初日_01
はじまり、はじまり。
竜川翔那。年齢は十八。今年最大の祭事は大学受験。勉強は、まあ、そこそこできる。得意科目と苦手科目の乖離は酷いが、結構頑張っていたほうだと思う。得意は言語、英語以外の言語が結構面白かった。学べば学ぶほどなんだ日本語の複雑さってなるのは御愛嬌。苦手は数学。回答が一つだったころはできたけど、なんか複数になるとか聞いてないよ。
身体動かすよりも本を読むほうが好き。流行りの小説は結構読んでるがなんだかいろいろ食傷気味。自分で書いたりはできないので作ってる人は素直に『凄い』と思える。
まあ将来的には当たり前に働いて、当たり前に死ぬんだろう。嫁さんを貰えるビジョンとかは全く浮かばなかったので、一人かもしれない。まあ妹たちが優秀だしその辺はいいだろ、別に。
そんな自分の経歴を振り返っていたら色々と痛い歴史も思い出して悶絶しながら、俺はぼんやりと外を見る。
暗い洞窟の中には、何もなかった。本当に何もない。エリュはここで寝泊りをしているという。お腹がすけば、外に出て木の実をとってくる。それ以外はここにいたという。近くに川もあるので、水も困らない。良い場所なのよ、とエリュは胸を張っていた。
「ここって結構危険なのよ! 周りには大きな魔獣もいるし、時々人もくるし!」
エリュは人を見たことがあるんだろうか? 気になって聞いてみると、無いわ、と普通に返ってきた。ん?
「でも、なんだか覚えてるの! 鎧着た人が沢山沢山ここにきて、何かを探して帰っていくの! その時大きな魔獣も倒していってくれるから、肉も食べられるんだって!」
「……見たこともないのに?」
「そうよ! 覚えてるの! ……変?」
首を傾げながらエリュは尋ねてくる。何とはなしにその頭……は角が邪魔なので、頬を撫でて笑った。エリュが嬉しそうに笑う。
「大丈夫大丈夫、変じゃない。そもそも……」
……そもそも変なのはこの状況だ。当たり前に話してるけどなんで話が通じてるんだ、とか些末なものから、ここはどこなんだ、とか。
ここはここよ、とエリュは答えてくれた。鎧着た人間ってなんだ。俺は何でここにいるんだ。落ち着いた環境になってようやく頭は混乱を認め始めて、昔読んでた色々な小説を思い出していた。『異世界転生』。この場合は転移かな。死んだ覚えがない。
只の空想ファンタジーだった筈の現象に巻き込まれると頭を抱えたくなる。ここにエリュが居なかったら喚き散らしていたことだろう。曲がりなりにも、彼女は幼い子供だ。あんまり喚き散らすところを見せるのも格好悪い。
「ショーナ、お腹空いてない? 木の実とってくるわ! 食べる?」
「あ、うん。貰える?」
「うん!」
「行ってらっしゃい」
軽く手を振りながらエリュがウキウキと外に出ていくのを見送る。
――さて。
これからどうすればいいんだ? まず、元の世界に戻れるのか? というかここで生きていけるのか? エリュ、魔獣とか言ってたけど、それってなんだ? 色々考える必要がある。
胸元に差したペンを取り出し、学生手帳を開く。校則などが無数に書かれているが、最後にはメモ帳が入っている。使ったことがないためまっさらだ。そこにとにかく書いて整理していく。
記憶は忘れる、だが記録はなくならない。親父の口癖だった。父は警察官をやっている為、その癖らしい。俺もなるべくメモを取るように教育されていて、細かいメモ帳は我が家に氾濫している。どのメモに書いたか解らなくなる事も多発してるんで、まあデカいメモ一冊のほうがいいんじゃないかなって思ってる。
まず、ここがどこかを把握。周りに危険はないかを確認。続けて元の世界に戻れるのかを確認する。とりあえず人間がいるのはエリュによって確認できたし、交流できたらありがたいんだけど……。
こっちの事情とか斟酌してくれる相手ならうれしいなあ。それまでは、どうにかここで過ごすか。エリュがいるならどうにかなる、かな。一人だと気がくるってたかもしれないけど。
「ショーナ! 木の実とってきたー!」
エリュが嬉しそうに戻ってきた。その手には大きな木の実が二つ。エリュの身体ほどもあるし、持ってくるのはさぞかし大変だったことだろうに。
しかも既に洗ってある。川まで行ってくれたのか。……本当に気が利く子だ。
「はは、ありがとう、エリュシオン」
「いいわ、平気! さ、食べましょ!」
木の実はリンゴのようなものだった。真っ赤な果実だ。皮を剥きたいところではあったが、当然手元に刃物などない。……皮と実の間に卵産む寄生虫、とか居なかったっけ? なんかの漫画で読んだ覚えが……。
エリュシオンを見ると、特に気にせず自分の体より大きな果実に齧り付いている。小気味良い音を立てて果実を咀嚼していた。……ええい、ままよ!
皮ごと――皮硬ェ! 歯が皮の上を滑るばかりで突き立たない! 爪を立てようとしてもまず爪が立たねぇ! エリュシオンを改めて見やると、事も無げにしゃくしゃくと食べている。
「あの、エリュ」
「ふぁぁい?」
「……食べ物を口に入れたまま喋るのはみっともないからやめよう。えーっと、周りに食べ物が散らかるし、何を言っているかもわからないから」
言うとエリュシオンは何度か咀嚼を繰り返して、やがて食べ物を飲み込む。
そしてから改めて口を開いた。
「なぁに?」
「……これ、食べられないんだけど、皮が硬くて」
「え?」
エリュが不思議そうに首を傾げて、木の実を置いてこちらに飛んでくる。それから俺の木の実に齧り付いた。当たり前のように引きちぎれる皮。当然のように齧られる実。脆弱なのは俺のほうだということが証明された。
「……食べられるよ?」
「お前、凄いんだな……」
これなら食べられるだろうか? 皮の部分に歯を立てて齧ると、どうにか皮が捲れた。それから中の果実を見る。白く、透明感のある実。皮以外は程よい硬さで、普通に齧り取れる。
口の中でしゃくしゃくと音を立てる木の実。果汁もたっぷりで美味しい。甘いが、それ以上に酸味がありさっぱりとした口当たりだった。これは、非常に旨い。リンゴなんてスーパーで買ったものしか食べたことが無いが、美味しいリンゴってのはこんなものだろうか?
皮と種以外は食べきる。とりあえず、お腹は落ち着いた。後は水をどうにか確保しないとならんのだが……どうしよう。生水は飲んだらまずいよな。だが器がない。俺、只の男子高生だぞ……ペットボトルも無しに水を確保できる手段が思いつかない。沸騰させようと思ったら最低限、鍋がいるよな。
……水なしで人間ってどれくらい持つんだっけ? 三日? 乾いたらまずいよなぁ……。果実は十分に水を含んでいたが、甘かったせいでそういくつも食べられる気がしない。
「エリュシオン」
「なにー?」
果実に潜りながら食べていたエリュシオンが、果実から顔を出す。全身果汁でべたべただった。
「後で体洗いに行こうな。それで、食べ終わってからでいいからここのこと、色々教えてほしい」
「いいわよ! 何が聞きたい?」
エリュが嬉しそうに笑う。まずは食べていいよ、と言うと、エリュシオンは笑いながら果実に中に潜っていった。視覚的には実に優しい。
それからメモ帳を開き、エリュシオンに詳しい話を聞き始めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
人間水がないと簡単に死にますから本当に水分摂りましょうね。




