五日目_01
生きていれば、必ず時間は平等に進む。
たとえ温かい布団の中でも、霧の深い森の中でも
それからの生活は落ち着いたものだった。最も、五日目で落ち着いてきた、というのもどういうものかと思うが、落ち着いただけで大したものだと思う。
エリュシオンと共に寝起きし、水を飲み、食料を集め、ふらふらと辺りを散策する。エリュシオンは洞窟に戻る道は覚えていて、どこまで行っても必ず戻ることができた。食料は美味しい木の実くらいだったが、空腹は紛れたし、栄養も多分十分だ。何せまだ動けている。
一度魚も捕ったが、喰えたものではなかった。皮は硬いし身は少ない。喰える箇所もやたらと弾力がある。内臓も当然のように臭くて食えないし、塩なんて望むべくもないので、味もロクでもなかった。
着替えもないので少しずつ汗臭くなる体に辟易しながら、川で汲んできた水を沸かして体を拭く。タオル代わりにしたのは着ていたシャツ。着替えがないので余り意味はなかったけど、気分はさっぱりする。トイレは適当にそこいらで。原始人になったようだ。
それでも段々と慣れてくると生活自体のサイクルは安定してくる。体力もそこまで落ちていないのが不思議だ。
因みに携帯端末は既に電源が落ちていて、二度とつくことはない。最初の頃はエリュシオンの声を録音したり、写真を撮ったり、それだけで遊び道具だった。今じゃエリュシオンの座布団変わりだ。
時々剣なんか振っても見たが、まあ剣道とかやったことないし全然だめだわ。刃物としては小さなものを果実の皮をむくのに使ったりした。大分慣れてきた気がする。
最近のエリュシオンの定位置は俺の頭、もしくは制服の胸ポケットだった。そこに入ると嬉しそうに笑うのだ。かわいらしくて、俺も度々頬をなでる。頬を撫でるたびに、エリュシオンは嬉しそうに笑ってくれる。
そんなわけで、段々とこの生活にも慣れてきた。やるべきことの枚挙には暇がない。それと同時に、森から出られるよう色々と道を探ったりもしていた。もちろん結果は芳しくない。
「ショーナ、おはよー」
エリュシオンはいつも通り俺の制服の下からのっそりと出てきて、大きく欠伸をして伸びをする。
同じく軽く伸びをして体から音を立てる。硬い地面に眠っているのだ。そりゃ体もバキバキになる。良い布団、ねぇかなぁ。望むべくもないんだけど。
「おはよう、エリュシオン」
挨拶をするとエリュシオンはにへらと笑う。それから軽く羽ばたき、自らの体を浮かせて俺の頭へと座る。
汚れた俺の制服を軽く叩いて、羽織る。そうするとエリュシオンは胸ポケットにすっぽりと収まる。顔だけ出して軽く頭を振った。その頬を指で軽く撫でると、にゃふふふと笑うエリュシオン。猫のようにすりすりしてくるのがこちらも心地よい。
とにかく貯めておいた水をコップに汲んで口を濯ぐ。適当に吐いて捨てて、続けて一杯飲んだ。珈琲が恋しい。ジュースが欲しい。贅沢は言ってられないが、味覚は容赦なく味というものを求めてくる。……贅沢に慣れ過ぎだよなぁ。
「ショーナ、私もー」
「んー? はいはい」
再度コップに水を汲んで、エリュシオンの前に出す。口元に寄せると、手で掬ってゆっくりと飲み始める。生憎エリュシオンサイズのコップはない。
「おいしー!」
「おう……そろそろ水も足りなくなってきたし、新しく沸かさないとな」
鍋が二つあれば良かったんだけどな。残念ながら鍋は一つしかなかったし。
コップに貯められるだけ貯めておけばいいだろう。
これが今の俺たちの朝の始まり。要するに、今のところ何もかもが平和だった。
さて、とりあえず今日も行動を開始しよう。やるべきは多い。
「さって……今日はどうするかな?」
「ショーナ、この前みたいに何か道具造りたい!」
この前、というのは魚のことだろう。枝を折り、適当に木に絡まった弦を使い、簡易的な釣竿を作ったのだ。ナイフがあったので難しい作業ではなかった。
餌はそこいらの虫。虫は普通にいる。因みに釣り針は無かったので、餌に喰いついて動きが止まったところエリュシオンに捕えてもらった。狙いは首元。そこに手を突っ込んでもらい、そのまま持ち上げてもらった。エリュシオンは流石だ。
他に必要な道具なぁ。なんか造れるかな。
「何か見たいものある?」
「え? うーん、うーん? どんなのがあるの?」
そうだよな。エリュシオンはそもそも道具を知らないよな。
実物を見せられればいいんだが……うーん、でも実物なんて無いしな。周辺を見渡しても、やはり魔獣たちの気配はなく、安全だ。不思議なもので、この洞窟周りには全く寄ってこない。鳴子とかは不要だろう。
そうなると、うーん……弓、とか? ゴムとかないよな。いや、弓だけ作っても矢がなぁ……。あの死体置き場に他にも武装はあったと思うけど、あったからといってそもそも使えるかどうか……。
そうやって悩んでいるうちにエリュシオンの興味は別に移ったのか、別の疑問を呈してくる。
「そういえばショーナ、ショーナって魔法とか使えないの?」
「え、魔法?」
そういえば初日にエリュシオンが魔法がどうのって言っていた気がする。混乱の極みだったし、とりあえず生活を安定させるほうが優先だったから、完全に忘れていた。
魔法って俺も使えるもんなの? エリュシオンは使えるんだろうか?
「エリュシオンは使えるの?」
「使えるわ! 火を噴くのは魔法じゃないけどね。ほら、えい!」
言いながらエリュシオンは胸ポケットから飛び出す。そしてから俺の目の前で両手を突き出し、その両手の間に氷を作って見せた。
……。
氷? 小さいが、確かに氷だ。
「……エリュ、ひょっとして水出せる?」
「出せるわよ!」
俺、何のために汲みに行ってたんだろうなぁ。いや、量が量だし……何せ現在できた氷は、エリュシオンの掌サイズだ。俺の指先に乗りそうな小ささである。
「魔法って、使うと疲れる?」
「そうでもないけど、やっぱり沢山使ってると疲れるわ。大きなものを作ろうとしても疲れるし……水もそんなに造れないの、ごめんね?」
「いや、大丈夫。凄いよ、エリュシオン」
「そう!? えへへへへ!」
褒めながらエリュシオンの頬を撫でると、とてもうれしそうに笑った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
いよいよ魔法という超常の法則に触れます。




