第40話「突然ですが、白狼様と対峙します」
「こいつが……白狼様?」
予想外の相手の登場に、わずかに体から力が抜けた。
その隙を突かれ、白狼は口を開き、大きく距離を取った。
がむしゃらに攻めるだけでなく、危険をなれば引き、体勢を立て直そうとする。ゴブリンなんかよりもよほど知性のあるものの行動。
間違いない、この白い狼は魔獣だ。
しかし、どういうわけかこの白狼は弱っていた。
毛並みはボサボサで色も白というよりは薄汚れた灰色に近く、ところどころ黒ずんでいる。俺の知る狼よりも大きく、二メートル近い体躯をしているのに、その突進は受け止め切れるほどに軽かった。
よく見れば、アバラ骨が浮き出ている。この白狼はやせ衰えているんだ。
畑を襲うように命じている親玉が、なぜか飢えている。俺はここで、一つの推測が浮かんだ。
「グルルルルゥ……!」
相変わらず敵意を剥き出しにしている白狼だが、その瞳は血の味を覚えた魔物とは違うものだ。
俺は、剣を鞘にしまった。
「 ! 」
致命的な隙は見せたが、それでもすぐに襲い掛かってこようとしない。
もしかすると、嚇すのに失敗したのかもしれないな。あんなにやせ細っているんじゃ、とてもじゃないが俺は飛び越せなかっただろう。
「……ほら」
腰の革袋に入っていた干し肉を取り出す。
一口、二口と齧り食べてみせる。毒が入っていないことのアピールだ。
白狼はその仕草……というより、取り出した干し肉に目が釘付けだった。
さすがに手ずからには受け取らないだろうから、なるべく白狼の近くに放り投げてやる。
白狼は俺と干し肉を交互に見つめるが、肉の魅力には勝てなかったらしく少しずつ歩み寄っていく。
なんなら、こっちから白狼に距離を取ってやる。するとその分だけ白狼は距離を詰め、ついに我慢できなくなり飛びついた。
ガツガツガツ、と一心不乱に干し肉を貪る白狼。その姿は、前世に飼っていた犬を思わせる仕草だった。
どうせあれだけじゃ足りないだろうから、もう何個か近くに放り投げてやる。
それに気づいた白狼は、今食べている分を急いで飲み込み、次の干し肉に食いついた。
「そんなに慌てず食べんでも、誰も取ったりしないよ」
「………………何をしているのですか、貴方は」
俺に追いついてきたカトレアは、完全に呆れ果てていた。この光景を見れば、無理もないだろう。
討伐対象かもしれない相手に餌を与える冒険者。冒険者の先輩からすれば呆れる、あるいは肉体言語で根性を叩き直したくなるはずだ。
「あの狼……そんなにお腹が空いていたのかしら」
「腹が空いているから畑を襲ったのかもしれないでしょうに。餌付けでもするおつもりですか?」
「そんなつもりはないけど、信用は勝ち取っておきたいかなと」
「相手は村に牙を剥く獣ですよ」
「相手は魔物よりも知性のある魔獣ですよ」
俺とカトレアの意見は平行線だ。しかし、剣呑な雰囲気ではない。
実際、暗器使いの彼女なら今すぐ白狼に一撃を見舞えるはずだ。そうしないところを見ると、俺の真意を伺っているところなんだろう。
「レオ、それでどうするつもり? これで依頼達成、なんて言うつもりはないんでしょう」
「もちろん。けどその前にすることがある」
「どうするおつもりですか?」
「その前に……」
俺は小さく、白狼の方へ一歩踏み出した。
白狼はすぐに食べる口を止め、ジッとこっちを見つめてくる。
たっぷりと見つめ合うが、やがて何もするつもりがないとわかったのか、また干し肉を食べ始めた。
どうやら近づいてもいいと思われたらしい。ただ、先ほどまでより肉に集中していない。
こちらが変な動きを見せたら逃げられるように警戒しているあたり、やはりこいつは賢い生き物だ。
俺は少しずつ、少しずつ白狼に近づいていく。一歩、二歩、そして一メートルほどの距離まで近づくと。
「《初級回復魔法》」
白狼の傷を治すべく(・・・・・・・・・)、魔法を使った(・・・・・・)。
「なっ――――!?」
後ろの方でカトレアが驚きの声を上げる。
魔獣相手に回復魔法を使うなんて、何を考えているんだと怒っているだろう。しかし、これは確かめるためには必要なことだ。
そして、俺の推測は当たった。
白狼の毛並みにあった黒ずんだ部分が消えていく。それは血の汚れだ。
不揃いだった毛並みの一部も元通りに生え揃い、横っ腹に隠れていた古い切り傷が完全に癒えたことがわかる。
「やっぱり、お前は何かに襲われていたな。そして群れを追い出された、というところか」
「どういうこと?」
距離を取ったまま、アルメリアが訊ねてくる。
「畑を襲うように命じている群れの長が、ガリガリになるまで痩せているのはどう考えてもおかしい。それに加えて、畑の荒らされ方には狼以外の何かがいる可能性もある」
「つまり白狼は群れを追い出され、その何者かに狼たちの支配権を奪われた、と? よく襲い掛かってきた魔獣相手にそこまで考えが回りましたね」
「襲われはしたけど、殺意はなかったから。多分、俺たちを追い返そうとしているんだろうと踏んだんだ。それなら戦わずにすむかと思ってね」
毛並みの黒ずんでいる部分は怪我か返り血か判断はつかなかったから、それを見分けるための回復魔法だったんだが、どうやら当たりを引いたらしい。
刃物を使う魔獣、あるいは獣なんているわけがない。この山には……白狼を打倒しうる何者かが潜んでいるのは、間違いないようだ。
「クゥーン」
傷が治ったことに驚いているのか、身を捩りながら心なしか嬉しそうに鳴き声を上げる白狼。
いかん。さっきまで干し肉をあげていたせいで、本当にただの大型犬にしか見えなくなってきた。
「それで? お前は一体誰にやられたんだ」
もうコイツからは警戒心を感じないから、膝をついて白狼に目線を合わせる。
後ろからは「魔獣とはいえ意思の疎通は難しいですわ」とカトレアが嘆息していた。
しかし、俺の義眼には解析モードがある。これを使えば対象の過去の記録を読み取ることも可能だ。
ただし相手が生きている場合、魔法の使える使えないに関わらず《解析》の魔法は抵抗されることがある。
自分のステータスやプライバシーを覗かれるんだから、無意識に弾こうとするのは当たり前だ。
だから俺は、教えてくれないかと白狼に頼み込む。相手からの同意が得られれば、教えてもいい部分だけはすんなりと読み取れるようになる。
「……ワゥッ」
黄金色の瞳に、強い感情の色が宿る。
これは……怒りだ。
ただし、俺たちに向けられているわけじゃない。何かを思い出し、それに対して怒っている。
「…………教えてくれるか?」
改めてもう一度訊ねると、しばらくの間見上げてくる白狼が、やがて小さく頷いた。
そうして視た白狼の過去、怒りの理由、狼たちが村の畑を荒らす理由……その一部始終を、左目が読み取っていく。
「――――――……ハァッ。本当に、どこにいてもロクなことをしない……」
「レオ? 何かわかったの?」
「白狼が教えてくれた。調査は終わりだ、これから討伐をはじめる」
「待ちなさい、レオ。どういうことですか」
一人で納得し、勝手にすすめる俺に苛立ったのか、今までよりも口調の荒いカトレア。
教えてもいいが、それは道すがらだ。ここからそいつらの拠点は少し距離がある、急いでいかないと帰る時には日が暮れてしまう。
「ワオッ!」
「……お前も一緒に行くのか?」
「(コクン)」
「敵討ちもしたいだろうしな。それなら行くか」
「「レオ」」
「ちゃんと説明するよ。でも、それは移動しながらだ」
どうやって白狼の過去を読み取ったのかは、さすがにぼかした。騙されてはくれないと思うから、魔法を使ったとだけ説明する。
魔法に関する知識や技術を尊重してくれるアルメリアならば、それだけを言えば引き下がってくれると思った。カトレアは納得しないだろうが、主人が黙るというのだからその意志を汲むだろう。
そして……白狼が受けた悲劇を語って聞かせた。
俺が回復させた白狼だが、正確には群れの長ではなくその子供だった。
数年前、群れは二頭の白狼が率いていた。つまりこいつの両親だ。
魔獣となった白狼は普通の狼よりもはるかに長寿だが、それでも人間と同等くらいしか生きられない。そのため白狼もウェルイン村の村長と同じくらい代替わりしていた。
それでも、彼らは交わした約定を守り続けた。人間という数の暴力を知っていた最初の白狼は、敵対して追われることよりも共存する道を選んだのだ。その慎重さを代々受け継ぎ、お供え物がある限り守り続けようと決めた。
もちろん、それだけでは白狼はともかく群れの飢えは補えない。彼らの主食は、もっぱら村に忍び寄る魔物や他の獣だ。
時に強敵とぶつかり、群れに少なくとも被害も出たが、彼らがこの山の支配者であるという事実は揺るがなかった。
しかし数年前、その支配者の座が奪われてしまった。
奪ったのは、十数匹の武装したゴブリンを率いる巨大なゴブリンだった。
白狼の視点からだから正確な背丈はわからないが、普通のゴブリンの倍以上の背丈と筋肉を持っていた。言ってみれば成人ゴブリンだ。
そいつはどこからか奪ってきた戦斧を持っており、白狼の両親を同時に相手取り、一匹一匹殺していった。
足を断ち、胴を叩き、首を落として勝利の雄叫びを上げた。
親を目の前で殺された白狼は敵を討つべく成人ゴブリンに飛びかかったが、取り巻きのゴブリンに横っ腹を斬りつけられ藪の中に墜落した。
そこから先はぼんやりとした意識が残っていただけだが、もともと拠点にしていた狼たちの穴蔵にゴブリンどもが入り込み、立ち向かおうとする狼たちを痛めつけた。
手始めに反抗的な何匹かを殺し、それからは殴り、蹴りの暴行を加えて反抗する気力を失わせた。
白狼という長を失った影響もあるだろう。今の狼たちはゴブリンの従僕なのだ。
怪我を癒すべく住処を離れた白狼だが、傷は自然に治癒しても体力は奪われ続ける羽目になった。
ゴブリンたちは狼に騎乗し、山を駆け巡っていたのだ。弱い魔物は狼たちに任せ、数は少なくともメスの魔物は巣穴へと引きずり込ませる。
そして成人ゴブリンは頭も働くのか、近くの村をいきなり襲うことはしなかった。狼に騎乗したゴブリンに畑の野菜を収穫させ、素早く穴蔵へと帰還させているのだ。
俺の推測だが、このゴブリンは冒険者と戦った経験があるんだろう。
派手に暴れたことで手強い人間に襲撃されたから、自分たちの勢力が安定するまで大きな問題を起こさないよう、学習しているのかもしれない。見た目通り、子供よりも発達した頭脳を持っている可能性がある。
白狼の記憶を見た限りだと、ゴブリンの繁殖に適した魔物はコボルトくらいだったが、メスのコボルトはあまり多くないようだ。一年ほど前からは、獣を殺すだけの騎乗ゴブリンしか見かけていない。
ゴブリンの数は増えていても倍かそれよりも多い程度。三十数匹程度と見積もっておいた方がいいかもしれない。
魔物のメスは繁殖できても、基本的に産後に命を落とす母体が多い。コボルトも同じだから、繁殖効率は非常に悪いはずだ。
十分な数が揃うか、あるいは村から取れる野菜で腹を満たせなくなったら、ゴブリンたちはウェルイン村を襲撃するかもしれない。
だから討伐に赴くなら今しかない。俺はそう二人に説明した。
「……筋は通っていますが、巨大なゴブリン……しかも戦闘経験のある……」
「レア、心当たりがあるの?」
「おそらくは上位種のゴブリン……ホフゴブリンかと思われますが、そこまで知能が回る個体というのは聞いた覚えがありません」
「それなら、レオの話は嘘だと思う?」
「嘘ではないと思いますが、信じきるには根拠が乏しいかと。相手が盗賊であれば迷いなく納得できますが」
カトレアの言い分も無理もない。
いかにゴブリンの上位種とはいえ、所詮ゴブリンはゴブリンだ。低脳で、繁殖力が高く、残虐な性格をしていて、小柄な個体が多い。これらの特徴から大きく逸脱してしまえば、それは別の魔物と判断した方がいい。
俺も白狼の過去を見た時は疑いかけたが、確かに従っていた魔物はゴブリンだった。
肌の色や顔の作りも小柄のゴブリンと同じだったから、別の魔物という線はないと思う。
《解析》のことを教えたとしても、情報源が魔獣ではやはり二人は完全には納得しないだろう。だがそれでも、二人はついてきてくれている。
移動している時、やはり俺は警戒するために全周囲視界モードにしていた。
そして話が進むたびに、険しい表情になっていくことに気づいた。
特に、白狼の両親が嬲り殺しにされた時には、アルメリアから僅かに怒気が漏れた。
彼女たちの中で、白狼や狼は既に討伐対象ではない。倒すべきは、こいつらを暴力で従えている何者かなのだ。
それがわかっているから、「信じていないなら帰れ」と突き放したりしない。
実際、二人も考察はするが進む足を止めたりはしない。
平民に貴族の令嬢方、そして魔獣。随分と奇妙なパーティになったが、俺はそれでいいと思っている。
目的のためならば、身分も種族も関係なく手を取り合える。
前世では味わえなかった貴重な体験ができ、不謹慎だが気分が高揚した。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




