二日目
ここはこういう世界ですがショーナ君めちゃくちゃ頑張ります。
今日は少し長めです。
異世界転移より二日目。実際にはいつ陽が落ちたのかも定かではない為、便宜的に眠ったら一日経過する、と決めた。洞窟の壁に線を引いて日数を確認していくことに決める。
エリュシオンはぐっすり眠ったのか、起きた時とても調子がよさそうだった。とにかく今日は近くの川へと連れて行ってもらうことにする。
川の水は非常に綺麗だった。透明感が強く、底まで見える。ただ、はっきりとではない。浅くはあるが生物が住んでいる様子も確認できた。虫や魚。種類わかんないけど、牙の生えた魚とか俺はあんまり見たことねぇなぁ。
火があるなら魚の調理もできるかもしれない。まあそれは将来的なものとしておこう。まずは水が飲めるかどうかだ。器になりそうなものは、やっぱり辺りには無い。
「エリュシオン、鉄製の鍋とかさ、なんか水を掬えそうなものってある?」
「……えーっと、ううーん」
「……無ければ無いって言っていいよ?」
「う、ごめんね? 知らない、そういうの……」
うーん、小さくて素直。そりゃ可愛いよ。
シュンとしたエリュシオンは更に小さく見えた。笑って軽く頭をなでる。エリュシオンは一瞬呆けた顔をして、それから嬉しそうの顔を綻ばせた。
「お前の責任じゃないことにまで、責任を感じる必要はないぞ」
「うん! でも、どうするの? 水を掬って」
多分だけどエリュシオンは生水飲んでも腹壊しませんね。ここにいる魔獣たちも、多分。俺がやることに疑問抱きそうだな。人間って脆弱な生き物だなぁ、とつくづく思う。
とはいえ水の中に何がいるかも解らない。一旦沸騰させないと危なすぎる。
「あー、水一度沸騰……煮沸だっけ? をするんだよ。そうしないと俺、水飲めないの」
「ふっとう、って何?」
水を沸かすって言っても解りそうにないな。
「温めるんだ。ちゃんとできたら教えるよ」
「あっためる……? そうなんだ、温める、為に、水を貯める器が必要なのね?」
そう、と頷く。エリュシオンは軽く首を傾げて、それから水の中に手を突っ込んで掬った。手は当然めちゃくちゃ小さい。何CCだろう、この水の量。それを自分で飲んで、軽く首を傾げる。
「美味しいよ?」
「俺はそのまま飲むとお腹痛くなったりするから……」
あのね、人間弱いの。種族の壁ってデカいなあ。とはいえ本気でどうしようもなくなったら飲むしかないかなぁ。まあ、下痢になる程度だろうし、大丈夫……か?
できれば生水は飲みたくない。器、本気でどこかで探さないとな。木の器でもいいかな。いや、燃えるよな……。
「うーん、鉄、てつのおなべ……あの、ねぇショーナ、鉄ってなぁに?」
「あ、そっから解らなかったのか」
エリュシオンは服も着ていないし、木の実を取る際も素手だった。多分鉄とか武器って言っても解らないだろう。
とはいえ鎧とかは解るって話だから、多分その鎧が『何』でできているか、とかは解らないってことだ。だったら話は簡単だ。
「あー、ほら、鎧着込んだ連中が来たって言ってたよな?」
「うん」
「それが多分、鉄」
「え、そうなの? ねぇ、だったらあるわショーナ! 沢山ある!」
来て来て! と嬉しそうに飛び始めるエリュシオン。あるのか、凄い有難い。
エリュシオンについていきながら森の中を進む。時折、エリュシオンが振り返ってこっちがついてきているのを確認する。
「あ、ちょっと隠れてショーナ」
「ん?」
「魔獣がいるわ」
慌てて木の陰に隠れる。エリュシオンは俺の頭の上に座った。こそっと木の陰から魔獣の姿を見やる。呼吸音は立てないように。えーっと、なんだっけ、口を丸く開けてゆっくり呼吸すると音が聞こえない、とかなんとか。
……ありていに言って恐竜であった。しかもデカい。めちゃくちゃにデカい。
首から上だけで俺の身体ほどの大きさがある。頭はさほど大きくないように見えるが、遠近感が狂いそうなサイズだ。周りの木々よりは小さいが……半分くらいの大きさがありそう。全長どんなもんだこれ。
全身に黒い羽毛が生えている。まるで鳥だ。首を忙しなく振りながらクォッ、クォッと鳴いている。太い脚はその巨体を支えるに相応しい。鳥のような鱗では覆われておらず、やはり羽で覆われている。
特徴的なのはその手だった。翼にはなっていない。その先端に巨大で、太い爪が生えている。両手に四本ずつ、合計して八本。一本一メートルくらいありそう、なんだあの長さ。
多分この森でも相当デカいやつではないだろうか? 魔獣。こんなのがゴロゴロいんのか……? 一歩歩くごとに辺りが振動し、やがて魔獣はどこかに去っていった。
「……ぷはっ! ショーナ、大丈夫?」
「……あんなのがゴロゴロいんの?」
「あれ、大人しいやつよ。大丈夫! ショーナは私が守るから!」
大人しく無いやつもいるってことですね……?
そのままするすると木々の間を飛翔し、やがて辿り着いた場所には腐臭が漂っていた。蟲が大量に死体に集っている。幸いなのは、死体そのものは無かった。いや、人のパーツは少しだけ、本当に少しだけ残ってるんで、何が起きたかはお察し。死体があったら吐いたのは確実だ。
そしてそこに、鉄……鉄か、コレ? なんかやたらと軽い剣やら、兜やら鎧やら……まあ血塗れなんですけど、色々転がっている。
「虫は怖くないわよ! こいつら死体しか喰わないから!」
気持ち悪いだけですね。武具の他には、黒い鉄の鍋とかある。長期間ここに居ようと思ったら、そりゃ必須道具だよな。他には……? 服の着替えとして使えそうなものは全部血塗れだなぁ……。
……なるべく現実を見ないようにして必死に探す。だってこんなの、現実を直視したら間違いなく、吐く。なるべく人のパーツとか残っていませんように……! 既に腐臭だけでいっぱいいっぱいだ。
「他の場所にもいろいろあるわよ! 使えそうなものはある?」
「うん、まあ、沢山。ありがとうな、エリュシオン……」
お礼を言いながら鍋を拾い上げる。やはり、軽い。……鉄じゃないし、アルミでもない? 両手に取っ手のついた鍋。これがあればどうにかなりそうかな?
他には火打石、謎の固形物等、道具を数点見つける。火打石と他数点、道具をいただいた。剣は一本だけもらっていった。小さな刃物もあったので、そちらも。あって困るものじゃないし、刃物は何かとあったほうが便利だ。両刃造りで、柄には徽章が入っている。
……国を示す徽章、かな? 八芒星、みたいな形をしてる。宝石などはない無骨な造りだが、刃それ自体は頑丈そうだ。材質は不明だが。なんかの合金? わかんねぇよ、俺ただの高校生だぞ。趣味読書の。
吐き気を堪えてその場を後にする。再びエリュシオンの先導で、洞窟まで戻った。幸いなことにこれで幾つかの問題は解決された。探せば携帯食とかあったかもしれないけど、流石にあっても食べる気にはならない。
「臭かったねー」
「ああ、正直気持ち悪い」
「大丈夫? 休む?」
「いや、先に水を汲もう……俺も喉乾いてきた」
解った! エリュシオンが笑い、色々道具を置いて洞窟から出る。川は何も変わっていない。近場で大きめの魔獣が水を舐めていたくらいだった。当然隠れてやり過ごす。暫くすると魔獣はその場を離れていった。
川で鍋を洗い、鍋に水を汲んでおく。後は沸騰させて冷ませば飲めるだろう。つまり、必要なのは火だ。
火をつけようとして気が付く。枯木と生木の見分け方なんぞ解らん。火を点ける手順とかも、さっぱりだ。えーっと、燃えやすいものから順々に火を点けていく、くらいしか解らん。キャンプファイヤーくらいしか経験無いんだぞ。
枯葉は山ほど集まりそうだ。後は枯れ木なんだけど。後、火ってどこで焚けばいいんだ? 洞窟で焚いたら危なくない? じゃあ入り口付近で……危なくないかなぁ?
あ、なるべく燃えるものは近くに置かないほうがいいか。そうすると、地面とか軽く掘り返したほうがいい? 草木を近くに置かないで……。
……。
結構大変だな、コレ……。
「ショーナ、どうしたの?」
「いや、色々準備がいるんだなって思って」
「?」
首を傾げるエリュシオン。その姿に笑いかけて、俺は淡々と準備を始める。
「……ねぇショーナ!」
「ん?」
「私も、私もなにかやることない?」
……どうにも何かしたいらしい。うーん? 今のところ特にやってもらうことはないし、エリュシオンは休んでてもらってもいいんだけど。何もやらせないと不満が募りそうだな。
エリュシオンは本当にただの子供で、小学校低学年並み。その頃って俺も色々とにかくやりたがってたなぁ。褒められたくて。
「じゃあ、エリュシオン、枯木や枯葉を集めてきてもらっていい?」
「解ったわ! たくさん集めてくるから!」
エリュシオンはぱっと顔を輝かせてすぐに飛んでいく。
疲労しながら水を沸かす準備が整ったのは、結局二時間ほど経過してからだった。火を起こす準備をしてから気づく。鍋吊り下げる場所とかねぇぞオイ。
クソ、しょうがねぇ。どうにか枝を組んで鍋を釣り下げる場所を作る。簡易的だが十分に鍋は釣り下がってくれた。……枝が頑丈なんだな。
枯葉にエリュシオンが火を噴き、枯木に火を移す。火種はやがて大きくなり、適当に組んだ枯れ木に火が移っていった。枯木の組み方とか解らん。火が消えたらもう新しく燃やせばいいや。
やがて鍋の中の水が沸騰したところで、鍋を火から下した。幸いにして合金は火で溶けたりしなかった。エリュシオンは常に興味津々で鍋の中を見ていた。水が沸く様子が面白かったらしい。
「飲んでいい?」
「めちゃくちゃ熱いぞ……」
燃やした木々は魔獣たちの興味を引かなかったのか、近くに魔獣は寄ってこない。
とにかく冷ませばこれは飲める。エリュがそぉっとお湯に手を伸ばすが、蒸気で既に暑かったのか直ぐに飛んで俺の首筋に抱きついてきた。
「ショーナ! ショーナ! 熱い! あれただのお水よね!?」
「沸かせたからね。後は冷めれば飲めるようになる」
くすくす笑いながら俺は別の道具を用意する。小さな金属製のコップ。有難いことに、こういったものもあった。一杯分だけ掬って、別途置いておく。少し冷まして飲んでみよう。味次第じゃ他の水を探す必要もあるし。
少し時間をおいて一口。まだ熱いが飲めないことはない。
……あ、結構おいしい。冷たい水など望むべくもないが、ただ水を飲めるというだけでも非常にありがたい話だった。
「……エリュシオン、飲む? まだ熱いから、気を付けて」
「だ、大丈夫? うう……」
エリュシオンがコップの傍に寄って手を伸ばす。蒸気でまた手を引っ込めた。再度伸ばす。引っ込める。もう少し待ったほうがいいか、と、俺はコップを置いて、エリュシオンの手を握る。そのまま軽く頬を撫でると、エリュシオンはきゃふふと笑う。
水があるだけで戯れる余裕ができる。有難いことだった。後は食料だけど、こっちは本当にどうしたものか。
温かいお湯をゆっくり飲んで、再度コップに掬う。鍋のお湯はまだ熱い。また暫く冷まさないとならないだろう。それでも水が飲める、というだけで気が楽だった。保存容器があればいいのだが、流石にそれは望めない。鍋には蓋もあったので、とりあえずは蓋をしておこう。
「ショーナ、お腹空いた!」
「木の実とってくる?」
「うん! ショーナも食べる?」
「うん、食べる。いつもありがとう、エリュ」
「はーい!」
エリュシオンは元気に返事をして飛んでいく。
とりあえず食料も、暫くはどうにかなりそうかな。――さて。
当面の食料と水は確保。水はいちいち沸かせる必要があるが、無いのとでは雲泥の差だ。
とはいえここでの生活、後どれくらい続けられるものか。食料だって肉はないだろうし、常に腹いっぱい食えるわけじゃない。体力があるうちに……どうにか先の展望を見ないとならない。
とりあえず魚を捕る道具をどうにかしよう。網とかあればよかったんだけど、彼らの道具にもそういうものはなかった。余分なものを持ち込んでいる余裕はなかったのだろう。
エリュシオンが戻ってくる。木の実を二つ持ち上げて。相も変わらず、とんでもない力だ。とはいえ木の実はありがたくいただこう。せっかくだし、刃物を使って木の実を剥くことにする。
当然うまく剥けない。母のことを思い出した。いつもピーラーを使っていた。それを思い出して、少しだけ胸が締め付けられた。
「どうしたの?」
「……え? ああ、いや」
エリュシオンが心配するように覗き込んできた。いや、なんでもない。何でもないんだよ。
頬を撫でて、安心させるように笑った。にゃふふふ。エリュシオンの声を聴いて、改めて木の実の皮を剥く。……結構難易度が高くて手こずる。そりゃピーラーに逃げるよな。呆れたように笑って、木の実に齧り付く。いつも通りに、余りに美味しい木の実だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
水があるだけで落ち着きます。お茶でも可。




