第26話 静止、そして帰還
「帰ったら、愛美さんとゆっくりお茶の続きをするよ。タイムマシンのことはもちろん、内緒。拓さんと会ったことも内緒にしておくね。そうしないと、タイムパラドックスが気になるし。わたしが黙ってタイムマシンを使ったことが、どこから漏れるかも分からないから。でもさ、拓さんと愛美さんのデートとか、もうちょっと聞いてみたいなって思うんだよね」
「そんなの、聞かなくていいよ。からかうなよ」
ポコリンの言葉に、つい拓は反論してしまう。
「だって、このまま帰ったら、肝心なプロポーズも分からないままになっちゃうんだもん。あ、もしかして、ちょっとだけわたしの未来に、拓さん、会いに来てくれる? そこで、いろんな話を聞かせてくれる?」
「そうだな。僕は内緒にしておくために、これからポコリンと喋ることはしないわけだよね」
今回のことを秘密にしておく関係で、このあとポコリンとは会わない。
そういう未来を、自分は意図的に作っていくことになるわけだ。
「拓さんは、そうしてくれたんだよね」
ポコリンがしんみりと言うので、拓は優しく声をかける。
「それじゃ、そっちの未来で会おうよ」
「うん、約束ね」
ぱっと顔を輝かせて、ポコリンはちゃっかり小指を差し出す。拓は笑って、指切りげんまんをした。
タイムマシンは穏やかに走り続ける。
「ポコリンの話も、未来にいろいろ聞きたいな。好きな男の子のこととか、ね」
後ろの言葉をわざと強調して、拓はポコリンに目を向ける。が、当人はうつらうつらとしている。
「ポコリン……」
声をかけるものの、ポコリンは目覚めず、拓に寄りかかってくる。
「お腹いっぱいになって、眠くなったのか。子どもだなあ」
呆れたように呟いてみせるが、そのまま肩を貸す。
未来に生きている少女の存在を、自分が少しでも支えていられたらいいなと思いつつ。
拓もまた、目を閉じる。
夢と現の間で、拓はこちらへ駆けてくるポコリンの姿を垣間見た。
その少女は向かってくるにつれ、成長し、変わり始め、やがて愛美になった。
笑顔の愛美の姿に、再びポコリンの面差しが重なる。
拓はじんわりと感じる。
自分と愛美の血が、遺伝子が、この子のなかに確かに受け継がれているのだと。
さっきポコリンが妹と少し違うと思ったのも、何か分かった。
妹、というよりも、過去の愛美と出会った気がしたのだ。
中学生のころの、ちょうどポコリンと呼ばれている愛美の、明るい面に触れたような旅をしたと思うのだ。
もともと愛美はポコリンというあだ名に対して、とても肯定的な気持ちを持っていた。だからこそ、余計に感じるのかもしれない。
未来に住んでいるポコリンは、くるくるとよく変わる表情で、楽しそうにしていると思えば悲しそうになった。よく喋った。ちょっと太めを気にしつつも、元気で一生懸命。しかも賢い少女だ。
自分の子孫がそんなふうに暮らしていることを思えば、何だか心がほんわりと温かくなり、安心した気持ちになれる。
一方、過去から現在まで生きてきた愛美は、子どものころから虐げられて自信を失い、暗くどこか影の薄いところのある人間だった。
でも、そんな愛美ももともとはポコリンのような明るく元気な部分を持っていたのだと思う。それがただ凍り付いていただけだと、感じる。
自分は人生のパートナーに愛美を選ぶ。
これから先、充分に自分が愛美を支えていけるのかは分からない。けれど、愛美のなかの光を見て、触れた気がする。
愛美のなかにもとからある光を輝かせることなら、できるかもしれない。
愛美の作り出す思い出も夢も現実も、過去も未来も、すべてを愛していきたいと思う。
ゆるやかに、タイムマシンは静止した。
「着いた」
二人ともはっきりと目覚める。
「何時かな。日にちも確かめたいな」
操作するポコリンを、拓は息を吞んで見守る。
今度こそ。
20:30
「うわ、本当にぴったり」
今更のように驚いている。
「それが普通なんじゃないの」
「これまで高速モードで、ぴったりだったことはなかったよ」
「そうだな。それじゃ、日付は?」
「今、探してる」
画面が切り替わり、街の人たちに視線が向けられたようになる。今回もスマホを覗いていく。持っている人は多い。けれど、日付がはっきり見えるかどうかは別。
一つずつ確認していく。
「あっ、あった」
「22日、水曜日だ。やった」
二人は手を取り合って喜ぶ。ついに現在に帰ってこられたのだ。
拓はポコリンと連れだって、タイムマシンを降りた。
晴れた夜空を仰ぎ見る。微かに星々が瞬いている。
もしも命が夜闇のなかの星ならば、自分も愛美も目立たず、誰にも顧みられない小さな糠星の一つに過ぎないのだろう。燦然と輝く星たちがただ眩しくて、やっと居場所を得ているようなそんな星。
けれど、小さくても輝きを失わなければいい。
愛美のその輝きを、いつも隣で見守ることができたらいい。そうすることで、自分も輝きを持てる気がする。
どんな星であっても、その輝きが宇宙を彩るように、どんな小さな命の意志であっても、過去、現在、未来のすべての時の流れに、その想いは反映しているものなのだろう。
時に刻まれた無数のバリエーションのなかから、人々の総意が現実を選び取っているという。
時空を超えようとするとき、そのすべての想いが影響して、タイムマシンを揺らすのかもしれない。
何となく子孫のポコリンは、輝く光のある星のように思えた。
拓とポコリンは、マンションの前に立つ。
愛美の部屋に、明かりがついている。二人は顔を見合わせた。
「上へ行こうか」
ポコリンと出会った場所、この出来事の最初の地点は、すぐそこ。
「うん」
頷くポコリンの声を残して、外階段を上っていく。互いの足音だけが夜のしじまに一つ一つ響いている。一歩一歩愛美の部屋へと近づいていく。
上り切らないうちに、甘辛いしょうゆやみりんの匂いが漂ってきた。
そう、これだ。こうなっているだろうと思いながら愛美の元へ向かっていた。それも今や一体どのくらい前のことなのか。
すごく久しいような気がする。実際、この水曜日の20時半の時点までたどり着くのに何度もやり直してきたから、随分時間はかかっているはず。
ぐうぅっ。
お腹がひどく空いている。匂いで余計に刺激されてしまう。
もうすぐこの匂いにありつく。肉じゃがは今度こそそこにある。
愛美はすぐそばにいる。
扉の前にポコリンと二人で並ぶ。
明かりのある部屋で、間違いなく肉じゃがの匂いはここから発していた。
「よかった。うまくいったね、拓さん」
ポコリンがささやくように話した。
「うん。やっとここまで来られた」
実感が湧いてくる。
ここはスタート地点でもあるな、と拓は何となく思った。
「それじゃ」
ポコリンが突然後ろに一歩下がった。
振り返る拓に、ポコリンは告げる。
「あとはうまくやってね。わたしは愛美さんに会わない方がいいと思うから」
「えっ。あ……そうか」
うまく言葉が出てこなかった。
そうだ。このあとは、自分だけで何もかも進めなくてはならない。





