあった。すごく疲れた…)
メルベールは傍らにあったカウチに腰掛けると、今日の出来事を振り返る。
(殿下とちょっと仲良くなれたかもしれない)
今までずっと森の中で生活してきた。友達と呼べる人はごくわずか。すべて女性。男性と仲良くなれる機会なんてもうないだろうと思っていたから、ラディアスの存在は、すごく不思議な気持ちになる。
(殿下のことをもっと知りたいな…)
素直にそう思った。メルベールはカウチに横になると、静かに目を瞑った。色んなことが頭の中を駆け巡ったが、疲労に任せてそのまま眠りに入った。
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