第37話「突然ですが、公爵令嬢と依頼を受けます」
一年生寮での珍騒動からまた少し時間が経ち、アルメリアの訓練も二ヶ月目に入った。
たびたび口を出していたものの、五月のテストでは成績を落としギリギリベスト10に入れていた。
俺からすれば十分すぎる順位だと思うのだが、ベスト5から転落するとは弛んでいる、と父や侍女に苦言を呈されたそうだ。
貴族、というより公爵家ってやはり厳しいんだなと再認識した。
そんなわけで6月に入ってからは放課後と屋敷にいる間にみっちり叩き込み、休み時間はほどほどにすませる方針に渋々ながらシフトした。
結局それでも朝一の授業は眠そうにしているが、それ以外の授業には身が入っているようなので今月の成績は持ち直すだろう。
そして訓練を見るといった俺だが、実はあまり口出しできずにいた。
というのも、魔力制御の感覚は人それぞれ違うので、俺の感じ方を説明しても余計に混乱させてしまう。
なので、基本的には目の前で実演してコツを掴んでもらうというお手本の役に徹していた。
その機会はもっぱら昼休みなのだが、以前、タンザーたち三人組に絡まれてからというもの、場所を変えることにした。
学園には完全予約制だが、お茶会をするためのスペースが何箇所かある。
そこの一画に予約を入れ、誰にも邪魔されることなく食事しながら訓練の進捗を見ることになった。
他の人の目も少ないがあるし、例の三人がここまで来ることはないから安心して過ごすことができた。
そうこうしているうちに6月も終わりが見え始めたある日の朝。
日課の早朝トレーニングを終えて汗を拭っていると、コン、コン、コン、コン、とドアがノックされた。
珍しい……というより初めてのことだ。俺の部屋に誰かが訪ねてくるなんて。
「はいっ。少し待ってください」
手早く服を着替え、いつも通り仮面をつけて首から下の傷跡が見えないように襟を止める。
色々な意味で腫れ物扱いされている俺の部屋を訪れる奇特な人物は誰だ? 訝しがりながら扉を開けると、そこにいたのはシンプルなヴィクトリアン式のメイド服に身を包んだ長身の女性だった。
黒味を帯びた青い髪をボブカットに切り揃え、同じく深く暗い黄金色を瞳が俺を見下ろしている。まるでナイフのように鋭く切れ長の瞳が、今の少しだらしない格好を咎めているような気がしてならない。
「えっと……どちら様でしょうか」
「私はアルメリア・ファウ・フォーシーズン様の侍女を務めております、カトレア・フィン・レティクルと申します。カトレアとお呼びください、レオ様。貴方様のお名前はお嬢様より聞いており、僭越ながら覚えてさせて頂きました」
つまり普通に会話していい、ということか。
というかアルメリアの侍女といったが、身分は伯爵令嬢だった。
当然、カトレアと呼べと許されたが呼び捨てにしていい身分ではない。
実際、彼女の視線はそこまで親密になることを許していない、険しいものだ。
「…………カトレア様。それで私に一体何の御用ですか?」
「お嬢様がお呼びです。今すぐ学生食堂までお越し下さい」
「――――……はい?」
「既に到着して五分ほどお待ちになっております。お早くお越し下さい」
伝えることはそれで全部だったのか、俺の返事を待たずさっさと踵を返していった。
アルメリアが学生寮まで来ている?
俺に用件があって?
まあ理由はわかる、というか彼女が俺を尋ねる理由なんて一つしかない。
だがしかし、今日訪ねてくるなんて話は聞いていない。
お貴族様なんだから、せめてもっと早く先触れとか出して欲しかったな。
だが来てしまったものは仕方がない。このあと控えている本来の用事に必要な支度は昨夜のうちに終えているから、服装だけ着替えて食堂へと降りていった。
食堂は朝食の時間を過ぎた頃だが、今日は週末で二日間の休みの初日だ。朝食を食べない生徒もいるし、まだ眠っている生徒もいる。
そのため食堂内にはあまり人がいない。にもかかわらず、寮生のほとんどが一箇所に集まっていた。
休日に似つかわしくない、質素ではあるがドレス姿のご令嬢と、その傍らに傅く侍女に近づかず遠巻きに眺めるためだ。
(いや本当に目立つなあの二人……ていうか数は少ないとはいえ、あんなに注目されているところに行かなきゃいけないのか)
また違った意味で変な噂が流れそうだ。今さらだと言われればそれまでだが。
「遅かったですね。急いでくるように伝えたはずですが」
俺に気づいたカトレアはジトっと据わった目つきで睨めつけてきた。
「責めるものではないわ、レア。いきなり押しかけてきた私たちが悪いのだから」
「ですが私が用向きを伝えてから十分も経っております。納得のいく説明をしていただけないでしょうか」
俺はこの侍女さんに何か気に障るようなことをしたか?
今日が初対面……ではないか。よくよく思い返せば、初めてアルメリアに会った時に付き添っていた侍女が彼女だった。
でもそれだけのはずだ。あの三人組とは違い、俺個人を見て冷たく当たっているように見える。
何故だ……。
「納得して頂けるかわかりませんが、先約があったもので、その支度を」
「先約……?」
「私は休日は冒険者として生活費を稼いでいます。昨日の帰りに冒険者ギルドで依頼を確保してもらっているので、今日はそれを受領しなければ」
「お嬢様と冒険者業、どちらが大切なのですか」
仕事と私、どっちが大切なの的なセリフを言わないで欲しい。
まだそういう年齢じゃ……いや、アレスガルドではもう成人扱いだったか。
だが悪魔のような二択だ。
アルメリアと答えなければ普通に無礼だが、冒険者業と答えなければ生活費が稼げない。
今後、今日のように不意打ちで来られた場合、常に彼女を優先しなければいけなくなるからだ。
「レア。意地悪なことを言うものではないわ」
「ですが、お嬢様……」
「私は彼に教えを乞いている身。彼の予定を潰えさせる権利はないのよ」
「ならば給金を払えば良いのでは? そうすれば今日は冒険者ギルドに行く必要もないでしょう」
「すみませんが、それはこちらから断らせて頂きます」
「何故?」
「私はフォーシーズン様に恩返しするために行動しているからです。これで給金をもらってはただの仕事。恩返しとは言えません」
実はこの話は、割と最初の方にアルメリアから提案された。
そして全く同じことを言って断った。公爵令嬢の頼みであっても、これは聞くことはできない。
事情を聞いたカトレアは微かに目を瞠ると、ならば仕方がありません、と引き下がった。
「それでは馬車が用意してありますので、参りましょう」
「「どこへ?」」
唐突なことを言いだしたカトレアに、俺とアルメリアの声がハモってしまう。
だが彼女は何を当たり前なことを、と言わんばかりにシレっと返した。「冒険者ギルドですよ」と。
◇
「えっと……これにてパーティ登録は完了、です」
引き攣った顔で俺"たち"に冒険者ライセンス帳と学生帳を返してくれる、冒険者ギルドの受付嬢ことユミルさん。
無理もないと思う。いつも対応している俺と、その後ろには公爵令嬢とその侍女がいるのだから。
そしてたった今、今回の依頼だけだが彼女たちとパーティ登録を済ませたのだ。
(どうしてこうなった……)
カトレアが冒険者ギルドまで馬車で行こうと言い出した。
彼女が善意で俺を送ってくれる、わけはない。
どういうつもりかとアルメリアが問いかければ、カトレアはさも当然と言わんばかりに応えた。
「私とお嬢様でレオ様の依頼をさっさと片付けてしまいましょう。そうすればお時間は取れるはずです」
「「いやいやいやっ」」
何をさも決定事項です、みたいな口振りで言ってるの?
確かにアルメリアの対応をおざなりにはできないけど、だからといって二人も一緒に行くとか意味がわからない。
「お嬢様も学生帳をお持ちですから、冒険者ギルドで依頼は受けられます。レオ殿は現在Dランクの冒険者ですが、パーティ登録自体は何ランクの冒険者と組んでも問題はありません」
「いや……規定では確かにそうなっているけど」
「実力が不足というのであれば、私の学園生時代の最終冒険者ランクはCランクです。足を引っ張ることはないと思いますが」
それはつまり「私一人でもお嬢様は守れますから、貴方は一人でさっさと依頼を片付けなさい」ということだろうか。さすがに穿ち過ぎか?
だがカトレアはそれで良くても、アルメリアがどう考えるかはわからない。
仮にも公爵令嬢だし、冒険者なんて低俗な仕事をしたいとは……。
「それならレオの手を煩わせることはないわね。馬車で移動時間も短縮できるし、一石二鳥ということかしら」
「私たちがお手伝いをすれば作業効率も増しますので、三鳥になるかと。お嬢様」
普通に乗り気だった。いや心なしか声が弾んでいるようだし、むしろノリノリなのか?
そして公爵令嬢と伯爵令嬢がここまでプッシュしてくるのだから、俺ごとき平民にこの提案を跳ね除けられるはずがない。
そんなわけで、今まで怪しげな仮面をつけた平民の冒険者だった男が、貴族の馬車で冒険者ギルドに足を運んできたのだ。何事かと騒然となるのは当然だ。
いつも通り俺の手続きをしてくれるユミルさんも、パーティ希望者の二人の名前を見て目眩を起こしていた。
アカデミー生が冒険者として活動するのは珍しくないが、基本的には二年目からだ。
一年生の、しかも貴族のご令嬢とその侍女がやってきたのだから目眩の一つや二つくらい、起こすのも無理はない。
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
登録処理が終わったあと、ユミルさんは心配なのかヒソヒソ声で話しかけてくる。
「フォーシーズン様の土魔法は中級まで使えるし、カトレア様もCランク冒険者。今日受けるのはEランクの調査依頼だから、問題はないと思いますよ」
「それならいいのですが……くれぐれも粗相のないように。いらない心配だとは思いますけど」
それは依頼主にだろうか。それともアルメリアたち? おそらく両方だろうが。
おかしい。今朝起きた時は一泊二日の調査依頼で、少し疲れるけど久々の遠出だとワクワクしていたのに、どうしてこうなった……。
「レオ? そろそろ行きましょう」
「……はい。かしこまりました」
「ああ、それとこの依頼を受けている間は敬語は禁止にします」
「ハイ?」
「貴方はこのパーティのリーダーなのですから。メンバーを贔屓するような態度は極力減らすべきでしょう?」
ひどく楽しそうな表情で、アルメリアはそう言った。
ギョッとしてユミルさんに振り返ると、凄まじい反応速度で目を逸らされた。
恐る恐るギルド長を確認すると、確かにリーダーは俺の名前が。パーティメンバーに二人の名前が記されていた。
さっきのユミルさんの心配ってこのことか!
というかCランクを差し置いてDランクになったばかりの俺がリーダーって絶対におかしいだろう!
「何もおかしなことはございません。貴方はお嬢様に師事する者。私はお嬢様に仕える者。立場的にレオ様がリーダーになるのは当然です」
ふふっ、と笑いをこぼし断言するカトレア。
わざとだ、絶対にわざとだよこの侍女!
俺を困らせたいのかただの嫌がらせなのか、むしろ両方+αまでありそうな気配のする腹黒侍女だ。
「はぁ…………」
出来ることなら今すぐ二人を撒いて一人で依頼に向かいたいが、足の速さ的に不可能だし何より行き先は二人もわかっている。
無理に一人でやろうと強行すれば、後々が怖いので仕方なくリーダーを引き受けるしかない。
「俺は馬車に乗ったことはないが、公爵家の馬車なら依頼主の村までどのくらいかかる?」
「場所はウェルイン村でしたね。今から出発すれば途中で昼休憩を挟み、13時頃には着けるかと」
「馬車ならと思ったけど、やっぱり森の深さによるけど一泊は村で過ごさないと駄目だな。アルメリア様もカトレア様も、村で一泊する準備は大丈夫ですか?」
一瞬、アルメリアを名前で呼んだことでカトレアから刺すような視線を感じたが、アルメリアのそれで良い、と言わんばかりの首肯を見て剣呑な眼差しを控えた。
「村で一泊する上の森の調査だものね。動きやすい服装に着替えた方がよさそうね。レア」
「はい。急ぎお屋敷に戻り見繕ってまいります。お嬢様方は先に北門前でお待ちを」
言うやいなや、あっという間に姿を消すカトレア。忍者か。
「他にも虫除けや草を避けるためのナイフとか、必要になるものは多いんだけど……」
「レアならそこまで考えているわ、仮にも元Cランク冒険者だもの」
「それでも二人分だとかなりの量になるんだけど」
「それも心配いらない。レアは魔法鞄を持っているから」
「マジか……さすが伯爵家のご令嬢」
「レアは三女だけどね」
知っている。他家の侍女を務める貴族なんて、後継に絡めない二子以降っていうのが基本だ。
それにしても、魔法鞄の魔法具持ちとは実に羨ましい。
魔法鞄とは言ってしまえば、モン○ンのポーチと同じだ。入る個数は決まっているけど、その代わりサイズも重量も一切無視して収納できる超技術の賜物だ。
もっとも現在の魔法具研究家の間では作成が非常に困難で、加えて制作費もべらぼうに高い。
子爵家の嫡子が遊んで暮らせるほどの金額が吹き飛ぶ。
それでもなお作成を希望する予約者が絶えず、スケジュールは年単位で埋まっている。
羨ましくはあるが、俺が手に入れる機会は永遠に訪れないだろう。
まず数年後も欲しいかわからないし、何より資金が圧倒的に足りないから。
「………………(じー)」
ふと視線を感じた。
何やら珍獣でも見るような眼差しで、アルメリアが俺の顔を見上げていた。
「なにか?」
「いいえ。普段の貴方ってそんな口調なのね、と思っただけよ」
「フォーシーズン様に言われたから変えたのですが、不愉快ならいつも通りに戻します」
「いらないわ。私は冒険者として活動するのはこれが初めてだけど、何が相手でも命懸けになるのはわかっています。
私たちに遠慮や配慮をして余計な危険や判断ミスを招かせるくらいなら、冒険者として活動している間は身分なんて忘れてもらった方がいい」
「そういうことなら、今日明日はこのままということで」
アルメイアの提案は非常に助かる。
実際、彼女の危惧が現実になる可能性は十分にある。しかも俺は慣れないリーダーなんて大役まで仰せつかった。
貴族のご令嬢を同伴させて危険な場所の調査に赴くという、普段からはありえないようなプレッシャーのせいで変なミスをする可能性は否定できなかった。
この時だけでいいから身分を忘れていいというのなら、それに乗せてもらおう。
もちろん、帰ってからはきちんと改めるが。
「うーん……私からお願いしたことだけど、やっぱり違和感がすごい」
「どうしろっていうんだ……」
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




