第22話 9:50*ミートパイ
GW5日目。
———カランッ
「ここで働かせてください!!!」
俺が今日も店に入ると聞こえてきた声。人物を見ると随分と若い。私服だからわからないが・・・高校生くらいだろうか?女の子が居た。
「いやぁ、今はバイト雇ってねぇんだわ。メイド足りてるし」
「給仕じゃないです!!調理場で働かせて下さい!お給料もいらないです!見学でも良いんです!!ここの料理を学びたいんです!!」
「あー、キッチン?ダメダメ。シェフは人と会わねぇんだ。俺とあそこの和服メイド以外NGってやつ」
「・・・・・」
女の子はむすっとしてしまった。
・・・ーーー
「きっとここの店の評判を聞いて、一度は食べたんですよね?それで感動して、シェフの下で働きたいって思った!!ってところですか?」
カウンター席から一番離れたテーブル席で一人座る女の子。聞けば高校生だそうでマスターは『JK』と呼んでいた。
「そーそー、あのJKこの間の”クロックムッシュ”の日に来たんだよ。あぁ、兄ちゃんが帰った後な?で、スッゲー感動してたんだわ」
「あぁ!お姉さんの離婚話を聞いた時のクロックムッシュですね!いやぁ、あれは確かに美味すぎですよ。それで弟子入りしたくなっちゃったんですねぇ」
「まぁ、たまにそういう奴いるんだけどよ、シェフは基本人に会わねぇし、そもそも他の世界の気候も湿度も調理場環境も食材も違えば、ここで教えたってあまり意味ねぇって話らしいんだわ、シェフ曰くな」
「あぁ〜そういう難しい話だと俺もわからないですね。でも、確かにこれだけ美味しい料理を習って応用ができれば自分の世界でも美味しく料理が作れるんじゃと思いたくなるのはわかります」
「そうだよなぁ、うめぇもんな、シェフの飯」
そうか、たまにいるんだ。シェフの弟子志願者・・・。そりゃそうだろ?!これだけ美味いんだから!逆に俺が通い始めてまだ一人にしか遭遇してないのがおかしいくらいだ!!
「まぁここにくる奴はそれぞれの世界でやることがあったり、ちょっとしょげててもここの飯食って元気になって、”また頑張ろう”って自分と向き合うんだ。まぁ兄ちゃんも大方そうだろう?」
「えぇ、それに加えていろんな方、主にうさぴょんから癒しを頂いてます」
「そうなんだよ、だからよ?まさか美味い飯食って、元気になったその先にあったのが”自分もその料理を作りたい”とは俺には予想がつかなくてな。このパターンもあったかーって思ってるわけさ」
「でも、それだけ人生に衝撃を与える料理と、それを出しているお店を経営するってすごいですよね」
「経営は別に適当だけどよ!赤字にならなきゃ良いし、何てったって”ポメ”みたいにチップだと言って大金置いてく奴いるからよ!!」
「確かに」
ポメと呼ばられる可愛らしい名前の、どこかの世界の魔王の話である。
「お待たせいたしました〜!今日のランチの”ミートパイ”です!」
遠くで和服メイドさんの声がした。ほー!今日はミートパイかっ!
「———、ミー、!ミートパイッ?!?!」
どうやらメイドさんが給仕したのは例のシェフの弟子入り志願者のJKだった。ミートパイを見て驚いている。この間のランチはクロックムッシュだったし、もしかして洋食に馴染みがないのだろうか?
「どどど!!どうやって食べれば?!」
「ナイフとフォークで食べやすい大きさに切ってお召し上がりください!パイの中は挽肉とマッシュポテトですので少しだけ崩れやすいです。なので、切った後はこちらの平型のスプーンで掬うとこぼれずらいですよ!」
「頂きますっ!!!」
きっと興奮してるんだろう、ナイフとフォークとスプーンまで一緒に持ってる。
———ザク・・・ザク・・・
サクサクに焼きあがったパイ生地を砕く音が俺のところまで聞こえる。美味しそう。うわ、お腹の音ならないかな大丈夫かな。カチャカチャとカトラリーを持ち替える音が聞こえた。そして口に運んだのだろうという音まで。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!ーーーっ!!〜〜〜〜〜っ!!!」
JKの声なき声が聞こえる。気がする。
俺はカウンターでマスターの方を向いている。マスターの顔と目の方向はJKのテーブルだ。なんか『あーあ』って顔してる。
「ったくよぉ、またうめぇもん食って、シェフの弟子になりたい願望が増したような顔してるぜ・・・」
振り返ってJKを見ると、もう口いっぱいにミートパイを詰め込んでいた。目はキラキラ輝いている。あー。年相応に無邪気に食べてる。本当、美味しいんだろうなぁ。
「可愛いですね。純粋に美味しいって思って、同じように料理を作りたいって志願しにくるんですから」
和服メイドさんが俺の隣にきてそう喋った。
「はいっ!!すっごく可愛いです!!」
貴女が!!!
「ですよね?はい、お待たせ致しました。お兄さんの分の”ミートパイ”です」
「ありがとうございます!頂きます!!」
俺もナイフとフォークを両手に持った!!!
———ザクッ!!
やばい、音が既に美味しい。俺はそのまま大きな一口サイズに切った。そして、平スプーンで救って中の具材が落ちないようにそっと食べる。
サクサクのパイからバターの香り!!そして中は美味しい肉と、その肉汁を吸ったマッシュポテトがめちゃくちゃ美味しい!!!
「アッツ!!でも・・・!美味っ!!!やばっ!!」
JKが声なき声を上げるのも納得だ。美味い、めっちゃ美味い。もう脇目も振らずに夢中で食べる。切る時にボロボロになるパイ生地も、掬い上げて食べる。
「っう!!くっ!!・・!!ぐぬぅーーー!!!」
JKが唸り始めた。これ、本当に美味しくてさっき弟子入り断られたのが悔しくて唸ってる感じだ。でも目の感じがキラキラしてるから、さっきマスターが言ったみたいに弟子入り願望が急増した感じだ。JKはついにお皿を持ち上げて食べ始めた。わかる。ガッツきたい気持ちはわかるけど!!
「ご馳走様でした!!」
JKはお食べ終わってすぐにマスターに駆け寄ってきた。
「どうにか!!どうにかここで働かせてください!!」
「だから無理だって。調理場には一歩も入れられないんだ」
「だったらメイドでも・・・!」
「さっきも言った。メイドも足りてる。無給でここにいるのも無しだ!客として以外JKがこの店に入れる理由はねぇぞ!」
マスターが呆れ顔で言った。まぁ、ここの料理は安いから、JKがアルバイトしてるとかお小遣いたくさん持ってれば通えなくはないだろうけど・・・
「だってここの料理を覚えたい!!美味しい!!私も作れるようになりたい!!」
「お前の世界の調理学校か料理教室に通え!!」
「こんな料理を習える場所なんてない!!今日の”パイ”って言うのも多分小麦粉だろうけど、小麦粉はうどん類と水団"すいとん”ばっかりだ!!だからこんなの食べた事ないっ!!」
「無いのかっ?!かわいそうだな〜お前の世界」
「だから覚えたい!!」
「それとこれは別なんだよなぁ〜」
「ムキィィイイイ!!!」
このJK、身なりは俺の世界の女子高生と大差ないのに、食生活・・・というか食文化か。それが全く違うんだろうな・・・。シェフの料理や技術、技法っていうか、文化が違いすぎるんだ。
「あの、JKさんのところには”パン”はありますか?」
「何おじさん。パン?この間ここでクロックムッシュっての食べて、それがパンだっていうのは聞いた。でも、私食べた事なかった」
おっ?!おじっ!!!そ、そうだよな。10歳違えばおじさんだよな・・・じゃなくて!!パンも無いのかぁ。てか、パンって小麦粉は小麦粉でも、薄力粉とか強力粉とかなんか色々あるんだよな・・・?でも、うどんがあるってことは薄力粉?はあるわけで・・・あ!だったら俺の世界の小麦粉料理のレシピを教えてあげれば良いのでは?!
「マスター!!俺の世界のレシピを彼女に渡すのは・・・っ!!」
「客同士のやりとりは個人間の責任を了承の上やってくれ。店は何があっても一切責任とれねぇけどな!渡せないものはこの店から出られない。ここで好きに話すなり何なりするのは自由だ」
「JKさん!!シェフのレシピじゃないけど、なんか似た料理のレシピなら俺の知ってるのなら渡せると思います!!」
「・・・クロックムッシュも?」
「いろんなお店が出してるし、世の中にレシピも出回ってるから!まずは似たようなものからどうですか?!」
「・・・わかった。あと10分で帰るからそれまでに欲しい」
「えっ?!あと10分?!」
俺は休みだったがJKはこれから用事があるようで、急いでネットでクロックムッシュのレシピを探して、一番簡単そうな手順と少ない材料でできるレシピを書き写して渡した。
「おじさんありがとー!!」
「おいJK!!コイツァ”お兄さん”で通ってる!!おじさんはおじさんで他にいるからな!!」
「えー!リーマンなんてみんなおじさんじゃーん。わかった、”お兄さん”ありがとうね!試してみる!」
「頑張ってね」
とりあえず、キーボードばかりでなかなか最近字を書かなかった俺の利き腕が攣りそうだ。




