疾走
それでは皆様御笑覧あれ。
なるべくしてなる物語。
「ショーナ、ショーナ!」
その日、普段通りに眠っていたところ、ふとエリュシオンに起こされる。身を起こしてエリュシオンの頬を撫でた。気持ちよさそうにするが、直ぐにハッとなる。そういう場合ではないらしい。
「なんか人! 人いっぱいきた! こっちに来る!」
「……は?」
言われて慌てて身を起こす。人が来た? なんで?
え、しかもこっちに来てるって? マジかい、いきなり過ぎない?
「ね、ね、逃げよ? ここどうでもいいから、ほら、別の拠点行こ?」
「あー、まあそれは……」
それは、まあ不可能ではない。
だが相手は人間だ。多分いきなり殺される心配は――無い、よなぁ? それに……。
会えればひょっとしたら色々解決するかもしれない。そう思うと、流石に会わないという選択肢はありえなかった。
「……見に行こう、遠巻きに。話せそうなら話す、それでどう?」
「……わ、解った。ダメそうならすぐに逃げよう、ね?」
「解った」
エリュシオンはうなずき、いつも通り、出来上がった槍と一緒に制服の胸ポケットに入る。シャツやらは着替えられたけど、制服は作り直してない。そのため色々ボロボロだが、気にしない。愛着――というよりも、これだけが唯一の身分証明書に等しい。
彼女の案内に従い、木々に身を隠しながら人の群れの場所へと赴く。洞窟からそこそこ離れていたが、エリュシオンの聴覚や嗅覚は優れている。この感覚のお陰で、彼女は魔獣と接敵せずに生きてきた。
人の群れは、以前見たことがある鎧や剣を携えたていた。今は大きな盾もある。盾や鎧には以前見た八芒星に似た文様。人数は……二十人前後だろうか? 思わず近場に隠れてしまう。いや、物々しくて声かけづらい……。
鎧の人物たちは口を一つも開かずにゆっくりと進んでくる。ひょっとしてとんでもない精鋭でいらっしゃいますかね……? ある程度進んだところでぴたりと足を止め、先頭の人物が剣を抜いた。
「何者だ、出てこい」
バレていらっしゃる。嘘でしょ?
――えーっと、どうしよう。で、出ていったほうがいい、のか? エリュシオンは? 普通に言葉として理解できてる? ぐるぐると頭を様々な疑問が巡り、一切行動ができない。
「ど、どうする、ショーナ?」
小声で尋ねてくるエリュシオンに即答ができなかった。どんな小声でもバレそうな気がしたからだ。
う、うーん? いきなり攻撃したりはしてこないよな……? やっべ不安が超募る。逃げてぇ。全力で。
「隊長」
「待て。警告は二度までだ。もう一度言う、出てこい」
あ、これ確実な奴。エリュシオンを胸ポケットの奥――いや、内ポケットのほうがいいか。エリュシオンに無言で指さしで指示すると、すぐに意図をくんでくれた。本当に賢いな、エリュは。色々教えてきたけど、間違いなく俺よりは頭良くて、直ぐに色々覚えたし。
それから両手を上げて木の影から出る。ボロボロの服装はみすぼらしいかもしれないが、まあその辺は堪えてくれ。シャツやらパンツやらは新品なんで気分は悪くないし。
「何者だ」
「あー、まあ人間です。っと、その、竜川翔那って言います。その、そろそろ二十日くらい前、かな? に急にここに来て……」
「二十日?」
じろりとこちらを睨みつけてくる戦士さんたち。えーっと、明白にこっちに向けられるものの中に嫌なものが混じったんですが。背筋が寒くなる。これ、ひょっとして殺意とかいうやつ? あ、コレ、ヤバい動けない。いや感心してる場合じゃねぇんだよ。
「この魔の森で二十日間、過ごしていたとでもいうのか?」
「……魔の森ってナンデスカ……?」
「直ぐ解る虚言を吐きおって、我らを謀るつもりか」
いや、そっちの常識とこっちの常識って明らかに違うと思うんだけどそのあたり擦り合わせとかはしてくれないの!? てめぇ国どころか県が違えば常識が違うんだぞ!
「総員、構えェ!」
一番偉そうな人からの怒号が飛ぶ。そして半数が抜刀し、こちらに殺気を飛ばしてくる。抜かれてるのは剣だけじゃなくて杖とか槍とか弓とか、色々構えられてる。
……あれ、俺ひょっとしてなんか殺される? え、なんで? あの、友好的に出てきたつもりなんですけど……? 何? 魔の森ってそんなに知らなくちゃまずいものなの!? 二十日間生きてたってのもそんなに変か!? どうやってとか尋ねない!?
俺が口を開く前に弓から矢とかその他魔法が飛ぶ。体が動かない。どうすればいいか解らなかった。
「ダメー! ショーナにそんなことしちゃだめー!」
突然内ポケットからエリュシオンが出てきて、俺にあたりそうな矢を叩き落としてくれる。ただ、全部じゃない。残念なことに左腕には掠ったし、右足にも掠った。超いてぇ。だが痛いで済んでる!
それで突撃してきた兵士たちも動きを止めた。驚愕は、矢を叩き落されたことよりも、エリュシオンの存在のほうにある様子だった。
「――言葉を介する魔物、だと!?」
ダメだ、状況についていけない。だが兎に角、ここはまずい。エリュシオンを掴み、慌てて背中を向けて逃げ出した。
「逃げるぞ! エリュ!」
「う、うん! 大丈夫!? 大丈夫なのショーナ! ど、どこに逃げるの!?」
「危なくねぇところだ! 後死ぬほど……じゃねぇけど痛い! 後で治療する!」
「解った!」
エリュシオンが先導し、俺がそのあとに続く。追え、追え! と言葉が聞こえてきた。
問題は俺はただの高校生で、彼らは鍛えられている兵士という点だ。逃げ切れるかどうかなんて考えるまでもない。無理だ。右足に怪我も負ったし、走るのも辛い。
兎に角息切れが酷い。適当な木陰に隠れて、樹に背を預けた。このまま座り込んでしまいたいが、それは避ける。座ったら多分立てないぞ、全力でマラソンした直後だ。
「ショーナ、ショーナ、大丈夫?」
「……少なくともまあまだ大丈夫――」
「いたぞ!」
「――あんまり大丈夫じゃねぇなぁ!」
クソ、隠れても直ぐ見つけられる。走り出そうとして、少しつんのめった。あ、やべ。
剣を構えて向かってくる兵士。銀嶺の輝きが空を切る。転がりながら剣は回避する。あっぶねぇ!
「ショーナ! ダメ! そんなもの向けないで!」
「って、おいエリュシオン――!」
槍を構えて突貫するエリュシオン。思い切り相手の兜とぶつかって、相手を仰け反らせる。うわ、スゲェ。いや、軽く浮いてる。あのまま倒れる。
けれど俺は仰け反り、倒れこむその向こうにもう一人の兵士を見た。既に剣を振りかぶっている。
「エリュ!」
思わず叫んで、必死に足に力を入れて前に行く。エリュシオンはふわっと後ろに跳ねていた。ダメだ、あのまま剣を振られると最悪真っ二つだ。何か、できることは。ダメだ。あの剣や鎧は分解できな――。
――ふと、閃き。頭に閃光が弾ける。すぐさまイメージの糸を伸ばし、剣を振りかぶっている兵士の足元を分解する。バランスを崩し、剣の軌道が変化する。
それでも、エリュシオンが斬られることは避けられなかった。音を立てて、エリュシオンの翼が断ち切られる。
「うぁあっ!」
「エリュシオン!」
「馬鹿な――錬装術――勇者!?」
倒れこむ兵士と、落ちるエリュシオン。走りながらエリュシオンを抱え、その場を離れる。
どうにかあの二人の兵士が立ち上がる前に、さっさと逃げないと――! ああクソ、敵はあの二人だけじゃねぇよな!?
「勇者! 勇者だぞ!」
「馬鹿な! 魔物と共にいるだと!? ありえん!」
後ろからなんだか訳の分からん会話が聞こえてくる。普通に言葉が解るとかもうどうでもいいんだが、兎に角逃げないとならない。
エリュシオンは気絶している。翼が斬られて激痛だったのだろう。気絶するほどの激痛って、どれくらいなんだろう。経験したことないから解らん。だが、俺の掌の中で、静かに呼吸をしてはいる。浅いが、間違いなく。
少なくとも生きている。そしてまた、居たぞ、という声。クソが! そりゃまぁ俺只の高校生だもんな! 森の中を歩いたのもエリュシオン頼みだったし、痕跡なんか消せるわけがないんだ!
それでもどうにか逃げ回って、大きな岩の陰に隠れる。今度は膝をついてしまった。呼吸さえ儘ならないほど消耗した。肩で息をしながら、掌に抱えたエリュシオンを見た。
「はぁ……」
呼吸が穏やかになっている。それを見て安堵の息をついた。
――良かった。生きてる。はは、エリュシオンめ、穏やかに眠っちゃって……。おお、翼も治ってきてる……? 白い翼。綺麗で、褒めるといつも笑ってたっけ。凄いじゃないか、流石だよ。軽く頬をなでる。笑い声は聞こえない。
……。
多分、いつも、いつも。
護ってくれてたんだよな、お前。
辺りからはガチャガチャと喧しい音。まだ追ってきてる。俺はこれ以上走れない。いや、もう歩くこともできやしない。
……。
だから、せめて。
エリュシオンは、逃がさないと、な……。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




