第54話「突然ですが、森の中に泉を発見しました」
改めてシャルロッテに条件を飲ませてから、俺たちは森の奥へと進んでいった。
先行した冒険者たちがネクロ草アンデッドになっていたが、あれらは無闇に歩き回るタイプのアンデッドではない。基本的にはジッとしていて養分を吸い取りつつ、生き物が近づいた時だけ動き出す。
だから森の奥へと向かう冒険者たちの痕跡があれば、それを優先して追う。
闇雲に進み続けるより、少しでも標となるものがあれば頼りにさせてもらった。
そして何度か小休憩しながら進み続けていると、ついに開けた場所に出た。
「ここは……泉、だろうか」
第一に目を引いたのは、視界いっぱいに開ける水面だった。
まるでスプーンでくり抜かれたかのような綺麗な楕円形をしていて、目測になるが大きさは直径十四、五メートルほどだろうか。
ただ、綺麗なのは形だけで水面は結構荒れている。木の葉や枝葉がいたるところに打ち捨てられており、水質も濁っている。
おそらく、流れ出る先がどこにもないんだろう。あっても地中から流れ出る程度なら緩やかだろうし、水面の汚れが片付くことはないはずだ。
「む、いま魚が跳ねた。ここの水は使えそうだな」
「濾過すればって飲み水にはなるだろうけど、今はそこまで非常事態じゃない。見晴らしはいいから、少し休憩していこう」
何度か休みはとっているが、十分にも満たない気休め程度の休みだ。
ここならば見晴らしがいいから、じっくり休むにはちょうどいい。
改めて周囲に異変はないか確認し、何もないことがわかり荷物を下ろすことにした。
「それなら食料の節約にもなるし、私は魚を釣ってみよう」
「え……」
「どうした? そんなに意外そうな顔をして」
「貴族のお嬢様が魚釣りが出来るのか?」
「失敬な! 冒険者になる前に基本的なキャンプの知識や技術は叩き込まれている。当然、魚も釣ったことはあるぞ」
「ルアー釣りじゃないよな?」
「るあーとやらは知らないが、そのあたりの虫を捕まえることくらいへっちゃらだ。任せておけ」
平然と森に入れるし虫も平気そうだったが、良い意味で貴族のお嬢様らしくなしくて助かる。
「それなら俺は薪を集めながら周囲の警戒をしてくる。ここは任せたよ」
「ああ。そちらも気をつけてな」
荷物から解放され、二度三度と伸びをしながら体のコリをほぐす。
野営道具を背負って移動するのは久しぶりだから、やはり少し疲れた。
だが本格的に休憩するにはまだ早い。見渡した限りでは異常はなさそうだが、それだけで安全が確保されたとは言い切れない。
ひとまず、この場から時計回りにグルッと一周してみよう。
(……解析モードで水を見てみたけど、やっぱり汚いな。動物が飲む分には問題なさそうだけど、俺たちがそのまま飲んだら腹を壊しそうだ)
それから、やはり地下水から湧いている泉のようで地中から分かれて別方向へ川となって流れているらしい。この森から川が流れているとは聞いたことがなかったから、おそらくあまり長くない小川程度なんだろう。
なるべく時間をかけて半分くらい歩いてきたが、時折魚が跳ねることくらいでは特別変わったことは起きなかった。
濁った泉は目を凝らしてみても、水深数十センチ先からはほとんど見えなくなってしまう。
泉を囲むように広がる森も、やはりこれといった変化はない。相変わらず藪や雑草に覆われていて道らしき道はなく、動物が通ったような形跡も見当たらない。
先行した冒険者たちはここまでこれなかったんだろうか。そう考えた時、少し先に野営した跡が見つかった。
(火を起こした跡はあるが、荷物はない。持って逃げたか、ここは通過点だったのか……)
ふと、野営跡があった後ろの森を見てみた。
片目を瞑って義眼を全周囲視界モードではなく、一点集中の千里眼モードにして視界を切り替える。この辺りで何か異変はなかったか見回していくと……それが目に入った。
(木の枝が折れている……それも、何本も)
それ自体は何も珍しくないが、高さ五、六メートルほどのところにある枝が不規則に間隔を空けてへし折れている。
自然にそうなったんじゃない。まるで何かが通った際に引っ掛けて折れたような感じだ。
当然、ここで野営していた冒険者たちじゃない。あんな高さの枝を折る必要なんてない。
なら野生の動物か? 少なくとも依頼にあったコボルトではないし、いるとしたら熊くらいだろうが……この辺りの木には縄張りらしき印はないし、二足歩行でそんなに長い距離を歩くだろうか。
となれば、十中八九お目当ての相手だろう。
まさか体長数メートルもある巨躯だとは思わなかったが……。
(……もう少し近づいてみるか? 魔物の手掛かりがあるかも……)
そう思って足を踏み出すと、ペキっと何かを踏み砕いた。
小枝……にしては感触が軽すぎる。一体何を踏んだのかと思い下を見ると、魚の死骸を踏んでいた。
正確に言えば、焼いた魚の残骸だ。どうやら食事の残骸らしく、頭と骨以外は残っていない。俺が踏んだのはその骨だったようだ――――
「 っ! 」
それに気づいた時、俺は全速力でシャルロッテのいる場所まで走った。
彼女はちょうど当たりが来たらしく、糸を引き始めたところだった。
あまり大きくなかったのか、さほど時間が掛からずに魚が釣り上がる。フナに似ているがそれよりも大振りで、シャルロッテの片手にギリギリ収まるくらいの大きさだった。
「ふむ……この魚にしては小さい方だな。栄養が足りていないのか……ん?」
全力で走ってくる俺に気づいたのか、シャルロッテがこちらを向いた。
間に合わないと踏んだ俺は、その場から声を張り上げた。
「その魚を捨てろ!!」
「レオ? 何を言って…………っ!?」
異変に気づいたシャルロッテは、すぐさま釣った魚を放り捨てた。
近場の石に立てかけてあった剣を手に取り、臨戦態勢へと移った彼女の傍にようやくたどり着いた。
「レオ! あれは一体どういうことだ!?」
「……どうもこうも、見たままだよ」
陸に打ち捨てられた魚は、既に瀕死のように力なく跳ね回っている。
その口から、糸のように細い植物の根が何本も飛び出していた。
「最初に違和感に気づくべきだった。どうしてこれだけ大きな水源なのに、森の動物たちは距離を取っていたのか」
どんな動物だって、水分を取らずに生きていけるはずがない。ましてや森に住む生き物なら、常用する水飲み場があってしかるべきだ。
それなのにこの辺りには獣道一つなく、相変わらず動物の気配がない。
これまでに小川の一つも見かけていなかったし、ここは貴重な水源のはずなのになぜ?
その答えが、先ほどの魚だ。
植物の根が体内に根付いている魚が棲息していることが原因だ。
「ここがネクロ草の繁殖地だ」
はじまりがどうだったかはわからない。けれど、ある時ネクロ草の種がこの泉に落ちたのだ。
水に没した程度でどうにかなるようなヤワではなかったのか、そのまま一度は花を咲かせるところまで成長した。
そして、種を飛ばした。第一段階のネクロ草は小石よりも小さく、どうやら水に漂える程度には軽いらしかった。
そのせいで泳いでいる魚が口にしてしまった。あとは想像に難くない。
魚の中で成長し根を張り巡らせ、やがて死に絶えてはネクロ草の重みで水中へと没し、また種を飛ばす。
これが延々と繰り返され、この泉はネクロ草の繁殖地となったわけだ。
動物が近づかないのもこれで納得できる。
魚だけでなく水そのものが危険なら、この泉を利用するわけにはいかない。森から完全に動物が離れていないのは、まだ小川には種が流れていないからなのか。なんにしても……。
「いるとすれば、ここだろうな」
ゆらり、と水中に不気味な影が浮き上がってくる。
「――――――レオ、」
魚ではない。魚にしては大きすぎるし、何よりそいつには二本の手足を持っていた。
この森に生息している動物や魔物は、泉には近づかない。
だが、他所の土地から来た何者かならどうだろうか?
闇雲に森の奥へ奥へと進み、そこで見つけた巨大な水源。そして食えそうな魚がたくさんいる。
利用しない理由はどこにもなく、遠慮なく水をがぶ飲みし魚を貪っただろう。ネクロ草の種子だらけの泉の水と魚を。
「ここなら、そりゃネクロ草も食べ放題だったろうさ……第一世代を宿した魔物はここにいた!」
ザバァッ! と水面を大きく盛り上げて、その魔物は姿を現した。
身構えていた俺たちだったが、思わず緊張と驚愕で体が固くなってしまった。
それほど泉から現れた魔物はスケールが大きかった。もちろん、見た目もだ。
「一つ目大鬼!?」
そいつは全身の肌が青銅器のように青く、そして固い魔物だった。
人間と同じく二足二手の人型をしているが、異質なのは体の大きさとその顔だ。
身長は四、五メートルはありそうなほどに大きく、手足なんて俺の胴と同じくらいの太さだ。
そして名は体を表すというか、最も特徴的なのは真っ赤に染まった一つの目玉と額から生える一本角。
サイクロプス――――それがこの森の生態系を狂わせ、体内にネクロ草を宿した怪物だ。
そして本来であれば、Bランク相当の危険な魔物だ。ハイゴブリンのような希少な存在ではないが、間違ってもこんなコボルトしか生息しないような森にいていい魔物じゃない。
「こんなところで出くわすとはな……」
「間違っても、森じゃなくて村に向かわなくてよかったな」
「多分、傷を癒すのが目的だったんだろう。人を襲うのは二の次にするくらいには、深かったはずだ」
泉から現れたサイクロプスは、出血こそしていなかったものの体のいたるところに傷痕が残っていた。そのどれもが同じ傷だったことから、『群れの掟』に敗れた個体なんだろう。
サイクロプスは一つ目大鬼と呼ばれるように、『鬼系統』に属する魔物だ。
鬼の魔物というとオーガが代表的だがその系統に共通している点は『人間に近い姿をしている』ことと、『群れを作る』習性があること。
当然、群れという集団で生きていくにはいくつかのルールがある。その中の一つに、群れのトップを巡る争いというものがある。
魔物は人間のようには多数決や話し合いなどしない。単純にどちらの力が上かを競い合うべく、一対一で決闘を行う。そして負けた方はトップの座を追われるばかりではなく、群れを追い出される。
あのサイクロプスの角は、それが原因だ。
「サイクロプスの角が折れている。群れの長にやられた傷だ、すぐには治らないはずだ」
角を持つ鬼の魔物にとって、角の数や長さは誇りであり力の象徴だ。
角を折られたということは、たとえ何者にやられてもそれだけで弱者として扱われ、群れにいる資格なしとみなされるという。
このサイクロプスが群れからのはぐれであることは間違いなく、傷を治すために森に隠れたのだとすれば、ここは絶好の場所だっただろう。
奥に入れば入るほど生き物の気配がなく、何者に脅かされることがない。
しかも見つけた泉は飲めるようだし、魚も食い放題だ。
ここでゆっくりと回復を待ち、傷が癒えてから近くにある村を襲えばいいかとほくそ笑んでいたかもしれない。
だが、この場所こそ何よりも早く脱しなければいけない土地だった。
このサイクロプスは、きっと最後までそれに気付かなかったんだろう。
ギョロッと、血走った巨大な一つ目が俺たちに向けられた。
もともと青みを帯びた肌らしいが、今は文字通り死人のように青白く不気味な色に変質している。
「……逃がしてくれるかな」
出来ることならば戦いたくない。
ハイゴブリンと同じBランクとはいえ、もともとがゴブリンだった魔物と鬼の魔物では地力が違いすぎる。
丸太のように太い腕を振り上げ、威嚇する姿だけでも迫力が圧倒的に上だ。
俺とシャルロッテ、幸いにして二人共足は遅くない。まだゆっくりと歩いているだけだが、あの巨躯で俺たちよりも速く走れるとは考えにくいし、最悪の場合はとっとと逃げるに限る。
問題はタイミングと、シャルロッテが素直に聞いてくれるかどうかだ。現に彼女は剣を抜き放ち、迎え撃つ気満々に見えるし……。
(……『不幸中の幸い』だったか? 本当に、俺がここに来て良かったのか悪かったのか……非常に悩ましいところだな)
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