第51話「突然ですが、元冒険者に襲われています」
「アンデッド……なのか?」
変わり果てた冒険者の姿を見て、知らず知らずのうちに口を出た言葉。
アンデッド……いわゆる、ゾンビやスケルトンと言ったRPGの定番中の定番の魔物系統を指す名称。
そう、魔物なのだ。アンデッドはダンジョンに生息する魔物であり、その正体は『瘴気の濃い土地で朽ち果てた亡骸が魔物化した』ものである。
某ゲームのようにウイルスや感染症の類ではなく、生まれ方は他の魔物と同じだ。遺骸のどこかに魔石が生じ、その結果魔物のように振舞うのであり、死者の怨念や無念といったオカルト要素の塊ではない。
そのうち、肉体が完全に朽ち骨だけになった魔物を「スケルトン」。
腐肉ではあるが肉体が残っている魔物を、「ゾンビ」と呼んでいる。
確認されている限り、アンデッド系の魔物にはこの二系統しか存在しない。
ミイラのように干からびたアンデッドは、アレスガルドでは発見されていないはずだ。
「これは、一体……魔物化、しているのか……?」
「少なくとも話は通じなさそうだし、生きている感じもしないな」
ゾンビ映画なら呻き声をあげながらジリジリとにじり寄ってくるところだが、目の前のミイラ?は顎でも外れたかのように大口を開けたまま、ウンともスンとも言わない。
見た目通り水分はないのか涎もたらさないし、眼球もカサカサに乾いている。注意深く見ればさっきから呼吸だってしていない。
ダンジョン内で魔物化した冒険者の成れの果てであるのは違いないが、俺たちは即座に倒せずにいた。
俺は単純に自分の知識にない未知の魔物であるために。
シャルロッテは、あまりにも無残なその姿に言葉を失っている。
「レオ……確認するが、本当に死んでいると思うか?」
「あれで生きているようなら、素直に死なせてやるほうが慈悲だと思う」
さすがにあんな様子の相手に脈を測りにはいけないが、あそこまで干からびていたら血液だって干上がっているだろう。そうなれば心臓だって動いていないだろうし、脳だって機能停止する。
万が一生きているとして、あの状態から復帰させるためには何をすればいい?
体内から水分を失っただけでああなるとは思えないし、あの状態で自我があるとも思えない。失った正気を取り戻すには多大な時間が必要になる。
非情な決断だと思うが、助かる可能性が低すぎる。もし生きているのだとしても、とどめを刺してやるべきだと思う。
魔物相手とはいえ、命のやり取りをしてきた。少しの油断や気の迷いでこちらがやられてしまうのだ。切り捨てられる甘さは、切り捨てていかないといけない。
「……そうだな、その通りだ」
俺より早く魔物と戦ってきたシャルロッテなら、そのことは当然わかっている。
立ち上がったシャルロッテの目からは、迷いが消えていた。
腰に穿いた剣を音もなく抜き放つと、わずかに黙祷を捧げる。
「お前の無念は必ず晴らす。安らかに眠れ」
いくら悪い足場とはいえ、ふらつく足取りのアンデッドに遅れを取るシャルロッテではなかった。
得意のスピードをこの場で活かしきり、擦れ違い様に相手の首を刎ね飛ばした。
ほぼ無抵抗な相手だったとはいえ、思わず目を奪われてしまうほどの早業。こんな空気でもなければ賛辞の言葉を送るところだが、今は気分を害するだけだろう。
「シャルロッテ……」
気に病まないように声を掛けようとした。
しかし、次に口から出た言葉は自分が用意したものではなかった。
「離れろ!!」
咄嗟に出たのは警告の言葉。
その気配に遅れながらも気づいたシャルロッテは、身構えたまま一歩後退した。
「なん、だと……!?」
改めて構えを取るシャルロッテだが、両目を見開いて驚いている。
無理もない、俺だって同じだ。
首を落とされた冒険者のアンデッドが、またシャルロッテに襲いかかろうとしていたのだから。
「バカな! こいつはアンデッドの魔物のはずではないのか!?」
シャルロッテの悲鳴じみた声は、俺の疑問そのままだった。
アンデッドとはいえ魔物である以上、乱暴な表現だが殺せば死ぬのだ。
体が死体であるということ以外は普通の魔物と何も変わりないのだから。体に命令を下す首を刎ねる、魔石の核を突くなどすれば、もう一度殺すことができる。
先ほどシャルロッテが下した一撃は、間違いなく致命傷だった。
スケルトンと違い、肉体で覆われたアンデッドは核となる魔石がひと目ではわからない。だから、体を動かす脳のある頭を刎ね飛ばす。
一部の無駄もない的確な判断と処置だったのに……どうしてまだ動けるんだ?
「シャルロッテ、こっちに戻って来い! 魔法で……っ」
《風刃弾》あたりで切り裂いてやれば、さすがに動かなくなるだろう。
そう考えた俺の腕が止まる。
死角からこちらに向かって近づいて来る人影を、全周囲視界の義眼で捉えた。
咄嗟にそっちを振り向いてしまい、後悔する。
そこからやってきたのは、五人の冒険者らしき風貌をしたアンデッドだった。
全員が首を刎ねた冒険者と同じく、干からびたミイラのような容貌をしていて装備は血塗れだったり、凄まじい衝撃を受けたのか四肢は捻じ曲がり、防具はベコベコにへこんでいたりひび割れたりしている。
「残りの奴らも集まってきたか……!」
「これで、先遣の冒険者は全員……全滅か」
後から現れた五人は、こちらを取り囲むように四方八方から現れた。
動きは早くなさそうだから今すぐシャルロッテに戻ってもらい、全速力で来た道を引き返せば逃げることはできるだろうが……。
「一度立て直す! シャルロッテ、こっちへ!」
魔法陣を展開すると同時に、こちらの意図を読み取ってくれたシャルロッテが素早く戻ってくる。
正体不明の相手に適当に火力のある魔法をぶちかますほど、不注意な真似はできない。ましてや一撃で灰にしようとすれば森林火災になるのは目に見えている。
果たして相手に通じるか、という思いはあったが俺の選択は目くらましだ。
「《暗黒の霧》!」
魔法陣の中心に生まれた黒い塊に息を吹きかける。
すると、まるでタコの吐いた墨のように黒いモヤが瞬く間に周囲に広がっていく。
死んだような目をしているアンデッドが、目を使ってこっちを捕捉しているかは疑問だがやらないよりマシだろう。
今のうちにアンデッドたちの囲いを抜け、登りやすそうな木の上に退避する。
「(しばらくここで様子を見よう)」
小声で隣りまで登ってきたシャルロッテに話しかける。
「(ああ……しかし、あれは一体何なんだ? ただのアンデッドではないようだが……)」
「(そうだな。砂漠地帯でもないのに、ミイラのアンデッドなんているはずがないし)」
「(みいら?)」
「(あいや、なんでもない)」
そうだった。砂漠地帯なんてこの大陸にはないし、シャルロッテが知らないのも無理はない。
水系統の魔法も水を出す魔法はあっても、水分を奪う魔法はないのだ。ミイラという単語自体を知らなくても仕方がない。
だが憶測の域は出ないがアンデッドが誕生する経緯を考えると、エジプトのピラミッドくらいの環境がなければミイラのアンデッドは誕生できないはずだ。
そもそもアンデッドが自然発生するには、瘴気の濃い土地――つまりはダンジョンか、ダンジョン化した墓地――に死体がなければいけない。
死体に瘴気が蓄積し、魔石が生まれ、そこでようやくアンデッドになるのだが……その時間は膨大だ。
アンデッドのほとんどがスケルトンであるという点から、自然発生には長い時間がかかるのが分かる。
スケルトン誕生の例を踏まえると、ゾンビの特異性はよくわかる。白骨化する前に魔石が誕生するということは、それだけ瘴気の濃度が異常に濃い土地か。あるいは――――
「(レオ……まさか、ネクロマンサーがいるのか?)」
死霊術師――――それは魔物であったり禁術に手を出した人間だったりするが、共通しているのは死体をアンデッドに変える術を使うという点だ。
それが禁術指定の魔法か魔物としての特性かは置いておくとして、この方法で作られるアンデッドは人間だけに限らない。魔物や魔獣のアンデッドなども作ることができてしまう。
故にアンデッドの中でも、スケルトンよりゾンビの発見情報の方が危険視されている。
ゾンビが生まれるほど瘴気の濃いダンジョンは長時間滞在することは危険だし、ネクロマンサーは一人居ればゾンビの大群を作れる超危険な敵性生物扱いだ。
魔物であれば危険度は最低でもCランク。修めている魔法や、配下においているアンデッドの数によってはAランク級の相手。
それがネクロマンサーだ。そんなものがこの森に潜んでいるのだとすれば、シャルロッテの表情が青ざめるのも仕方がないことなのだが……。
「(いや、多分……それはないと思う)」
「(何故だ? 彼らの様子は、図鑑で見るゾンビとよく似ているぞ)」
「(彼らがアンデッドなのは否定しない。でも、死体がないと戦力を作れないネクロマンサーが、どうしてこんな森にいるんだ)」
「(あっ……)」
そう、この森はダンジョン化しているが死体に溢れているわけではない。
むしろ立地的にも脅威度的にも放置されがちな土地だ。
それなら少し足を伸ばしてクラウド村の共同墓地を利用したほうが、まだ多くのスケルトンを作ることが出来るはず。それに墓地が荒らされているという話も耳にしなかった。
ゾンビがいるという事実を見ればネクロマンサーがこの森にいる可能性は高そうなのだが、条件や事前情報から鑑みるといない可能性の方が圧倒的に高い。
「(しかし、それならば彼らはどうして……?)」
「(……それを今から、調べてみようと思う)」
義眼を全周囲モードから解析モードに切り替える。
魔力はいつもより多めに消費してしまうが、それでもネクロマンサーの線を完全に潰すためにも彼らから情報を抜き出さなければ。
最初に見るのは、追ってきた集団の後方にいる魔法使い風の冒険者だ。
他の四人同様にこちらの姿を見失っているようで、あまり身を乗り出さないように木陰に隠して盗み見る。
そうして知った情報は、ある意味で予想通りで、こちらの想定をはるかに飛び抜けていた。
「……マジかよ」
思わず声が出てしまった。
慌てたシャルロッテが俺の口を塞ぐが、彼らは耳が良くないのかこちらに気づいた様子はない。
「(何に驚いたのかは知らないが、いきなり声を出すなバカもの!)」
「(いや、すまんすまん。でもネクロマンサーの線は完全に消えたよ)」
「(そ、そうなのか? 一体どうやって知ったのだ?)」
「(悪いけどそれは企業秘密だ)」
「(……なんだそれは)」
依頼中に自重する気はないが、さすがになんでもあけっぴろげに話すつもりはない。
誰かに調べるように指示されているかもしれないし、本人にその気はないのにうっかり、ということだってありえるのだから。
そんなわけで、義眼の能力に関してはシャルロッテはもちろんアルメリアにも教えていない。
「(だが、君がそう言うなら聞かないでおこう。それで何がわかったのだ?)」
「…………」
「(レオ……?)」
ろくな説明もしていないのに、シャルロッテはそれでも信じているらしい。
彼女といい、アルメリアといい、ちょっと俺に対する信用が厚くないかな?
カトレアがついてきた時に義眼を使った日には、あからさまに胡乱げな視線に晒されまくったのに。
アルメリアが諌めてからは露骨に訝しむことはなかったが、それでもところどころで怪しむ言動を見せていた。
「(レオ、そんなに言いにくいことなのか)」
考え込んでいただけだ、とはあけっぴろげに言えない。
それに、彼女の指摘もあながち間違いではなかった。
「(取り敢えず、ここからあの人まで攻め込むのに支障はあるか?)」
俺は最後尾にいる、最初に解析を行った魔法使いのアンデッドを指さした。
「(……ふむ。彼らの動きが今くらいのままなら、問題はない)」
「(それなら、今から俺が魔法をあいつの上半身に直撃させる。露出したものを切り裂いてくれ)」
「(……露出したもの?)」
俺は少し長めに魔法陣を描き、風刃弾を手元ではなく指定座標――魔法使いの足元――から射出するように調整する。動きの遅いアンデッドだから有効な組み方だ。
そして、足元から上空目掛けて小さな風刃弾が連続で速射される。
一つ一つはテニスボールよりも小さく、殺傷能力もほとんどないのだが、衣服を切り刻むには十分だった。
「アレだ!」
上半身のローブがズタズタになり、痛々しい半身が露わになる。
深々と抉られる一筋の太刀傷に、青白く干からびた体つき、そして……心臓のある左胸に毒々しく咲き誇る、一輪の花。
「他の四人は俺が相手しておく! あの花を刈り取れば、あのアンデッドはおしまいだ」
「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思われた方は、
ページ下の「☆」を「★」にしてやってください。
遅筆な作者のモチベーションが向上しますので!(_ 人 _)




