第61話「突然ですが、礼拝の時間です」
中期課程に入って最初の選択科目は、アルメリアと一緒に魔法の実技を受けた。
前期課程までに習った魔法から初級魔法までの好きな魔法を使い、すべての的を破壊するといった簡単な内容だったのだが、的の数は過去最多だった。おそらく、休みの間もちゃんと訓練していたかを見るために少し難しめに設定したんだろう。
だが全体的に良い成績とは言えなかった。
俺は問題なくクリアできたのだが、大半の生徒が的をすべて壊す前にガス欠になってしまっていた。
元からケタ違いの魔力を持つウェスカは難なく的を壊していったが、相変わらず魔力の制御に進歩が見られず周囲を無駄に破壊しまくっていた。アイツが中級以上の魔法を使う時、周囲に味方がいたらと思うとゾッとする。
そして、アルメリアは前期課程とは比べ物にならない成果を見せた。
まあ実際、彼女が属性魔法を使うのは今回が初めてじゃない。夏休みの終わる数日前には既に実用段階まで成長していたし、今日は言ってしまえば大勢の前での初お披露目だ。
(そう思っていたんだが、やっぱり一歩前に進むと調子に乗りたくなるよな)
的を壊している最中、アルメリアの詠唱が僅かに遅くなった。そして構築している魔法陣が教科書にはない、俺が使っている魔法と似て非なる形を作り始めたところで《伝声》の魔法を使って釘を刺した。
あれは間違いなく、俺の《風刃弾》を作ろうとして失敗した形だ。
おそらく自分が使う《風迅弾》との違いを考えているうちに、過去に何度か使っていた場面を思い出しながら作ろうとしたんだろう。
自分で言うのもなんだが、俺の魔法陣の構築スピードは平均をはるかに上回る。俺が改変した魔法を使うのは実戦の時だけ。見せるためじゃなく、敵を倒すために構築する魔法陣は平時よりもはるかに早い。
そんな僅かな時間でしか見たことがない魔法陣を真似すれば、当然ながら大失敗する。あそこで一言声をかけなければ、実技場内に派手な暴風が吹き荒れただろう。
「……大変、申し訳ありませんでした」
選択科目が終わり、教室に戻る途中でアルメリアが謝罪してきた。
本当なら頭を下げて謝罪の意を表明したかったのだろうが、他の生徒の目もある時間でそんなことをすればあらぬ噂が立ちかねない。そう考えてのことだということは、沈痛な表情を見れば読み取れる。
「自分が使っていいと言った魔法以外、勝手に使わないという約束でしたよね」
「つい……調子に乗ってしまいました」
「気持ちはわかりますが、魔法陣の改変は非常に危険です。間違った魔法陣を描いて暴発してしまえば、自分だけでなく周囲の人間にも危険を及ぼすんですよ」
「はい、軽率なことをしました」
「……そう怯えなくても、特訓を打ち切ったりはしませんよ。今回は未遂だったので」
どことなく叱られた子犬を思わせる表情の彼女を安心させるべく、眼力を弱めて肩の力を抜いた。
「本当に?」
「ええ。静止が間に合わなかったら打ち切りましたが」
「うっ……本当にごめんなさい」
「何度も言いますが、魔法陣の改変は本当に危険です。絶対にやらないでください」
実際、正しく改変できないとどんな暴発をするのか予測できない。
火の玉が爆ぜることもあれば、煙を上げるだけで火種すら起こせなかったり、大したことない失敗から大怪我を負いかねない事故にまで発生する恐れがある。
(こればっかりは、失敗も成功のもとっていうにはデメリットが大きすぎるからなあ。俺だって、事前にミスがないか何度も見直しや修正してから、テストしてるし)
特訓を打ち切らないとは言ったが、何かしらのペナルティは考えておいた方がいいかもしれない。今回は俺の制止が間に合ったからいいものの、次も必ず止められるとは限らないからなあ。
「……レオ? 何かよからぬことを考えていない?」
「ソンナコトアリマセンヨ」
「嘘ね。ていうか隠す気もないでしょ、棒読みすぎるわ」
「よからぬことなんて考えてませんよ。アルメリア様にどんな罰を与えようか考えているだけです」
「しらっと怖いこと言わないでくれる!?」
「だって、罰がないと次もしでかすかも知れないでしょう。次を起こさないために罰則を設けるのは当たり前じゃありませんか」
「そ、それは、そうだけど……」
全面的に自分に非があるとわかっているから、アルメリアは二の句が継げない。
別にゲンコツ百回とか尻叩き二百回とか、体罰に訴えるつもりはないけど……さてどんな罰なら二度としないようになってくれるかな?
「くっ……黒い顔してるところ悪いけど、そろそろ着くわよ」
「おっと、考え事しながら拝聴するわけにはいかないので、明日までに考えておきますね」
「……お手柔らかに頼むわ」
「善処します」
次の授業は礼拝堂にて全学年合同で行われる。
たまたま近くまで来ていた巡礼の使節団に高位の司祭がおり、その方に教導を得る貴重な機会が急遽舞い込んできたのだ。
前世の世界と違い、この世界には身近な存在として神様がいる。
そうなれば宗教もより密接なものとなり、大きな集まりとなる。
その中でも最も大きな力を持つのが、今回来訪してくれた『聖女神教会』だ。
普通の教会であれば教皇が教会のトップに立つのだが、聖女神教会では聖女こそが最高権力者だ。その理由は『神の声を聞いた者』だからである。
アレスガルドには複数の神様が存在し、その神様を信仰することで剣技が上手くなったり、魔法の扱いが上達しやすくなったりと、恩恵を授かれる。けれど、その関係はあくまで一方通行だ。
信仰したからといって神様の姿が見えるわけでもなく、聞こえるわけでもなく、夢に現れることもない。それを可能としたのが、聖女と呼ばれる存在だ。
多くの信者をまとめ、教会の方針を定める教皇という地位に立てたとしても、神の存在を感じ取れてはいない。神を進行する集まりだからこそ、声を賜ることができた聖女を尊ぶのだ。
(聖女神教会か……マオは元気かな)
信託を授からなければ聖女になることはできないのだが、聖女に相応しい人物を育成することはできる。
それが『聖女候補生』。
教会の厳しい教育を受け、あとは信託さえ賜れれば聖女となれる信徒たち。
その厳しさゆえに、問題のある女性を矯正するためのプログラムとして利用されることもある。
それを受けているマオは、外界との連絡を年に一回だけと決められてしまっている。
俺がアカデミーに入学する前、マオが『クルセーヌ修道院』に入ったと手紙が届いた。
この大陸の遥か南西の沿岸部にある修道院で、周囲を険しい山々と海に囲まれているため、女の足では脱走はできないと有名な修道院らしい。
マオが脱走するとは思っていないが、その厳しさから矯正対象の女性が多く入院しているらしく、いじめや嫌がらせにあっていないかが心配だった。
前世の頃のような郵便制度がないため、手紙は人を雇って運んでもらうか、公益に来た商人に託すくらいしか手段がない。
クルセーヌ修道院まで運んでもらうには金額がかかるし、そちらに向かう商人の足も多くない。ましてや年に一回しか使えない手紙のやりとりを、自分だけで費やしていいわけがない。俺も手紙を出すのなら、その時は父さんたちと一緒でなければ。
「親愛なる女神の子らよ。本日は太陽の女神ユリーシャのご機嫌麗しく晴天に恵まれています」
おっと。いつの間にやら司祭様のご高説が始まっていた。
マオのことを考えていたが、今はそちらの話に耳を傾けよう。
礼拝堂の最奥には七体の女神像。壇上には十人近くの男女の神官が整列しており、ひときわ装飾の目立つ――といっても下品な派手さではなく、清廉さを醸し出す装飾をまとっている――格好をした男性が、よく通るバリトンボイスで演説を始めた。
バリトンボイスの男性――――司祭様の話は、人と神の関わりについてだった。
いつの頃だったか、マイナ様から熱心な(狂)信者が神様の声を聞くべくぶっ飛んだ方法での交信を求めたらしい話を聞いた。
俺からすれば昔話だが、当時の人々からすれば大騒ぎだったらしい。
当時には既に聖女神教会が樹立しており、初代聖女の活躍から百年ほど経過していた。聖女のみが神の声を聞けると誰もが信じていただけに、大半の者が信じていなかった。
しかし絵空事にしてはリアリティがあり、彼らが見てきたという神の像を絵や彫刻に起こすと、なぜか涙が止まらないほどの感銘を受ける人々が続出した。
当時に存命していた聖女だが、信託を授かった彼女は神の代行者として成すべき使命を与えられる。その立場はあくまで『代行者』であり、自由に会話する権利は与えられていない。
しかし使命感の強かった彼女は、さまざまな情報が飛び交い世間を混乱させている現状を憂い、あえて神託を授けてくれた神に尋ねることにしたのだ。
彼らが口にしている話は、御姿は、真実なのですか? と。
聖女は自分の行いが不遜であると理解していたが、それでも祈りの時間に神に問いかけた。人々の間で行き交う神の情報が徐々に混沌の渦となり、やがてはとんでもない誤ちを後世に残すことになりかねないと危惧していたためだ。
聖女は毎日の祈りの時間で、繰り返し繰り返し質問を投げかけ続けた。時に禊を行い、精神修行で自分を追い詰めながらも答えを得るべく問いかけ続けた。
そしてある日、新たな神託を得た。
世の中に錯綜する情報を正し、人々に信仰の自由を与えるように巡礼を行え、と。
「そうして広まったのが君たちの手にしている『創造神記』であり、世に広まっている神々にまつわる書物なのだ」
アカデミーに入学した頃に配布された聖女神教会の教典にして、最も古い神々について触れた本。
司教様はその内容を諳んじて朗読を始めるが、その内容は俺も読んで知っている。
(でも……やっぱり違うんだな)
俺が知る内容、というよりは……ある意味で歴史の生き証人でもある女神さまから聞いた歴史とは、同じところもあれば違うところもある。
教典だって人工物である以上、経年劣化は避けられない。書き写す際に間違って伝わっていったのか、意図的に編集したのかはわからないが、人間にとって不都合な点は正しく伝わっていないようだ。
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