第52話「突然ですが、アンデッドの正体はネクロ草でした」
ネクロ草は当初、薬草学の界隈においてあらゆる薬効を高めてくれる『万能薬草』の一つ、『白斑草』として認識されていた。
死体の傍らにしか咲かない花で、しかも蕾の状態――種子を残す前の段階――でしか見つからないため、入手も栽培も困難とされていた。
しかし、あるダンジョンで白斑草に酷似した花を発見したのだ。
それはスケルトンの魔犬の頭部に咲く、毒々しい白い花だった。
「スケルトン?」
開花した状態の白斑草は誰も見たことがなかったが、模様が似ていることから薬草学の研究機関は冒険者ギルドに協力を要請して、調査に乗り出した。
そうしてわかった生態が、先ほどシャルロッテに教えた内容だ。
1.白斑草は瘴気を吸って成長する。
2.花を咲かせるための養分は生物の体液。
3.体中に根が張り巡ると死体を動かせるようになり、アンデッド系の魔物と誤認される。
4.苗床から養分を吸い切ると種を残すために蕾のようになり、枯れると同時に種を飛ばす。
5.種の形状は成長するとクルミによく似ているため、誤飲しないように注意が必要。
長年の調査によって解明された生態により、白斑草の採取には危険が伴うため命名の変更も余儀なくされた。
そうして付けられた名前が、ネクロ草。
死体にしか咲かず、体液を養分にする禍々しい薬草だ。
「ここまではいいか?」
俺たちが倒した冒険者を埋葬するべく一箇所に集めながら、改めて先ほど話した内容を整理する。
シャルロッテは気になる一文が出てきたからか首を傾げていたが、作業の手は止まっていない。
「ああ、大丈夫だが……一つ、いや二つかな。気になることがある」
「なんでしょうか? シャルロッテくん」
「教師みたいな口振りだな。いや、確かに今教わっているのは私なのだが」
さっきから空気が重いから、場を和ませようとひと芝居打ったんだが、なぜか苦笑いされた。
「まず、どうして魔物に分類されないんだろうか。死体を操るのだから、植物型の魔物として認知されても良かったのでは……」
「主な理由は二つあるね。一つは、魔物ほど敵対性が強くないこと」
「いや、今さっき襲われたばかりなんだが……」
「確かに死体を動かすんだけど、実はその状態での発見率は非常に少ないんだよ」
「そうなのか?」
「ネクロ草は特殊だけど、生態としては普通の花と同じなんだ。養分を吸って、種を残す。十分な栄養があれば、近くに生き物がいても襲ってきたりはしない」
まあ、今回は異常事態だったからそうではなかったんだが。
「次の理由は、危険性も低いから。実際、そんなに苦戦しなかっただろう?」
「まあ確かに……」
「根を張って無理やり体を動かしているけど、その目的は養分摂取のために捕縛しようとするだけ。武器も使わなければ魔法もない。動きも緩慢だし、過去の事例にもネクロ草の操る死体に襲われて倒されたっていう冒険者の数は0だ」
もっとも、倒せるかは別問題だ。
死体であるため痛痒も見せず、頭を潰そうと心臓を貫こうと、本体である花を攻撃しなければ撃退はできない。
カラクリを知らなければ下手なアンデッドよりも不死性が高いから、倒せずに逃げを選ぶ冒険者もいただろうが。
「魔物ほど危険ではないから、か。遭遇率も低いのであれば、確かに少し危険な植物と認識されても仕方ないのか……」
「……それで、もう一つの気になる点は?」
「ああ、レオは過去の事例で発見されたのはスケルトンといったな?」
「そうだよ」
「さらに、十分に栄養があれば襲ってこないとも言っていた。それなら、どうして私たちは襲われたんだ?」
シャルロッテの疑問はもっともだ。
もしもネクロ草が体液も肉も吸い尽くすのだとすれば、今回遭遇した一群はまだ栄養吸収の途中といえる。
その状態で襲撃されたのは腑に落ちないのだろうが……実はこれは俺も同感なのだ。
「最初にはっきりさせておくけど、今回遭遇したネクロ草はイレギュラーだ」
「イレギュラー? それはどういう意味だ」
「正体がネクロ草だった、という点以外は全部かな。そもそも、こいつらが生きた生物に寄生するにはかなり時間がかかるはずだ」
当たり前のことだが、植物が地中に根を張るのと生物の体内に根を張るのでは、掛かる時間も労力も別物だ。
ネクロ草は生命力の強い種であるから、動物が誤って飲み込んだとしてもそう簡単に枯れたり消化されたりしない。第一段階の小さな種の状態で食べられたとしても、成長してやがて根を張ることもある。
しかし完全に根を張り切るには時間が必要だ。
検証するためにはダンジョンに留まるしかなかったためサンプルが少ないが、鳥を始めとした小型の生物でも全身に行き渡るまで七~十日。中型犬サイズの魔獣であれば二十日以上は必要なのではないかという推察が立てられた。
だがこれは死体であることが前提だ。
そして死体であれば、これだけの時間が経過すれば根が行き渡る頃には腐敗が始まってしまっている。
(それで十分な栄養が取れるのか疑問だったが、そもそもネクロ草の発見率そのものが低いし、検証不足だと思っておこう)
とにかく、根を張るまでの時間=腐敗経過時間と考えれば、養分を吸い切る頃には肉も腐りきり骨だけしか残らないだろう。
ネクロ草の取り付いたアンデッドがスケルトンしかいなかった理由はこれだ。
しかし当然ながら養分は死体からしか取れないというわけじゃない。何者かが誤って誤飲した場合、そこから根を張られることはあるのだが……。
「自然界の動物ならともかく、人間ならまず異変に気づく」
「異変……?」
「体内で発芽し根を張り始めたら、まず内臓のどこかが穴だらけになる。これで痛みがないなんて思えるか?」
「…………無理だな。そうか、人間のネクロ草アンデッドがいない理由は、不調を訴えた人間が治療されてしまうからか」
扱いとしては寄生虫に関係した食中毒に分類されるため、毒素や異物を取り除く高位の回復魔法であれば対処できるらしい。
実際、胃や腸の辺りでネクロ草は根を張り始めるらしく、症状も似ている。
時間経過でひどくなり、最悪の場合立つこともできないほどの痛みになる事を除けば。
当然、そんな変調が現れれば医者に掛かる。
外科手術はあまり発達しておらず、魔法による治療が主体だが回復が見込めなければ、より良い魔法の使い手を紹介されるし、費用さえあれば治療は比較的簡単だ。
「ただ、それを踏まえてもダンジョン内でネクロ草アンデッド人間は未確認だ。なぜだと思う?」
「それは、人間なら治療ができるからで」
「生きている人間はな。死んでいる場合は無理だろう?」
「それは……何故、だろうか?」
シャルロッテは腕を組んで何度も頭を捻るが、答えは出なかったようで眉を顰めた。
「根を張るのは養分を吸収するためだ。張り切る前に土壌が死んでしまったら、根を伸ばしようがないだろう?」
「! 種が小さすぎるからか!」
「正解。実際、中型犬より大きな魔獣や魔物が寄生されたって事例はない」
ネクロ草の根は無限に伸びるわけじゃない。種の大きさに応じて根の長さも決まっている。
それなのに種をひと飲みしてしまう生き物に根が張れるのは、成長しながら根付いているからだ。
養分を吸収して成長し続けているのだから、それだけ根の長さも増えていく。だがそのためには、常に養分が足りていなければならない。
ネクロ草には腐敗防止の手段がない。となれば、苗床の腐敗は避けられない。
たとえ生きている状態から根を張ったとしても、まず体内を蝕む痛みに苗床の方が耐え切れず死んでしまう。
その時点から腐敗が始まってしまうから、あまりにも大きな苗床だと十分に根が回りきらず死体を動かすことができなくなるのだ。
そして一度でも花を咲かすべく変化してしまえば、もう種には戻れない。
白斑草として知られていた頃は、そんな栄養不十分の状態だったんだろう。
「…………いや、それはなんというか、おかしくないか?
ならどうして、彼らはネクロ草に寄生されているんだ?」
シャルロッテもそこに気づいたらしい。
つまりは、そこが異常事態だということに。
「その通りだ。普通のネクロ草なら人間の死体に根を張り切る前に腐敗が始まってしまうし、なにより……彼らの死体は腐敗が始まっていなかった」
最初のパーティがこの森に入ってから、二週間以上経過している。
普通のネクロ草なら、根を張り巡らせるまで時間が足りない。そして何より、死体の腐敗が始まっているはずだ。
それなのに、俺たちが相手にしたネクロ草アンデッドはミイラのような姿をしていた。
養分はまだ搾り取れるし、肉体を突き破って咲いた花だってあそこまで大きくは成長しないはずだ。
「実はこれらはネクロ草ではない……ということなんだろうか?」
「ネクロ草に類した新種、という線もないとは言えないが。それを調べようと思う」
シャルロッテの「どうやって?」の問いには答えず、集めた冒険者たちの遺体と回収したネクロ草をそれぞれ解析モードで見ることにした。
さっきは正体を探るために解析モードで調査したが、時間がなかったからあまり多くの情報は得られなかった。
それでも、彼らがこうなった経緯はわかったのだが。
『冒険者○○ 状態:死亡 死因:ショック死
負傷し、昏倒しているところにネクロ草の種子を嚥下させられた。
根が張る際の痛みによるショックで死亡。
ネクロ草の開花状況:2/5
ネクロ草の開花場所:心臓』
スキャンのおかげで弱点までわかったのはいいが、改めて見ると不可解な点が多すぎる。
回収したネクロ草は図鑑で見たものよりも立派に咲いているが、これでまだ二割くらいの成長度らしい。十分に養分を吸収しきったら、どれだけ大きくなるのか……できれば想像したくない。
そして一番気になるのは、何者かが彼らにネクロ草を飲み込ませたという点だ。
死因は全員共通しているから、ネクロ草を栽培している何者かがこの森の中にいるということになる。
そいつは一体何者かのか……彼らの亡骸と、ネクロ草を解析すれば何かわかるかもしれない。
「今からこのネクロ草を調べるんだけど、悪いんだがこれから起こることは他言無用で頼むよ」
「言うなというのならば口外しないが、何をする気だ?」
「ちょっと他の人が使えないような貴重な魔法を使うのさ」
無詠唱でフェイクの魔法陣をネクロ草に展開し、義眼の解析モードで精密調査を行う。
義眼について詳らかに説明するわけにもいかず、かと言って何の手札も見せずに事情を共有しても信用なんて得られないだろう。
だから《解析》に似た魔法陣を描くことで、解析の魔法を使ったと誤魔化すことができる。
ちなみに本当に解析の魔法を使わないのは、単純に魔力の消耗を避けるためだ。
何が潜んでいるのかはわからないが、今回の事態はハイゴブリンの時よりもやばい予感がするしな。
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