第46話「突然ですが、実技の前哨戦です」
前期課程が終わる一週間前になった。
シャルロッテの一件から今日まで平和に……というわけには行かなかった。むしろ心労が嵩むばかりだった。
直接文句を言われたのは食堂での一件だけだったのだが、それ以来、見つかるたびに険しい視線と敵意をぶつけられるのだ。
シャルロッテは隣りの2ndクラスの生徒であるため、登下校や休み時間などで高確率で見つかってしまうのだ。
まだアルメリアから離れていない、一緒に歩いている、噂が消えていない……などなど。そんな不機嫌さが込められた視線を嫌というほどぶつけられる。
タンザーたち三人と違い、アルメリアのことを考えての反応だからと甘んじて受け入れていたのだが……さすがに毎日睨みつけられると気が滅入ってくる。
そんな日々に変化が訪れたのは、前期課程で初めて行われた合同授業でのことだった。
実技場に1stクラスと2ndクラスの生徒が全員集められた。
ジャージのような運動着は支給されていないため、誰もが身動きしやすい格好に自由に着替えている。
「それでは本日の授業を行う前に、来期から行われる実技授業について説明します」
前期課程は魔法の授業が必修となっているが、中期課程では実技授業……いわゆる武器や体術を使った戦闘訓練が主になってくる。
アカデミー……というより、アイワーン学園では剣や槍の使い方を一から教える、ということはしない。そのため、実技授業で行われるのは生徒間での腕の競い合いだ。
「各クラスは六段階でグループを形成しています。上から順に、A、B、Cと続き、一番下はFグループ。一クラス30人いるので、一グループにつき五名ということになりますね」
「最初のグループは入試時点の成績で分けられている。今から名前を呼びあげるから、各クラスごとに集まれ」
2ndクラスの担任は、シュガーマン先生と違いガチガチの体育会系といった風貌の男子教諭だった。
彼のよく響く声に名前を呼ばれながら、一人また一人とグループ毎に集まっていく。
「レオ・オールド。Aグループだ」
うげ……。
思わず顔を顰めてしまった。
既にAグループには四人集まっている。そのうちの二人は、タンザーとシーダだ。
「彼が僕たちと同じだって?」
「おいおい、何かの間違いじゃねえのかよ」
煙たがる、というより馬鹿にしたように笑う二人。
残りの二名も同じように笑う……と思いきや、意外なことにどこか困ったように乾いた笑いを浮かべるだけだった。
「さて、全員の振り分けが終わったところで実技授業の説明を行います。中期課程の授業では、今いるグループがそのまま成績として反映されます。つまりAに近ければ近いほど、良い成績が与えられるということです」
「授業の方針はシンプルだ。基本的には中期課程の間にグループの中で総当たり戦を行い、最終的に勝った方が上だと判断する。それまで何度負けていようと、そこは加味されないから気をつけろ」
例えばタンザーとシーダの成績が一勝四敗であったとしても、その一勝が最後の授業で勝ち取ったものであれば、そちらの方が実力的に上と判断されるわけか。
「そして授業中にグループ内で総当たり戦を行っていると、必然的に一人余ることになります。この一人は、今いるグループの上に挑むか挑まれた場合に受けなければなりません」
「もちろんインターバルとして休むのは自由だ。ただし、下のグループから挑まれた場合は必ず受けるようにな」
なるほど、そうやってグループ内の人間が変動する仕組みなのか。
しかも誰もがAグループになれるわけじゃなく、限られた枠内で順位を維持したり、上を目指して争い続けなければいけない。これはかなりハードだぞ。
「そして最後に一つ、十一月に開催される『武術大会』についてはご存知ですね? 十一月の頭までにAグループにいる生徒には、本戦出場の権利が与えられます」
ざわっ、と説明を聞いていた生徒たちの間で熱の篭った空気が流れる。
シュガーマン先生の言った『武術大会』とは、言ってしまえば体育祭のようなものだ。
日頃から学んできた武術を全校生徒……だけではなく、部外者向けに実技会場が開放されるため、文字通り王都中の人に見てもらうための場だ。
ただし、誰もがその大会に参加できるわけじゃない。
これはあくまで、アイワーン学園ではこれほどの腕を持つ生徒がいますよ、とアピールする場でもあるのだから。
そのため二年生と三年生は大会前の一ヶ月で予選が行われ、これに勝ち抜いた生徒のみが本選に参加できると入学者用のパンフレットには紹介されていた。
まさか一年目からそれに参加できるとは思わなかったが、出場できるとなれば大変名誉なことだろう。
既に周囲のお貴族様達から「なんで平民(お前)がAグループにいるんだよ」と、刺々しい視線が突き刺さっている。
「今日はせっかくグループ分けしたことですし、他クラスの同じグループの実力者たちと総当たり戦をしてみま」
「いいか2ndクラスの諸君! 1stクラスは確かに総合成績は上かもしれないが、諸君らとて今日まで腕を磨いてきたのだ! 臆することなく実力の程を出し切るのである!!」
食い気味に生徒たちを鼓舞する2ndクラスの先生。
なんとなく父さんを思い出させるノリの先生だが、同じ体育会系の生徒にはウケがいいらしく何人かの生徒が「押忍!」と大きな声で返事をしていた。
実技上は前もって白線によって六つのフィールドに区切られており、Aグループの場所に移動するのだが……その際、2ndクラスの相手と目が合ってしまった。
(めちゃくちゃ睨んでくるよ、シャルロッテ……そりゃあ、入試の時の実力を見ればCより下ってことはないとけどさ)
タンザーやシーダはもちろん、他のAグループにいる生徒はみんな試験官を倒している生徒だ。シャルロッテが外される理由はない。
ちなみに、入試の時に同じ会場にいなかったウェスカはDグループ。アルメリアはEグループにいた。
『それでは、持ち時間は一試合五分です。出席番号が早い順に前に出てください』
拡声魔法を使ったシュガーマン先生の声が実議場内に響き渡る。
最初は……どうやら俺のようだ。相手はシャルロッテではないみたいで、まずはホッと胸を撫で下ろす。
『五試合やった後は自由に組んで戦っていいぞ! 今回は順位に響かんからな、説明したルールを守れば誰と戦っても構わん』
安堵した胸が締め付けられる。
2ndクラスの担任め、余計なことを言うな。見ろ、シャルロッテの目が剣呑な輝きを発し始めたぞ。
『それでは、来季の実技授業と同じルールで交流戦を開始します。よく覚えておいてください』
試合のルールは実技試験の時とは、やはり大幅に違った。
まず、武器や防具の持ち込みは不可。
使用できる武器は一種類のみ(二刀流は同じ武器を使うのであれば許可)。
魔力を用いての身体強化はありだが、魔法の使用は不許可。
勝敗の条件はどちらかのギブアップ・戦闘不能。
持ち時間は一試合につき五分。
勝敗にかかわらず、次の試合までのインターバルに感想戦を行うこと。
『以上となります。それでは、五分後に第一試合を開始します。それまでに装備を整えておいてください』
シュガーマン先生に言われたとおり、武器用具室から貸出用の武器を取りに行く。
さすがに父さんがオーダーメイドしてくれたあの剣と同じ物はなかったけど、刃渡りが同じ武器はあったからそれを選ぶ。
重量はこちらの方がやや重たいが、文句は言えない。
鎧についても、革製の急所を保護する部位鎧を着込み準備は万端。
相手の生徒も俺と同じような防具を着ている。というより、おそらくは流派によって防具は異なるんだろう。
タンザーやシーダをはじめとして、重量武器を使う生徒は全身鎧で身を固めているし、俺や目の前の生徒のように軽量寄りの武器を使う生徒は部位鎧や胸当てだけといった軽そうな装備だ。
相手の獲物はオーソドックスな片手剣、反対の手には円形の小さな盾を装備していた。
盾相手の戦いは初めてだけど、今回は勝敗が順位に響かないそうだし、勉強させてもらおうかな。
「サルバン・フォン・アルベールです。貴方の名前は?」
試合開始の号令がされる前に、対戦相手は剣の鋒を地面に向け、盾を下ろし、お辞儀すると同時にそう尋ねてきた。
俺は驚きに目を瞠り、すぐに彼の取った礼に返すべく同じ姿勢を取って名乗りを上げた。
「レオ・オールドです。アルベール様」
「お名前、確かに拝聴致しました。良い戦いにしましょう、"レオ"殿」
「畏まりました、"サルバン"様」
最後に揃って頭を上げると、両手で武器を持って胸元に引きつけて天高く鋒を翳した。
彼……サルバン・フォン・アルベールが行ったのは真剣勝負の試合前をする前の通過儀礼だ。
立場が上の者は正々堂々と戦うべく武器を持つ腕を下げ、試合相手に敬意を払うべく頭を下げ、名乗りを上げる。
立場が下の者も同様の姿勢で名乗りを上げ、互いに名前を交換することで試合中は対等であることをその胸に刻み付ける。
最後に、この戦いに遺恨は残さず正々堂々と戦いをすることを誓うべく、武器を頭上高く掲げ上げる。これで試合前の儀礼は終わりだ。
「さすがは特待生ですね。戦前儀礼まで完璧とは思いませんでした」
そして名前を交換したということは、平民である俺と彼は普通に言葉を交わすことに問題がなくなる。
平民側にとって重要なのは、"名前を交換した"という事実だ。
これさえ確認できれば、公の場での礼節でも戦い前の礼節でもなんでも構わないのだ。
「こちらとしても驚きです。まさか授業中にこのような儀礼をするとは思いませんでした」
「先生方が試合後に意見の交換をしろと言っていたでしょう? それなら、試合前にすませておいた方が後の時間を長く取れるじゃありませんか」
「……失礼ですが、アルベール様は平民相手の作法をご存知なんですか?」
「サルバンで構いませんよ。うちは祖父の代で準男爵となりましたから、孫である僕も叩き込まれたんですよ」
準男爵は領地を持たない貴族であり、最も平民と身分の近い貴族だ。
けれど実際に平民から準男爵に上がるためには国に対して大きな貢献をせねばならず、平民上がりの準男爵というのは意外と少ない。
むしろ子爵家以上の次男、三男が宮仕えのために家から独立し、授かる爵位が準男爵だ。
サルバンの祖父がどちらの経緯で準男爵になったのかはわからないが、少なくとも平民相手に見下すような家柄ではないことは間違いない。
「そろそろ試合が始まるみたいですよ。お手柔らかにお願いしますね」
「はい。気をつけます」
「気をつける必要があるんですか?」
「同年代の同性と話すのはとても久しぶりなので。気分が高揚しています」
「……ほ、本当に気をつけてくださいね?」
やりすぎてしまうかもしれん。
でも、なんだかんだと言っているがサルバンだって2ndクラスのAグループだ。
それに盾持ちという未知の戦闘スタイルが相手なのだ。
手を抜いてわけもわからないうちに負ける、ということがないように気を引き締めるくらいの気構えで挑ませてもらおう。
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