竜の慟哭
守れたことだけが彼に許されたただ一つの報酬。
エリュシオンが目を覚ました時、辺りは暗闇に包まれていた。
ここ最近、傍にあった温もりが無い。手元にあったのはショーナの作ってくれた槍だけ。不安になって、思わずショーナ、と口ずさむ。力を与えてくれる名前、勇気を与えてくれる名前。名前を唱えるだけで、全身に力が漲る。そんな名前。
辺りからは空気の流れを感じる。僅かだが光も差し込んできている。十分に広さがある空間らしく、ふわりと浮き上がっても頭をぶつけない。
空気の流れに従って外へと向かう。やがて壁に到達した。完全に塞がれているが、ところどころ、本当に小さな穴が開いている。軽く叩くと、辺りに音が響く。意を決して、エリュシオンはその槍を振るった。壁を何度も叩くと、やがて砕けた。
外に出ると、辺りからは酷い臭いがした。血の臭い。人の死体が多くある。そして魔獣の死体も。人の群れに対して、魔獣が突っ込んだのだろう。
エリュシオンはふと、振り返る。彼女が叩いていたのは巨大な岩だった。ショーナだ。エリュシオンは直感する。
彼の力は驚異的なものだった。分解し、再構築する。その力を使って岩をくりぬき、エリュシオンをこの岩の中に隠したのだ。更に薄くなった岩を再構築し、蓋をしていた。幾つかあった小さな穴は空気の穴だった。きっと抱えているよりも安全だと考えたのだろう。
ショーナの考えにはいつも驚かされる。
最初は守ってあげるつもりだった。大きいけれど何もできない人。気弱で、ずっと笑っているけれど、なんだか頼りなかった。けれど彼は、直ぐにエリュシオンに守られる存在ではなくなった。
守ってあげるつもりだったのが、いつの間にか色々と与えられていた。服、名前、共に過ごす時間。撫でられるといつも嬉しくて笑っていた。エリュシオンから与えられるものなど、何一つなかった。守ってあげることしかできなかった。
けれどそんな事気にもかけず、いつもいつもエリュシオンと一緒にいてくれた人。いつも笑っていたけれど、夜は震えていたし、目から水を零していたのを知っている。あの水は何だろう。その水を見るといつも、胸がきゅっと締まる思いだった。
だから、そんなショーナを守ってあげないと。私は色々と貰えたから、その分、いや、それ以上にお返ししないと。優しくしてくれたから、優しくしてあげよう。エリュシオンの行動原理は、そんな極当たり前なものだった。
よく頬を撫でてくれた。色々なことを教えてくれた。色々な場所に行っては、驚きの発見をした。木の実を一緒に食べるといつもよりおいしく感じた。木の実を色んな形に切って楽しませてくれた。時々お湯を沸かしてその中にも入れてくれたし、柔らかい布で全身を拭いてくれた。時々髪を梳いてくれたし、色々な服を作ってくれては与えてくれた。一緒にいて、落ちつけた。眠って起きれば、いつもその温かさが傍にあった。
そんなショーナが、今、目の前にいた。
「……ショーナ?」
首元が食い千切られていた。肩も大きく欠損している。左腕もない。両足もなく、血の海に沈んでいる。残っている左目は濁り切って、もう何の光も映していなかった。
辺りには無数の死体。まだどれも新しい。虫さえ集っていなかった。エリュシオンは、それらの死体全てを気にせず、ショーナの下へと向かう。
「ショーナ」
エリュシオンが近づく。けれどショーナは何も反応しない。
「ショーナ」
何度も名前を呼ぶ。けれど反応はない。
「ショーナ」
そっと頬に触れる。思わずひっこめた。冷たかった。いつも暖かった彼の体が、今は余りにも冷たい。
「しょー、な」
目から液体が零れ始める。とめどなく、ボロボロと溢れ出してくる。止まらない。これはなんだろう。ショーナに教えてもらわなくちゃ。そういえばショーナも、夜に目から水を零していた。
「しょーな、ショーナ!」
やがて虫が羽音を立てて、数匹飛んでくる。死体を食らう虫。
それは無常にもショーナの体の傷口に止まり、体を忙しなく動かし始める。それを見た瞬間、エリュシオンの頭に血が昇った。
「触らないで!」
手を振るう。数匹の虫が離れる。だが、やがて他の虫も飛んできた。それらはショーナの体に次々に止まる。
「来ないで! 来ないでよ! ショーナに触らないで! ショーナはしんでない、ショーナ! ショーナ、起きて、起きてよ!」
ショーナの頭に触る。軽く頭を振った。けれどショーナは起きない。
何も反応しない。嫌だ。ショーナ。ショーナ。何度も何度も名前を呼び、虫を払い、エリュシオンは肩で息をしていた。
「……しょぉなぁ……」
やがて、エリュシオンの両目からまた大量の液体がこぼれてきた。今度は止まらない。無力だった。どうしようもなかった。ショーナは死んでいると、認めたくなかった。
「しょぉなぁ! ぇえん……うわぁああああああん! うわあああああああああ! あああああああああ!」
やがてその喉から慟哭が響いた。悲しい声だった。虫はまだ寄ってくる。だが払っても払っても、奴らは集ってきた。
力なくショーナの流す血の海に落ち込んだ。ショーナの作ってくれた服が汚れる。着替えは沢山ある。ショーナが沢山作ってくれた。でも嫌だ。新しい服が欲しい。ショーナが造ってくれた服が、色んなものが。
「う……がっ……」
「……え?」
そうして泣いていると、やがてもう一つ声が聞こえて絵来る。
鎧の騎士だった。エリュシオンは知る由もないが、それは最初にフィアティガに突き飛ばされた兵士だった。副長と呼ばれていた。まだ生きている。齧りつかれた跡もない。
運がよかったのだろう。意識がなく、抵抗する素振りもなかった。その上彼は樹の下にある藪の中に入っていた。狙われる優先度が低かった。藪をかき分け、頭の傍に降り立ち、翼を閉じる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
別れはいつも悲しい。言葉も交わせないときは特に。




