第50話「突然ですが、名も無き森は危険地帯でした」
村で一泊し、早朝に俺とシャルロッテは件の森へと足を運んだ。
街道を通らず一直線に突っ切って向かったため、昼前に着くことができた。
長丁場になることを踏まえて早めかつ多めに昼食をとり、装備の点検を行う。
「それでレオ、探索の方針はどうする?」
「可能であれば先に入ったパーティの足跡を辿りたいところだけど……」
「…………この森から、か」
遠目に見えていただけでも、かなりの規模だった。
その上、ゴブリンの森と違って冒険者たちが頻繁に足を踏み入れることもないため、切り開かれた道もない。
森をぐるりと回りながら注意深く探せば、先行したパーティが踏み入った痕跡を見つけられるかもしれないが……一日二日で見つけられるとは思えない。前に来た捜索パーティも同じことを考えたはずだ。
それなら、俺たちも同じく適当な場所から入っていくべきだろう。
「道を確保しながらひたすら直進しよう。そうやって手掛かりを探すしかない」
「気が遠くなりそうだな」
「帰りますか?」
「まさか。途方もなかろうが、ここで帰る選択肢は私にはない」
鉈を片手に気を引き締め直すシャルロッテ。
鎧姿で鉈を持つ姿はシュールだが、枝葉を切り分けて進むなら剣よりも鉈の方が便利だから仕方がない。
シャルロッテは嵩張る荷物は魔法鞄にしまい、俺は宿にある程度置いてきたので、これで二人とも身軽になった。
「さて……それじゃあ、行くとしますか」
森を歩くことに慣れている俺が先頭に立って歩き、シャルロッテはその後ろから付いてくる。
リーダーに先陣を歩かせるわけには行かないとか言っていたが、獣道すらない森を突き進めるほどの経験やノウハウが彼女にはなかったので諦めてもらった。
そしてもちろん、義眼の視界を全周囲視界モードに変更することを忘れない。
初見のダンジョンということもあるが、ただでさえ見通しの悪い森だ。先行したパーティの足跡の他、危険な生き物が潜んでいないか警戒することに越したことはない。
「まだ昼だというのに、かなり薄暗いな」
無言で歩き続けてそろそろ昼を過ぎた頃、ポツリと零したのはシャルロッテだった。
ただ警戒は解いていないし、疲労で注意が散漫になっているわけでもない。単純に、疑問に思っただけなんだろう。
「人の手が入っていない自然なんて、どこもこんなものだよ」
「しかし、ゴブリンの森はもう少し見晴らしが良かったぞ」
「人が住んでいなくても、人が何度も踏み込めばそれだけで人間にとっては動きやすい土地になる。ここは村人どころか冒険者も来ないみたいだし、枝も草も伸び放題なのさ」
正確に言えば、ゴブリンの森には駆け落ちしてきた夫婦もいたから全く人の手が入っていなかったわけじゃないだろう。それも放置されていたから、すぐに埋もれてしまっただろうが。
俺も故郷の森で色々と叩き込まれたが、そこも狩人限定だが十分に人の手が加えられた土地だ。ここまで鬱蒼と生い茂った森を進むのは、さすがに初めてだった。
「それにしても……あまり動物もいないな」
「いないわけではないよ。探せばいる」
「わかるのか?」
「故郷では狩りの手伝いもしていたから」
それは半分本当で、半分嘘だ。
もちろん歩きながら動物の痕跡は見つけていたが、それ以上に全周囲視界のおかげで幅広く探すことができているからだ。
シャルロッテの目には映らないところにある痕跡も、俺の視界にはやすやすと映り込む。
経験と知識の量でも勝っているが、なにより"見落とさない"というアドバンテージの差は大きい。
「けど、明らかにそれも少なくなっている」
森の奥に向かって直進していると、だんだん動物たちの気配が薄くなっていた。
「この森に動物があまりいないということか?」
「コボルトが住んでいたくらいだから、ウサギみたいな小動物は餌になっていたかもしれないけど……鳥の鳴き声まで聞こえなくなってきた」
耳をすませば、かすかに聞こえてくる鳴き声。
それは進む先ではなく、進んできた後ろから聞こえてきた。
いくらコボルトが魔物であるとはいえ、高い樹上で足を休める鳥類を狙えるかといえば、それはない。
体格はゴブリンと同程度で知能はそれ以下。木を登って鳥を取ることは難しく、ましてや罠に嵌めたりスリングなどを使わずに捕まえられるものじゃない。
安全は確保されているといってもいい野鳥が、森の奥にはいない理由……それはつまり、安全ではないから。
木の上にいる程度ではどうしようもない何かがいる、ということだ。
(コボルトよりも脅威になるものがいる。野生動物は縄張り意識に敏感だから、森の奥にはやってこないんだろう)
野生動物は意外と頭がいい。特に危険への感知や学習能力は、人間よりも優れているところがある。
だから危険な動物、あるいは主の縄張りには近づかない。一歩足を踏み入れれば、自分が狩られるとわかっているからだ。
(鳥も狩れる魔物か……意外と候補は限られるんだよな)
以前から、時間がある時に冒険者ギルドや王都の図書館に立ち寄り、魔物に関する情報を集めていた。
俺のスキルや体質?を考えれば、不慮の遭遇に遭う確率は非常に高いはずだから、今のランクでは討伐依頼のこなさそうな魔物の情報にも目を通したのだ。
その情報を踏まえて、野鳥をも狩れそうな魔物に当たりを付けるが……実は候補は非常に少ない。
まず、武器を使う魔物が少なすぎる。
それこそ以前のハイゴブリンほどではないが、武装して通常のゴブリンの域を脱して脅威度の上がった、ゴブリンアーチャーくらいでないと難しい。
武装する魔物も自分で武器を作るのではなく、冒険者から奪い、自在に使いこなせるようになって初めて名称付きの危険な魔物に分類される。弓を持ったばかりのゴブリンじゃ、野鳥を落とせやしない。
一番の候補は鳥の魔物だが、実は鳥系の魔物は森の中には滅多に現れないのだ。
普通の鳥よりも素早く飛ぶ魔物が多いため、遮蔽物の多い森ではむしろ速度が出せず獲物を狩りづらいらしい。
そのため高所から見下ろせる山岳地帯や、見晴らしの良い草原などを好んで狩場にしている魔物が多い。あとは、そんな遮蔽物など気にせず飛べるほどの、巨大な鳥系魔物くらいだ。
(そんなバカでかい魔物がいるんなら、とっくに村まで襲いに来ていそうだが、全くないとは言い切れないよな……)
コボルトの群れでも対処しきれず、樹上の鳥が脅威に感じるほどの大型の魔物。
そいつがこの森に移動してきたのだとすれば、これまでの筋が通るというものだが……今のところ、そんな大きな魔物がいる気配がない。
もっと奥に居るのだけかもしれないが、そこはかとなく嫌な予感がする。
俺自身ハイゴブリンよりも大きな魔物と戦った経験はないが、パーティが全滅するほどの脅威なのだろうか?
最初に来たパーティが不意打ちか油断かで、全滅することはあるかも知れない。けれど二回目のパーティはその危険性を教えてもらった上で森まで来ている。
戦ったとして、一人の生存者もいないのはなぜだ?
危険と判断すれば、撤退するのは当たり前だ。一人も逃げきれないほど速い魔物なのか? だとすれば、先にコボルトの群れの方が全滅していてもおかしくないはずだ。
「……レオ! どうした? 何かあったのか」
考え事をしていたせいで、いつの間にか足が止まってしまっていた。
隣りでは異常事態かと緊張するシャルロッテの姿があった。
「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。先を急ごう」
いかんいかん。いくら気になるとはいえ、こんな見晴らしの悪い森の中で思考に耽るなんて危険極まりない。
頭を振って気を引き締め直し、全周囲視界を利用して周囲とこれから進む先を確認するが……。
「……まったく、気を抜きすぎだろ」
「レオ、本当にどうしたんだ?」
「手掛かりを発見した」
再び視点を全周囲に戻し、足取りを早めてそれに向かって進んでいく。
ただし警戒を高めて、なるべく足音や物音を立てないように気をつけながら。
後ろにいるシャルロッテも俺の変化に気づいたのか、固唾を飲んで離れず付いてくる。
やがて、俺が見つけた冒険者の遺体の元にたどり着く。
木の根元に背を預け、項垂れるように眠るローブを着た冒険者。
裾から覗く素肌は土気色を通り越し、生きているものの色をしていない。だが何より、肩口から袈裟斬りにされた深い傷と夥しい量の乾いた血痕が、生存の可能性が潰えている事を知らしめてくる。
「レオ…………この人は、」
「格好からして、後発組の冒険者だろうな」
格好からして前衛は務まらないし、近くに杖も落ちている。おそらく後発組のパーティにいたという、魔法使いだろう。
「……身元が分かるものはないか、確認しよう。レオ、すまないが周囲の警戒を頼む」
シャルロッテの声は平坦だったが、怒りの熱を微かに帯びていた。
口を挟むことなく言われた通りに周囲に気を配り、彼女は物言わぬ冒険者の亡骸に手を伸ばした。
「シャルロッテ!!!」
それに気づけたのは、義眼を全周囲状態にしていたおかげだった。
シャルロッテの背後を向いていた俺は、後ろで微かに動く存在を視界に捉えた。
反射的に彼女の方に掴みかかり、手加減などできずに引きずり倒す。文句は後から受け付けるつもりだったが、どうやらそんな余裕はなくなりそうだ。
「…………はっ?」
隣りで尻餅をつくシャルロッテから呆けた声が漏れる。
無理もない、俺も先に気づいていなければ我を忘れてしまうほどに衝撃を受けた。
全周囲で見た俺の後ろ、つまりシャルロッテの前で動いたもの。それは冒険者の指先だ。
これだけ見れば、もしかしてまだ息があるかもしれないと気が逸ったかもしれない。しかしその動いたては、迷うことなく落ちていた杖に伸びていった。
助けを求めての行動じゃない。明らかに警戒し、迎え撃つ姿勢だった。
冒険者は動かないものだと考えているシャルロッテが、その不意打ちを躱せるかわからなかったから、無理矢理に引きずり倒した。彼女への謝罪は後でし、まずは相手に落ち着いてもらおうと考えていた。
だが、そんな考えも吹き飛ぶほどの衝撃があった。
先に仕掛けられた際の警戒心が残っていなければ、俺もシャルロッテのように放心しかねないほどの衝撃が。
杖を振り被り、立ち上がった冒険者は、人の形をしていなかった。
ナイフで削ぎ落とされたかのように肉がこそげ落ち、骨と皮だけになったミイラのような肉体。
頬骨が突き破らんばかりに浮き上がり、白く濁った瞳は眼窩に落くぼんでいる。
まるで生まれたての動物のように頼りない足取りで体を支え、威嚇するように、求めるように腕を突き出してこちらに向かってくる様に、ある言葉が口をついて出た。
「アンデッド……なのか?」
「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思われた方は、
ページ下の「☆」を「★」にしてやってください。
遅筆な作者のモチベーションが向上しますので!(_ 人 _)




