金髪令嬢の独り言①
レオ・オールド――――
その顔を初めて見たのは、入学式よりもさらに前……剣術による実技試験の日だ。
会場へと続く分かれ道で右往左往している受験者、と言っていいのだろうか少しだけ悩んだ。
なにせ、彼は顔半分を覆い隠す仮面をつけていたからだ。
しかし仮面について尋ねることはしなかった。ほんの少しではあるが、彼の身のこなしを見て武芸を納めているものだとわかったからだ。
それもただ習っただけではない。実戦を知り、経験している者が放つ独特の雰囲気をまとっている。
私の住む辺境の領地では魔物対策のため、我が家の騎士団だけでなく冒険者と連携することもある。
幼い頃から何人もの冒険者を見てきたし、父が屋敷に招待したこともある。
なんならアカデミー入学前に冒険者登録したし、先達とともに一緒に魔物退治の依頼を受けたこともある。
一足早く実戦を経験したからこそ、わかることがある。
冒険や戦いの中で負った傷を勲章と思い隠さずにいる者と、恥だと思って隠す者がいることを。
彼はおそらく後者……そうでなくとも貴族が多く通うアカデミーで傷を晒すということは醜聞になりかねない。
だから私はレオ・オールドの仮面について尋ねることはしなかった。
しかし代わりに、彼の実力に興味を持った。
昨日から同年代の受験生を何人も見てきたが、魔物との戦闘経験もなさそうな覇気のない者ばかりだった。
彼の有名な勇者の子供もいるらしいが、あいにくとお目にかかることはなかった。
この調子では魔法はともかく、実技の試験では試験官くらいしか歯ごたえのある人物はいなさそうだと思っていた矢先、彼を見つけたのだ。
私は迷わず、最上級の難易度を誇る会場に彼と共に足を運んだ。
彼と一緒なら、アカデミーの三年間で切磋琢磨できるのではないかと胸を躍らせながら。
しかし、残念ながら入学後に得た噂では、その未来が訪れないことを知った。
『聞いた? フォーシーズン様が成績不振になった理由』
『ええ。平民の男にうつつを抜かしてるからなんですって』
『ちょっと頭がいいからって何であんな仮面つけたヤツが……』
『フォーシーズン様にもガッカリだよ。物珍しさで男を選ぶなんてな』
『最近、どんどんフォーシーズン様の成績落ちていくよな』
『なんで未だにあんな平民を付き合っているのかしら?』
『もしかして、自分の成績が落ちている原因に気づけてないとか?』
入学して半年を待たずに、従姉妹のアルメリアに対する心無い噂が蔓延り始めた。
もちろん私は、最初からそんな噂を信じたりはしない。
だが、目に見える形で噂は毎月証明されてしまっていた。
幼い頃から優秀だったアルメリア。
彼女の成績は最初の一ヶ月で一位の座を奪われ、そこから返り咲くどころか、一つ二つと徐々に順位を落としていったのだ。
今まで一人でいるか、幼馴染の三人と一緒にいることが多かった彼女の傍には、新しく平民にして特待生のレオ・オールドがいた。
『アルメリアが成績を落としているのは平民からよからぬ影響を受けているせいだ』
そんな噂が広まるのに、多くの時間は掛からなかった。
しかし冷静に考えてみれば、数多くいる貴族の令息令嬢を押さえて特待生の座を勝ち取った平民が、悪影響を与えるだろうか?
成績トップを維持しているのだから、むしろアルメリアが教えを乞うていると、そう考えることが自然のはずだ。
『思い込みは視野を狭める。常に平静を保ち、一歩引いた視線で物事を見た方がいい』
冒険者の先達にそう教わっていたはずなのに、私は噂に踊らされたその他大勢の一人になってしまっていた。
私が見込んでいただけに、従姉妹のアルメリアにそんな悪影響を与えただなんて……と、失望の念が日増しに大きくなっていき、ついにあの日……学生寮の食堂で不満をぶちまけてしまっていた。
アルメリアの対面に座る、仮面をつけた赤紙の男レオ・オールド。
彼との二回目の邂逅で、私は「切磋琢磨する相手」ではなく「軟弱な男」という印象を受けた。
どれだけアルメリアやレオに苦言を呈しても、口答えどころか一言も言い返すことなく人形のように縮こまっているだけだったのだ。
冒険者を知っている私からすれば、期待はずれにも程がある。
ここは貴族が通うとはいえ公の場ではないのだ。同じ学生という身分なのだから、気骨のあるところを見せてもらいたかった。
自分が正しいにしろ間違っているにしろ、女に言いくるめられて終わりという冒険者はいない。
自分の主張を押し通せるほどの気概もない冒険者は、我が領地には一人もいなかった。
平民だてらに武芸の心得があるレオ・オールドは冒険者だと思い、期待を寄せていたのだが……はっきり言って落胆を禁じ得なかった。
それからレオ・オールドを見かけるたびに目で追っていたのだが、やはり自らの意思を主張することをしない大人しい人物だった。
アルメリアと楽しそうに話しているところは見かけるが、第三者が来ると口を噤み貝のように押し黙ってしまうのだ。
(なんて情けない男だろう。アルメリアの陰に隠れ、自分は何もしないだなんて……)
クラスが違い、授業を一緒にする機会がなかったため、食堂の一件以来は遠目に見ていることしかできなかったが、ある日機会が訪れた。
二クラス合同の実技の授業。しかもランク別に分けられ、違うクラスの生徒と剣を交えることができるのだ。
私は2ndクラスのAグループ。
レオ・オールドは、1stクラスのAグループだった。
授業の時間には限りがある。私は、勝ち進むレオ・オールドの姿を見据えながら心待ちにしていた。
最初は軟弱な男に灸を据える機会が訪れたと思った。
しかし、一人、また一人と勝ち進む彼の姿を見て、思い出したのだ。
レオ・オールドは確かに特待生で入学し、筆記・実技・魔法でトップクラスの実力者なのだと。
日頃は口数が少なく、いざという時はアルメリアの影に隠れる腰巾着という悪感情しか抱けない相手だったが、ここに来て最初に会った時の印象が蘇ってきた。
即ち、レオ・オールドは強者であり、強敵を戦える高揚感が生まれていたのだ。
「あの……バルティーユ様」
いよいよ最後の組み合わせが発表されるという時に、サルバンがおずおずと私に話しかけてきた。
彼は確か、一番最初にレオ・オールドに挑んだ男だ。
試合開始後一分と経たずに敗戦したが、それから彼と何度か意見交換しているところを見ていた。
「どうした? サルバン」
「彼と対戦する前なんですが、できれば戦前儀礼を行っていただけませんか?」
「むっ――――」
戦前儀礼。サルバンが試合開始前にレオ・オールドにしていたアレだ。
やり方は父に習ったから知っているし、それ自体は問題ないのだが……。
「サルバン。君は何を言っているのかわかっているのか?」
彼らが交わしていたのは"真剣勝負"の前の儀礼だ。
つまり私にそれをしろということは、"互いに命を落としても恨みっこなしの勝負をしろ"と言っているのだ。
「言葉が過ぎたようなら謝罪致します」
「いや、別に怒っているわけではない。むしろ……」
先ほどからレオ・オールドの試合を何度も見ているが、彼の技量はこちらのクラスの誰とも大きな開きがある。
本気を出さずとも勝ててしまうほどには、差があると見て取れた。
私が全力で戦うに相応しい相手だと言える。
それこそ、"真剣勝負"でなら余計な手心や手加減など考えなくても良くなるから、なおやりやすい。
個人的には全力で戦うことは望ましい。
だが、それを私に勧めてくるとなると眉を顰めざるを得ない。
「君もわかっているとおり、"真剣勝負"には万が一のことがある。そしてその場合、勝者に責任は問われない。君がもし――――」
私に真剣勝負をけしかけさせ、レオ・オールドを亡き者にしたいと考えているのなら……。
「それはありえません」
私の考えとは裏腹に、サルバンはそう言い切った。
彼の表情に曇りは一点もなく、断言した台詞は強気な声音をしていた。
「万が一は起こりえないと僕は信じています。ですから、バルティーユ様がお嫌でなければ、どうか……」
「嫌などと思うわけないだろう」
真剣勝負を勧める言葉に裏がないのであれば、むしろ望むところである。
私の実家バルティーユ家は辺境を守護するため、当主はもちろんのこと子供たちにも武術の心得が必要だとされている。
騎士団を率いて前を往き、冒険者と共に並び立ち、常に前線にて味方を鼓舞せよ。という習わしだ。
女の身ではあるが、私にもその教育は施されている。
幼い頃に父から剣を教わり、兄たちと切磋琢磨し、冒険者と共に魔物と戦っていた。
そんな私が、強い相手と戦えることに心震えないはずがなかった。
『それでは、次が最後の試合になります。選手は前へ――――』
1stクラスの担任が号令を掛け、私とレオ・オールドはフィールドに歩を進めた。
「シャルロッテ・フィン・バルティーユだ。名前を聞こう!」
私はサルバンと同じように、長剣の鋒を地面に向けて一礼し、そう問いかけた。
「………………」
「 ? 」
正面に立つレオ・オールドは、不思議な表情をしていた。
目を大きく瞠り呆けているようだが、一瞬だけ苦々しそうに眉を顰めたのだ。
「レオ・オールドです。バルティーユ様」
しかしすぐに返礼し、表情は見えなくなってしまった。
気のせいだったのだろうか……だが、まあいい。
「確かに預かった。全力で戦ってもらうぞ、レオ」
「畏まりました、シャルロッテ様」
私が戦前儀礼に誘い、レオ・オールドはそれに則った。
これで互いに遺恨なく、全力で剣を振るうことができる。
そして、この戦いで見極めさせてもらう。
特待生として入学した武力がどれほどのものなのか。
いつもアルメリアの影に隠れるばかりだった軟弱な姿が、真実なのか偽りなのか。
真剣勝負の舞台で、見極めさせてもらう。
「始める前に、一つよろしいでしょうか? シャルロッテ様」
「なんだ……?」
「貴方はもう少し、礼儀作法について勉強した方がよろしいですよ」
「どういうことだ? 今の儀礼に何か問題があったか?」
だが思い返してみても、これといった問題らしきところはなかった。
実際「今のは問題ありませんでした」と、彼は首を振った。
では一体、どうしてそんなことを……。
「これ以上はアルメリア様にでも聞いてください。今は……」
監督を務めるシュガーマン先生が試合開始の合図をする。
そうだ、今は問い詰める時間ではない。
これからは、全力で剣をぶつけ合う時間だ――――!
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