初日_02
小さな竜の隠れ家にて。
詳しく話を聞き取ってみたが、中々に不明な点も多かった。
まずここがどこかは解らない。彼女は産まれてからずっとここにいるのだという。ならば無理もない話であった。
何より驚愕したのは、彼女が産まれてからまだ三日しか経過していないということだった。陽が昇って落ちたのはまだ三度しか経験してないというから、まあ間違いないだろう。だがこちらから与えた知識をすんなり吸収する様は、彼女の学習能力の高さを思わせる。
何せ体を洗って来たほうがいい、と言ったらすぐに洗ってきた。洗う理由は解っているらしい。
次に、魔獣。辺りにいるなんでも喰う怪物たちのことらしい。姿形は様々。四足歩行から二足歩行、大きさも大小さまざま、手足があるものから無いものまで。意思の疎通は取れないらしい。何度か近寄ったことがあるが、どれも威嚇されて終わったという。それを魔獣と呼ぶのは、なんとなくそう呼んでいた、ということだった。
不思議なことに、エリュシオンには幾らかの知識が宿っていた。人間、魔獣、そして魔法。夜、朝、そして時間の感覚や暦について。けれどもこの森から出たことのない彼女に、そういった単語の知識まで宿っているとは思えない。そもそも産まれてから三日目だというのに何で知ってるんだ。
大体のことをメモに取り、俺は頭を抱える。
彼女もここに急に人間が来ることは知らなかったし、それが帰る方法なんて当然知らなかった。偶にやってくる人間の群れはどれも鎧を着こみ、物々しい装備をしていたとのこと。……話が通じるか不安だが、まあ少なくとも俺の同郷じゃないよね。
何にせよ、鎧を着込んだ人間が群れでやってきていた、ということは、文明は間違いなくある。実にありがたいことに。森を出た後の展望も見えることだろう。
ところで森ってどうやって出ればいいんだ? 適当に進んだところで迷って死ぬだけだよな。
陽の巡りは見えても太陽が見えることはない。深い森という現状に加え、更に辺りには濃い霧がかかっている。空はぼんやりと明るく見える程度。まっすぐ進むのさえ難儀するだろう。エリュシオンも、当然森の出方なんぞ解らなかった。
とりあえず……とりあえずどうしようか? 暖をとったほうがいいか? 火種なんてないぞ。俺普段からライターなんて持ち歩いてないし。水の確保も急務だし、食料も無い。先行き不安しかねぇわ。
だが、そのうちの問題の一つはすぐに解決した。
「火も吐けるのよ! 凄いでしょ!」
エリュシオンが自慢げに言いながら軽く火を吐いたのだ。
体格に見合った小さな火だったが、普通に驚いた。火は確保。実にありがたい。後は枯れ木を集めればいいんだっけ? 生木は煙が出るからダメだとか。
……乾燥した枝葉も場合に寄っちゃ酷い煙出るよな。洞窟の中で火を焚くのは自殺行為かもしらん。燻製される経験とか、何の役に立つんだ。
エリュシオンはずっとキャーキャー騒いでいて、騒がしいけれども安心できた。近くに誰かいるというだけで、大分落ち着く。それが自らと全然違う存在であったとしても、意思の疎通が可能だというのは有難い。やがて騒ぎ疲れたのか、エリュシオンは俺の腹の上で体を丸めて横になった。
どうにも寝床と認定されたらしい。上着を脱いで、自分にかける。エリュシオンをそっと胸元まで引き上げて、頭だけは外に出るように。
……とりあえず。
やれることもないし、まずは寝ようか。俺も混乱して疲れている。とにかく寝て体力を維持しよう。
けれど目を閉じても、中々眠気はやってこない。エリュシオンを丁寧に下し、一時間ほどゴロゴロしたが、結局眠気は訪れなかった。そりゃまぁ環境色々変わりすぎだしな……旅行先でだってそう簡単には眠れねぇんだぞ人って……。
その上不安とか、焦燥とか。その他色々負の感情。
結局眠れず、なんとはなしに洞窟の外に出る。ちょっと歩けば気分も落ち着くだろうと思ったのだ。
霧が濃くて、空も見えない。けれど明りは差していなくて、多分夜なのだろうと思う。
ぼんやりと過ごしていると、不意にギャァ、ギャァと小さな声が聞こえてくる。え、何? なんかいんの? いや、これだけの森だ。何もいないと考えるほうが不自然か。恐怖に全身が思わず竦む。微かに木の葉を揺らす音が、徐々に近づいてきている気がして――。
「ショーナぁ……?」
洞窟からエリュシオンがのんびりと飛んできた。それと同時に消え去る気配。
……消え……消え、たな? 声も、音も、何もかも。
「ショーナ、どうしたの? 眠れない?」
「あ……ああ、ちょっと眠れなくて」
「大丈夫よ! 私が一緒にいるわ! だから寝よ? 明日もあるよ?」
エリュシオンがニコニコ笑って言ってくれる。
明日。そうか、明日か。そうだな、少なくとも俺はまだ生きていて、明日というものは生きている限りは無条件に来てしまうものだ。その一日一日に追われて、俺は必死に勉強していたけれど、それって結構贅沢なことだったんだな。
命の危機に追い込まれて解る、日本という国の贅沢さ。食事があり、安全で、どうということもなく一日を過ごせる世界。
帰れるのだろうか? いや、帰りたい。どうしようもなく。今はあの空虚な世界が、どうしようもなく恋しかった。
「ショーナ」
エリュシオンが飛んできて、俺の頭に止まる。ゆっくりと名前を呼んでくれて、ふと意識がこちら側に戻ってくる。
「ん、ああ。……そうだな、寝ようか。ああ、明日もあるんだから」
「そうよ! えへへ」
エリュシオンが笑う。それだけでなんとなく安心して、俺は洞窟へと戻っていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
森って不思議な場所です。いもしないのに、何かがいる気がするのです。




