第56話「突然ですが、徹底抗戦です」
作戦を伝えたあと、俺たちは薮から飛び出した。戦うのであれば、遮蔽物があり見晴らしも悪い森の中は不利になる。まずは泉まで戻らなければならない。
ついでに、後ろの方で突っ立ったままのネクロ草アンデッドに向かって魔法をぶつけて倒しておく。
花を切り落とすだけで無力化はできるが、そこまで細緻な制御は面倒だったので左半身を縦に両断するように風の刃を放っておいた。
(これであいつに集中できる)
周囲に他のネクロ草の目がなければ、あいつの視界はサイクロプスと同程度のはず。急に不意打ちを防がれたり、挟み撃ちに柔軟に対処されることはなくなる。
俺がシャルロッテに伝えた基本的な戦法はいたってシンプル。彼女が攪乱、俺が火力だ。
薮から飛び出す前に『速力強化』と『筋力強化』を掛けていた。
ただ先ほどのような、瞬間的な強化では意味がない。だから持続時間を1分間に延長しており、解けるたびに掛け直すことができれば普段の何倍も速い動きを維持することができる。
もちろん、魔力の消費量は普通の強化魔法よりはるかに多い。しかしシャルロッテがサイクロプスの注意を引いてくれなければ、火力の準備が整わない。
「こんなに体が軽くなるなんて……! 私の身体強化とは全然違うな。これならば……!」
シャルロッテは軽やかな身のこなしで、瞬く間にサイクロプスに肉薄する。
気が付けば足元まで迫っているが、サイクロプスは彼女を一瞥しただけですぐに俺の方を見た。
剣よりも魔法の方を驚異と捉えているからだろうか。確かにサイクロプスほどの強固な皮膚を傷つけられるとしたら、物理攻撃より魔法攻撃の方が可能性はある。
だが、何事もやってみなければわからないぞ?
「ハアアアアッッッ!!」
裂帛の気合と共に低い姿勢で大地を疾走し、微かに輝く刀身で向こう脛に斬りかかる。
『ギャッ!?』
痛みがあったのか、それとも突然バランスを崩したからか、サイクロプスは短い悲鳴を上げて前のめりに倒れた。
「無視してくれるとはいい度胸だ。このまま斬り刻んでくれようか」
背後から見下ろすシャルロッテの声色には怒りが滲んでいた。
その怒りを感じとったのか、傷を負わせた彼女を驚異と認めサイクロプスが振り向き様に腕を振るった。
「ふっ――――!」
丸太のように太い腕に捕まらないように距離を取りつつ、紙一重で避けた腕を剣で薙ぎ払う。
『グギィィイイ!?』
シャルロッテの剣が描いた奇跡通りに、サイクロプスに傷が刻まれる。
剣はサイクロプスに触れる直前に光を纏い、離れると同時に霧散していた。
あれはシャルロッテの魔力の輝きだ。彼女が俺に言った切り札とは、魔力による攻撃力の増幅だった。
彼女が行っていることは、魔力による身体強化……とは異なる方法だ。
俺が掛けた『筋力強化』も普通の身体強化も『自分の筋力を魔力で強化する』、という点では同じだ。剣を使おうが斧を使おうが拳で戦おうが、自分の筋力で攻撃する以上は誰が使っても効果は変わらない。
しかしシャルロッテは違う。
彼女は武器に直接魔力を流すことで、流した魔力の分だけ攻撃力を増加させているのだ。
つまり『筋力10+武器X+強化魔法10』が身体強化の理論だが、シャルロッテの場合は『筋力10+武器X+魔力強化X』と、自由に推移できる数値が二つもあるということになる。
だが一番の優位な点は、その攻撃に魔法攻撃力が上乗せされるという点だ。
当然のことだが、身体強化系統の魔法は魔力による補助でステータス……つまり肉体の数値そのものを強化している。『筋力10+強化魔法10=筋力20』となるわけだ。
強化魔法を帯びて攻撃した場合、どうあっても攻撃は物理依存になってしまう。サイクロプスの外皮は相当に硬い。が、どちらかといえば物理防御寄りの硬さだ。
そこにいくら物理攻撃力を上げても、通るダメージを考えれば労力がもったいない。ここで有効になるのは魔法攻撃力なのだ。シャルロッテにはそれがないから戦闘をあまり視野に入れたくなかったのだが、彼女が教えてくれた切り札はその判断を覆すものだった。
(俺やシャルロッテは単純に斬撃に魔力が乗ると考えていたんだが、それだけじゃなかったんだな)
説明を聞いた時、彼女の攻撃力は『筋力+武器+魔力強化』で算出されると思っていたのだが、実際には違った。
そもそも、シャルロッテの魔力は戦士にしてはある方だが、魔法使いに比べれば大差ない。だからこそ常に魔力による強化を行わず、攻撃が当たるタイミングで使用しているのだ。
流す分の魔力量しか威力が上がらないのだから、念のために俺の強化魔法も載せたのだが、それにしては難なくサイクロプスの外皮を貫くから不思議に思いちょっと解析モードで覗き見させてもらった。その結果がこれだ。
『魔法剣(無属性)
属性のない魔力を剣に流した状態であり、魔法剣会得のための初歩段階。
魔力を帯びている状態では属性の変化が起こり、無属性では物理攻撃から魔法攻撃へシフトするだけに留まる』
知らずに使っているのか、まだ教わっていないだけなのか。とにかく彼女の家系は魔法剣の会得が可能な鍛錬を行っていたらしい。
そしてこれこそが、嬉しい誤算だ。
俺たちの予想では魔法で強化した分くらいしか有効打がなく、少しでも他の強化魔法で底上げしようと考えていたのだが……今の彼女の攻撃はすべて魔法攻撃扱いだ。底上げした分も含めて、魔法攻撃として上乗せされている。
単純な威力なら中級魔法程度の攻撃を繰り出せるシャルロッテ。その攻撃がすべて魔法攻撃に変換された結果、サイクロプスの防御では無効化しきれるものではなかった。
(さて……やるなら今のうちだ)
サイクロプスの注意は完全にシャルロッテに向いている。俺はできる限り二人から距離を取り、準備に入った。
描く魔法陣は今までの比ではなく、腕を目一杯伸ばしてようやく足りるほどの巨大な魔法陣だ。
初級魔法の『火炎球』が通じないのはわかっている。ならば中級魔法を……なんて悠長なことは言っていられない。
時間稼ぎをしてくれているシャルロッテは、直撃の瞬間しか魔力を込めていないとはいえ、その消耗は今までよりとは比べ物にならない。彼女の身を案じるのなら、出し惜しみせずに出せる限りの全力――――上級魔法で一気にカタをつけるべきだ。
ただし、基本属性ではいささか心もとない。二つの属性から作り出す、上位属性の魔法で組み上げる。
『属性変換=雷』
『形状変化1=槍』
『形状変化2=蛇』
『範囲指定=指定距離×× → 義眼連動:スキャン対象へ設定』
本来は詠唱が必須な上級魔法だが、ジェーンさんの訓練のおかげで攻撃系統の上級魔法までであれば、改変ありでも無詠唱で発動させることができた。だが当然、構築するまでの時間は大幅に増えている。
今から発動しようとしている『雷光嵐』は通常なら十秒とかけずに発動させられるが、それだけでは不十分だ。
そのまま放てば広範囲に雷が降り注ぎ、森をめちゃくちゃに破壊し火災を引き起こしかねない。第一、威力が分散してしまってダメージが通らない可能性だってある。
だから改編を行うのだ。広範囲魔法を対象限定の攻撃魔法へ。
だがその前に、そろそろ切れそうな強化魔法を延長しておく。
「『速力強化』! 『筋力強化』!」
魔法陣を描いていない方の手で、スピード・パワーの順番で強化の魔法を飛ばす。両手で別々の文字を描くくらいに複雑な工程で、慣れないうちは何度も失敗した。出来るようになったのは、アカデミーに入学する一年前くらいだ。おかげで気づけば両利きになっていた。
「助かるレオ! こっちはまだ余裕があるぞ!」
「それは良かった。もうすぐ完成するから、合図を送ったら頼むぞ!」
礼を言いつつもシャルロッテはサイクロプスから注意を逸らさず、引き続き囮としての役目を果たしてくれている。
俺がもたもたして時間をかけるわけにはいかない。仕上げといこう。
『効果時間=カウント:+30』
『魔力放出レベル=10』
『発生数=カウント:25』
『威力レベル=最大』
改変すべきところを適切に入力し、原本のままの式は素早く構築していく。そして、魔法が完成する。
「シャルロッテ――――!!」
彼女の名前を呼ぶと、こちらの意を汲んで一足飛びでかなりの距離を空ける。
魔法の効果範囲外に出たところで、完成した魔法陣を解き放つ!
「穿き焦がせ! 『雷蛇の大嵐』!!」
魔法陣が空中へと駆け上り、一瞬のうちに暗雲へと姿を変える。ドス黒い色をした雲の中で一つ、二つ、三つ、と稲光と雷音が増えていく。
本来であれば広がった暗雲の範囲内に落雷が何十本も降り注ぐ、広範囲殲滅魔法の代名詞のような魔法だ。しかしそれでは森にいらぬ被害を生み出し、森林火災を引き起こしかねない。
だから俺は改変した。暗雲から落ちる雷に、生き物の姿を与えた。
「雷の……大蛇……」
暗い雲から姿を見せ始める、雷を帯びた発光する蛇。瞳や舌、鱗や牙まで、すべて雷で再現した生ける雷。それが全部で二十五匹、一斉にサイクロプス目掛けて襲いかかった。
『ギッ……ギオオオオオオオオオオオオ――――!?!?!?』
突き立てられた牙から、絡みついた皮膚から、至るところから雷撃が襲いかかってくる。
いくらサイクロプスを外皮として着込んでいても、これだけの数の雷撃を受けてノーダメージとはいかないだろう。それになにより、直接雷撃を浴びた外皮は帯電する。
『ギュルッ!? ギュギィィイイイイイイ……!!』
魔法を突き立てられた傷だけでなく、被っているサイクロプスからも雷撃が伝わっていく。あっという間に全身が痛みに襲われる。
ほどなくして痛みに耐え兼ねたのか、サイクロプスの目玉がずるりと抜け落ち、本体のネクロ草が露出する。もはや植物というより無数の蛇が絡み合ったかのような根っこが、雷撃から逃れようと這々の体でのたうち回っている。
「――――今だシャルロッテ!!」
そしてこの瞬間こそが、最大のチャンスだ。
痛みを与える体を乗り捨てた瞬間、ほんのわずかだがダメージが薄れたことで隙が生まれた。
俺は空いている手で『斬撃強化』の魔法を完成させ、シャルロッテへと飛ばしていた。
魔法で彼女のパワーとスピードを上げ、魔法剣に切れ味を増幅した。これだけのプラス補正を得た風虎嵐剣流の使い手を前に隙を晒せば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「風虎嵐剣流――――『烈風刃』!」
長剣を水平に構えたかと思うと、腰を深く落としたシャルロッテの姿が消えた。俺の目には、それしか映らなかった。
次の瞬間、ネクロ草の頭上に飛び上がったシャルロッテがいた。目の錯覚でなければ、斬り下ろし・斬り上げ・横薙ぎの三動作を同時に繰り出しているように見えた。
『ガ、ギィッッッ……!』
ズル、ズル、ズル、と巨大な目玉が体液をまき散らしながらバラバラになっていた。根っこは強烈な日差しを浴び続けたミミズのように瞬く間に干からび始め、グズグズに崩壊していった。
「…………終わった、のか?」
「ああ、お疲れ様」
シャルロッテは着地すると同時に振り向き警戒を怠らなかったが、そこにはもう二度と起き上がれない魔物の残骸しかない。
サイクロプスの方も中身がなくなったことで地べたに倒れ込み、標的を失ったことで『雷蛇の大嵐』も既に止んでいた。さっきまでの戦闘が嘘のように静まり返り、深い森の中ということで不気味な雰囲気を醸し出しているが……なんていうことはない、これは戦闘が終わったがための静けさだ。
そのことがわかったシャルロッテは、ドッと大汗をかきながら地べたに座り込んだ。
「つ、疲れた……こんなに疲れた戦いは久しぶりだ」
「この規模の戦闘をしたことある方が驚きなんだけど……」
「さすがにこんな大物は初めてだよ。数時間も戦い続けたことがあって、その時と同じくらいに疲れている」
「ああ、それもそうか。当たれば死にかねない攻撃を避けつつ魔法剣まで使ってたんだから、精神的な疲労も合わさってとんでもなく疲れただろうな」
「そういうことだ。……ん? 魔法剣?」
どうやらというか、やはりというか、彼女は気づいていないようだ。
教えてあげてもいいんだが、そのことに気づくまでがバルティーユ家の教えなのだとしたら下手に口を出すべきではないかも。念のために、本人に聞かれるまでは黙っていようか。
「だが、助かったよレオ。君の魔法のアシストがなければ囮は困難だったし、あれほどの一撃が繰り出せることはなかった」
「危険な目に合わせるんだし、魔法使いとして万全なアシストはしないとな」
「剣が強いことはわかっていたが、魔法はもっとすごいな。君がいてくれて助かったよ」
そう言われて、少しだけもやっとした。
俺がいたから倒せたかもしれないが、俺がいたからこの依頼に巻き込んだかも知れないんだよな。
シャルロッテがいてくれたおかけで今回の元凶を楽に倒せたから、この組み合わせはまさに『不幸中の幸い』だったわけで……そう考えると申し訳ない気持ちになってくる。
「少し休憩したら、あのサイクロプスとバカでかいネクロ草の素材を回収しよう」
「あと、さっきの冒険者のライセンスもだな」
「そうだな……ああ、シャルロッテがいてくれて本当に助かった。こんな案件、どう説明すりゃ納得してもらえるんだよ……」
「私の魔法カバンなら証拠は集められるからな。気安く言えることではないが、レオも買っておいた方がいいんじゃないか?」
「……懐具合に余裕ができたら考えるよ」
嘘を言っていないことは冒険者ギルドなら調べることはできるだろう、今回のような村ではそうはいかない。言葉を尽くすが、到底信じてもらえそうにない。少なくとも俺だったら信じられない。
そういうわけで、たくさんの証拠品を集めて帰ろう。
……こうして持ち帰った証拠品の数々で大騒ぎになるのだが、疲れきった俺たちはそこまで考えが回らなかった。
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