第55話「突然ですが、VSサイクロプス戦です」
『グ、ゥ……ゥゥル、ル、ルォオオオオオオオオオオオオオ……!!!!!』
耳障りな咆哮を上げ、サイクロプスは泉から飛び出し襲いかかってきた。
「シャルロッテ!」
逃げようと提案するまもなく、サイクロプスの踏みつけが彼女を襲う。
とてもではないが受け止められる重量ではなく、俺と彼女は左右に散って落ちてくる踏み足を躱した。
「っ、馬鹿力め……!」
地面がひび割れ、踝まで足が沈み込んでいる。
あいつの攻撃は紙一重で避けるだけじゃ、風圧や振動だけでも危険だ。大袈裟にでも避けていかないと、思わぬ隙を晒しかねない。
しかし今隙を晒しているのはサイクロプスの方だ。落下の衝撃で硬直しているし、膝を片方ついているから素早い動きは出来そうにない。
そして、シャルロッテもそれを見逃さない。
「風虎嵐剣流……『鎌鼬』!」
鋒を地面に触れるスレスレまで下げた状態で、姿勢を低く伏せながら疾走するシャルロッテ。
彼女の狙いは、未だ起き上がれていない方の足だ。
「筋力強化!」
ハイゴブリン戦でも使った、瞬間的に攻撃力を魔力で増幅する身体強化魔法をシャルロッテにかける。
突然かけられた身体強化の魔法に目を見開くものの、足を止めることなく彼女は疾走し、サイクロプスの脹脛に斬り込んだ。
一度ではなく、二度、三度……反復横跳びをする勢いで素早く何度も往復し、片方の足をズタズタにしていく。
「くっ……力だけではない、ということか」
本来であれば、それだけで足が千切れるか二度と立ち上がれなくなるはずだった。
しかし、魔物の中でも鬼族の攻撃力と防御力は高い方だ。
サイクロプスは苦しむ素振りを見せず、何度も斬りつけられた脹脛には斬撃が痣となって残るだけで、皮一枚も切れていなかった。
(マジかよ……どうせ補助なら速さも威力に変えられるように、速力強化も重ねがけしておけばよかった)
ただ、それでもようやく皮膚が斬れるかどうか、というところかも知れない。
シャルロッテの攻撃力が低いというわけじゃない。想像以上に、サイクロプスの防御力が高いんだ。
『ルゥゥォオオオオオ……!』
気味の悪い雄叫びをあげながら、何事もなかったかのように立ち上がる。そのままシャルロッテを捕まえようと腕を振り回し始めた。
「くっ、このっ……!」
一撃、二撃はバックステップで回避できた。しかし休みなく連続で腕が振るわれ続け、ついに背を向けて大きく距離を取った。
巨体の割に俊敏……というより、疲れ知らずだ。
あれだけ連続で動けばそれなりに攻撃間隔が空いたり鈍ったりするはずなのに、常に一定のペースで攻め続けている。
さすがはアンデッド。体力の消耗とは無縁な魔物だ。
(……って、さすがに黙って見てるわけにはいかないだろ!)
シャルロッテを追って隙だらけの背中を晒すサイクロプス。
物理攻撃がダメなら、魔法ならどうだ?
「『火炎球』!」
多めに魔力を注ぎ込み、バスケットボール程に大きくなった『火炎球』を作る。
サイクロプスの背中目掛けて放った火の玉は、狙い違わず直撃し巨大な爆音と爆煙を上げた。
だが、それだけだった。
背中を広く焦がしてはいるが、やはり痛がる素振りも見せず火の玉がぶつかった衝撃で転倒しただけだった。
「素の魔法耐性が高いのか。あれで燃え上がらないってことは、ただのアンデッドじゃないな」
そもそも見た目からして、第二世代のネクロ草アンデッドたちとは違う。
彼らは養分を吸い取られてミイラ化していたが、皮膚の色こそ死体そっくりだが筋肉に衰えがない。水に浸かっていたせいで臭っていないだけかもしれないが、腐臭もしない。
はじめに遭ったネクロ草アンデッドより先に寄生されたはずなのに、養分を吸収しきれていないということなどあるだろうか?
(可能性としては……やはり魔石か)
人間になくて魔物にある物。そして、魔物化の原因となった魔石。
そっちが主要分になっているのなら、寄生先の肉体がほとんど手つかずなのも理解できる。
理解できるが……この理不尽には納得いかない。
「はあぁぁっ!!」
倒れ伏した隙を突いて、再び斬りかかるシャルロッテ。
腕、頭、背中、足と来たルートを逆走しながら高速で斬りつけ、駆け抜けていく。
筋力強化の効果はぎりぎり残っていたのだが、やはり刃は筋肉に達せず、血の一滴たりとも流れなかった。
「くっ……信じられない硬さだ」
「斬った感触はどうだった? 単純に硬いだけか、それとも何かカラクリがありそうか」
実は魔法によって強化しているとか、そういうギミックがあれば対処の仕方も浮かぶのだが。
「いや、あの硬さはサイクロプス自身によるものだろう。私も祖父がオーガを退治した時の話くらいしか情報がないが、なんでも祖父の剛力で斬りつけたら剣の方が折れたと語っていた」
「……よく生き残ったな、そのお祖父さん」
「折れた剣は鋼で打たれた数打ちの物だったからな。祖父特注の愛剣と魔法による援護で討伐できたそうだよ」
量産品とはいえ、鋼の剣で斬りつけて折れるとか。
鬼族の頑丈さにも驚くが、折れるほどの力を込めたシャルロッテの祖父も大概おかしいな。
とにかく、オーガに劣るとはいえサイクロプスも鬼族だ。同等程度の硬さはあって当然ということなのかもしれない。
「レオ、さっき私の体が光ったが、もしかして身体強化の魔法をかけてくれたのか?」
「厳密にいうと攻撃に使う筋力だけを強化する魔法だ。その分、普通の身体強化よりも攻撃力は上がっていたはずだよ」
「……あれより強力な魔法はあるか?」
「……逆に聞くけど、これまで以上に火力を出せる攻撃方法はある?」
互いの質問の答えは出ず、何事もなかったかのようにサイクロプスは立ち上がる。
このまま同じ攻撃を繰り返しても、体力と魔力を無駄に消耗するだけだな。
「一旦仕切り直す! 五つ数えたら目を瞑れ」
俺は手のひら大の魔法陣を瞬時に描き、サイクロプスが振り向くと同時に魔法を発動させた。
「『閃光玉』!」
投げるように打ち出した白い光の玉。
野球ボールほどの大きさの玉は放物線を描きながらサイクロプスの方へと飛んで行き……きっちり五秒後、破裂すると同時に眩い光を周囲に撒き散らした。
音と衝撃のない閃光手榴弾のようなものだ。攻撃力はないが、広範囲に渡って目くらましを与えることが出来る。
『グギャアアアアアアアア!?!?』
サイクロプスは両手で目を覆いながら、苦しそうに絶叫した。
痛覚がなさそうだから軽く視界を奪えればいいと考えていたのだが、思ったよりも効果があって助かった。
この隙にシャルロッテの手を引き、森の中に退避する。
いっそのことこの場から逃げ出そうかと思ったが、サイクロプスの視界がいつ回復するか、そしてどのくらい視力があるか未知数だ。
すぐに回復されて発見されてしまったら、見晴らしの悪い森の中であの巨体と追いかけっこすることになる。本格的に逃げるのならこんな突発的にではなく、ちゃんと作戦を考えてからだ。
「(ひとまず、この辺りに隠れよう)」
義眼でサイクロプスを確認していたが、用心していて良かった。思ったより早く復活の兆しを見せたので、急いで近くの藪を背に身を隠した。
「(……ヤツは私たちに気づいているか?)」
「(さて……少し様子を見てみないとな)」
なるべく音を立てないように薮を掻き分け、隙間を通して観察する。
何度も目を擦って痛みを堪えようとするサイクロプスだったが、突如その巨大な目に異変が起きた。
ボコッ、という音が聞こえそうな衝撃とともに、眼球が外れたのだ。
「「えっ……」」
思わず声が出てしまったが、そのくらいショッキングな映像が繰り広げられたのだ。
赤く充血した眼球が眼窩から抜け落ちると、重力に逆らって頭上へと持ち上がっていく。眼球と空洞になった眼窩を繋ぐ神経が持ち上げている……わけではない。繋いでいるのは植物の根だった。
(目くらましが通じるはずだ。アレは本体の目だったんだな)
だが、厳密に言えば本当に目立ったのか疑わしい。
俺が眼球だと思っていたそれは、無数の花弁によって作られた蕾だった。
俺が瞳だと思っていたそれは、花の中央につける実か種だったのかもしれない。
最初に花があったのか。獲物を追うべく花が目に進化したのか。それはもうわからない。
サイクロプスの骸から伸ばした茎は首、目だと思っていた花は頭のように、周囲を凄まじい速度で睨めつけながら俺たちを探している。
「(あれだけ見たら、サイクロプスだともアンデットだとも信じてくれそうにないな)」
「(悪魔じみた姿だ……一瞬、背筋が寒くなったぞ)」
「(――――それなら、ここから退くか?)」
俺たちは一瞬だけ互いに顔を見合わせ、すぐに藪の向こう側に見えるサイクロプス(?)に視線を戻した。
「(俺の魔法もシャルロッテの剣も、はっきり言ってダメージが入っていない。本体のネクロ草は当然、サイクロプスの体にも)」
「(弱点、というより本体はわかったぞ)」
「(あんな巨体にどうやって攻撃を当てる?)」
シャルロッテが駆け上がるにしろ、俺が魔法で狙い撃ちにするにしろ、弱点は一箇所しかない。そして、腕一本盾にしてしまえば防御には事足りる。
好機ではあるものの、俺たちは一発逆転の手段を持ち合わせていない。
「(現状じゃ手詰まり感が否めない。撤退するべきじゃないか?)」
「(それなら私も聞くが、逃げ切れるのか?)」
………………そうなんだよなあ。思わず溜め息が出てしまった。
これが獣や人型の魔物だったら、今までの知識や経験で何とかなった。
視界に入らないようにする。風上に位置取らない。逃げるために必要なものはあるが、特定の相手に有効な手段を用いて逃げるのが普通だ。
ここで問題なのは、植物相手に逃げるためにはどうする? という点だ。
当たり前だけど、走って追いかけてくる植物なんていない。植物なんて基本は待ち構えたり誘い出したりして、テリトリーに入った獲物を狩るのが一般的だ。
植物型の魔物もいないわけじゃないが、生態はやっぱり基本は待ちと誘い。ついで体を支えられる強靭な根があれば、忍び寄ったりある程度の距離までは追いかけてくるだろう。けれどそこには素早さがない。だから捕縛されない限り、足で逃げることは他の魔物と比べて簡単だ。
(でも、アイツは残念ながら素早いんだよな……)
まだ全速力はしていないが、巨体に似合った速度で攻撃を繰り出していた。そうなれば、足の速さもそこそこにあるはずだ。
サイクロプスの体を持った植物。そんなの相手に逃げ切れるノウハウなんてあるはずがない。
ただでさえサイクロプスの五感の鋭さも知らないし、ましてやネクロ草の視力なんてわかるはずがない。
素直に考えれば視界に入らないように逃げる。これだけだ。
しかしどんな感覚器官があるかわからない以上、気にするのはあいつの視線だけでいいのか不明だ。
もしも探知されて追跡されれば、遮蔽物ばかりの不利な森の中で戦う羽目になるかも知れない。
未知の相手に逃げ切れる自信はあるのか。シャルロッテはそう聞いている。
そして俺は……あまりない。手段を選ばなければ可能性はあるが、それはあくまで可能性だ。
「(引き返しながら、見つかればさっきの閃光玉を使ってその都度目を潰す)」
「(見つからないように潜むことを考えると、何度も方向転換することになりそうだな)」
森を出るまでにどれだけ時間が掛かるのか。没だ。
「(相手を眠らせる魔法が使える)」
「(それは……効くのか?)」
「(…………)」
草木も眠る丑三つ時というが、花は人間のように睡眠を取ってるわけじゃない。
光が当たっている間は花を開き、そうでない間は閉じている。この閉じている状態を、魔法では眠っていると捉えるのかどうか。
そもそもネクロ草は種子を残す時を除いて、一度開花してしまえば二度と花弁を閉じることはない。
効果があるか微妙……当然没だ。
他にも逃げる手立てがないわけではないが、やはり確実性に欠ける。
失敗した時のデメリットを考えると、可能であれば倒した方がいいのだが……。
「(なら逆に聞くけど、アイツにダメージを与えられそうな有効手段があるか?)」
結局はそこに行き着くわけだ。
倒せないのなら逃げ一択になるし、腹も括れる。
だが倒す手段もないわけじゃない。少なくとも、俺にはいくつか選択肢がある。
そのためには危険な橋をいくつか渡らないといけないし、やはり確実に倒せるとは言い切れない。だからもし、彼女にも何かしらの手立てがあるのなら……。
「(……その前に聞きたい。さっきも尋ねたがレオにはアイツを倒す……いや、倒せる攻撃手段を持ち合わせているか?)」
「(…………あるかないかでいえば、ある)」
「(そうか――――私は、有効打を与えられそうな攻撃はある。だが倒すまでにはいかない。さらに言ってしまえば、あまり長く使い続けられるものではない。短期決戦用の攻撃手段だ)」
シャルロッテの表情から察するに、かなり扱いづらい札のようだ。
サイクロプスから目を離さずに詳しい内容を聞いてみると……思わず眉を顰めてしまった。
「(……それは、使い物になるのか?)」
「(祖父なら丸一日でも保つと言っていたが、父でも一時間が限界だった。私はまだ未熟だし、五分から十分といったところだ)」
話を聞いただけでもとんでもない戦闘の仕方なのに、それを家系の奥義扱いして代々受け継いでるって言うんだから呆れずにはいられない。少なくともジェーンさんが見たらゲンコツが飛ぶんじゃなかろうか。
だが、この状況においては悪いことじゃない。むしろこんな時のためにあるかのような手段だ。
惜しむらくは、彼女の持続時間と戦法がサイクロプス相手に、あまり有効に働かなかったというくらいだ。
「(…………どうだろう、レオ。これが私のできるすべてだが、挑むわけには行かないか?)」
今までの中で一番力のない懇願だった。
前に受諾させた条件のこともあるが、シャルロッテ自身もサイクロプスの強靭さと彼我の戦力の開きを感じ取っているんだろう。
少なくとも彼女一人では勝ち目は薄い。二人でなら勝率はあるかもしれないが、それでも考えていたよりも勝ち目は薄かっただろう。
そこに俺を巻き込んでもいいのかと、迷っている。
これまで自信と誇りに満ちていた碧色の瞳が、不安げに揺れていた。
(さて、どうしたものかな……)
自分に出来ることとシャルロッテにできること。二つの情報を元に考えを張り巡らせる。
逃げるべきか戦うべきか。より成功率の高いのはどちらか比較した上で、成功させるために必要な作戦を考える。
「「 ! 」」
ある程度考えがまとまったところで、不意に後ろの方から葉の擦れる音が聞こえた。
反射的に振り向いたが、その直前に見えたサイクロプスはこちらに反応していなかった。
助かったと胸をなで下ろすものの、いきなり物音を立てたバカは何者かと睨みつけたが……。
「(あれは……冒険者?)」
「(……の、アンデッドだな)」
遠くからゆらゆらと上半身を揺らしながら、近づくでも遠ざかるでもなく呆然と立ちすくむ剣士姿の冒険者。
しかし鎧の胸部は大破しており、毒々しいネクロ草の花弁が露出していた。
「(……そういえば、森に入ったのは全部で六人だったな)」
「(彼が最後の一人のようだな。この状態で襲いかかられても困る、対処しておこうか)」
「(いや、ここから飛び出すのは危険だ。俺が魔法で……)」
魔法で片付けよう。そう言うより早く、状況は一変した。
藪で視界を遮っているはずなのに、突然サイクロプスがこちらを向いたのだ。
「なっ――――――!?」
『ルォオオオオオオオオオオ――――!!!!!』
サイクロプスが咆哮を上げ、こちらにまっすぐ突っ込んでくる。
「くっ、見つかったのか!?」
それ事態は仕方がないことだ。けど何故、今、急に?
サイクロプスは何度かこちらを見ていたが目は合わなかったし、藪に覆われて姿は完全に隠せていた。
わざわざ全周囲視界モードで確認していたんだ。衣服や体の一部がはみ出るようなミスはしていない。
「……まさか!?」
背後に突然現れたネクロ草アンデッド。
あれはどうして、こっちに襲いかかってくる素振りがないんだ?
まるでこっちをジッと観察しているように、その場から動こうとしない。もしもそれが……そこに居ることが目的なんだとしたら――――
(感覚を共有できるのか!? もしそれなら、サイクロプスが突然こっちに気づいた理由になる!)
第二世代のネクロ草にも気づいていなかっただけで目があるのか、それとも別の感覚器官によるものか。
どちらにせよ、子が見えているものが、親にも見えているのだとしたら……。
そして第一世代が作った子供が、あの冒険者たちだけではなかったとしたら……。
(最悪の場合、この森中にあいつの目が点在していることになる。そうなったら、絶対に逃げられないな)
巨大な足を踏み鳴らしながら迫って来るサイクロプス。いつの間にか本体のネクロ草は内側に潜み、サイクロプスの眼窩から飛び出した目玉が迷いなくこちらを捕捉している。
逃げの選択肢は、もう無理だな。もともとそのつもりだったが、退路が断たれたら自然と腹も括れた。
「やるぞ、シャルロッテ。作戦を伝える」
「! ああ、わかったっ!!」
足はあまり早くないが、作戦を伝える時間は短い。
俺は自分たちが使える手札を組み合わせ、勝ち目の高い作戦を彼女に伝えた。
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