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金髪令嬢の独り言②

 我がバルティーユ家は王都住まいの貴族と異なり、家毎によって絶対に修めなければいけない剣術、というものはない。

 例えば初代男爵が『火竜剛剣流』を修めていたら、子孫も同じく『火竜剛剣流』を習うというのが、一般的な貴族の方針だ。


 けれど父や祖父は「自らにあった武術を身につけなさい」と言い、可能であれば体術や槍術でも構わないのだ。


 上の兄たちは父と同じ『火竜剛剣流』を習ったり、あるいは冒険者に依頼し弓術を習ったりしていた。

 そして私は、男である兄たちほど体育が恵まれていないため、別の剣術を習うことにした。


 それが『風の如く速く、疾く、息もつかせぬ怒涛の攻撃』を得意とする、『風虎嵐剣流』だ。


 一言に速い攻撃といっても、たくさんの種類がある。

 手数、身のこなし、足さばき。使う武器の種類。性別。身体能力などなど……条件を上げればキリがない。

 王都三大流派とは、言ってしまえば『威力』『速度』『技術』のいずれかから得意な流派を選び、その中からさらに己の長所を突き詰めるのか、短所を補うのか取捨選択して、ようや く『自分だけの剣術』が身につくのだ。


 私が選んだ『風虎嵐剣流』から繰り出されるのは、足を止めず縦横無尽に動き回り、スピードと体重を乗せた強打を打ち続ける戦法だ。


「フッ――――!」


 短い呼気と共に速度を上げ、吹きつける風のように剣腹を叩きつける。


「っと……!」


 袈裟懸けに迫って来る一撃を、しかしレオはたたらも踏まずに凌ぎ切った。

 いや、手応えがあまりなかったから、受け流されたのか。

 馴れない剣を使っているという点を抜いても、見事な反応だ。


 今、使っている剣は一般的な長剣で、私の剣よりも重量が重い。

 そのせいでスタミナの消耗も普段より多く、剣速もやや遅くなっているが、別の戦法を取るつもりはない。


 そもそも、私がこの戦い方を選んだ理由は、「自分より優れた体躯の持ち主に負けない」ためだ。


 女性である以上、筋力をはじめ体つきは男性に劣る。

 単純な力比べや、腕力ではいくら鍛えたところで勝敗は火を見るより明らかだ。


 だから、力ではなく速さに着目した。


 どれだけ強力無比な一撃でも、当たらなければ意味がない。

 どれだけ盾や剣で防ぎに回っても、間に合わなければ意味がない。


 そうして身につけたのが風虎「一剣」流。

 盾を持たず、足を止めず、速さを活かして切り抜ける最速の剣技。


「セイッ! ヤッ!」


 兄たちに勝るとも劣らない、冒険者の先達たちにも認められた剣技。

 それが…………。



「…………」


「…………ハァアアッッ!」



 試合開始から半分の時間が過ぎた。

 まだ、一撃も入らないっ。掠りもしていない。


「ハッ!」

 肩口に向かって剣を振り下ろす。

 斜に構えた刀身に受け止められ、流される。


「シィッ……」

 剣を引いて刺突を繰り出した。

 僅かに上体を傾ける、最小限の動きで回避される。


「ッ――――」

 死角に回り込み、声を押し殺して剣を振るう。

 今度こそ(・・・・)捉えたと思った一撃は、振り向くことさえせずに防がれた。



(強い、いや巧い……!)



 力が強いわけじゃない。私よりも速く動いているわけじゃない。

 ただ、技術がずば抜けて高いのだ。

 受け流す動きに無駄がなく、体捌きの動きも最小限だ。

 私や冒険者の先達たちのように、魔物相手に振るう剣術ではなく、人間を相手に戦うものの動きだ。


 でも、それだけじゃない。


 彼の死角をついて攻撃するのは、これが初めてじゃない。

 けれど、そのすべてに反応された。

 反対側に回り込んだり、フェイントを仕掛けたり、防御を崩すべく打った手がことごとく防がれた。

 まるで何もかもお見通しだと言われているかのように……。


(初めて戦うが、これが水鳥剣の実力者の戦い方なのか……)


 三大流派の中で最も使い手が少なく、習得が困難だと言われている『水鳥静剣流』。

 その真髄は『静かなる心と目を持ち、鳥の如く一瞬の間を狙い仕留めるべし』とされている。

 簡単に言ってしまえば、他の二流派とは違い「攻めの剣術」ではなく「受けの剣術」なのだ。

 もちろん守るだけでは勝てない。だからこそ、獲物を狩る鳥のように攻め立てる敵の隙を狙い、油断を誘い、一瞬で倒すべくカウンターを主軸とした戦い方をするのだと、教わったこ とがある。


 一撃必殺という点では火竜剛剣流に通じるものがあるが、必要としている素養は全く別物だ。

 相手の攻撃や動きを見極める観察眼。

 あえて相手の攻撃を誘い、受け、利用するための技術。

 攻撃の合間を縫って反撃するための、度胸と速度。

 初見の相手や魔物相手に先手を譲り、防御に徹して観察を続け、致命的な隙を見つけるか作り出す手段を模索し、カウンターを以て一撃で仕留める。


 これはひどく困難な道のりだ。

 とてもではないが、自ら望んでこの流派を修めようとする者は多くない。

 事実、私が実家にいた時に水鳥流を振るう冒険者や騎士を見たことはなかった。

 それだけ習得が難しい流派なのだ。

 私たちの剣は、魔物をはじめとして命のやり取りをするための武器だ。

 誰だって先んじて攻撃を仕掛ける機会があれば、それに飛びついて決着をつけたがる。

 相手の攻めを許すということは、それだけ自分の身を、命を危険に晒すのだから。

 後の先を取る、と言えば聞こえはいいかもしれないが、わざわざ相手に先手を譲ることになる。

 しかも、失敗すれば自ら窮地に陥るというおまけ付き。


 実戦を知る冒険者や騎士ほど、水鳥流を修めようという人間は少なくなる。

 けれど同時に、学ぼうとする人間も少なくはあるが存在している。


 その理由が今、私の目の前にある。


「ハッ、ハッ、ハァッ……」


 攻めあぐねて、一旦距離を取った。

 私ほど動き回っていないということもあるが、レオ・オールドは息一つ乱していない。

 これが防御に徹する剣の強み。

 力は受け流し、速さには付き合わず、最小限の動きで相手を手玉に取る。

「絶対の自信がない限り、一流の水鳥流相手に剣技で競うな」とは、剣術を修めた折に習ったことの一つだ。

 受け流されたり躱されたりしているから、鉄壁という字面とは印象が違うが、まさに強固な壁を相手にしている気分だった。

 突破口が見えない……攻めれば攻めるだけ防がれ、体力をどんどん消耗していく。

 私の動きがつぶさに観察されていくのがわかる。

 疲れて動きが鈍るか、彼の観察が終わるか、そのどちらかが訪れれば勝敗は決する。


 私の負け、という形で。


「っ――――」


 自然と奥歯を噛み締め、柄を握る手に力が入る。

 負けることが悔しいのではない。いや、もちろん悔しいには悔しいのだが、今は負けに対するものではなく、自分の不甲斐なさに対してだ。

 領地にいた頃は、同年代の男に負けたことはなかった。

 冒険者との模擬戦でも、一つ、二つ上のランク相手にも負けはなかった。

 王都に来てからも、加減されていたとはいえ正騎士相手に勝利を収めたし、クラスの中でも一位の座を勝ち取った。


 そんな私でも歯が立たない相手がいる。

 力及ばず敗北の未来しか見えない自分が情けない。

 同時に、これほどの強者と戦えることが――――



「不満そうですね」


「えっ……?」


「男らしく打ち合えと思っているのでしょう? 男のくせにのらりくらりと躱してばかりで、軟弱者めと」


「何を……」


 そんなこと、思っているはずがない。

 彼の戦い方は立派な水鳥流のものだし、打ち合うばかりが戦う術ではない。

 そう答えようとしたが、レオは私の返事など待たずに結論を口にした。


「今日戦ったほとんどの者が口にしていましたよ。平民らしく避けてばかりだ、自ら打ち込んでこないとは軟弱なヤツめ、と」




「"噂通り姑息なヤツだ"と。貴方もそう思うのは当然でしょう?」 




 噂通り――――そう突きつけられて、思わず息を飲んだ。




 私は、学園でレオ・オールドと初めて言葉をぶつけた時、確かにそう思った。

 そういう態度を、あれ以降も続けていたのは間違いない。

 彼の戦いぶりを見てその印象は拭えていたが、彼にはそれが通じていない。


 当たり前だ。口を開いて言葉を紡ぎ、見直したと言っていないのだから。


 当たり前だ。他の者たちと同じ目で、レオ・オールドという人間を見ていたのだから。


 一緒にするな、と言いたかった。

 武を重んじるバルティーユ家の人間が、培った技量を軽んじることなどないと。


 でも……どういうわけか、彼の言葉にすぐに反論できなかった。

 胸の内に澱のようなものが浮かび、言葉を封じ込めてしまった。

 そして、この残り少ない戦いの時間で、彼の言葉を覆す機会は与えられなかった。



「だから……今度はこちらから行きますよ」



「――――なに……っ」



 水鳥流の剣の極意は「後の先」をはじめとした、相手の力や隙を利用した一撃必殺の剣技。

 自ら攻めるという手段はほとんどない。

 あるとしても、迎撃に打って出た攻撃を逆に利用するといった、変則的な「後の先」を狙うフェイントが主になるはず。


 だというのに……構えを変えたレオから発せられる気配は、虚実の剣を振るうものではなかった。


「…………ォォオオオオ!」



 気迫と共に一歩踏み出し、打ち込まれる縦一文字の切り下ろし。

 反応できないというほどではないが、2ndクラスの誰よりも速く、鋭い打ち込みだった。

 両手で剣を盾にして防ぐものの、痺れが残るほど力強い一撃。

 反撃するまで一拍対応が遅れ、その間に、レオは一足飛びで私の間合いから離れていた。


「くっ……」

「フッ――――!」


 こちらから攻めようとした途端、再びレオが間合いを詰めて横薙に剣を払ってくる。

 防ぎ、痺れ、また間合い外に逃げられてしまう。


 まさか、と背筋が寒くなる。


 レオは決して足を止めて、その場で打ち合うことはしない。

 この戦法は風虎流の基本戦術、ヒットアンドアウェーを完璧に実行している。

 私の動きとも教えてくれた師匠の動きとも違うが、紛れもない風虎流を彷彿とさせる攻撃だった。


 そして……風虎流であるならば、「一度動き出した流れは止まらない」ことこそ真髄としている。


 レオの足は私より速くない。

 けれど力で上回っており、一撃を防げばわずかに硬直させられてしまう。

 その間を利用し、当てては離れてを繰り返す。

 あとは、これを延々と続けていけばいい。相手が疲れ、攻撃を受け損なうまで。


 それがレオ・オールドの攻撃パターン。

 一度受け止めてしまった私は遅ればせながらそのことに気づき、そこから抜け出せず窮地に追い込まれてしまった。


「このっ……!」


 不利になることはわかっているが、レオが距離を詰めてくる寸前に回避を試みる。

 攻撃を空振りさせることはできたが、無理な体勢に陥ったことで、当然反撃の機会なんてない。

 そして、姿勢を正した時には再び斬り込む準備が整っていた。


(確かにレオは私より遅い……でも、それを活かせる状況が殺されているっ)


 速さは私の方が上だが、瞬発力はレオの方が上だ。

 レオはその瞬発力を活かし、剣がギリギリ届かない距離を連続で行き来することで攻撃を繰り返す。

 対して、私は絶え間なく攻撃に晒されることで防御に専念させられ、足を活かした動きを封じられた。

 無理に回避してみても、大振りをしないレオはすぐに体勢を立て直してまた攻撃を仕掛けてくる。


(つまり……この状況を打破するには、カウンターしかない)


 防御と反撃を同時に行うカウンター。それは、外せば命取りになる諸刃の刃。

 だが、レオの攻撃にはパターンがある。

 切り下ろしの次は薙ぎ払い、薙ぎ払いの次は切り下ろし、これを繰り返していた。

 おそらく、攻撃を素早く連続で繰り出すために、複雑な動作を必要としない攻撃でパターンを組んだのだろう。

 動きは単調だが、彼の速さなら大抵の相手では一度受けに回ったら、二度と攻勢には戻れないはずだ。


(だが……私の目と速さなら、合わせられるはずだっ)


 薙ぎ払いを転がるように回避し、上体を起こしたところで切り下ろしに入るレオの姿が見える。


(ここだっ……!)


 体勢を立て直す勢いを利用し、下方からレオ目掛けて剣を切り上げる。

 さすがに躱してから切り込めるほどの余裕はなく、一歩間違えば相打ちになるという危ういタイミングになってしまった。

 それでも、私の一撃は間違いなく入る。そう確信して打ち込んだはずなのに――――


「――――……え?」


 切り上げた刀身は、虚しく空を切るだけだった。

 しかも一撃受けるつもりだった覚悟も虚しく、衝撃に襲われることもなかった。

 わけがわからず瞬きしていると、視界の端の方で、間合い一歩分外で剣を引くレオの姿が映った。


「そろそろ反撃される頃だと思ってました」


 まさか……カウンターを誘われた!?

 驚きと同時に腹部に長剣を叩き込まれ、疲労と痛みで剣を落としてしまった。

 転がり落ちる剣の乾いた音ともに、私自身も膝をついた。

 予想以上の疲労とショックで、負けたという実感がまだ湧いてこない。

 むしろ、剣を教えてくれた師匠の時と同じように、指導を受けていたかのような感覚だった。


「狙いは悪くありませんでしたが、カウンターの経験が浅かったようですね。狙っていることがバレバレでしたし、動作もわかりやすかったです」


 試合が終わったからか、レオから私の動きについて感想が入る。

 確かに彼の言うとおり、私はもっぱら自分が攻める動きに重きを置き、実際に受けに回ることは少なかった。

 カウンターを狙ったことなんて数えることしかなかった。けれど……。


「あの速さの戦いの中で、そこまでわかるものなのか?」

「目はいい方なので。あとは経験からくるものですが」

「……手のひらの上で踊らされていた、ということか」


 彼の狙い通りに動かされていたことがわかり、悔しさはもちろんあったが……それ以上に、感心してしまった。


「君の攻撃を受け止めてしまってからは、逆転の目はなかったということか」

「あの状態から逆転は難しかったでしょうが、仕切り直せばよかったと思いますけどね」

「仕切り直し……?」

「ようは、一度逃げて体勢を立て直せばよかったんですよ」

「逃げ、か」


 あまり好きな言葉ではなかったが、レオはわかっていると言わんばかりに頭を振った。


「戦闘を諦めろと言ってるわけじゃないです。自分の得意な戦い方を封じられたのなら、無理に付き合わず、相手の気勢を削ぐためにも戦況をゼロに戻す。そのために距離を取る行動を、逃げと表現しているだけです。仕切り直すための逃げは、逃走だけが目的というわけじゃないので」

「なるほど……そういった"逃げ"を覚えた方がいいということか」

「バルティーユ様はスピードを活かした戦いをする。攻めるばかりではなく、攻めがうまくいかなかった時の戦術を考えておくことは無駄ではないかと」


 実際にそんな状況に追い込まれたからこそ、レオの言葉がすんなりと受け入れられた。

 これまでの戦いでは、基本的に自らの得意な戦法に相手を巻き込む戦い方が主流の者ばかりだった。

 言ってしまえば、攻めて勝つための戦術"だけ"が豊富なのだ。

 もちろん、魔物相手にそれは有効だ。四足歩行、二足歩行、空を飛ぶ魔物、不定形生物、決まった形にとらわれない魔物相手に攻めのバリエーションはいくらあっても足りないことは ない。

 けれど人間相手には、そればかりでは駄目なのだと身をもって教えられた。


 それからもう何点かアドバイスをもらったところで、授業の終了を告げる鐘の音が鳴った。


 成績は上位のグループになるほど1stクラスの生徒が勝ち星は多かったが、下位のクラスは2ndクラスの方が多かった。

 担任をはじめ多くは結果に満足できなかったようだが、個人的には得られるものが多かった授業だったと思う。


「負けたはずなのに、思ったよりも機嫌は良さそうね」


 授業の節目の休み時間、訓練場から校舎に戻る際にアルメリアが話しかけてきた。

 彼女はどうやら、私とレオの試合を見ていたらしい。


「そうだな。戦う前は悪感情を抱いていたが、堂々とした戦いっぷりだったし私よりも強かった。教わることの多かった試合だったよ」

「そう…………どんなことを教えてもらったのか、聞いてもいい?」

「珍しいな。メリアが実技のことを知りたがるなんて」

「ちょっとね、気になることがあって」


 ? 不思議に思ったが、とりあえずレオからされたアドバイスをいくつか話して聞かせた。

 ふんふん、と相槌を打ってはいるが、やはり興味はなさそうだ。

 すべてを話しきった後でも、どことなく不満そうな顔をしている。


「やはり、あまり興味がなかったんじゃないか。聞いていてもつまらなかっただろう?」

「いえ…………本当に、それだけだった?」

「それだけ、とは?」

「貴方が、レオから教えてもらったことよ。本当に実技に関することだけだったのかしら」


 実技以外で何かを聞きたかったのか、メリアは。

 しかし彼女が他に興味を惹かれそうなこと、魔法以外には思いつかない。そして、レオは別に魔法のことなんて――――


「そういえば……」


 一つ、あの授業とは全然関係のない忠告を、試合前にされていたことを思い出した。

 それをアルメリアに伝えると、彼女は呆れた顔で深々とため息をついた。


「そう……流暢に話していたようだから、てっきり腹に据えかねたのかと思ったけど。貴方にアドバイスをした2ndクラスの生徒には感謝しないといけないわね」

「メリア?」

「それじゃあ、せっかく頂いたアドバイスを活かしてあげましょう。そのまま放置させるには、貴方の友人として心苦しいもの」


 レオ・オールドが私にした忠告。

 その真意を、アルメリアは語って聞かせた。


 正直に言おう……穴があったら、入りたい気分に陥った。

 顔が羞恥に真っ赤になり、次の授業で同じクラスの友人たちにひどく心配されてしまった。




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