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第39話「突然ですが、狼の山を調査します」

 昼食後も、馬車での移動は問題なく進んだ。

 カトレアの予想通りの時刻にウェルイン村に着いた俺たちは、事前に手配していた宿に追加料金を払って馬車を預かってもらい、その足で村長宅へ向かった。


「よく来てくださいました、冒険者の皆さん」


 俺たちを出迎えてくれたのは、村長ではなくその息子だった。

 村長は所用で出掛けているらしく戻るのが遅れる。

 しかし一刻も早く受けてもらいたいからと、依頼の内容を知っている息子が早速説明してくれた。


「依頼書を見てもらったと思うけど、貴方たちに頼みたいのは俺たちが「狼の山」と呼んでいる近隣の山の調査なんだ」

「そうですね。狼の群れによる被害が出ていて、何故襲ってくるのか調査して欲しい、ということでしたが」

「はい。ここ数年、山側に面している畑が荒らされ、収穫も満足にできないんです。狼たちがどこを棲み家にしているのか突き止めて、可能ならば退治して欲しいんですよ」


 息子の言い分は、調査して欲しいというより退治に念頭を置いているようだ。

 狼ということは、相手は魔物ではないんだろう。それでも火器もなく、腕の立つ者がいないのであれば十分に危険な相手だ。

 しかし、退治して欲しいのであれば何故調査依頼で届出を出したのだろう。

 調査は場合によっては長期間に及ぶため、討伐依頼よりも報奨金が高めに設定されている。もちろん、討伐対象によっては調査よりも高いし、そのケースの方が多い。

 けれど害獣相手の討伐ならば、調査依頼よりも安く済むはずだ。


「……構いませんが、そのためにはまず山の」

「ちょっと待て!」


 引き受ける前に援助を頼もうとした時、唐突に部屋の扉が開かれた。

 叩き壊さんばかりの勢いで扉を開けたのは、白髪が目立つ初老の老人だった。しかもその後ろに、同じ年代の大人が何人かついてきていた。


「何を勝手に話を進めておるのだ! 依頼を出したのは我々だぞ」

「親父……でも俺は、何も間違ったことは言ってないぜ」

「大間違いだわ、このバカモンが!」


 どうやら依頼主は彼らのようだが、親と子で認識が違っているらしい。

 どういうことだろうと内心で首を傾げていたが、ヒートアップする親子の口論は止まらない。


「お山の守り神を討伐させようなどと、何を考えておるんだ!」

「守り神なんて言うが、そいつのせいでみんな困ってるんじゃないか! あんな害獣を崇めてるのは親父たちの世代くらいなもんだぞ!」

「だからその原因を調査してもらおうと会合で決まったじゃろうが!」

「今さらあんな害獣どもと共存なんて出来るもんか! 根こそぎ討伐してもらえば早いだろ!」

「誰のおかげでこの村が平和に過ごせてきたと思っとる!? 守り神のおかげじゃろ!」

「その狼のせいで村が困ってるじゃないか!」


「そこまでです!」


 今にも取っ組み合いを始めそうな親子を止めたのは、アルメリアだった。

 見た目は清楚な女の子が、男の大人たちに負けないような声を張り上げた。それに驚き、すっかり彼らの口論は止まった。


「お話が錯綜しているようですが、まずはきちんと筋道を立てて説明してください。依頼を受ける私たちは、ちゃんと依頼の背景を説明してもらう義務があるはずです」


 さすがは公爵令嬢というべきか、怒りに顔を歪めていた男たち相手に一歩も臆さず理路整然と詰め寄る。

 彼女の迫力にすっかり呑まれた村人たちは、すごすごと席に着いた。


(お嬢様に任せてばかりではありませんか。しっかりしてください、リーダーのレオ様)


 カトレアに苦言を耳打ちされる。面目ない……。

 俺は話を切り替えるべく咳払いを一つし、改めて彼らの話を聞くことにした。


「わしらが「狼の山」と呼ぶあの山には、「白狼様」という守り神がおるのじゃ」

「白狼様……?」

「真っ白な毛並みを持つ魔獣ですじゃ」


 魔獣……それは魔物と似て非なる生き物だ。

 魔力というのはあらゆる生き物が持っているものだが、それは動物にも言えることだ。

 魔物とは違い、ある程度の知性を持ち魔力を宿した動物。それが魔獣と呼ばれる。

 語呂は魔物と似ているが、必ずしもすべてが討伐対象というわけではない。知性があるだけに人間を避ける魔獣もいれば、飼い慣らして家畜や護衛として育成することもできる。

 狼が魔獣となったとすれば、人間に牙を剥くなら魔物に匹敵する脅威度がある。

 だが、村長の口振りからするとうまく共存できていたようだ。


「わしらのジイさまのそのまたジイさまがこの村を作ったのじゃが、その前から「狼の山」があった。そこを縄張りにする「白狼様」に定期的にお供え物をすることで、山の方からやってくる魔物から守ってもらっておったのじゃ」

「俺たちの世代も言われた通りお供えはしてた。だっていうのに、ここ数年は畑をあらすようになりやがったんだ」


 息子が吐き捨てるように言うが、村長は口を挟まない。どうやら彼の説明は事実のようだ。


「なぜ急に村に被害を出すようになったのか、きっと「白狼様」に何かあったのじゃ。あの山には弱いとは言え魔物も出る。調べに行こうにも、村の者では魔物に対抗できんのじゃ」

「それで、冒険者に依頼を出したと」

「俺としては村を襲うような害獣は退治して欲しい。村の若いやつらはみんなそう考えてる」

「じゃから! 守り神様に危害を加えるなどと!」

「このままじゃ今年は餓死者が出るかもしれないって言ってるだろ!」

「じゃからこうして冒険者に調査を」

「それで解決しないかもしれないから討伐を」

「はいそこまで!」


 また口論が始まりそうになったので、先手を打って黙らせる。

 さすがに何度もアルメリアに任せるわけには行かない。


「村長さんのお話はよくわかります」

「おお、そうか」

「しかし息子さんの言い分も尤もです。一番に考えるのは村人の安全でしょう」

「そうだろうそうだろう」

「なので、折衷案をこっちから出させてください」


「調査はします。「白狼様」とやらがどうしているのか、手がつけられないほど凶暴なのか見てきます。

 そして共存が難しそうなのであれば、討伐致します。これでどうでしょうか」


「「むむむ……」」


「もしも調査に念頭を置いて欲しいというのであれば、今回は調査に専念します。その結果はお伝えしますし、討伐が必要だと皆さんが判断されたら、また七日後になりますが依頼を継続し、討伐しに参ります。これでどうですか?」


「まあ……きちんと調査してくれるのであれば」

「親父たちが狼どもを倒してもいいって納得してくれるなら、まあ……」


 どうやら渋々ではあるが折れてくれたようだ。

 頼むから、村で意見が割れているのに総意だ、と言わんばかりの依頼を出すのはやめてくれ。


「つきましては調査のために、被害にあったという畑を見せてほしい。それと、もしもあるのなら「狼の山」の地図を」











「ああ……依頼に取り掛かる前に、どっと疲れた」

「お疲れ様。今回は貴方のせい、というよりも依頼を出す村人のせいだから気にすることはないわ」


 息子が教えてくれた被害のあった畑に足を運んだが、人目がないことを確認してからそう愚痴った。

 アルメリアはそう言ってくれたけど、カトレアはそうは思わなかったけどな。

 まさか依頼を受ける直前に揉めるとか思わなかったから、つい口を出せなかった。

 それがあまりに不甲斐なく見えたんだろう。冒険者の先輩ならなおのことだ。

 だがなんとか依頼の方向性はまとめることはできた。あとは達成のために動くだけなのだが……。


「何か気付きましたか? レオ様」


 グルリと畑を見て回り、カトレアが試さんばかりに俺に振ってきた。

 隣りにいるアルメリアが無茶を言うな、と非難がましいジト目を向けているが……おそらく同じ違和感を彼女も感じ取っているんだろう。


「確かにこれは奇妙だな」

「えっ……?」


 俺はそれに向かって歩み寄った。

 畑の中に入る許可は村人からもらっている。この畑は当分使い物にならないからと、快くはないが許してくれた。

 畑は野菜が一つも残っておらず、葉っぱもめちゃくちゃで、いたるところに狼の足跡がある。しかし……


「食い散らかした跡が一つもない」


 この畑を含め、他の荒らされたところで育てられている野菜は根菜がメインだ。

 畑は確かにめちゃくちゃで、掘り返されてもいる。もちろん全部を奪われたわけじゃなく、踏み潰されたり傷ついて駄目になった野菜もあるが。

 食べ残しはどこにもない。この場で食われた跡がどこにも見当たらないのだ。


「それのどこが奇妙なの? 住処に獲物を持ち帰るくらい、動物なら普通にするわ」

「畑一面の野菜を、狼がどうやって?」

「…………あ」

「それだけの数が来たにしては、足跡の数が少なすぎる。見たところ五匹か、多くても七匹くらいだ。とてもじゃないが畑全部の野菜を持って帰るのは無理だ。ましてや、畑の持ち主に気づかれないうちになんて……」

「畝のあたりも、狼が掘り返したにしては綺麗過ぎます。足を使わず口だけで引き抜く……出来なくはありませんが、やはり時間がかかりすぎます」

「つまり別の誰かが、狼たちと一緒に荒らした……?」

「その可能性が出てきたってことだ」


 知性ある魔獣が、長年共存していた相手にいきなり害を為す、村長さんの違和感はあたりかもしれない。

 だが、その"誰か"が「白狼様」に成り代わって狼たちを率いているのだとすれば、討伐の線も捨てられない。

 少なくともここに来た狼たちは、畑から野菜を取るという習慣を覚えてしまっている可能性がある。そうなれば、"誰か"を倒しても被害が終わらないかもしれないからだ。


「山はそこまで大きくなさそうだから、夕方までは調査しよう。そこで手掛かりがなければ、明日の早朝から再調査だ」

「異議はないわ」「妥当な線かと」


 二人からの了解も得られたことだし、さっそく「狼の山」に向かう。

 畑の柵を越えればすぐそこに森があり、そこから既に狼たちの領域だ。

 俺はいつもの愛剣を手にしているが、残り二人は驚くべきことに手ぶらである。


「私はレアに護身術を習った程度で、武器は持っていないのよ」

「お嬢様は私がお守りしますので、お気になさらず」

「その貴方が武器を持っていないように見えるんだけど」

「武器が見えるものばかりだと思っているうちは、まだまだ未熟ですよ」

「暗器の使い手かな」

「ほう……ご存知なのですね」


 冗談半分で言ったのに、まさかの当たりだったらしい。

 カトレアは服は変えていないものの、革製のごついグローブを手にしていた。

 その指先が、ぎらりと鈍い輝きを放ったような気がする……。


「……毒を使うんなら、誤射はやめてくださいね」

「そこまで気が回るとは。暗殺術に造詣が深いのですか?」


 あるわけがない。だが、隠し持てるサイズの武器で殺傷力をあげるなら、そのくらいしか選択肢がない。

 護身術を教えられるんなら体術も使うだろうけど、それだけでCランクまで上り詰められるほど、魔物は弱くない。

 魔物を圧倒する威力を出すためには、魔法か……着実に相手を追い詰める手段が必要だと予想しただけだ。

 そしてどうやら、予想は当たったらしい。

 よし、カトレアを怒らせるのはやめよう。一服盛られる。あるいは気づかないうちに刺される。


 とりあえず目立つ武器を持ち、枝葉を切り裂ける俺が先導することにした。

 カトレアの索敵範囲はわからないが、少なくとも俺の全周囲視界モードなら半径十メートルは探ることができる。後ろより前にいる方が早く危険は察知できる。

 ついでにいうなら、父さんと一緒に狩りに出ていた経験もあるから動物を追うコツも身についている。

 さすがに狼を狩った経験はないが、要領は同じだ。だから迷いなく狼の追跡を行っている。


「ふむ……もしも宛てもなく歩き回るようなら一時的にリーダー権限を剥奪しようかと思いましたが、いらない心配だったようです」

「カトレア様が文句を言わないなら、自信持って進んで大丈夫そうですね」

「わざとらしい」

「素直に喜んだのになんて言い草っ」

「なんで貴方たちそんなに仲が悪いの?」


 アルメリアのせいである。いやせいというか、俺が関わったのが気に食わないからだと思うが。

 それに仲が悪いというか、なんだか試されている感じがヒシヒシとする。

 大切なお嬢様と関わらせてもいい相手なのか。それをこの依頼を通して見極めようとしているんじゃないかな。

 であれば、カトレアの言い分がきつくなるのは当然かもしれない。まあいい気分はしないが。


 とにかく前門の狼、後門のカトレアという変な状況になっているが、これといって問題なく進んでいた。

 しかし、それも一時間ほどの短い間だった。


「「止まって(ください)」」


 俺とカトレアは同時に反応した。

 今までにない緊張した声色に、背後のアルメリアが息を飲む気配が伝わってきた。


「……狼が出たの?」


 場の空気を読んだアルメリアが、小声で聞いてきた。


「狼かはわかりませんが、何者かが敵意を向けています」

「左手の藪の方で動いた。風じゃない、何かが潜んでいる」


 俺は義眼の能力でその違和感に気づいたが、カトレアはどうやら気配で読み取ったらしい。

 正確な位置を割り出した俺に険しい目つきになるが、気配の察知能力では彼女の方がはるかに上だ。

 得意げな顔をするつもりはない。むしろ悔しい。

 言われて気配を探ってみれば、確かに微かな敵意を感じる。これを感じ取ったというのだから、素直にカトレアの能力を認めた。


「なら……どうするの?」

「敵意を向けている以上、危険な生物と判断し討伐すべきでは?」

「アルメリアを案じて提案したのはわかるけど、討伐は最後の手段。まずは様子を見て、無力化し……」


 そこまで言ったところで、相手が動いた。

 どうやら揉めている俺たちを好機と捉えたのか、藪を掻き分けながらこちら目掛けて疾駆した。


「俺が迎撃する。カトレアはアルメリアを!」

「言われずとも」


 走ってくる何かに向かって駆け出し、後ろにいる二人を狙わせないようにする。

 どうやら相手は単独らしいから、回り込もうとすればわかるしその隙は見逃さない。

 だが、相手は狙いやすそうな女性には目もくれず、近づいてきた俺の喉笛目掛けて飛びかかってきた。


「なめるなっ」


 伊達にゴブリンの森でこの剣を振るってきたわけじゃない。

 たとえ獣道だろうと、素早く剣を振り回すことくらいできるようになっている。

 剣を盾にし突撃を受け止めると、鋭い牙が刀身を挟み込んだ。牙がぶつかり、刃に触れた肉が切れて血を流すが、その目は怯んだ様子がない。

 そいつは黄金色の目と、薄汚れた白い毛並みを持つ狼だった。




「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思われた方は、

ページ下の「☆」を「★」にしてやってください。

遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗

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