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第53話「突然ですが、引き返しませんか?」

「………………マジか」


 義眼の解析モードでネクロ草を調べた結果、そんな間の抜けたセリフが思わず漏れてしまった。


「何かわかったのか、レオ?」

「……少なくとも、これが本当にネクロ草だということはわかった」

「君の口振りだと、それだけじゃないように聞こえるな」

「そうだね。これは()()()()()()ネクロ草だったことがわかったよ」

「異常発達?」

「ありえそうでなかった線だけど、()()()()()()()()()()()らしい」


 ネクロ草はダンジョンに生息していて、種はクルミに似ていることから誤飲することもある。

 それは当然、人間だけに含まれない。魔獣はもちろん、魔物だって食べてしまうかもしれない。

 けれど中型犬などの魔獣のネクロ草アンデッドは発見されても、魔物のネクロ草アンデッドは確認されていなかった。

 それは魔物が人間と同じように、魔法で治療できるからではない。


 単純に魔物の肉体が人間や魔獣よりもはるかに強靭だから、と推察されている。


 根が張れないほどに内臓が頑丈である。

 種の成長を妨げ、消化しきるほどに胃酸が強い。

 魔石の発する強い魔力が侵入してきた異物を駆逐している。


 可能性を考えればキリがないが、魔物にあって自分たちにない強みがネクロ草を無力化しているのではないか、という点が共通している。

 だが、解析モードで読み取った情報は、そのうちの一つの推論を否定していた。



『名称:魔物化したネクロ草(仮称)

 魔石に根付いたため、爆発的な成長を遂げ魔物化した特異個体から発生した、第二世代のネクロ草。

 通常のネクロ草より数倍大きな種を持ち、魔力を帯びたことで根から防腐効果のある液体を分泌できるようになった。

 知能は魔獣よりも低いが、種子繁栄の本能に基づきより活発に獲物を追い求める習性が芽生えた』



 新種ではなかったが、予想だにしなかった変異種の登場だった。

 魔力を吸う……というよりは、魔石を養分にして成長することができてしまったネクロ草。

 これらはそいつから派生した、次の世代だということを……シャルロッテにも伝えた。


「………………魔石で成長した、ネクロ草。そんなことが可能なのか?」

「少なくとも、俺の魔法はそうだと言っている。確かめてみるには……怖くてできないな」

「……同感だ」


 魔石で成長するという事例がない。それだけに、どれほどの速度で大きくなるか完全に未知数だ。

 与えた瞬間に襲いかかれるほど活発化する、なんて事態だってありえる。

 検証はしたくない……けれど、これで事態の黒幕が何かは察しがついた。


「第一世代に当たる『魔物化したネクロ草』……それに寄生された魔物が、コボルトを追い出し彼らをこんな目に遭わせた犯人だ」

「それが何にかまでは、わかっていないのか?」

「残念ながら、このネクロ草がどういった経緯で生まれたということしかわからない。大本を見ない限り、正体はわからないだろう」

「そして未だ寄生しているというのなら、探りに行くということは、必ず遭遇するということだな」

「そうなるな……」


 いくら巨大とはいえ、アンデッドはアンデッドだ。動きが鈍いなら怖くない……なんて、軽率な判断は下せない。

 そもそも骨と腐肉じゃなくなったとはいえ、新種のネクロ草アンデッドは動きが良かった。

 アンデッドにしてはという注釈はつくが、某ゾンビゲームの初代ゾンビよりも動きは早かった。

 人間でこれならば、魔物だったらどうなるのか?

 少なくとも最初に寄生されているのだから、素直に考えれば彼らよりも干からびているはずだが……このネクロ草は魔石を主養分にしている。

 彼らは魔石がないから干からびてしまったが、魔物だったらどこまで変化しているかわからない。

 最悪の場合、痛みを感じず生前と変わらず活動するアンデッドが誕生してもおかしくはない。


「シャルロッテ……」


 撤退しよう。そう言葉にするよりも早く、彼女が勢いよく頭を下げた。


「頼む、レオ! 私と一緒に討伐に付き合ってくれ!」


 それはある意味で予想通りの言葉で、当たって欲しくない予想だった。


「……念のために言っておくけど、昇格試験の依頼は今ある物証でも達成とみなされるはずだ。

 先発パーティの冒険者ライセンスもいくつか回収できたし、全滅の原因とも言える異常発達したネクロ草も回収した。これだけあれば、少なくとも俺たちより上のランクの冒険者に調査依頼として発足されるはずだ」

「だが、問題の魔物がわからなければ第二、第三の犠牲者を生むばかりだ」

「それは俺たちにも言えることだろう? まさか自分たちよりランクが上の冒険者より、うまく立ち回れる自身でもあるのか? 勝てるという確信があるとでも?」

「それは…………」

「仮に俺たちが行って全滅すれば、結局また新しい無知な犠牲者が増えるだけだ。

 でも今までの情報を持ち帰れば、倒せる可能性を持った討伐隊を送り出せるかもしれない」



「それでも――――私は、仇を討ちたいと思ってしまった」



「ただ死んでいるだけならば、胸を痛めるだけだったかもしれない。怒りを抱かずにはいられなかっただろうが、自制は出来たはずだ。

 だって……冒険者という、命を賭して戦う道を選んだのだから。

 彼らの死を悼むことは当然だが、我を忘れるほど憤るのは多分違う。それはこの道を選んだ者に対する侮辱だし、私はそれほど縁が深くない。

 でも……()()()()()()()()()


 訥々と、シャルロッテは胸の内を吐露し始めた。


 シャルロッテの生家であるバルティーユ家は辺境伯を頂く前から、腕の立つ若者を輩出する武門の家だった。だが、それはただ力強いというだけじゃない。

 貴族となる前は騎士に使える従者として。

 嫡男は領地を治める当主として。

 家督を継げない者は騎士や冒険者として。

『戦う者としての矜持』を教え込まれた武人を輩出してきたのだ。

 戦士としての誇り、戦場に身を置く者としての覚悟、戦いに臨む上での心構え。そういった高潔な精神を幼少期から叩き込まれて育つのだと、シャルロッテは言った。


「だから、私は怒りを抑えきれないんだ。見ず知らずの誰かが殺されたからじゃない。戦士としての生き様を侮辱していることが、許せないのだ!

 アンデッドになった者たちは一度、死んでいる!

 その終わり方がどのようなものであれ、戦士として生きてきた者が意思もなく、過去の知恵も技もなく、魔物として人を襲うだけにされてしまうのだ。

 それは戦士に対する侮辱だ! 生きてきた経歴を汚す行為だ!

 兄も父も我がご先祖様も、力があれば即座に討ち取りに行くだろう。


 けれど、私にはその力がない。

 情けないことだとは重々承知しているし、レオには関係のないことだとも理解している。だが……それでも、手を貸して欲しいのだ。頼むっ」


 深々と頭を下げるシャルロッテ。

 彼女の表情は見えないが、これまで語ったその言葉から真剣さは十分に伝わっていた。

 憎しと顔を歪めるわけでもなく、悲しみに暮れるわけでもなく、死を侮辱したことに対して怒りに燃えていた。


 断るのは簡単だ。

 シャルロッテが言うように、彼女には俺に強制する権利はない。むしろパーティリーダーは俺なのだから、引き上げを強制する権利が俺にはある。

 無謀だから引き返す。問答無用でそう言えばいいだけなのだが……その場合、間違いなく彼女はパーティを離脱する。

 もちろん勝手な行為だと咎め罰することはできるが、それは報告に冒険者ギルドに帰った後でないと履行できない。

 そしてシャルロッテは、それさえも承知できっと抜ける。


(しかもその後、未帰還になっても不思議じゃないんだよな)


 何故連れ帰らなかったのだと糾弾されることは、恐らくない。

 シャルロッテが離脱しても、それはパーティ内の問題だ。その結果、依頼に支障がないか犯罪行為にならない限り、ギルドがパーティに介入したり罰することはない。

 彼女の実家、バルティーユ家も同じはずだ。

 話を聞いた限り、戦場での判断や行動はすべて自己責任。シャルロッテが行くと判断して別れたのなら、いくらパーティリーダーとは言え俺に恨みをぶつけるのは筋違いだとわかるはず。


(だから、断る分には問題はない。

 ……俺の心情を除いて)


 はっきり言わせてもらえば、行きたくない。

 冒険者として活動しているが、別に戦いが好きだからとか有名になりたいとか、そういった理由じゃない。

 ランクもそこそこに上がってきたが、結局のところ生活費の足しにしたいだけだ。

 仕事としてそれなりに稼げて、それなりの充足感が得られれば、俺としては満足なわけだ。

 好き好んで危険な魔物と戦いたいと思わないし、厄介な依頼だとわかっていれば受領しない。君子危うきに近寄らず……自分が君子とまでは言わないが、わかっている危険に飛び込むような酔狂にはなれない。



 そこまで考えた上で、俺は自分の気持ちを優先させようとしている。



「シャルロッテ、ここに一筆書いてくれ」


 俺は自分の冒険者ライセンス帳に、ある条件を書き記してから差し出した。


 1つ、レオ・オールドが危険だと判断し撤退の指示を下した場合、速やかに従うこと。ただし危険の水準はレオ・オールドに一任する。

 2つ、シャルロッテ・フィン・バルティーユが上の指示に従わなかった場合、いかなる処置を施されてもレオ・オールドに責任は生じないものとすること。

 3つ、上二つの項目に該当した場合、シャルロッテ・フィン・バルティーユは然るべき人物に事の顛末を報告し、相応の罰を受けること。


「…………これは?」

「俺がこれから先に進むために必要な条件だ」

「 ! 」

「その三つを守ってくれるなら、君の名前をそこに署名してくれ。できないのなら……」

「いや、書く。書くとも!」


 ガバッと勢いよく頭を上げた彼女は、ライセンス帳ごと俺の手を握り締め、ブンブンと勢いよく振った。


「正直……断られると思っていた。私はレオの指示に従うという条件でパーティを組んでもらったというのに、こんな勝手な頼みをしたのだから」

「そうだな。人によってはバカ言うなって、その場で殴り倒されても文句言えないかもな」

「うっ、そ、そうだな……だが、ならどうしてレオは……」

「理由はいくつかあるが、ひとまず言えるのは『寝覚めが悪くなる』からかな」


 もし、シャルロッテが未帰還になっても公的な顔を持つ者たちは俺を責めないだろう。

 けれど彼女と仲の良かった者たちは?

 アルメリアや、アカデミーにいる生徒たちは?

 そして武人とはいえ家族を失ったバルティーユ家の人間が、腹の中で怒りを押し殺していないとどうして言える?


(それに俺にだって、学友を一人見殺しにしたという罪悪感が残る。そんなの、寝覚めが悪くなるに決まってるだろ)


 もっともこれだけの理由なら、今の条件にあったように問答無用で連れて帰ってしまえばいいだけだ。

 魔法で眠らせるなり、不意打ちで気絶させるなり、やり方はいくらでもある。

 それでもそんな手段を使わないのは、俺も少なからず思うところがあるからだ。


(死んだ者の侮辱、か……他人事じゃないよな)


 俺だって、一度死んでいる。

 前の世界に残してきた人だっているし、悲しんでくれた人だっているはずだ。

 その人たちの前に、アンデッドなんて形で俺が現れたらどうする?

 やはり死者を冒涜するなと、怒るだろうか。

 それとも亡くした時を思い出し、嘆くだろうか。

 もしくは、白骨化した遺体が俺だと気づかないだろうか。


 どんな対応だったとしても、その人たちはきっと悪くない。

 悪いのは……死んでしまった俺と、動かしている誰かだ。


(シャルロッテたちほどではないが……ああ、そう考えると確かに腹が立つ)


 残された者たちに悪影響を及ぼす存在。しかも、自分だったモノを勝手に使っている。

 残してしまった側の人間からすれば、これほど忌まわしい存在はない。叩ける機会があるのなら、便乗するのも悪くはないと思える程に。

 だが、それで引き際を誤っては駄目だ。

 忘れるな……この先にいる魔物化したネクロ草は、完全に未知数の敵なのだということを。





「……ところでレオ。ひとつ訊ねたいんだが……この、最後の項目……」

「ああ、別に破らなければ問題ないだろう?」

「それはそうなんだが、然るべき人物とは誰のことだ? 冒険者ギルドのマスターに罰してもらう、ということか?」

「まさか。仲間内の取り決めごとに、ギルドが介入してくることなんてないだろ」

「それでは一体……」

「今度帰省するとしたら、冬かな」

「へ?」

「いや、手紙だったらいつでも報告はできるか」

「……………………ま、さか」

「ご家族へ報告する内容が一つ増えるだけの話だよ」

「ま、ままま、待ってくれないかレオ!? 父様だけでなく、母様にも報告するのか!?」

「守ればいいだけの話だって」

「そうなんだが、そうなんだが……そうなんだが!」


 ……実家の話を聞くに、かなり厳しく躾けられてるんだろうと踏んで罰として提案したんだが……シャルロッテにとってはかなり重い罰になりそうだな。




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