第58話「突然ですが、Cランクになりました」
三人揃って遠い目をしていると、コンコン、と扉がノックされた。
誰が来たんだろうか。不思議に思っているのは俺たち二人だけで、ユエルさんは待っていましたと言わんばかりにスピーディな動きで迎えに行った。
「お待ちしておりましたっ。どうぞ、こちらへ」
彼女が室内に通したのは、二人の男だった。
一人は健康的な日に焼けた肌の色を持つ、がっしりとした体格の大男。山中で出会ったら山賊だと疑ってしまう程度には人相の悪い……失敬、強面な顔立ちの偉丈夫だった。
もう一人は、これまた対照的な男だった。丈の長い白衣に瓶底眼鏡、髪の毛や髭は伸び放題で健康的とは言い難いモヤシ体型のインドア派……というか、どう見ても研究畑の人間だ。
「もろもろの手続きに手間取って遅くなった、あとはこっちが」
「おおおっ!? これが話にあったネクロ草ですなっっ!!」
偉丈夫が口を開くとほとんど同時に、眼鏡男が興奮した様子で駆け込んでくる。その視線はテーブルの上においたネクロ草に釘付けになっており、興奮で息が荒くなっている。
「……専門家も連れてきたし、詳しい話」
「なんと見事の大きさだ! いや、ここまで成長した実物なんて初めて見た! これは本当にネクロ草なのか!?」
「ご苦労だった、ユエ」
「やや!? さてはそこにいる冒険者君たちがこれを採取してきたのかな! 詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか!!」
――――ゴッッッ!!!
「人の話を遮るなサウス。まずはこっちの話を先にさせろ」
聞こえてないと思います、その眼鏡男。
偉丈夫のゲンコツを受けて、涙目になるどころか白目を剥いて倒れ伏してしまったぞ。
沈黙した男を軽々と担ぎ上げてソファーに寄せ掛けると、改めて偉丈夫が名乗りを上げた。
「俺はグラッドン・ノーザルト。このアイワーン支部のギルドマスターだ。こいつはサウス・フィア・オーガスト。ユエルから大事になるから薬師ギルドの関係者を手配してほしいと言われて連れてきたんだが……見ての通りクセの強いヤツだ」
はあ、とため息をつくギルドマスターのグラッドンさん……というか、サラッとゲンコツ落としましたがその人、伯爵位の貴族様ですよね?
「お前たちも煩わしいと感じたら強気に出ていいぞ。薬草学を始めいろんな学問に没頭しすぎてアカデミー生の頃から研究室に所属しちまうほどの、生粋の研究マニアだ。一応は貴族の三男坊だが、本人がそのことを忘れかかってるくらいだから多少の無礼は気にするな」
気にするなと言われても、さすがに彼みたいにいきなり殴ることはできない。
口振りからして元学友とか友人とか、親しい間柄だからそこまでできたんだろう。
「取り敢えず、ユエルからお前たち二人が昇格試験の依頼を解決してきたことは聞いた。だからコイツを持ってきたわけだ」
そういってグラッドンは懐から二枚のタグを取り出した。
今までのタグとは違い、サイズは名刺ほどの大きさほどある。素材も銅製だったのだが、今回のタグは銀色に輝いている。
そのプレートに『Cランク』の文字がよくわかるように打たれていた。
「Dランクまではライセンス帳だけで身分の証明ができたが、Cランクを超えるとやんごとない身分の方からの依頼もあるからな。偽造防止用にそっちのタグに変更になる」
「見た目はただのプレートに見えますが、本人の魔力を通さなければ名前が浮き上がらないようになっています。今この場で登録していただけませんか?」
どれどれ。言われた通り軽く指先を切って血を垂らし、タグの登録を行う。
すると『Cランク』と刻まれた文字の下に、自分の名前――――『レオ・オールド』と昇格した今日の日付が浮かび上がってきた。
「……これで登録いいんだろうか?」
「拝見しますね。……はい、二人共問題なしです。あとはさっきも言いましたが、お帰りの際にライセンス帳もお忘れなく」
「それとしつこいようだが、身分を気にする相手にはライセンス帳よりそっちのタグを見せる方が一般的な礼儀だ。無くすなよ? 一枚作るだけで結構な費用が掛かるから、再発行代は銀貨20枚だ」
「銀貨20枚……大金だな」
ライセンス帳の紛失で20000マルクだったから、その10倍になる。
Cランク依頼の相場がわからないが、Dランクの依頼だったら討伐依頼を四、五回は成功させないと支払いきれない額だ。それも報酬金を独り占めできた場合に限る。パーティを組んでいたらその倍以上は稼いでいないといけないし、単純にそれ以外にも支出はあるだろうから、間違っても無くせる代物じゃない。
「それからもう一点。Cランクからはやんごとなき身分の方からの依頼を受けることがあるが、逆に直接依頼を指名されることもある。Cランクで指名されることはそうないと思うが、今のうちに覚えておけ」
「ああ、聞いた覚えがある。指名依頼という、冒険者と貴族を繋ぐシステムだな」
聞きなれない依頼形式に首を傾げたが、隣りに座るシャルロッテはふむふむと頷いていた。
詳しく聞いてみると、貴族をはじめとした一部の人間には「見知らぬ輩に頼むのなんて不安で嫌だ」という偏屈……もとい神経質な人間も多くいるらしい。
そこで生まれたのが『指名依頼』という、依頼者の方から特定の冒険者に受けさせるシステムだ。
これならば頼む側も自分が知っている人間なのだし、冒険者の伝手がなくてもギルドの方から信頼できる冒険者を紹介してもらえる。
指名依頼を利用すれば安心は買えるが、当然ながら普通の依頼よりも手数料が多く取られる。他の冒険者に依頼を回せないうえに、やんごとなき身分の方の依頼ならば優先順位も高い。必然的に腕利きの冒険者の活動を制限されることになる。
「聞いておきたいんですが、その指名依頼を断ることってできるんですか?」
「断るに足る理由があれば可能だが、よっぽどのことがない限りは無理だ。それでも断りたいのなら、先んじて違約金を払うしかないな」
「受ける前から失敗扱いってことですか……」
「当然だが普通の依頼よりも報酬金が高い以上、違約金もバカにならん。大人しく請け負っておいたほうが身の為だ」
断ることで目をつけられる場合もあるらしい。まだこの制度を流布したばかりの頃、気に入らない冒険者を闇討ちさせる依頼を貴族が出したことがあったらしい。今ではそんな犯罪紛いの依頼はなくなったものの、断ったり失敗することで恨みを買うケースは後を絶たないそうだ。
「それで……コイツがお前さんたちが回収してきてくれた遺品か」
テーブルの上に並べているのはネクロ草だけでなく、俺たちが回収できた冒険者たちのライセンス帳も置いてあった。ユエルさんに検めてもらったところ、確かに依頼を受けた冒険者たちの物だったようだ。
冒険者が活動中に同業者の遺体を発見した場合、可能な限り身元の確認できるものや遺品を回収し、ギルドに知らせるという暗黙のルールがある。ライセンス帳はポケットの中にあったから回収できたが、タグは戦闘中に落としたのか見つからない者もあった。
なんにしても、依頼中に消息を絶っていた二つのパーティの死亡が、これで公式に確認されたわけだ。
「こいつらをやったっていう魔物について、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「詳しく……と言われても、事の顛末まではわかりませんよ。どこからかやってきた余所者の魔物がネクロ草を取り込んで厄介なことになった、ていうだけですが」
「とりあえず、証拠になるものは出しておこうか」
ユエルさんに話したのと同じ内容を、グラッドンさんに報告した。嘘ではないことの証明として、シャルロッテの魔法カバンからサイクロプスの一部を見せることも忘れない。
そして推察混じりにはなるが、今回の経緯について説明した。
道中などは飛ばし、森の中で冒険者の亡骸を発見し、それがネクロ草によってアンデッド化していたこと。
俺が調べた――調査手段については冒険者の特権として秘密にさせてもらった――結果、親玉に当たるネクロ草がいたと判明したこと。
森の奥で発見した泉に生息する魚が、ネクロ草を宿していたこと。
泉の中から出現したサイクロプスは、角の損壊具合から群れから追い出されたはぐれ個体だったこと。そして余所者であったためにネクロ草を体内に取り込んでしまったこと。
最後に、俺の魔法とシャルロッテの剣技によりサイクロプス……もとい、魔物化したネクロ草を討伐したこと。
「魔法で中に潜んだネクロ草を追い出し、剣術で切り刻んだ、か。なるほどねえ……」
具体的にどんな魔法を使い、どう対応したのかまでは秘密にさせてもらった。
冒険者にとって自分の戦法や戦術などは立派な商売道具だ。たとえ所属しているギルドや同業者であっても秘密にすることは、別に珍しい話じゃない。
当然、ギルドマスターのグラッドンさんも承知している。だから俺たちの報告に対しても、具体的に何をどうやった、とつっこんで聞いてくることはなかった。
「さすがにDランク二人でサイクロプスを討伐した、って話よりはまだ信憑性はあるな。魔物化したっていうネクロ草の驚異度はわからんが、サイクロプス以上ってことはないだろうしな」
「自分で戦ってるわけじゃないので、単体としてみればそれほどではないかと。直接サイクロプスと戦ったシャルロッテの方が、強さはわかるんじゃないですか?」
「なるほど。それじゃあ聞かせてくれるか?」
「アンデッドとは戦ったことがないので、私の主観になるが……」
動きは話に聞くアンデッドよりも早く、身のこなしも柔軟だった。
冒険者のアンデッドに関しては考えて動く、頭を働かせる、といった思考した動きが見られなかった。魔物や魔獣に近しい、本能に沿った動きだった。
対して、肉体は全体的に硬くダメージの通りは良くなかった。死体だから当然といえば当然だが、痛みによって怯むことはない。だが再生したり繋ぎ合わせることはできないので、部位切断を狙えばかなり楽に討伐はできると感じた。
グラッドンはシャルロッテの報告を最後まで聞くと、腕を組みながら悩ましげな呻き声をあげた。
「従来のアンデッドより厄介な魔物だが、対処できないほどじゃない。ゾンビより少し強い程度の驚異度で良さそうだが、寄生した魔物によってはその範囲じゃないってことか。こいつらがその例外に当て嵌っちまったわけだしな……」
生前の強さをそのまま引き出せるのなら非常に危険な存在だが、頭脳となるのはあくまでネクロ草。寄生した肉体が持つ魔法や技術までは再現できないから、大抵の魔物や人間のアンデッドならばそれほど驚異ではない。
しかし、今回のサイクロプスのような素の肉体だけで脅威となる魔物に寄生した場合は、その限りではない。
力任せに暴れる魔物が、痛みを感じずに襲いかかってくる。字面を見ただけでやばさが伝わって来るというものだ。
「まあとにかく、昇格試験は無事にクリアしてる。これまでの経歴も問題なし。晴れてお前たちは今日からCランクだ」
「「ありがとうございます」」
積極的にランクを上げようとは思っていなかったけど、やはり昇格すると嬉しいものだ。
新しくもらったタグを首から下げると、証明を反射して輝く銀色の光が目に入り、自然と頬が緩んだ。
「話は終わりましたかな?」
後ろの方から声が聞こえた。
ゲンコツを落とされぶっ倒れていたサウス・フィア・オーガストが、恨めしげにグラッドンさんを見据えつつ立ち上がっていた。
「ああ、こっちの用件は終わりだ。あとはお前の分野になるが、引き続き立ち合わせてもらうぞ」
「でしょうな。こちらの若き冒険者君たちが発見したのですから、最高責任者の君が聞く権利は当然ありますよ」
「くそ……嫌味ったらしく言いやがって」
「突然の暴力の仕返しだ。このくらい可愛いものだろう」
「これからの忙しさを考えたら、本当なら退出したいところだ」
目をキラキラと……いや、ギラギラと輝かせてネクロ草の鑑定を始めるサウスさん。
グラッドンさんは顔を覆いながら天を仰ぎ、重苦しいため息をついた。
まあ仕方がない。はっきり言って、俺たちの昇格なんてもはやおまけ程度のイベントにしか過ぎない。
持ち帰ってきた証拠品の数々を見聞するうちに、眼鏡の奥から覗くサウスさんの瞳は瞬き一つせず、より強烈な輝きを放ち始める。
あんな目をして新しい薬剤や医療知識について語る友人が前世にいたなあ。と、そんなくだらないことを考えてしまった。
「素晴らしい!!!」
三十分は集中して調べていただろうか。目は血走っていて呼吸は荒く、もはや興奮というレベルではない危険な状態だったが、突然そう叫びながら立ち上がった。
「素晴らしいよグラッドン!! こんな品質のネクロ草は初めて見る! いや、紛れもなく新発見だよ!」
「一応聞くが、普通に売買できる品質か?」
「とんでもない!! 完全開花というだけでも一研究機関と取引できるのに、従来の効能の数倍は優に超える品質のネクロ草だよ!? 王族に献上するレベルのお宝だよ!」
(Oh…………)
傷跡のせいで公的な機関や場所など赴きたくないし、目をつけられないようにしたかったんだが……どうやらそういうわけにもいかないらしい。
ネクロ草の引渡しでお金は大量にもらえそうだが、それと引き換えに王宮に行くなんてことになったら……。
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