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第25話 タイムマシンは肉じゃがを目指す

 実のところ、最初にポコリンが語った曾祖母の愛美に、拓は違和感があった。どこか大らかで明るい雰囲気が窺えたし、ポコリンとの会話自体が想像できないものに思えた。

 ポコリンの語る愛美と現在の愛美には、初めから齟齬を感じていたのだ。


 オーラがない、という言葉に、拓は自然と現在の愛美の姿を思い浮かべていた。

 逆に言えば、このままポコリンがタイムマシンを使うことなく時が進んだ場合、愛美自身は、ポコリンが幼いころから接していた愛美にはならないのかもしれない。


 本来の、ポコリンが過去を改変してしまう前の未来は、愛美がもっと明るくエネルギーを持った女性になっていた、ということなのだろう。

 自分とポコリンは、あるべき未来を取り戻した。それは要するに、今これから、そうなる未来を自分たちの手で作り上げる、ということだ。


 それにしても、誤解しているよ、愛美。


 自分の想いをこれまで信じてもらえなかったことは、かなり寂しい。自分としては、愛美を選んで結婚するつもりでいたのだけど、伝わっていなかったのだろう。そうなりそうな日々を送っていたのだと思う。 

 だけど、今は。そこに気づけなかった自分も何とかできる。


 あと一歩。

 そう思ったこともあったのだ。


 ほんの一週間前。初めての肉じゃがを食べたとき。

「珍しく美味しいね」って、二人で笑い合ったあとに、ふと愛美が話したのだ。


「拓は、わたしがどんなミスをしても、平気だよって笑ってくれるよね。いつも味方になってくれて、一緒に怒ったり泣いたりしてくれそう。何というか、拓と一緒にいるとわたしはわたしで大丈夫なのかなって思ったりできるよ」


 のびのびとした愛美の言葉は、透明な水のように心に沁みとおる。優しくそよ風に揺れる緑の木々があって、柔らかな光が自分を包み込んでくれるような心地になる。


 けれども。

 ばかにされて、蔑まれ、叱責されて、おどおどして、きょろきょろしながら震えている、そんな小さな愛美が彼女の心に住みついていることも知っていて。


「何だか甘えすぎちゃってるよね、ごめん」


 続けてそんなふうに言い足されてしまう。そんなことないよ、と返しても、そう簡単に肯定できないところがあるのも分かっていた。

 だけど、今ならもっと近づける。


 恋人から、選んだことを言葉にしてもらえたら、きっと。

 愛美の心のなかの何かが溶かされて、温まるのに違いない。


 そこから、未来は始まる。




 タイムマシンはゆるやかに動いている。重低音も時々響く高音も、明らかに静かで揺れも少ない。


「やっぱり低速モードは違うね。安定している」

「うまく現在に着けるといいな」

「大丈夫だと思うよ」

「それにしても、長いなあ」

「うん……」


 何しろ低速モードは高速モードのほぼ十二倍の時間がかかるのだ。およそ一時間半もかかって、現在に戻ることになる。


 ぐぅぅっ、と音がした。隣のポコリンがもぞもぞと動く。

 拓は、意識したくないことを思い出してしまう。自分のお腹の虫が呼応する。

 ぐぐぅぅ。


 今や泣きたいほどお腹が減っているのだ。まだ一時間以上ここに座っていなければならないのに。

 こんなに辛いことを思えば、たとえ最初から知っていても、低速モードなんか一度失敗した時点できっと放棄してしまっただろうなと拓は考える。


 しばらく二人は黙したままになった。

 けれど、再びポコリンのお腹がきゅううっと悲し気に訴え出した。


「ねぇ、お腹空いた」


 ポコリンは率直に話す。


「ああ、そうだな」


 拓も同意する。


「ねぇ、スープ飲んでいい?」


 すでにポコリンはアルミの容器を取り出している。尋ねておきながら、許可を取る気はなさそう。

 ちょっとむっとする。


「だめだよ」


 声がやや鋭くなってしまうのは、本気でお腹の虫と戦っているからだ。


「ええーっ」


 ポコリンの落胆した声が響く。


「ちょっとは我慢しなよ。僕は飲めない物なんだろう?」

「うん、そうだけどさ……」


 ぐずぐすとポコリンが言葉をこぼす。


「こっちだって我慢しているんだ」

「そうだけど。そうだけどさ、ちょっと飲んでもいいよね。わたし、成長期だし」


 突然若さを盾に取られてしまう。


「うーん」


 声にならない唸り声に、ポコリンは急に作戦を変えたようだ。


「ねぇねぇ、ポコリンがお腹ぺこぺこで、ペコリンになっちゃってもいいの? ポコリンじゃなくて、ペコリンだよ、ペコリン!」

「別に……なってもいいし」


 わざと冷たい声を放ちながらも、そんなことまでしてスープにありつきたいポコリンがおかしくてならない。

 拓はつい吹き出してしまった。


「いいよ。しっかり飲んでおきな。僕には肉じゃがが待っているんだから。愛美の愛情たっぷりの夕食がね」


 ポコリンは、満面の笑みを湛える。


「拓さん、その意気だよ」


 スープをしっかり飲んでいいという太っ腹なところを意味しているのか。あるいは、タイムマシンが肉じゃがにたどり着くように意識しているところを意味しているのか。

 どちらにしても、拓は我慢しながらも、ひたすら肉じゃがにありつくことを祈る。


 ポコリンはアルミのパッケージを広げる。それだけで、あとはなかの水分が温まり、具材が柔らかくなるらしい。

 いよいよ匂いが漂ってきた。拓は知らず唾をごくりと飲み込む。


「ごめんなさい」


 いただきますの代わりのように告げると、ポコリンはスープをがつがつと食べ始めた。

 きっと滋養に満ちた、未来ならではの科学的な疲労回復の素や栄養が詰め込まれているであろう食べ物……。

 涙が出そうなほど、お腹が空いてしまう。


「ごちそうさま。ああ、やっと落ち着いた」


 やがてポコリンのふっくらとした顔が、いかにも満足したという晴れやかな表情になる。羨ましいと思いつつも、そんな様子を見せられると、気持ちだけはひもじさを紛らわせる。


「よかったな」


 声をかけると、「ごめん」とポコリンは小さく謝った。


「大丈夫だよ。あと30分切ったし」


 時間が気になるのは、空腹感が続いている証拠。それでも、何とか耐えられそうに思う。あの匂いやポコリンが啜る音がしなくなっただけで、随分楽になったから。


「ね、ところでプロポーズのほうは?」

「あ」


 そういえば、まるで考えていなかった。


「まだ時間あるから、ここで練習したら。わたしが愛美さん役、するから」

「いいよ、そんなの。何とかなるから」

「本当に?」

「うん、大丈夫」


 拓はしっかり答える。


「さっき、愛美に電話で話したときに、何だかうまく伝えられそうな気がしたんだ。だから、もう何もしなくてもいいような」


 拓は今ではもう、考えすぎずに何かひと言があればいいような気がしている。実際どんな言葉でもいいのだろう。

 ただ愛美を選んだのだと、愛美だからこそ一緒にいたいのだと。

 それさえ伝わればいいのではないか。


「もうちょっと聞きたかったんだけどなあ」

「曾祖父のプロポーズなんて、ひ孫が興味本位で聞くもんじゃないぞ」


 わざと声を低めて、拓はポコリンに言い聞かせる。


「そうだねぇ。でも、何だかこうして一緒にいると、拓さん、全然ひいおじいちゃんって思えない。ちょっと年上のお兄さんって感じ。楽しくてさ」

「えっ」


 おじさんからひいおじいさんになったはずが、急にお兄さんになっている。


「でもさ、わたしのことも、ひ孫って感じしないんじゃない。妹みたいなふうに思わない?」

「妹?」


 ひとりっ子の自分に妹はいないが、言われてみれば。少なくとも、今はひ孫は無理。


「そうだな。そんな気もする」


 そう返答すると、ポコリンはふふふっ、と嬉しそうに笑った。


「お兄さんと妹で、こんな冒険になるとは思わなかったなぁ」

「まだ終わってないよ。ちゃんと着くかどうか決まってない」

「ううん、多分合っていると思う。それに、人々の総意、もここにあると思うよ。タイムマシン開発者の娘として、そんな気がする」

「ふうん」


 曖昧な返事をして、拓は目を細める。


 31歳の自分と13歳のポコリン。

 改めて考えると、妙な組み合わせなのかもしれないが。

 ポコリンを見ていると、妹とは少し違うような気もするけれど、そうであってもなくても、かわいいものだなと思う。


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[良い点] サブタイトル! (笑)
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