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第48話「突然ですが、昇格試験が発生しました」

 夏休みに入ってから早数日。

 日課のランニングに、少しだけ変化が起きていた。


「はぁっ、はぁっ、……こうして走ってみると、体力の違いを思い知らされるな」


 整理運動をしていると、息を切らせながら落ち込むシャルロッテの姿。

 彼女はアルメリアと違い、領地から王都に来ているためにその他大勢の生徒と同じく寮生なのだ。

 夏休みに入っても帰省しなかった彼女は、早朝に俺がトレーニングしていることを知って一緒に行動するようになった。

 筋トレやランニングをはじめ、メニュー量は変えていないため今のシャルロッテにはきついようだ。


「流派によって鍛え方は違うんでしょう? シャルロッテ様に合わないだけだと思いますが」

「そう言ってくれるが、君がしているトレーニングは身体能力の向上が主目的だろう? これといって特別なトレーニングはしていないんだからな」

「まあ……あとは環境の違いでは? いくら広い領地があっても、自由に遠くまで走り込んだり、四六時中鍛錬に時間を費やすわけにもいかないでしょうし」

「確かにそうだが……積み上げたものの重みが違うということだな」

「そういう意味では、シャルロッテ様の剣技は十分な重みがあると思いますよ。何度も言うように、自分の剣は我流なので満遍なく体を鍛えないといざという時に動けないですから」


 トレーニングの基本は道場にいた時のメニューをそのまま使っているが、試合用の動きに拘っていると魔物相手じゃ通用しないことがある。

 だからこそ、他にもトレーニングのメニューを盛り込んでいる。おかげで朝はかなり早いが、前世の頃と違い夜更かしすることはほとんどなくなったから、寝不足に陥るということはない。


「整理運動が終わって一休みしたら、汗を拭いて食堂に行きましょう」

「そうだな……ところで、レオ。今日の予定はどうなっている?」

「あー……今日ですか?」


 夏休みが始まってからこの方、早朝トレーニングが終わるといつも聞いてくる。

 その際、気のせいでなければ期待に目を輝かせているが……たぶん、まだパーティを組むことを諦めていないんだろう。

 ここ数日は勉強のために図書館に行くと言って、その度に少しだけ気落ちしたような姿を見せるから間違いでないはずだ。


 ……でも、いつまでもギルドに行かないという選択肢はない。

 夏休みはまだ前半戦だし、懐具合だっていつまでも豊かなわけじゃないからな。

 時間と金はいつまでもあると思うな、というのが前世の両親が教えてくれた言葉だ。


「なにか受けられそうな依頼がないか、冒険者ギルドに行ってみようと思います」

「そうか! いつ頃行く予定だ?」

「パーティは組みませんよ?」

「むぅ……」


 やっぱりまだ考えていたか。

 だがパーティ結成はメンバーの同意が必要だから、俺が拒み続けている限りシャルロッテの希望は通らない。

 暗についてきても無駄だと行ってみたのだが、構わずについてくるつもりらしい。

 似たような依頼を受けてついてくるつもりなんだろうか?

 さすがにそうなれば俺からはもう何も言えないんだが……そこまで固執する理由があるんだろうか。







 朝食をとり終え、冒険者ギルドに向かった俺――シャルロッテもやっぱりついてきた――だったが、今日は思惑が外れる日なんだろうか。


 いつも通り依頼の貼り出されている掲示板を眺めていると、すっかり顔馴染みとなった受付嬢のユエルさんに呼び止められた。

 これまでなら何か話があっても受付の方で話していたのに、珍しいこともあるものだと訝しがっていたのだが……。


「Cランク冒険者への昇格試験、ですか」


 少しだけ豪奢な応接室に通され、ある一通の依頼書を見せられた。


「はい。ウェルイン村の件でレオ君にも受けられそうな昇格試験相当の依頼があれば、優先してお話すると言っていたでしょう?」

「緊急性がありそうならとっておかず、他の冒険者に回してくださいと断っていましたよね」

「討伐系の依頼ならそうしましたが」

「……調査系の依頼、ですからねえ」


 差し出された依頼書は、かなり奇妙な依頼書だった。

 先ほど調査依頼といったが、実は書類の前半部分は討伐依頼となっている。

 しかも、半達成済みという奇妙な形式なのだ。


「詳しい話を聞かせてもらえないだろうか? なぜ調査依頼なのだろうか」


 この場にいるもう一人……シャルロッテが口を開いた。

 なぜ彼女がこの場にいるかというと……ひとえに、ユエルさんが変な気を利かせたせいだ。

 最初は俺だけに話があると言って断ろうとしたのだが、


『私はレオとパーティを組みたいと希望しているものだ。ランクは彼と同じだぞ』


 そう言って冒険者ライセンスを見せた。

 しかも俺と同じく昇給間際であったため、二人でこの依頼を受けて欲しいという思惑もあるのだろう。


「この依頼ですが、最初は「クラウド村」からの討伐依頼だったのです。対象はコボルトの群れでした。数は十体ほどで、村から少し離れた森から村に襲撃してくるといった内容でした」

「コボルトが? ゴブリンではなくて?」

「はい、コボルトです」


 コボルトは、ゴブリンよりも大きく薄茶けた毛皮に覆われた二足歩行する犬のような魔物だ。

 狼男をイメージしたうえで、強さはゴブリンより少し手強い程度の魔物と考えるといいかもしれない。

 手足が犬と同じ形状であるためゴブリンほど器用ではなく知能も低いが、総合的な戦闘力はコボルトの方が上とされているが……ゴブリンより頭が良くないため、冒険者や腕の立つ村人からすればゴブリンより倒しやすいという意見もちらほらある。

 しかし繁殖力がゴブリンに匹敵するため、群れの討伐と言われると十体を越える数がいると見て間違いない。


「ですが、このコボルトは既に討伐されています」

「そうなのか?」

「Dランクの冒険者パーティが受注し向かったところ、到着したその日に村を襲いに来たらしく十二体のコボルトを討伐しています」

「だとすれば依頼は達成なのでは? なぜ調査依頼が発生しているのだ」

「群れの掃討が完了していないから、では?」


 シャルロッテの疑問に、こちらから推察して答えを出してみた。

 ゴブリンにしろコボルトにしろ繁殖力が高く、かつ弱い魔物は数が増えすぎると食料を確保するためにダンジョンの外に出てくることがある。

 行きずりの旅人や行商人を襲わず、村にまで足を伸ばしたということは結構な数がいるはずだ。

 実際、村の人か件の冒険者パーティはそう考えたのだろう。

 依頼書の最後の経過報告は、冒険者パーティがコボルトが来た森に討伐に向かったというところで終わっている。


「残念ながら、その確認が出来ていないのです」

「? 先に行ったパーティが未帰還なら、コボルトの被害は続いているのでは?」

「いいえ、コボルトの被害はもう出ていないのです。だから「半達成」となっているんです」


 コボルトの被害が出ていない? それはつまり、村を襲いに来たのが全部だったということか。

 だのに、森に行ったパーティが帰ってこない……これって、まさか……。


「この依頼が調査依頼になった理由は、討伐依頼を受けたはずの冒険者が行方不明となっているからなんです」

「話はわかったが、それでCランクの昇格試験扱いにできるのか? Dランク冒険者パーティの搜索なのだろう?」

「…………向かったパーティは、その組だけではないんです」


 嫌な予感が当たったみたいだ。

 シャルロッテも同じ答えに行き着いたのか、形の良い眉をしかめている。


「不安に思った村人の報告を受け、ギルドから引き継ぎという形で討伐依頼を受けたDランクのパーティが、やはり未帰還となっています。都合、六人のDランク冒険者が、です」

「……Dランク冒険者が帰還できないほど危険なダンジョンなのか?」

「村の人は立ち入ったことはありませんが、そこまで危険だという情報はありません。これといった特徴のない、ありふれたダンジョンだったとギルドは把握しています」

「だからこそ、そのダンジョンで何が起きているのか。先行したパーティはどうなったのか。調査してほしいというわけなんですね」




「Dランクパーティを壊滅させる魔物が、いるかもしれないから」




 俺が口にした嫌な予感は、やはり当たっていたようだ。

 ユエルさんは申し訳なさそうに頷いた。



 そりゃあ、CかBランク相当の魔物がいるかもしれないなら、調査するだけでも昇格試験に相応しいだろう。

 内容に目を通せば、達成内容は「先行したパーティの生死の確認」と「原因の調査」となっている。

 パーティ二つ分の冒険者ライセンス……全部でなくていいのなら最低で別パーティの一つずつの回収と、魔物が出現したのなら"なにが"いたのか確認さえできれば逃げ帰ってもいいということになる。


(ユエルさんが俺に回そうとした理由もわかるな。なんだかんだ、俺には実績があるからな)


 不測の事態だったとはいえ、Bランク相当のハイゴブリンと戦闘して生き残ったという前例がある。

 CかDランクの冒険者に回すより、ゴブリンとはいえBランクの魔物との戦闘経験がある俺に任せたいという気持ちもわかる。


 わかるんだが……さっきから嫌な予感が止まらないんだよなあ。


 これは前世の頃からあった、これから悪い事態に直面するという虫の知らせみたいなものだ。

 ちなみに外れたことはないのだが、予感はしても不運の大きさまでは予測できない。

 だから可能であればこんな依頼は全力で避けたいのだが……。


「ちなみに、上位のランクの冒険者には任せないんですか?」

「大元の討伐対象がコボルトですし、ダンジョンの危険度も不明瞭なため上位ランクに設定するには情報が不足しすぎていまして……」

「現状だと二次災害が広がりすぎないと、上位ランクは動かせないってわけですか」

「申し訳ありませんが……」


 上位ランクの冒険者が受けられる依頼は、下位冒険者の報奨金とは文字通り桁が違う。

 クラウド村からの報酬金とギルドの上乗せ料から考えると、上位冒険者を派遣してただ不幸な事故が重なっただけだったとすると、負債が大きすぎるわけだ。

 任せるなら下位の冒険者が適任。

 その気持ちはわかるのだが……二次災害に遭う可能性がある以上、迷惑な話であることに変わりはない。


 やはり俺的には断りたいのだが……ふと、隣りに座るシャルロッテの顔を盗み見る。

 彼女は先ほどから、思いつめた表情でテーブルに置かれた依頼書を見つめている。


「レオ」


 彼女は俺の方を見ずに訪ねてきた。


「君は、この依頼を受けるのか?」


「……シャルロッテ様は、どうされるつもりですか」


 質問に質問で返すなと怒られそうだが、これは何としても聞いておかなければならない。

 なんとなく、答えはわかっているのだが。


「君が受けないのなら、私がこの依頼を受けたいと思う。パーティが必須だというのであれば、手の空いているパーティにこの話を持ちかけ、同行してもらおうと考えている」


 それでも大丈夫だろうか、とシャルロッテはユエルさんに聞いた。

 彼女は答えに窮し、俺とシャルロッテを交互に見た。


 この提案が良いか悪いかは別として、ギルド側は許可せざるを得ないだろう。


 そもそも討伐依頼は村からのものだが、調査依頼は冒険者ギルドの方が主軸になっている。

 本来であれば依頼失敗として違約金を払い、再度クラウド村から討伐依頼が来るはずだが、実害が出てこなくなった以上、目的は達成されている。

 現在はその依頼金が浮いている状態で、ギルドがその金額に上乗せする形で調査依頼を発行している。

 つまり依頼の主導権は冒険者ギルドが握っている状態で、少しでも早く解決させたいというのが本音だ。


 受注条件――Dランク以上の冒険者でパーティを組んでいること――を満たしていれば、受けてくれる冒険者の選り好みはしないだろう。

 シャルロッテが本当にどこかのパーティに入り、この依頼を受けたいといえば……ユエルさんは受諾せずにいられないわけだ。

 冒険者は基本的に、受注条件さえ満たせばどんな依頼を受けても自己責任。

 ギルド側として出来ることは、注意を促すくらいだろう。


「……私としては、その場合シャルロッテ様をお止めする権限はありません」


 ユエルさんは職員として、そう返すしかないんだろう。

 彼女の表情は決して晴れやかなものではなく、苦渋の決断を迫られているかのようだった。

 まあ、無理もない。即席パーティに任せるには、些かどころかかなり危険な案件だ。


「それなら、パーティを探してこよう。確かに冒険者は自己責任だが、それでも家族を持つ者もいれば帰りを待つ者もいる。いつまでも行方不明のままというのは、帰りを待つ者たちにとっても辛いはずだ。たとえ……望まぬ報せをすることになっても、彼らを探しに行きたいのだ」


 それは冒険者としてというより、辺境伯の娘としての考えなんだろう。

 彼女もやはり、貴族の人間として正しく教育されてきたということか。

 たとえ領地の人間ではないとしても、民を思って行動する姿は、人の上に立つ者として立派な姿勢だと思う。


(……ああ、もしかするとこれもギフトの影響なんだろうか)


 思わず天井を仰ぎ見てしまったが、この話をこのメンツで聞いてしまったことを、幸ととるか不幸ととるか。


 俺がいない時にシャルロッテがこの話を聞き、知らないところで行ってしまわずに良かったと、今はそう思っておこう。


「シャルロッテ様。二つ、お話があります」


 席を立つ彼女の背に呼びかけ、条件を出す。


「一つ。先行したパーティの足取りを探す際、最低でも遺体の確認。冒険者ライセンスの回収はしますが、それ以上は状況に応じて断念します」


 可能であれば遺品や遺体を回収したい、という気持ちは俺にだってある。

 けれど、ダンジョンの状況が不明瞭である以上、無理して回収しようとして危険に陥る事態は避けなければならない。


「二つ。先行したパーティが遭遇したと思しき魔物や危機を発見したことで、最低限の調査は完了したものとみなします。

 この条件を飲んでくれるのなら……一緒にパーティを組み、この依頼を受けてくれませんか?」


 二人は、俺の提案を聞いて目を丸くしていた。

 あからさまに渋っていたので、この依頼を受けることはないだろうと思っていたんだろう。


 だが、シャルロッテが向かってもし何かあったら、きっとついて行かなかったことを俺は後悔する。

 そして救出を志願し、この依頼を受けるためによく知らない誰かとパーティを組むことになる。

 はっきり言って、そっちの方が望まない展開だ。

 危険なんてない方がいいし、足並みの揃わないパーティは遠慮したいと俺が彼女に言ったことだ。


 そうなるくらいだったら、今シャルロッテと一緒に依頼を受けよう。


 差し出した手は……驚きから喜びへと変えた彼女によってしっかりと握り返された。


「こちらこそ、よろしく頼む!」




「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思われた方は、

ページ下の「☆」を「★」にしてやってください。

遅筆な作者のモチベーションが向上しますので!(_ 人 _)

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