第49話「突然ですが、調査依頼に出発します」
装備と旅支度を済ませ、俺とシャルロッテは冒険者ギルドの方で予約してくれた乗合馬車で待ち合わせした。
目的地であるクラウド村は、馬車を使って約三日。
調査の日程と帰りの道のりを考えれば、これで夏休みはほぼ潰れることになりそうだ。
「……思ったよりも軽装だけど、それで大丈夫なのか?」
シャルロッテとパーティを組んだ際、アルメリアの時と同じように敬語禁止を言いつけられた。
なんでも領地で冒険者活動していた時もそうだったらしく、アルメリアとカトレアの時のような裏はなさそうだったから素直に言う通りにした。
そのシャルロッテなのだが、俺と違い随分と荷物が軽いのだ。
というか、動きやすそうな平服の上にいつか見た鎧姿と剣。そして肩下げのバックとベルトポーチ以外に荷物がない。
いくらなんでも、冒険者として活動したことがあるのに準備を怠るとは思えないのだが……。
「む? そうか、レオは魔法鞄を持っていないのか」
「…………ああ。もしかして、そのどっちかが」
「いや、両方だ。リュックの方には着替えや野営で使う道具を、ポーチには冒険で使う常備薬などだ」
まさかの二つとも魔法鞄だった。
カトレアも持っていたけど、身近に持っている人がいると羨ましい。
ちなみに俺はいつもの装備に加えて、野営用に大きなリュックサックを持ってきた。
故郷にいた時、父さんと一緒に泊まり込みで狩りに出かけた頃から愛用しているため、年季が入っている。
内容量は多いのだが、こうした馬車を利用するならスペースをかなりとってしまう。
今までは徒歩だったから気にしなかったが、馬車を利用するなら魔法鞄の方が周りに迷惑はかけなくて済みそうだ。
昔は素材や討伐部位の回収のために魔法鞄の貸し出しをしていたらしいのだが、盗難や転売目的の冒険者が増えたせいで廃止にされてしまったんだよなあ……。
個人が持つには高すぎるし、便利だとは思うが当分俺には縁がなさそうだ。
◇
その後、大きなトラブルもなく馬車はクラウド村へと着いた。
当番制の見張りを立てたが魔物や盗賊団などのならず者の襲撃もなく、平和な道中だった。
ただ、これが嵐の前触れかもしれないと、少なからず俺たちは不安を抱えていたが。
ともかく目的地であるクラウド村に着いた俺たちは、森に行く前に大元になった討伐依頼を出した村長のところに話を聞きに行った。
森に入った冒険者たちの風貌を聞いておきたかったし、問題の森についても少しでも情報が欲しい。
「最初に来てくれた冒険者たちは、三人とも若い男の方でした。彼らを探しに来たのは、男一人と女二人のパーティでしたな」
割合としては、最初のパーティが剣士と槍使いの二人と弓使いが一人。
後発組のパーティが、剣士の男女と魔法使い風の格好をした女が一人らしい。
装備や外見的な特徴を教えてもらったが、後発組が出発してから一週間以上経過している。先発組に至っては、その倍以上の時間だ。
はっきり言って、生存は絶望的だ。しかし外見の特徴がわかっていれば、遺体を確認する時の助けになる。
「ところで、彼らが向かったコボルトの出る森について聞きたいんですが……」
「ああ……他の冒険者の方々にも聞かれたのですが、詳しいことは我々にもわからんのです」
「どういうことだろうか?」
地元の人間なのに、詳細がわからないなんてあるのか?
「この村では木材や薬草などといった、森などで必要になる物は交易によって解決しておるので、行く必要がないのですよ。場所も若い者でも四、五時間ほどかかる距離でして、そのうえ魔物も出ると伝えられてきた以上、危険を冒してまで森に足を運ぶ必要もなく……」
「では、今までコボルトからの襲撃はどうやって凌いでいたのですか?」
「いるという話は伝わっておりましたが、これといった実害はあまりありませんでした。商隊に扮した盗賊による被害の方があったくらいで、古くから我が村には自警団もおりましたし、冒険者の方が来てくれるまでは耐えられるほどの戦力はありました」
ここに来るまでに確かに詰所と思しき建物もあったし、簡素ではあるが武装している青年たちもいた。おそらく彼らが自警団なのだろう。
ならず者からの防衛を想定しているのであれば、戦闘の訓練もしているだろうしコボルトやゴブリン程度なら守り切ることも不可能ではないはずだ。
「では、森に関する地図とか、詳しい地形をわかるものもいないんですか?」
「申し訳ありませんが……」
魔物が住み着いてダンジョン化してはいるが、これといって村に脅威を与えていないからロクな調査がされていない。
村人が森に足を運ぶ必要がないから、現地人にとっても未開の土地というわけか。
(仮称をつけるとすると、名も無き森ってところか)
とりあえず、教えてもらえるだけの情報は集めておこう。
時間も既に昼を過ぎているし、今から向かうと夜になってしまうし、今日は情報収集に時間を使って明日の朝に出発と行こう。
先行したパーティを案じているシャルロッテだが、さすがに事前情報もなくダンジョンに向かうのは危険だとわかっているのか、反対されることもなかった。
「しかし、思いのほか情報が少ないというのは予想外だったな」
村長のほか、自警団や年長者に名も無き森について聞いてみたが、有益と言える情報は数える程しかなかった。
・出現する魔物はコボルトのみ(と言い伝えられている)
・外から見た名も無き森の規模
・名も無き森に向かうための最短ルート
これだけの情報だと、王都の近くにあるゴブリンの森とさほど脅威度は変わらない。広さはこちらの方が大きいが、それでもDランク冒険者が未帰還になるほどのダンジョンとは思えないのだが……。
「やはり、これまでに確認されていなかった危険がある、と見たほうが良いのだろうな」
「だろうな。村の人たちが満足に知らないんだ、何らかの異変が起きてても不思議じゃない」
「しかしコボルトの被害は出ていないのだろう? それ以上に危険な魔物がいて、今まで一切の被害がないとはおかしな話だ」
「今までいなかっただけということじゃないかな」
「……"はぐれの魔物"が現れたということか?」
魔物は基本的に根城となるダンジョンから離れることはない。
しかし、何事にも例外はある。それが"はぐれ"と呼ばれる魔物だ。
"はぐれ"は文字通り、何らかの理由でダンジョンや群れからはぐれて別の地域に出没する魔物のことを指している。
例えば、冒険者が大掛かりな狩りを行い生息域を脅かされた魔物が別の場所に逃げ込んだり、縄張りを荒らした侵入者を執拗に追いかけて別の場所に居を構えてしまったり、判明しているだけでかなりのケースが存在している。
そして当然ながら、はぐれのせいでダンジョンの生態が崩されることは、ありえない話ではない。
似たりよったりなレベルや性質の魔物で構成されたダンジョンに、全く違う生態系で育った魔物が放り込まれるのだ。
前世でもあったけど、外来種の放逐によって在来種が絶滅に追い込まれるケースと同じだ。
今回の依頼に出たコボルトも、はぐれのせいでダンジョンから追い出されたのではないだろうか。異常繁殖で溢れたにしては数が少ないし、その可能性は十分にあるはず。
(Dランク冒険者のパーティの手に負えないはぐれか。一体どこから流れてきたんだか……)
「厄介だな」
「はぐれの魔物の情報なんて、まず集められないからな」
せめて村の人たちが名も無き森にもう少し注意を向けてくれていたら、何らかの異変や変調に気づいてくれていたのかもしれないが……そんなことを言っても仕方がない。
「明日は朝一番にできる限り装備を整えなければな。何が起きてもいいように……」
「いや、逆だ。できる限り装備を軽くしてすぐに向かう」
「なっ! 何を言っているんだ!? はぐれの魔物がいるかもしれないんだぞ!? 不測の事態に備えをするのは当然じゃないかっ」
「それは討伐がメインの依頼だった場合だろう?」
正体不明の魔物を倒さなければならないのなら、いくらでも備えをしておかなければ不安にもある。
勝ちの目を少しでも上げるために、想定できる限りの事態に備えて装備は充実させておきたい心情は理解できる。
けれど、俺たちの目的は討伐ではない。
「俺たちが第一にすべきことは、あの森で何が起きているのか調べることだ。最悪の場合は迅速に撤退しないといけない。だったら、余計な荷物は持ち込み過ぎるべきじゃない」
「っ――――」
「魔法鞄が二つあるんだろう? 俺の分の野営道具は入れておいてほしいけど、可能なら装備一式だけで調査に向かいたいところだ。その方が、いざというとき素早く逃げられるからな」
「それは……たしかに、そうだな……」
シャルロッテは、やはり先行した冒険者たちの仇を討ちたいんだろう。
彼女の気持ちはわからないでもないが、正体不明のはぐれの討伐なんて可能なら避けるべきだ。
誰だって命は一つしかないんだから、勇猛と蛮勇を履き違えて必要のない不利な戦闘に臨むべきじゃない。
ましてや今回のダンジョンも視界の悪い森の中だ。ろくにマッピングもされていないのだし、逃走だってうまくいかない可能性だってある。
「俺たちの目的は調査第一。それを忘れないで欲しい」
「……ああ、そうだな。わかった」
……口調とは裏腹に、表情は不満を隠しきれていない。
本当に大丈夫だろうか……一抹の不安を拭いきれないまま、静かに夜が更けていった。
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