1-12 まさかの引っ越しで同棲?
次の日の朝、メルベールが目を覚ますと、ラディアスの部屋だったことに改めて驚いてしまった。
(そうだった、昨日、殿下の部屋に来たんだっけ)
(あと、敬語をやめるんだった…)
そう思うとなんだかそわそわしてくる。きょろきょろと辺りを見回した。ラディアスの部屋は、本棚、机と椅子、ベッド、今しがたメルベールがベッドとして使用していたカウチのみで、簡素ではあった。壁に絵が掛けてあるわけでもないし、装飾らしい装飾はない。置いてあるものは上等だったが、とても整然としている印象だ。
(殿下らしいといえば、らしいけど)
あまり物を与えられなかったのか、それはどうかわからない。なんとなく本棚の前までくると、難しそうな本ばかりが並んでいて、自分には理解できそうもないと早々に諦めた。
そんなことをしていたら、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「メルベール様」
「わあ! は、はい!」
急な声がけに驚いて声をあげてしまった。メルベールが気づかないほど静かに現れたからだ。
「起きておられますね。入っても宜しいですか?」
「…はい」
扉の向こうから現れたのは、森に来た時にラディアスの隣にいた女性だった。
「失礼いたします」
鋭い眼光に、静かな佇まい。黒い髪を後ろでひとつに束ね、姿勢よくお辞儀する。
「イナさん」
メルベールが名前を口にすると、呼ばれたイナは小さく驚いた表情を見せた。
「名前を、覚えておいでなのですね」
「え? イナさん、ですよね?」
メルベールが問いかけると、イナは背筋を正し、挨拶をする。
「はい、イナと申します」
「あ、昨日、この部屋を守ってくれていたのは、イナさんだったんですね。ありがとうございます」
メルベールの様子に調子が狂ったのか、イナが眉間に皺を寄せながら目をつぶって「ふー」とため息をついた。そんなイナを見てメルベールは首を傾げる。
「さて、今からラディアス様の執務室へ向かいます。私に付いてきてください」
「はい、わかりました」
この部屋からラディアスの執務室はほど近い。イナと話を交わすほどの余裕はなかった。道中イナは一言も喋らなかったし、そんな雰囲気でもなかった。
「失礼します」
イナが執務室の扉を開けると、正面にある机の椅子に座っているラディアスの姿が見えた。
「おはよう、メルベール」
「おはようございます」
(敬語ナシはふたりの時だけ)
メルベールは心の中で改めて宣言する。自覚しないとごちゃごちゃになりそうだったから。
「イナ、ご苦労だった」
ラディアスの労いの言葉を、イナは深いお辞儀で返した。そしてそのまま静かに部屋から去っていく。部屋にはふたりだけになった。
「さて、昨日はよく眠れたかな?」
「うーん…まあ、眠れたかな…?」
「顔色も悪くないな」
ラディアスはメルベールの姿をじろじろと見やると、じっと目を合わせてくる。
「な、なに?」
「さては、ベッドで眠らなかったな?」
「どうして…っ」
どうしてわかったの、と言いかけて止めた。
「やはりか…。もう少し安心して欲しかったが」
「ベッドを使うのは、ちょっと…不謹慎、では?」
「なぜ?」
「いいえ、なんでもない…」
メルベールが会話を強引に終わらせると、ラディアスは席を立つ。
「君があの部屋にいることが、恐らく第一王子にバレている。出来れば私の近くにいてほしい。守りづらいからな」
「ええ、それで?」
その時、扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼いたします」
現れたのはエマだった。
「おはよう、エマ。昨日はお疲れ様…」
「おはようございます、メルベール様。いえいえ、私よりメルベール様のほうが大変でしたよね?ゆっくり眠れましたか?」
メルベールとエマの会話を遮るように、ラディアスが咳払いをする。二人ははっとして縮こまった。
「さて、先程の続きだが…」
ラディアスは窓際に立つと、外のある場所を指さす。メルベールは近寄って隣に立つと、指さされた場所に視線を送った。するとそこには古い館があった。
「あそこにある館に引っ越しをしようと思う」
「あれはなんの建物? 今は使っていないの?」
「ああ、あれはもともと使用人の住居になっていたんだ。今の使用人の住居は新しくなって別の場所にある。だから今は使われていない」
「なるほど」
メルベールが相槌をうつと、ラディアスは振り返ってメルベールに向き合う。
「そして、私もそこで暮らす」
「ええ⁉︎」
「そのほうが都合がいい」
「だって、今の部屋は⁉︎」
ラディアスがエマに視線を送り頷くと、エマは何事かを察し、お辞儀して部屋からっ去っていった。
「もう話は父上に通してあるんだ。あとは引っ越しをするだけ」
「急だよ!」
「そうだな」
「わたしの心の整理が!」
「まあ、そのうち慣れるだろう」
(そうじゃなくて、一緒に暮らすってことに戸惑っているんだけど!)
メルベールは心の中で叫ぶが、ラディアスのこういう鈍感なところにツッコミをいれるのは無駄な気がして、それ以上反発するのを止めた。
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