第42話「突然ですが、VSハイゴブリン戦です」
「グルオオオオッ……」
叩きつけた戦斧を肩に担ぎ、低く唸りながら周囲を睥睨するハイゴブリン。
寝こけているゴブリンと狼、予期せぬ侵入者である俺たち。こめかみに青筋が浮かび、苛立ちが如実になる。
「グオオオオオオオオオ……!!」
思わず耳を塞いでしまうほど、巨大な咆哮が上がる。
怒りで猛っている、わけではない。微かにだが、この声には魔力が込められている。
嫌な予感がして素早く左右に視線を走らせると、眠っているゴブリンたちに動きがあった。瞼が微かに動き、イビキが止み、眠りから覚め始めている。
「眠りに抵抗があるだけじゃなくて、他のゴブリンも起こせるのかっ!」
だが、効果があるのは同種族のゴブリンだけらしい。狼たちはまだ深い眠りに就いている。
「カトレア様! 背後に気をつけて。もし咆哮が他の部屋にも届いているなら、起きてくるぞ!」
「畏まりました。動きがあったらご報告します」
「アルメリア様、他のゴブリンがそっちに行ったら魔法で迎撃しろ!」
「それはやるけど……貴方たちは!?」
「そっちにハイゴブリンが向かったら逃げ場がない! こっちに注意を引きつけてなんとかする」
「なんとかって……」
具体的な考えはないが、そこで揉めている余裕はなかった。ハイゴブリンが、目の前にまで迫っていたからだ。
白狼と同時に、左右に分かれて攻撃を回避する。今度は落下の勢いもなかったのに、いともたやすく岩盤の地面を叩き割った。
「ウウゥゥ……ッ! ワウッ!」
飛び退いた白狼がハイゴブリンの攻撃後の硬直を狙い、前足の鋭い爪を使って脇腹を抉りにかかる。
「 ! 」
しかし、赤い血が飛び散ることはなかった。
まるでゴムを叩いたかのような鈍い音が響き、筋肉の鎧を引き裂くことができていなかった。
「……本調子ではないとはいえ、魔獣の一撃を受けて無傷か」
干し肉を食わせたあと、道中で白狼にスタミナポーションを飲ませて一時的に体力を回復させている。
といっても、さすがに飢餓状態を回復させるほどの代物じゃない。
今はまだ動けているが、長時間の活動は難しいはずだ。そのうえ戦闘になれば激しく体力を消耗する。
「白狼、無闇に攻撃を仕掛けるな。お前は万全じゃない」
「ウウゥゥゥ……」
「何もするなって言ってるわけじゃない。俺が様子を見る、お前はチャンスを待て」
相手の体がどれだけ硬いのか。どのくらいの攻撃なら傷を負うのか。それがわからない限り、白狼に激しい動きをさせるわけにはいかない。
敵を取らせてやると約束したのだ。疲れて動けなかったり、逆に返り討ちになってしまっては本末転倒だ。
「グァアアッ!!」
「ああ、そうだ、お前の相手はこっちだよ!」
痛みはなかったが癪に触ったのか、すぐさまこっちに振り返って醜悪な牙を剥いた。
戦斧の一撃は恐ろしいものはあるが、偉い人は言った。当たらなければどうということはない、と。
ハイゴブリンの膂力なら簡単に振り回せる戦斧だが、加速を乗せて振り下ろしてくる一撃は非常に恐ろしい。
気をつけていれば当たらないが、他のゴブリンたちが起きだし本格的に動き出したら、間違いなく動きを封じられる。
だったらいっそのこと、ハイゴブリンの近くで斬り合った方が安全かもしれない。さすがにあのバカ力を直接受け止める気はないが、何度も全力の振り下ろしをさせるつもりもない。
「ハッ……!」
吹き飛ばそうと薙ぎ払ってくる戦斧を屈んで躱し、背後に向かって走り抜けながら足を切りつける。
これで動けなくなってくれればと思うが、木剣で丸太を叩いたような手痛い感触が伝わるだけで斬れていない。
これが普通のゴブリンだったら両断するか骨ごとぶった斬れるはずなのに、見た目だけじゃなく防御力も次元が違う。
「グガァァアアッ!!」
「うぉっと……!」
上半身を捻りながら戦斧で地面を削り、下方から思いっきり振り上げてくる。
普通ならスピードが落ちそうなものなのに、まるでバターでも切っているかのような滑らかさで凶刃が迫ってきた。
だが、それでも剣道の剣速には及ばない。重量武器である以上、どうしたってある程度は早さが殺されてしまう。
紙一重で下から迫ってくる刃を避け、空いた横腹に抜き胴を打ち込んでまた立ち位置を変える。
そんな攻防を二度三度と繰り返したが、やはりBランク相当の魔物と言われる所以を思い知った。
冒険者ギルドで定義されている魔物のうち、Bランク以上の魔物は"ある理由"から必須条件を満たしていない冒険者は、見かけ次第逃げるように忠告されている。その理由が、このハイゴブリンの硬さだ。
鋼鉄で殴っても斬ってもビクともしない、強靭でしなやかな肉体。あるいは同じ鋼鉄かそれを上回る堅牢な守りを持つ外殻。体を覆う膨大な魔力により、人間の筋力では傷一つ与えられない防御力。
共通して言えることは、既存の武器では傷一つ与えることができないレベルの魔物がうようよしている。それがBランクの魔物たちだ。
だからこそ、その守りを突破出来るだけの攻撃手段が必要なのだ。即ち、魔法や身体強化による大幅な攻撃力のアップが条件になる。
「まったく……こんな狭い場所で試すことになるとか思わないだろ……ッ!?」
ハイゴブリンの背に回り込んだ瞬間、死角から迫ってくる飛来物に反応して迎撃する。
目覚めたゴブリンが拳ほどの大きさの石を投げつけてきたようだ。暗くてよくわからなかったせいでわざわざ迎撃してしまったが、それが良くなかった。
一瞬でも剣を振るって動きを止めてしまったため、遠心力を利用して薙ぎ払われる戦斧を躱している余裕がない。
"殺った"……ハイゴブリンの目が愉悦に染まり、醜悪な笑みを浮かべていた。
ああ、その予想は当たっている。相手が俺じゃなかったらな。
「《物理魔力防壁》」
迫り来る戦斧に合わせ、魔力で形成された小盾を作り出す。
戦斧と魔力の盾がぶつかりあった瞬間、矛盾という話を思い出した。なんでも貫く矛となんでも防ぐ盾、ぶつかり合ったら両方とも壊れてしまったという有名な話だ。
しかし残念ながら、今回は盾と矛の使い手に腕力と重量の差がありすぎた。
どちらかが壊れる前に、俺の方が勢いに負けて吹き飛ばされてしまった。背中から落ちる際に受身を取り、素早く起き上がって追撃に備える。
「ガ、ガ……?」
だが、どうやらピンピンしている俺に呆然としているらしい。
今までどんな相手も一撃で屠っていたんだろう。ありえない光景を前に我を失っているようだ。
「あの魔力量なら攻撃は効かない。それなら……」
盾を試したなら、次は矛の番だ。体内の魔力を放出し、剣に伝播させる。
魔法としての攻撃力の上昇ではなく、あくまで身体強化の応用。魔力による武器の破壊力の上昇だ。魔法を使うより安上がりだが、その分火力は最低限しか上がらないが……。
「グギャァッ!?」
今度は脛を斬り裂けた。さすがに骨に達するほど深くはなかったが、あの堅牢な筋肉の鎧を貫けた。
収穫ありだ。ただの魔力による強化でこれなら、魔法を使えば簡単に致命傷を叩き込める。
「白狼、合図と同時にチェンジだ!」
「ワウッ!!」
「アルメリア様、他のゴブリンを近づけないよう援護を!」
「難しい注文ね!」
俺はハイゴブリンから距離を取り、代わりに白狼と交代する。
その間に小さくアルメリアの詠唱が聞こえ、地面から魔力で形成された岩が剣山のように連なって突き出し、ハイゴブリンを逃がさないよう取り囲んだ。
急いで唱えたからか作りが甘いが《岩石障壁》の魔法だ。
中級魔法の中でもかなり難しいのだが、よくあの短時間で詠唱しきったもんだ。だが最適な援護だ、これを利用させてもらおう。
「《筋力強化》!」
当然のことだが、一般的に知られている身体強化は魔力によるブーストであり、自分にしか使えない。
白狼は魔獣ではあるが、魔物と違い魔石がないからあまり魔力量が多くないため、この方法で火力を上げるのは不向きだ。
俺が白狼に敵を取らせるためには、ただトドメを譲るだけじゃダメだ。自分の力で倒させるために、白狼の力を底上げさせてやるのが俺にできる最大の協力だ。
そこで今唱えたのが、攻撃する瞬間だけ筋力を魔力で増幅・強化する条件指定型の身体強化魔法。
第三者にかけられる利点もあるが、要所要所でしか発動せず、一点に集中させるからただの身体強化よりも燃費が良く、火力も高い。
白狼は己の四足を覆う魔力に気づくと、瞳を獰猛な形に変化させてハイゴブリンに肉薄した。
「グガァアアッ!!」
「グルァァァァッ!」
二体が咆哮を上げながら、己の腕と足を振り被る。
俺程度の動きを捉えられなかったハイゴブリンが、白狼の突進に合わせられるわけもない。地面を掬い上げるように振り払われた戦斧を飛び越え、再びその横腹を爪で引き裂く。
「グ、ガガガッ……ッ……!」
だが、今度は無傷ではすまなかった。白狼の爪はハイゴブリンの腹を深々と引き裂き、鮮血を撒き散らせた。
度重なる予想外の痛みに、ハイゴブリンの顔が苦痛に歪む。しかしその目にはまだ怯えの影はなく、怒りと屈辱に燃えている。
攻撃は通じるようになったが、まだ油断はできない。ハイゴブリンは苛立っているが、負けを認めていないのだ。
白狼はアルメリアの作った《岩石障壁》を足場にし、ピンボールの球のように縦横無尽に跳び回りながらハイゴブリンの体を引き裂いていく。
ハイゴブリンは手を出せずに縮こまっているが、身を固めて防御に集中しているせいか先ほどより傷が浅い。しかも急所を狙ってくる攻撃だけは大袈裟に回避されるため、致命の一撃を与えられずにいる。
まずい……と予感を抱くのと、ハイゴブリンが動くのは同時だった。
あのハイゴブリンが人語を理解しているかは怪しい。しかし、白狼の変調には気づいていた。
魔法とポーションで誤魔化してはいたが、肋骨が浮き出ていて全体的に痩せぎすであることに変わりはない。動けば動くだけスタミナは消費され、すぐに限界が訪れる。
「ガフッ!?」
ハイゴブリンは、それを狙っていた。
跳躍力の落ちた白狼が跳び上がったところを見計らい、細い首を思いっきり掴み上げた。
「グゲゲゲヘヘェ……!」
生意気な犬っころをようやく捕まえることができた。そう言わんばかりに下卑た笑みを浮かばていいるが、その判断は早計過ぎた。
「誰か忘れていやしないか?」
この戦いは、初めから一対一じゃない。俺は白狼に任せることにしたが、やられるまで黙って見ているつもりはない。
白狼の動きが落ちてきた辺りから《岩石障壁》を盾にグルリと大回りし、ハイゴブリンの足元まで忍び寄った。
そして白狼の首根っこを掴む豪腕を、《筋力強化》の乗った一撃で斬り飛ばした。
「グギィアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
空に弧を描きながら、どこかへと飛んでいくハイゴブリンの片腕。
一時的に呼吸困難に陥った白狼だが、しっかりと地面に着地するだけの気力は残っていた。だったら……あとは最後まで振り絞るだけだよな?
「やれ! 白狼!」
「ワオオォォーーーーーン!!!」
咆哮、一閃。全身で地べたに這い蹲るほどに低く体を伏せ、最後の一滴まで力を絞り出す。
そして《筋力強化》の効果が白狼の牙に宿り、痛みに嘆き暴れるハイゴブリンの喉笛を、小枝のように噛み千切った。
断末魔の叫びはなかった。ハイゴブリンは最後まで腕の痛みだけを気にし、いつ自分の首が落とされたのかもわからないまま、絶命している。
「ゲ、ゲギャッ!?」
「グ、グゲギャギャ!」
首魁の倒されたゴブリンたちは、目に見えて狼狽していた。絶対的な支配者にして、集団の主柱だったハイゴブリンの死は、やつらに正常な判断を奪わせる。
そしてもうひと組。今まで眠っていた狼たちだが、白狼が戦い始めたあたりから目を覚まし始めていた。
自分たちを率いる長だった白狼の忘れ形見。群れから追い出され孤独に生きてきた白い狼が、父母の敵を討つ戦いを目の辺りにした。
「アオオオォォーーーーーン――――!!」
穴蔵の中に、白狼の雄叫びが木霊する。
ハイゴブリンを討った勝者の咆哮にゴブリンたちは竦み上がり、新しい長の誕生に狼たちは頭を垂れた。
そしてこれにて一件落着……となる前に、最後の後始末が残っている。
「あとは任せてもいいか?」
「ワウ! ……ウオオォォーーーン!!」
狼たちに向かって命令を飛ばす白狼。その内容を受けた狼たちは、瞳に歓喜と怒りを滲ませて、周囲に居るゴブリンたちを睨みつけた。
ハイゴブリンを、群れの長を討った首魁が倒れたのだ。狼たちがゴブリンの言うことを聞いている理由はどこにもなくなった。
そこから先は、きっと地獄絵図だったはずだ。
小回りがききずる賢いゴブリンたちだが、こんな狭い空間で狼たちよりも早く素早く動き、逃げ切れるはずがない。
白狼が勝利の咆哮を上げる前に、穴蔵の中にかけた《眠りの霧》を解いてある。つまり、白狼の勝利もその後の命令も、狼たちはあますことなく耳にしているわけだ。
そんなわけで、いたるところで狼たちの鬱憤の溜まった遠吠えと、ゴブリンたちの醜い悲鳴が響き始めた。
ほどなくしてこの中にいるゴブリンたちは全滅するだろう。俺たちが見て回る必要すらない。
「一足先に外に出ていよう。多分、臭いでひどいことになるはずだ」
「恐ろしいことを提案するわね、貴方は」
「恨みを晴らさせているだけだよ。全部ゴブリンの自業自得だ」
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




