第59話「突然ですが、夏休みもそろそろ終わりです」
『申し訳ありませんが、報酬はいらないので辞退させてください』
結論から言ってしまえば、それが俺たちの答えだった。
「俺は金はいらないんで、ネクロ草の手柄をシャルロッテに譲ってくれませんか」
ネクロ草について熱弁するサウスさん。頭を抱えるグラッドンさん。これからの書類仕事を想像して沈痛な面持ちのユエルさん。三者三様の混乱で収拾がつかなくなりつつあったが、そこへ俺が放った一言でシンと静まり返った。
「レオさん!? いきなり何を……」
「ちょっと個人的な理由で、研究機関とか王宮とか、大きなことに関わりたくないんです。かといってこれを全部見なかったことにしてください、って回収したら大騒ぎになりますよね?」
「当然ではないか!! 魔物化したネクロ草なんて新種もいいところだよ! これを大々的に発表しないなんて学会に対する冒涜ではないかね!?」
「それに、実物があって初めて例の泉に対する調査依頼も発行できる。今後の対処のために、実物はどうあっても必要だ」
「ですよね。なので、これらを発見したのはシャルロッテってことにして俺は無関係ってことにしてくれませんか」
ネクロ草の売却で得られる大金は、正直魅力的だ。しかし、そのために公の場に招待されるのであれば遠慮したいところだ。
絶対に忘れてはいけないのが、精霊に傷つけられた者は良からぬ人間だという風潮があるということ。
今は仮面によって隠せているが、何が切っ掛けとなってバレるかわからない。
別にバレた結果、俺だけに非難の視線が向くのであれば構わない。けれど万が一マオに……妹が犯した失敗にたどり着かれてしまうわけにはいかない。
だから徹頭徹尾、隠し抜くことにした。
特に大勢の人が集まるような場や、注目されそうな場には行かないに越したことはない。そんなところでもし仮面を外すことになってしまえば、瞬く間に噂が広まってしまうからだ。
(もともとここまでの大金を稼ぐ予定はなかったんだ。たまたま大金の詰まったジェラルミンケースを拾ったようなもんだと思えば、諦めもつく)
これで一件落着。そう思ったのは俺の早とちりだった。
「何を言うんだレオ! 君がいなければ私は生きて帰ることさえできなかったはずだ。それなのに、私がこれらの成果を独り占めになんて出来るわけないだろう! むしろ君の方が受け取るべきだ!」
押し付けたい相手から待ったが掛けられてしまった。それどころか俺に全部押しつけ……譲ろうとさえしてくる。
「いやいや、そういうわけにはいかないよ。ネクロ草のとどめだってシャルロッテだったんだし、正当な報酬でしょ」
「それを言うならすべてを見抜いて真相を明らかにしたレオにこそ受け取る権利があるはずだ!」
「いやいやいや、それがいらないんだって。これ以上変に目立ちたくないんだからさ」
「それなら私だって同じだ! 金品が欲しくて冒険者をしているのではないし、報酬を独り占めするような人間だと思われたくはない!」
「いやいやいやいや、それじゃ誰も受け取る人がいなくなるじゃないか」
「それならそれで構わないだろう! 冒険者ギルドに寄付してしまうか!?」
「いやいやいやいやいや…………」
――――――……それもありなのでは?
「シャルロッテ一人の手柄にするのは嫌なんだな?」
「くどいぞ」
「俺も独り占めするのは嫌だし、それ以前に俺が手柄に噛んでると思われるのは嫌だ」
「なら二人とも関係ない。でいいではないか」
「それじゃあ、もうそれでいいか」
「「というわけで、報酬はいらないのでこれらは寄付します」」
図らずとも、二人同時に同じ返答を出していた。
黙ってことの成り行きを見ていた三人は、ポカンと大口開けて呆然としている。
どちらも一方的に受けとりたくない。そう主張する俺たちの意見は、第三の選択肢に落ち着いた。
即ち、魔物化したネクロ草を冒険者ギルドにそっくりそのまま譲り渡すことだ。
報酬もなにもいらないから、面倒な手続きや大きな栄誉やら、全部そのままあげてしまおうというわけである。
「…………お前ら、マジでいい度胸してるな」
グラッドンさんは見た目に反してゲッソリとした顔つきになり、恨めしげなジト目を向けてきた。
「ギ、ギルドマスター!? それでよろしいのですか!?」
「良いも悪いも、報酬の分配で揉めるのは冒険者の常だ。不正があればギルドが介入することもあるが、今回はきっちりと答えを出したからな。まさか互いにいらないと主張するとは思わなかったが」
「ではこのネクロ草はギルド経由で交渉に持ち込むということですかな!?」
「お前は本当にぶれねえな……だがちょっと待ってろ。それについては後日だ」
「何故に!?」
「こいつらから受け取るための書類が必要だ。というか、魔物化したネクロ草絡みの契約書を作らにゃならん。入手したお前たちの情報を明かさない代わりに、お前さんたちも今回の件に関する一切の情報を口外するな。いいか?」
見た目とは裏腹に、よくものを考えている人のようだ。
まあだからこそ、冒険者ギルドのマスターが務まるのだろう。
「俺は構いません」
「私もだ」
「よし。このネクロ草は契約完了するまで厳重に管理しておく」
「おぉぉ……そんな殺生な……」
「落ち込んでる暇はねえぞサウス。当事者を連れていけないんじゃ、事の細部に至るまで聞き込みせにゃならん。お前らもわかってるな?」
「多大な迷惑と手間をかけるんですから、もちろん」
「これだけあれば一財産どころか貴族になれてもおかしくはないってのに、"迷惑"と言い切るかよ」
「俺は別に偉くなりたくて冒険者になったわけじゃないので」
「私も同じだ。貴族の生まれのくせに何を言っているのかと思われるかもしれないが、地位や名誉のために冒険者になったわけではないからな」
「変わり者どもめ……それじゃ、詳細を説明してもらうぞ。もちろん、お前たちがどうやって戦ったのかもだ。そこの辺りをこちらでも噛み砕いて説明できんと、御上に報告なんぞできんからな」
「えー……それをやってっていう個人情報は……」
「当然黙っておいてやる。そういう契約をするって言っただろう」
それならいい……のかな。
今回、義眼で使った魔法は自分も使えるし、雷の上位属性魔法の使い手がいないってわけじゃないはずだ。
Dランク冒険者でアカデミーの学生がそんなことやったと明らかになれば面倒なことになるが、黙っていてくれるというのなら説明するしかないだろう。
もっとも、今後厄介な依頼を回されることは覚悟した方がいいかもしれないが。
そんなわけで、森に入ってからの俺たちの行動を順を追って説明した。
魔物化したネクロ草の正体を俺の魔法で看破したことや、雷属性の魔法でサイクロプスの中から引きずり出したことを説明した辺りでは、思いっきり眉をしかめられたが。
そこに追い討ちをかけるように、シャルロッテがいかに俺の強化魔法が素晴らしかったか熱弁を加えられてしまい、ユエルさんは呆然、サウスさんは目を爛々と輝かせ、グラッドンさんは獲物を見つけた鷹のように鋭い眼差しを向けてきた。
「君、レオ君と言いましたかな? アカデミー卒業後はぜひウチの部に就職してみないかね?」
「すみませんが卒業したら家業を継ぐと決めていますので」
実際は特に決まっていないけど、そう言って断っておく。
でもぶっちゃけ、この傷跡がある限り大きな機関に就職することはないだろう。バレた途端に心無い誹謗中傷や言いがかりなどで、立場を追われるテンプレな展開が目に見えている。
将来的にはこのまま冒険者を続けるか……それでも変な貴族に目をつけられて厄介事を背負う未来が想像できてしまったので、やはり故郷に帰って適当な職を見つけてのんびりと暮らす方が平穏に生きられそうな気がする。
「それだけの才がありながら、もったいなのであるな」
「おいおい、ウチの将来有望な冒険者を引き抜くなよ」
「アカデミー生は実力を売り込んでなんぼの世界ではないかね?」
「それは限られた優等生だけだがな。とにかく、こいつらの話を元に報告書を作る。お前もそれでいいな?」
「もちろんなのだ! ああ、早くこのネクロ草を使って研究がしたい……!」
「お前さんまだ研究室長だろう。もっと上の役職に持ってかれるんじゃないか?」
「そんなもの、発見者の権利を主張してもぎ取るまでのこと! こんな世紀の大発見を前にお預けをくらうわけにはいかないのである!!」
「そのためにはしっかりとした書類を作らにゃならん。サウス、ユエル、当分ゆっくりできんからな」
ニヤリ、とグラッドンさんは笑った。
しかし気のせいか、どことなくその笑みは疲れているように見える。
ユエルさんは肩を落として疲労感を滲ませ、サウスさんは嬉々とした表情で興奮したように同意した。
それから日がどっぷりと暮れるまで聴取という名の打ち合わせが続き、ようやく解放された。
詰めるところはまだあるようなのだが、俺たちが口を出せるところは全て終わった。あとは三人の仕事だ。
「しかしレオ、本当に良かったのか?」
「アレの報酬を全部放棄したこと?」
「そうだ。あの金額さえあれば学費を一括で払うこともできたし、もう冒険者ギルドに出向いて生活費を稼ぐ必要だってない。君はそのために冒険者として活動していたんだろう?」
「まあそうだけど、あれは予定外の報酬だったわけだし」
依頼の報酬だけでも、行き帰りの馬車台を差し引いても収支はプラスになる。
莫大な報酬は得られなかったが、あくまで手に入れる予定のなかった金だ。
前世の頃の生活なら捨てるには惜しい額だが、今の生活では貰うには大きすぎる。
「いいんだよ。ギルドでも言ったけど、あんまり目立つのは避けたいからね」
「平民で特待生ということで、もう十分目立っていると思うぞ?」
「あれは避けては通れない道だったんです……」
「まあ、君が気にしていないというのなら、もうこの話は蒸し返したりしない。口外するなとも言われているしな」
いずれ大々的に発表されるかもしれないが、それに関わっていると思われないようネクロ草の話題を出すべきではない。もともとそういう契約なのだし。
「だが、そうとなればまた依頼を受けなければならないな」
「え? うん、まあ……」
「明日は帰ってきたばかりだから休むとして、次はいつ行くんだ? さすがに今回で夏期休暇も半分近く使ってしまったし、遠出するような依頼は受けられないだろうが」
「いやちょっと待て」
「どうした?」
「なんでさも当然のように、これからの予定を一緒に立てようとしてるんだ?」
「何を言ってるんだ。私たちはもうパーティじゃないか」
いや、確かにパーティを組んだが、その依頼はもう終わったわけで……。
この条件を飲んでくれるのなら……一緒にパーティを組み、この依頼を受けてくれませんか?
――――あれ? もしかして「この依頼限りで」って条件出してなかった……?
「私は君の出した条件を飲んだ。そしてパーティを組んだ。だからこれからも一緒に依頼を受けられる。そうだろう?」
「……飲んだという割に、こっちがかなり譲歩する展開が多かったような」
「うっ……」
でも確かに、一度だけとは言っていなかった。
そういえばユエルさんが出したパーティ申請の用紙、アルメリアたちの時とは違ったような……もしかして、正式なパーティ申請の用紙だったんだろうか。
「でもまあ、確かに一度きりとも言っていなかったんだよな」
「 ! 」
もう見せてはいけないレベルの魔法をバンバン使ってしまったわけだし、シャルロッテと組んだ状態でも特別自重する必要もなさそうだ。
それに同じアカデミー生である彼女なら、こちらの事情に合わせて活動もできる。
剣の腕も立つし、前衛と後衛の役割分担もバッチリだった。
「冒険者として活動する時は、この前取り決めたように敬語はなしで対等に扱いますが……構いませんね?」
「ああ、それでいい。よろしく頼むよ」
改めて、俺たちは握手を交わしパーティを結成した。
余談ではあるが、夏休み中も魔法の特訓をしていたアルメリアに「随分と長いこと留守にしていたようだけど、何かあったのかしら?」と詰め寄られた。
実際、夏休みに入る前に何度か特訓を見てあげる約束をしていたのだが……急に危険な匂いのする昇格試験が舞い込んできたせいですっかり忘れていたわけで……。
しどろもどろになりながら弁明したところ、どうやら昇格試験を受けたことは既に知っていたらしい。今回はちゃんと連絡しなかったことにご立腹だったらしい。
そんなわけで平身低頭、ひたすら謝り倒して許しを得たのだが……折り悪くそこへ、シャルロッテが俺をギルドに誘いに来た。
二人でパーティを組んだことを知ったアルメリアは、「それなら私とも組めるわよね?」と普段より二割くらい迫力の増した笑顔を向けられた。
これを断る勇気は、俺にはなかったと言っておく。
残りの夏休みは、例年にない濃厚なスケジュールとなった。
時に魔物相手に魔法や剣術の特訓を。
時に涼しげな施設を使って勉強を。
時に体を休めている時に誰か――約二名のみ――に押しかけられ。
忙しなくも賑やかな夏休みを送ることになった。
そして気が付けば、二学期が始まろうとしていた。
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