第62話「突然ですが、神話の勉強の時間です」
「そういえば、神様ってどれだけいるんですか?」
昔、大怪我をしたばかりの頃、日中は起きてもボーッとしているか介護されるがままになっていて、あまりにも暇だったためによく眠るようになっていた。
そして、夢の中で頻繁にマイナ様と会い、話し相手になってくれた。
これはそんなある日、ふとした疑問を投げかけた時の話だ。
「唐突ですね」
「いや、そういえば以前に神様に関する本を読んだなあ、と思って。あ、それとも神託も授かっていない人間に話すのは駄目でした?」
「う~ん……まあ別にいいでしょう。ぶっちゃけ、レオさんが喋っても信じてもらえないでしょうし。実例もありますから」
実例……どこかの大神官だか誰かが神界の神様に会うべく、異界渡りなる所業を行ったといつだか聞いたことがあった。
聖女神教会の司教の言葉通りだとすると、絵画や彫刻などの実物を見れば信じる者が出たが、やはり口伝てなどでは到底信じられるものではなかったんだろう。
「神様なんですが、普通に生殖活動もしますし、極希にですが死後に神界へ招かれ神様になる人もいます。でも寿命なんてないので、エルフ以上に出生率は低いですけどね」
「そのわりには、マイナ様をはじめとしてあまり増えていないみたいですけど」
「その理由は主に二つありましてね」
どことなく言いにくそうに視線を泳がせながら、神様の裏事情について教えてくれた。
「一つはですね、神託を出すのが難しいのです」
「それは、受けられる人がいないってことですか?」
「いえいえ、そうではなくてですね。神託の内容を考えるのが難しいんですよ」
なんだろう……テスト問題を作る先生かな?
「では聞きますが、『とある国を滅ぼせ』という神託。『豆を品種改良し醤油を作れ』という神託。どちらが本当の神託だと思いますか?」
「えー……」
どっちも答えたくない。
安易に国を滅ぼせなんていう神様は物騒だけど、創作では意外といそうだ。
後者の神託……ぶっちゃけありがたい話ではあるけど、そんな庶民的な神様もいやだ。
答えに窮していると、マイナ様はさらりと残酷な一言を告げた。
「正解は、どっちも神託になりえる! でした」
………………アレスガルドには残酷な神様も庶民的な神様もいらっしゃる、ということか。
「今のは例え話でしたが、戦神や闘争神、武器に関する神様でも『何かを倒せ』や『どこを滅ぼせ』なんて神託は出せるでしょう。
同じように豊穣の神や大地の神……八百万の神々風に言えば食の神様とか豆の神様とかなら、『何かを作れ』や『何かを広めろ』くらいは言うでしょう。
そんなわけで、神託の内容は司っている神様に一任されるため、難易度の調整が非常に難しいんですよ。他の神様の領域を侵さず、絶対に不可能ではないけど困難で失敗する可能性の高い神託を出す、というルール」
テストはテストでも、大学受験以上に厳しそうなテストだった。
「でも失敗してしまったら、人間界にその神様の情報が伝わらないんじゃあ……」
「あ、それは大丈夫。神託が下った時点で何の神様でどういう名前かは伝えても構いませんし、なにより『聖痕』が浮かび上がります」
「聖痕……?」
それは神託を授かった時、その人物の体のどこかに浮かび上がる魔法陣のようなものだ。
聖痕は神託を出した神によって異なるため、同じ聖痕が出てくることは極めて少ない。だから偽装し、詐欺行為を行う者も出たのだが、ある事実が広まった際に下火となった。
「聖痕には神の魔力が宿っています。一定以上の力量の持ち主なら魔力の質を看破できますので、聖痕に宿る魔力を見てもらえば一発ですよ」
俺の内側に宿る精霊の魔力と同じように、たとえ他の魔力を見たことがなくても本能的に理解できる。『人間』か『魔族』か、はたまた『精霊』か『神様』か、魔力を見ることができれば一目瞭然なのだそうだ。
聖痕を偽造しても、神の魔力を宿していなければすぐに見抜かれてしまう。そのため現代では大きな被害が出る前に暴かれるケースが大半だ。
「聖痕を宿した人物が現れる。神託を下したのは○○という神様だと伝える。あとは広め方次第ですが、存在は認知されるでしょう。神託を成し遂げてしまえば一躍有名人になれますね」
「神様は芸能人ですか……」
「あながち間違ってもないですよ? なにせ特定の神様になるためには試験が必要ですから」
(……神様とはいったい?)
神界で生まれた神は、その時点ではまだ『何を司る』神か定まっていない。
いわば名も無き神であり、特定の誰かの元で働く『天使』の役職に就く者か、その天使たちをまとめる『天使長』として神界で過ごしている。
新しく生まれた神のほとんどはいずれかの道で満足して生きていくらしいのだが、その生活の中で上司の神様の仕事の働きっぷりを見て学び、しっかり手伝い、一定以上の実績を積むと『新生神』の資格を与えられるのだそうだ。
「資格ということは、その段階でもまだ神様には成れていないんですか」
「むしろ資格をもらったまま燻ってる神なんてたくさんいますよ」
「どうしてです?」
「剣の神様、槍の神様、豆の神様、米の神様。いろいろな神様がいると思いますが、どうしてそんなに幅広く神様がいると思います?」
言われてみると、不思議な感じだ。
日本の神話だとそういう神様として生まれてきた、という描写がある。けれどアレスガルドでは神様が誕生しても、その時点ではまだ○○の神様として決まっているわけじゃない。
「何か、その神様になった方がいい理由があるんですか?」
「理由というより、条件が整う感じですかね。
神を名乗る以上は一定数の信仰心がないといけません。別に存在できなくなるとかそういう理由じゃなく、立場的な? 営業実績みたいな感じで」
マイナ様が神界の事情を口にするたび、世知辛い社会の構図を見せられている気がする。
相手が神様とはいえ、どことなく親近感が湧いてしまったのだが……まあ今さら感はあるな。
「極端な例えですけど、誰もがお風呂のありがたみを感じていれば『お風呂の神様』を選出するかもしれません。神託も出しやすいですし信者も多いですからね。逆に人気のない……そうですね、レオさんの前世で言うところの自動車やパソコンといったアレスガルドに全然ない、普及してないもので神様を募って、信者を増やせる見込みがないなら誰もやりたがらないでしょう?」
「実物がないので何とも言えませんが、言いたいことはわかります」
信者という分母が大きければ大きいほど、神様としての位は高くなるわけだ。
逆に信者が少なければ少ないほど、神界でのヒエラルキーは低くなってしまう。つまり……。
「大丈夫なんですか? マイナ様」
「なんだかえらく同情的な眼差しを向けられていますが、否定できないのでノーコメントです」
それは実質答えなんだよなあ……。
「でも! そういった神様のための救済処置が『兼任』なんですよっ」
「ああ、『二つの顔を持つ神の恩恵』でしたっけ」
俺が最初に読んだ、神様に関する本だ。
マイナ様は得意げに、自分の背に生えている二対の翼を羽ばたかせ、豊かな胸を強調するかのようにふんぞり返った。
「この翼は自分が担当する分野の数ごとに増えていくんです。一つだけなら一対の翼ですが、二つなら二対となるわけです。
まあ基本的に掛け持ちできるのは二つか三つなので、多くても翼は六枚。あとは信者の数が一定数を超えても増えることがありますね。リゼットやユリーシャがいい例ですね。あの二人は二つしか担当していませんが、信者の数が多いので八枚翼ですし」
現在聖女神教をはじめとして確認されている神様の中には、二つ以上の顔を持つ者がいる。
『生と死』『太陽と審判』『商売と幸運』といった具合に、自分が担当する分野が増えれば増えるほど、信者の数は当然増えていく。
絶対とは言い切れないが、翼の数が多ければ多いほど神格が高くなるというわけだ。もちろん、複数の顔を持つ神の方が圧倒的に少ない。
そういう意味ではマイナ様も十分高位の神格の持ち主に入るのだが……。
「じゃあ、マイナ様は転生の女神の他になんて呼ばれているんですか?」
「あー……」
転生以外にも役割があるのなら、当時の俺が読んでいないだけでどこかの教会が出版した本に載っているのではないか。
そう思って尋ねたのだが、マイナ様は気まずそうに目を逸らした。
「……私は、転生の女神ですよ」
「ええ、それは知ってます。で、もう一つは?」
「私は転生の女神です。それだけなんです!!」
そう吐き出したマイナ様は、やるせない表情をしていた。
マイナ様いわく、転生の女神とはそれだけで二つの役割があるのだそうだ。
ひとつは当たり前だが、転生先を与える役目。
転生は普通の生まれ変わりとは異なり、俺のように記憶を持たせたまま別の人生を歩ませるため、通常の『生と死の女神リゼット』の仕事とは別の領分になるのだそうだ。
そしてもう一つは、転生前の魂の選定。
死後の世界から魂を選んでくるのはリゼット神の仕事に横槍を入れることになるため、まだ生きている時に転生させる意義のある人物を見定める必要がある。
「本来であれば、転生なんて滅多に起こりませんし、起こしません。それだけに今世の見定めと来世の準備をわけて考える必要がないのでワンセットとなり、転生の女神はそれだけで二つの仕事を掛け持ちする羽目になるんですよ。だから不人気でしたね!」
「不人気なんですか? 神格上がるのに」
「そりゃ仕事が来ない神様なんて窓際族みたいなもんですからね! いくら二対の翼を持っていたとしても、『あの女神様なんの仕事してるの?』『え? 転生?』『なにそれ美味しいの?』なんて嘲笑されるくらいには不人気ですし仕事がなかったんですよ!」
しかし、そうやって『仕事ないの? プークスクス』とからかわれていたのは最初の頃だけだったらしい。
「今となっては突発的に重労働が入る上に信仰も稼げない閑職ですから? 『絶対に行きたくない職場ランキング』堂々の一位ですよ!!」
「な、なんだってそんなことに……」
「勇者召喚の影響ですよ!!」
「………………」
言われてしまい、納得してしまった。
勇者召喚には多大な犠牲がでる。別の世界の死者ではあるため、リゼット神の管轄外。かといってアレスガルドが引き起こした以上は、こちらの神が対応しなければならない。
そこで出番が来るのが転生の女神だ。
マイナ様いわく、突発的な事故でも起きない限り人の寿命――生誕から死去まで――は決められている。
リゼット神は寿命というスケジュールに合わせて仕事をするため、実際は残業に次ぐ残業をするようなブラックな環境ではないらしい。
だが、転生の女神は違う。
そもそも勇者召喚を行え、なんて神託は最初の一回以降は出していない。すべて今を生きる人間の独断だ。
そして神様ではあるが、直接的に個人個人の行き方や行動に口を出す権利はない。
つまり、いつ勇者召喚が行われるかは神様にだって予見できないだ。大体の予測は立てられたとしても、それが大きくズレるか小さくズレるかもわからない。
「だっていうのにいざお仕事となったらそのまま転生させる分と一から転生させる分とで別の仕事が同時に舞い込むんですよ!? それも数人分と数十か下手すれば数百人分!! それを一人で捌ききるとかどんだけ忙しいと思ってんですかね!! そのうえ転生後は別の神様に鞍替えされるから業績も上がらないし踏んだり蹴ったりですよ!!」
「だから人が集まらないのでは?」
「ええその通りなんですけどね!!」
マイナ様の愚痴る姿は、前世の社畜と化した友人を彷彿とさせた。
本来なら酒の一杯でも奢りながら聞いてあげたいところだが、いかんせん夢の中ではそうもいかなかった。それ以前に当時は未成年だった。
「仮にも二対の神なのに~……みんなに不人気で孤独な私~……」
膝を抱えていじけられてしまった。
慌てた俺は話題を変えるべく別の神様の名前を出したのだが、それこそが教会の広める歴史と真実の歴史で大きく異なる点だった。
「そ、そんなに忙しければ『創造神』様に相談されてみては?」
ならば仮にも最高位のマイナ様であれば、このアレスガルドを作ったとされる『創造神』に相談して待遇の改善を求めるのもいいのではないか。
そう思っていたのだが、帰ってきた言葉に背筋が寒くなった。
「え? 創造神なんてずっと前に消えましたよ」
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