竜川翔那
望むと望まないとに関わらず、出会いがある以上、別れは絶対。
幾つか分解し、再構築を繰り返し、道具を作る。
その道具を組み合わせ作り上げたのは、簡易的な投擲機――バリスタだった。要するに砲丸をぶっ飛ばそうというのだ。疲労が激しく、呼吸が荒い中、どうにかこうにか道具を組み合わせる。
複雑な道具をいきなり造るのは難しい。けれど組み合わせて造ることは、可能だ。竹のような弾性の高い板、強力なゴム、土台。
やかましい足音や鎧の擦れる音を聞きながら、俺は先ほど作ったボールを手に取った。丸く、かなり大きなボール。中には色々詰め込んだ。個数は全部で三つ。フェイクだった。
「居たぞ!」
「魔物はどこだ!」
見つかった。だがこっちのほうが幾分か早い。バリスタにボールをセットして、引き絞る。
――じゃあな、エリュシオン。俺は心の中でそう言いながら、ボールを遠くに放った。
それから他のボールも同じように放つ。適当に、方向が被らないようにだけしながら。
「なんだ、何をしている!」
「――ははっ」
笑いながら虚勢と共に立ち上がった。ガタガタと、情けなく足は震えている。心臓の鼓動は早鐘のようだ。全く休まった気がしない。実際別に休んじゃいなかったけど。いや、それにしても、気持ち悪い。吐きそうだ。はは、ははは。あれ、なんか笑いが止まらない。
「逃がした」
「何だと!?」
「遅かったな盆暗なのろま共、残念だったな! たった今、エリュシオンは放ったぞ!」
どうにも彼らの狙いはエリュシオンだったっぽいし。いや、俺もどうにも狙われてるっぽいんだけど。
でも、俺は逃げられそうにない。だからこうしてエリュシオンを逃がした。
「き――さま、なんという事を!」
「は、はははは! ああ、ああ! どうにか――こうに、ぎゃぁっ!」
矢が放たれ、左腕に矢が突き立つ。勢いそのまま後ろにあった岩へと叩きつけられた。
い――。
「――っでぇえええあああああああああああああ! ぐあぁあああああああああああ!?」
喉から絶叫が迸る。い、ってぇえええええ! なんだ、矢が突き立つのってこんなに痛いのか! 掠った時でも痛かったのに! 衝撃で折れてないかこの腕!
涙、吐き気、その他色々、ああくそ頭もいてぇ! 当然もう左腕は上がらない。折れたか、砕かれたか。そして俺の周りには明らかに怒気を放つ兵士たちがつめてきている。
「貴様、貴様! なんということをしてくれたんだ! 言語を解するほどの魔物を、逃がすなど……!」
「探せ、奴を探さねば確実に強大な敵になる!」
「魔力が濃すぎます、痕跡が追えません! 先ほどの球がどこまで転がっていったかも……!」
「ええい、貴様、どこへやったぁ!」
なんか俺の周りでごちゃごちゃ言って、最終的に襟首を掴んで持ち上げる。片手で引き揚げられた。いっでぇ……。ヤベェ、痛みで頭朦朧とするのこんな感じなのか……。全力疾走した直後にこれだもんな、熱で魘されてる気分だ。
呼吸が浅い。意識が朦朧とする。舌打ちと共に強く投げ出され、腹を蹴られる。
「っげっばぁ! がぁっ……あ……あ……がぼっ、お……ああ……」
蹴られた衝撃で腹から色々飛び出した。胃液ばっかだ。全部俺の体に降りかかる。内臓、イカれたか……? なんでこんだけ激痛貰って気絶さえできねぇんだよ……。
木の実なんか残っちゃいない。喰ったの昨晩、だったっけ。なぁ、エリュシオン――いねぇ。そりゃ、そうか。痛み、それだけしか。
「クソ、兎に角隊長に報告を!」
「コイツはどのように致しますか」
「殺せ! 魔物に通ずるならば、我々の敵だ! 二十日もこの魔の森で生き残っていたなどと、信じられるか!? ああいやいい、私が殺す! 隊長を探し、報告を行え!」
周りから更に怒号が飛ぶ。同時に、段々と他の音も大きくなってきた。人が集まってきている。
そして金属音。刃が引き抜かれた。ぼんやりと上を見ると、一人が剣に手をかけていた。以前見たことがある剣。あれ、これ、俺、死ぬ……? まあもう死に体か……。
「止せ!」
突然響く鶴の一声。怒気は収まらないが、同時に困惑が辺りに広がっていくのが見える。
「止せ、副長、やめろ!」
「隊長!? なぜですか! コイツは魔物を逃がしました! 先ほどの魔物を!」
「その方は錬装術の勇者だ!」
――何? れんそうじゅつ? ってなんだ……?
なんか、周りがざわざわと騒いでいる。人、集まってきてんなぁ……。ガチャガチャと、本当に喧しい。――やめたほうがいいのに。
「下がれ! 療術士を呼べ!」
「隊長!」
「錬装術の勇者の捜索は急務だ! 本年には魔王が現れると予言があったことを忘れたか!」
隊長、と思しき人物が命令を下すと、剣を構えていた人物が剣を下ろし、副長と思しき人物が強くこちらを睨みつける。
しかし直ぐに命令に従い、踵を返す。感情に従って行動しない。足取りは荒々しいけど。あれ……なんか助かった?
「御無礼をお許し下さい、勇者殿。直ぐに傷の治療を行わせていただきます。その後、説明を――」
朦朧とした意識の中に、隊長さんとやらの言葉が響いてくる。
いつの間にか俺の目の前に片膝をついてるし、マジで助かったっぽい――ああ、そう。そう?
「療術士はまだ――う、ぉっ!?」
兜が他所を向いた瞬間、その兜を引っ掴み、無理やり引き寄せる。抵抗はなかった。頭とぶつかり、俺の頭から血が流れる。皮膚が切れたらしい。
俺の中に広がっていた感情は、助かったという安堵よりも。
――遥かに強い憤怒だった。
「貴様、何をする!」
「隊長! 御無事ですか!」
「――いらねぇよ、そんなもん」
周りの声など無視して、俺は低い声で隊長に呟き、突き飛ばす。ああ、もう、この動作だけで限界だ。手足を投げ出して天を仰ぐ。隊長さんは別に尻餅もついていない。鍛えてるんだろう、なぁ。
同時に適当に足元を分解して、鋏を作り出した。その光景に、周りが息をのむ。刃の部分は鋭くなるように、剪定鋏のような。イメージそのものが直結する、のか。矢はどうにも木で作られているらしい。これで切れればいいんだけど。
「は……?」
「いら――ってぇ――いらない。アンタらからは、何も受け取らない。説明もいらないから、俺を殺すつもりがないなら……さっさとどっかに行ってくれ」
矢を断ち切り、突き刺さった部分を無理やり抉り取る。力が入らず何度か手を滑らせる。マジで痛いがもう全身痛みの固まりなので、今更だ。
新鮮な血液が勢いよく流れ始める。あー、傷治るまでマジで痛いだろうなぁ……。左腕、ちゃんと治る、のかなぁ。
「その、勇者殿――」
「――それも止めてくれよ。俺一人なら……まあ、ともかく。アンタたちは……エリュシオンを、殺そうとしたんだ」
「……それは」
少しだけ、隊長が怯んだ。
最初剣を抜いてたの、多分アンタだったよな。隊長って言ってるし、構えろって言ったのも、矢を放たせたのも、アンタだった。
俺をずっと守ってくれていたエリュシオンを、俺とずっと一緒にいてくれた彼女を、アンタたちは間違いなく殺そうとした。
「しかし、彼女は魔物です。我々の宿敵なのです」
「……アンタたちの口って何のためにあるんだよ」
思わず笑う。嘲笑に近かった。バカにしてんのか、この人。間違ってるのは俺か? 知るかよ。そっちがそっちの理屈を押し付けるなら、俺は俺の理屈を押し通す。
「……こっちの話も聞かず、事情も汲まず、一方的に襲ってきた相手だ。そんな相手がこっちをボコボコにした後、勘違いだったから話を聞けって? 無理な話だ。そうだろ。俺、アンタたちとは付き合えない。施しも、治療も、何もいらない、帰ってくれ。俺は、エリュシオンを探しに行かないとならない」
「……」
傷が治ったら。傷が治るだけの時間があれば。ああ、くそ、立てそうにない。大分ふらふらする。怒りだけで意識を保ってる、そんな状態だ。
治る、かなぁ。包帯……後、何がいるだろう。ああ、でもとりあえずゆっくり休んだほうが……いいか。呼吸、自分でもわかるくらい浅い。ちょっと、ゆっくり眠らないと、なぁエリュシオン。うん! いつもの元気な声が、耳元で聞こえた気がした。はは――。
「隊長」
「……無理やりでも連れて帰るぞ」
「ああ、それと、これはそっちが攻撃をやめてくれたから純粋な警告だけど」
「……は?」
副長と思しき人物から声を掛けられ、隊長の剣呑な言葉が低く辺りに響き渡った。
でももうそんな暇ないと思うんだけどなぁ。さっさと退散したほうが賢明だよ。後は俺に――幸運があるかどうかってくらいで。
「さっさと逃げたほうがいい」
「……何を言っている?」
「止せ、副長。どういうことでしょうか」
「ああ、エリュシオンはもうここにいないんだ。だから逃げたほうがいい。多分、ずっとそういうことだったんだと思う」
兵士たちから困惑の感情が読み取れる。おいおい、嘘だろ? こんなに解りやすく言ってるんだぞ。あ、でも、エリュシオンとは一緒になかったな、この人たち。
「だから――」
呆れ気味に笑って更に言葉を紡ごうとしたところで、俺が背中を預けていた岩の上を横切って何かが飛び出していった。
白と黒の模様が目に鮮やかだ。
そして飛び出したとき、副長のほうにぶつかり、その体を大きく吹き飛ばした。樹にぶつかり、そのまま樹下にある藪の中に音を立てて潜り込む。
「フィ――」
「フィアティガ!?」
「隊列を整えろ! かま――」
構えろ、と言う声は言葉にならなかった。それよりも遥かに巨大な音が響き渡ってきた。草木をなぎ倒しながら、兵士の一人がぶっ飛んでいく。
背後から忍び寄ってきていたのは、巨大な爪を持った鳥っぽい恐竜。クォッ、クォッと楽しそうに笑っている。静かに忍び寄ってきてぶん殴りやがった。アイツ、やっぱ知恵あるよなぁ。
「タスクティオス!? クソ!」
「クソ魔獣ども! 隊長!」
「撤退だ、お前ら、退路を――」
隊長の言葉と共に全員が撤退しようとして、だが、足は進まなかった。
辺りは既に小さな恐竜にも似た魔獣たちで埋め尽くされている。当たり前だ。アイツら、めちゃくちゃ臭いと音に敏感なんだわ。思えば残っていたのは鎧だけで、後は食いつくされていたわけだし。
そして当然、それは鎧の兵士たちだけを狙わない。むしろ狙いは弱った俺だろう。何せほら、俺の隣にもいつの間にやら小型の魔獣がいるし。ハロー、と手を振ると、小さな魔獣は可愛らしく吠えて、俺に齧り付いてきた。全然友好的じゃない。
「な、なぜ、急に、こんな――」
そりゃぁ、俺がこんだけ血の臭いまき散らしてりゃぁなあ。動かない左腕噛みつかれて千切られた。更に大量の血臭。声は出ない。けど超痛い。痛いに決まってるけど、もう声も出ない。意識が急速に失われていくのは、なんだか眠るときにも似ていた。
……。
運が良ければ、とは思ったけど。やっぱり無理だろうな。そりゃそうか。
エリュシオン、いつも守ってくれてたんだよな。思えば、彼女と一緒にいるときは決して襲われなかった。洞窟が綺麗で、生物がいなかったのも、多分そういうことだ。
皆、エリュシオンという生物を恐れていた。
こちらから隠れても確実に見つけられていたんだと思う。だが、向こうも争うつもりがなかったんだろう。ならば、余計な危険を犯そうとは思わなかったに違いあるまい。
ずっと、ずっと護ってくれていたんだ。
一緒にいて、俺と一緒に暮らすだけでも。
キャーキャー騒ぐエリュシオンの声が聞こえる。幻聴だ。周りから聞こえるのは怒号と悲鳴だけ。ここはもう屠殺場と化した。
さようならエリュシオン。どうか幸せに生きておくれ。俺の目の前に白と黒の巨大な虎。一声吠えて、俺の体に齧りついた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
さようなら。




