第41話「突然ですが、穴蔵に突撃します」
「…………本当にゴブリンがいたわね」
俺と白狼が先導しながら、狼の山の奥地へと進んでいき、ついに目的地が見えてきた。
従えている狼たちに気づかれないよう風下に位置取り、俺は視界を一点に集中して視力を強化し、アルメリアはカトレアが取り出した単眼鏡を使って穴蔵の入口を観測している。
そこには、木を削り出して作った槍で武装したゴブリンが二匹いた。
その足元には蔦を編んで作った紐で首を縛られ、飼い犬のように扱われている狼が二頭。
俺が二人に説明した内容が間違っていなかった証拠が、そこにあった。
「グルルルルッ」
白狼は見えているのか、それともゴブリンの臭いが近づいて昂ぶっているのか、先ほどから低い唸り声を上げている。
だが、今すぐに飛びかかる気配はない。距離があるからということもあるが、体の弱った自分だけではこの先にいるゴブリンを全滅させることはおろか、敵を討つこともままならないとわかっているんだろう。
「落ち着け。敵は討たせてやる。だから、落ち着け」
驚かせないよう、ゆっくり静かに頭に手を置き、毛並みに逆らわないように撫でつける。
すると白狼の唸り声はだんだんと小さくなり、怒りを沈めて冷静になったようだ。
「なんだか、すっかり飼い主とペットみたいね」
「仮にも狼にそんなこと言っちゃまずいだろ」
「私から見ると、まんざらでもなさそうだけど」
「そんなバカな」
白狼に視線を向けると、やはり変なことを言うな、と言わんばかりに牙を向いてアルメリアを睨んでいた。
こんな表情を見て「まんざらでもない」と判断したのか。肝が据わってるな、彼女。
「レオ様の予想があっていたのはわかりました。しかしどうなさるおつもりで?」
「……そうね。レオの考えが正しいのなら、まだ三十匹以上ゴブリンがいるのでしょう?」
「どうするもこうするも……数の多い相手にできる戦法は限られてる」
「ふむ。何か良い奇策がおありで?」
「俺がゴブリンの森でよくやる手で行こう」
見張りのゴブリンが眠そうなところを見るに、おそらく寝ずの番。
ゴブリンの森は瘴気の影響で日中も薄暗いために不規則に遭遇するが、ゴブリンは基本的には夜行性だ。
狼の山は魔獣が住処にしているが、瘴気が発生している様子はない。白狼たちが倒せていた魔物も、おそらくどこかから逃げて、この辺りに住み着いた魔物だろう。
だからここのゴブリンたちは森のゴブリンたちのように、四六時中気ままに動けるわけではなく、夜に起きて朝に眠る習性があるはずだ。
つまり今ならば、穴蔵の奥に全ゴブリンが集まって眠っている可能性が高い。一網打尽にするならば今が絶好の機会。
「というわけで、《眠りの霧》」
ゴブリンの団体を見つけた時の常套手段。寝込みを襲う作戦を発動した。
こちらは風下であるが、この霧は魔法で生み出したものだ。風の流れなんて関係なく、自分の意思である程度操作できる。
まずは手早く見張りのゴブリンと狼を眠らせる。
大きなアクビをして槍を手放し、その場に尻餅をついてイビキをかき始めた。
「少し待って他のゴブリンが来ないようなら、今度は入口で今の魔法を使う。そのあとは親玉のゴブリンを最優先で探し出して討伐する」
巨大なゴブリンは、明らかにイレギュラーだ。眠りに対する耐性があるかもしれない。
他の雑魚を倒している間に逃げられる、あるいは不意打ちされました、なんてことになる可能性は十分にある。
それに白狼に敵を討たせてやるとも言ったんだ。まずは約束を果たすことにしよう。
「今の……《眠りの霧》? 状態異常を引き起こす闇属性の魔法を使った? それに、回復魔法は水属性。まさか二つの属性を使えるなんて……」
後ろでカトレアが呆然としているが、そういえば彼女の前で魔法を使うのは初めてだったか。
アルメリアも彼女ほどではないが、目を瞠って驚いている。魔法陣を書けることは教えているから、そこまで驚くことではないと思うんだが……?
「ねえ、レオ。貴方はどこで魔法を覚えたの?」
「どこでって……」
「貴方が使った闇属性の魔法は、我が国では賢者クロダが現れるまで数十年使い手がいなかった。それは闇属性の魔力を持っていないということもあるけど、闇魔法を記した魔法書があまりにも希少だからよ」
「えっ……」
「賢者クロダは感覚で魔法を使う人物であり、闇属性の魔法の理論を解明することはできませんでした。つまり我が国では、未だに希少属性……光属性と闇属性の魔法の研究は遅れているのです」
「私は貴方の"技術"は知っているわ。でもそれでは"知らない魔法"を使えることにはならない。貴方は、どこで闇属性魔法を知ったの?」
ジェーンさんんんんんん……!!?
正体知られたくないとか言ってた本人が、希少な魔法を教えちゃダメでしょうが!
それともあの人にとっては闇も光も大したことない属性だっていうのか? ……いかん、十分あり得る話だ。
アルメリアもカトレアも、非常に険しい目つきで俺を見ている。どうやって話を誤魔化したものだろうか……。
「ワウッ!」
「白狼……? そ、そうだな。今はゴブリンと親玉を倒すのが先決だ。急ごう!」
我ながら苦しい言い逃れだったが、今は依頼の真っ最中であり、俺のことを追求している場合ではない。
理知的な二人なら、そのことは当然わかってくれるはず。そう思っていると、溜息を吐いてアルメリアが先に折れた。
「……行きましょう、カトレア」
「しかし、お嬢様……!」
「貴方も貴族なら、魔法がいかに個人にとって大切な財産かわかるでしょう? それを無理やり取り上げるような真似は、貴族として褒められたやり方ではないわ」
「………………出過ぎた真似をしました。お許しを」
「気にしなくていいわ。私もあまりの珍しさに目を曇らせるところだったから」
不承不承ではあるがカトレアも折れてくれたようだし、眠らせたゴブリンたちの対処をしよう。
さすがに狼はまだ起こせないが、ゴブリンは仕留めて村長たちに説明するためにも魔石と討伐部位を回収しておく。
そしてさっきと同じように《眠りの霧》を入口から唱えて、穴蔵の奥に流し込む。
ここは白狼たちが住処にしていた天然の洞窟であり、奥は枝分かれしていてそこそこ広い。霧が行き渡るまではそれなりに時間がかかる。
たっぷり一分は待って、それから中へ入ることにした。
穴蔵の中に入ると、やはりゴブリンにとっては夜分だったのか通路で寝こけているような個体はいなかった。
ただしいくつか別れ道があり、白狼の記憶によれば小部屋のよう突き当たりが三箇所。最奥の突き当りが大部屋となっている。
内部の構造について説明をすると、「巨大なゴブリンがいるとすれば大部屋でしょう」とカトレアが推察する。俺も同意見だ。
穴蔵は俺たち人間が立って入れるほどの高さがあるが、通常の倍以上の大きさのゴブリンならば俺たちよりも体格が大きいかもしれない。
それなら、小部屋では窮屈な思いをするかもしれない。
何より動物でも群れの長は一番高いところや広いところを好む。
一番広くて大きな部屋を寝座にしている可能性は高い。最初に調べるならば一番奥だ。
「貴方の《眠りの霧》はどのくらい眠らせていられるの?」
「一応試したけど、個体差があるからな。静かにしていれば一時間、騒いだら……ちょっとわからないな」
「でしたら、私は殿を務めます。お嬢様は私の前を歩き、離れないでください。大部屋に入るのはレオ様とそこの白狼でどうでしょうか」
「そうだな……起きたゴブリンたちがなだれ込んできても困るし、お願いするよ」
「かしこまりました」
アルメリアは少し不満げだった。俺もカトレアも挟み撃ちを警戒したが、そうなる可能性は非常に低い。
こんな穴蔵で響く音なんて、よほど派手な魔法や断末魔の声を上げない限り無理だ。
そして轟音がするような魔法をこんな狭いところで撃ったら、天井が崩れて大惨事になる。
念には念を入れて警戒はするし、そこにアルメリアがいれば彼女に降りかかる危険はさらに小さくなる。カトレアはそう考えて提案し、俺もそれに乗った。
これがただのゴブリン討伐ならアルメリアの手も借りたが、イレギュラーなゴブリンがいるのだ。
もしかすると《眠りの霧》が効いていないかもしれない。そうなったら、どれだけの強さがあるかわからない魔物相手に貴族の令嬢を危険に晒すわけにはいかない。
守られているようで不満はあるだろうが、ぶっちゃけこんな狭い場所では魔法使いは役に立たない。
広範囲な魔法は味方に当たるし、逃げ場も失う。しかも詠唱もするのだから発動に時間もかかる。
魔法使いを守りつつ、誤射にも気をつけ、魔物と戦う。よほどパーティとして連携ができていないと、戦闘で余計な窮地を招きかねない。
だからカトレアの提案に乗った。アルメリアには悪いけど、急造パーティでこんな狭い場所を立ち回るのは危険が大きい。
白狼はそこまで意図を汲み取っているかわからないが、一人で先走ったりはしていない。俺たちは一つ頷き合い、まっすぐに大部屋を目指した。他の小道には目もくれず、迷わず目的地を目指した。
「…………この先だ」
いくつかの小道を無視し、寄り道をしなかったからすぐに大部屋へとたどり着く。
相談したとおり、カトレアは殿を務めアルメリアはその前。俺たちがゆっくりと大部屋に入ると、出口を固めるように二人が備える。
大部屋には予想通り、寝こけているゴブリンが十体ほどいた。同じ数だけ狼たちが寝こけている。
だが……巨体のゴブリンはどこだ?
光源は後ろにいるアルメリアが持つ松明しかないことを差し引いても、それらしきシルエットがどこにも見えない。
まさかハズレを引いたのか――――そう思ったが、白狼はそう考えてはいないようだ。牙を剥いて、低く唸りを上げている。その目には怒りの色が色濃くにじみ出ている。
白狼の両親の敵は、間違いなくここにいる。
しかし、それならば一体どこに? 左を見ても右も見てもいないのなら……――――!
「ワウゥッ!!」
白狼が吠えると同時に、俺たちは前に向かって思いっきり飛び込んだ。
この場にいてはいけないと直感的に判断し、その直後、俺たちがいた場所に戦斧が叩きつけられた。
地面が抉れ、岩の破片が当たりに飛び散った。間違ってもゴブリンが出せる破壊力ではない。
「眠っていないかもと思ったが、まさか天井に張り付いて隠れているとはな……」
だが、それができても不思議ではないほどの巨体だった。全身は父さんよりも凄まじい筋肉の鎧に覆われ、身長は二メートル半ほど。両手両足を思いっきり突っ張れば、唯一狭い大部屋の入口の天井に貼り付けるわけだ。
筋肉の鎧を支えられるほどの怪力。二の腕ほどの大きさを持つ戦斧を、片手で軽々と振り回せる豪腕。これが本当にゴブリンか?
「バカな……! あれは、ホフゴブリンなんかじゃない……!」
「か、カトレア……あれがなんだか、知っているの?」
姿は見えないが、驚愕の声を上げるカトレア。どうやらこいつの正体に心当たりがあるようだが、それを耳にしたら俺にも絶望感が込み上げてきた。
「『ハイゴブリン』……! 図鑑でしか見たことはありませんが、幻のゴブリンにして最上級のゴブリンです。一説によれば、魔族にさえ匹敵するゴブリンキングなど目ではない最強のゴブリン種ですっ」
最上級のゴブリン。最強のゴブリン種……それだけならば、場合によってはやはりゴブリンだと侮ったかもしれない。
だが「魔族に匹敵する力」を持つ「幻の存在」……そのキーワードに一つの嫌な予感が湧き上がってきた。
五年前、マオから聞いたレベルアップの話だ。魔力、身体能力、あらゆるスペックが限界に到達してなお成長し続け……限界を超えると『種族レベル』が上昇し、全くの別の存在へと進化を遂げる。
このハイゴブリンは、まさしくその生きた証明ではないか?
好戦的で残虐で嗜虐的なゴブリンが、様々な幸運や強運によって長生きすれば、俺たちが危惧した通り弱者を狩り続けることによって進化したのかもしれない。
だとすれば、こいつはもうゴブリンという種族には収まらない。Cランク冒険者のカトレアの驚き方からすれば、Bランク以上の魔物と同等の力を持っていても不思議じゃない。
「クソ……割に合わないだろ、この依頼……」
思わず口から悪態が吐いて出た。
一泊二日で帰って来れる調査依頼のはずだったのに、気づけばゴブリン退治になり、その中に種族の限界を超えたハイゴブリンまで現れた。
マイナ様……これが幸運Fランクの弊害ですか――――?
「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思われた方は、
ページ下の「☆」を「★」にしてやってください。
遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




