第35話「突然ですが、公爵令嬢に裏技を教えます」
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗
俺がはっきりと突きつけた現実に、アルメリアは目を瞬かせた。
堂々と彼女の望む未来には成れないと言い切ったが、しかし取り乱す様子はなかった。
俯き、頤に手を添えてしばしの間考え込むと、薄らと歯型の残った唇をニヤリと釣り上げた。
「貴方は、"今の私"には無理だと仰いましたね。しかもはっきりと」
「ええ。その通りです」
「つまり貴方は、そう言えるだけの根拠を持っているということでお間違いないかしら?」
やはり学年2位は伊達ではない。残酷な結果を突きつけられながらも、冷静に重要な情報を読み取っている。
でもやはり腹は立っているのか、言葉の隅々が刺々しい。
だがしかし、これは伝えておかなければ話が進まないのだ。
「最初に言っておきますが、これは完全な自論です。ご期待に添えない回答かもしれませんが、よろしいですか?」
「構いませんわ。正直、貴方以外に聞いた方々はみんな同じことしか仰らなかった。別の切り口が見えるのなら、ぜひ聞かせて欲しいですわ」
「では……大前提として私は他人の魔力を色で認識しています」
「待って」
聞かせてと言いながら、いきなり片手を突き出して待ったを掛けられた。
いきなり出鼻を挫かれて目を瞠ったが、肝心のアルメリアの方が眉間を抑えて申し訳なさそうにしていた。
「否定したいわけではないけど、本当なの?」
「事実ですよ。例えば……」
「だから待って! 聞きたくないわけじゃないけど、ちょっとお待ちなさいっ。
ねえ? レオ・オールド。貴方のそれが事実なら、しかるべきところで発表すれば」
「ああ、そのつもりは全然ないのでお気になさらず」
「…………すごい速さで否定したわね。本当にいいの?」
祖母のような魔法使いを目指しているというだけあり、魔法に関する技術の貴重さをよく知っていた。
しかし、これはジェーンさんからもらった義眼の魔法具のおかげだし、当然世間に大っぴらにできるものじゃない。
それならばアルメリアに教えてはいけないのでは、となるかもしれないが彼女がこのことをいくら誰かに言おうと、証明する手段がないから狂言として処理されるだけだ。
まあ実際には、わざわざ話しても良いのかと止めるほどの人だ。勝手に他言したりしないだろう。
「構いません。それにこれを聞いていただけないと、納得していただけないと思うので」
そして俺は、改めてこの義眼で見える魔力の色について説明した。
炎属性は赤。水属性は青。風属性は黄色。そして……土属性を持つアルメリアの魔力は、鮮やかな橙色だと。
「私からすれば、上位属性の魔力とはいわば色のまぜ合わせと同じ。赤と青を混ぜれば紫の雷属性となり、赤と黄色を混ぜれば橙色の土属性になる、という感じです」
「なるほど……確かに名のある上位属性の魔法の使い手は、貴方の言う系統の魔法を得意としている。でも、それが一体……」
「フォーシーズン様は、絵画の知識はありますか?」
「………………ぁっ」
「橙色一つだけしかない者に、他の色で絵を描けと言われて出来ると思いますか?」
アルメリアの基本属性の魔法が弱い理由は、つまりそういうことだ。
実際、実技では水属性の魔法は発動すらしない。炎属性と風属性は、橙色が内包している色から少しだけ垣間見えているようなものだ。
つまりどうあっても、上位属性の魔力持ちが得意な属性と同レベルの基本属性の魔法を使うことはできない。
「っそれならタンザーだって……」
「光属性の色は白に近い透明でした。何色にも混ざることができる色だから、たとえ標準より弱くても基本属性は使えます」
二人の違いは、三色を混ぜた結果、橙色に変化してしまったのがアルメリア。三色を混ぜた上で、白に変化したのがタンザーだ。
おそらくアルメリアの祖母も同じ色合いだから、基本属性の魔法は全然使えないはずだ。
それでも使えるようになったのだとすれば……いくつかの仮説は思いつくが、これだと断定するには情報が足りなすぎた。
「先生方の言う方法は、確かに正しい手順です。しかし上位属性と同じ魔力持ちにとっては、捻出できる割合が限られすぎている。そのせいでフォーシーズン様が試験会場で見せた土魔法と、同規模の魔法は使えない。というのが私の考えです」
筋道立てて結論を伝えると、アルメリアは俯いていた。
取り乱すことなく、デタラメだと喚くことなく、俺の出した結論に思い当たる節がないか振り返っているのだろう。
そしてしばらくすると、膝の上で握り締めていた手が微かに震えだした。
「だったら、どうすればいいというの……?」
顔を上げた時、アルメリアの瞳は揺らいでいた。
理想を追いかけたい。でも無理だという現実が、言い逃れできないほど重くのしかかっている。
そのせいで気持ちが身動き取れず、冷静な判断を失っている。
彼女が自分で気づいたことだ。"今のアルメリア"では駄目だということに。
ただ正直に言えば、俺もこれを伝えるにはかなり勇気がいる。
"どこまで"大丈夫なのかわからないし、"この方法"で彼女の望みが叶うとも限らない。
でも彼女の本心を聞いてしまったし、ここまで落ち込ませてしまった罪悪感もある。伝えない、という選択肢だけはなかった。
「フォーシーズン様。"今のまま"ではダメですが、手段がないわけではありません」
気休めを言うな、と噛み付かれるかと思った。それくらいに必死の形相で、俺を睨みつけてきた。
しかしすぐに、自分の言った言葉を思い出したのか落ち着きを取り戻した。不安に揺れていた瞳にも、幾ばくかの希望が戻り始めている。
「一体、どんな手段なの?」
「その前に断っておきますが、はっきり言ってこれは裏技です」
「う、裏技……?」
「俺もそれを使って授業を乗り切っていますが、これが正当に評価されるかは結果が出ないとわかりません。それに仕組みがバレたら、何を言われるかわかりません」
「え……なに、すごく非合法な匂いがプンプンする。それ本当に大丈夫なんでしょうね?」
「習得は大変ですが、別に犯罪ではありませんよ。ただし裏技であるために、学園でどのような評価を受けるかわからない、というだけです」
「でも、貴方は実技を問題なくクリアしているわ」
「今はです。これから時間が経ち、何度も裏技を見て、使用するなと言われる可能性もゼロではない。それでも、間違いなく基本属性の魔法は問題なく使えるようになります。それこそ、フォーシーズン様の土属性と同じレベルで」
俺の瞳をジッと見据えてくる、宝石のガーネットによく似た黒味を帯びた赤い双眸。
やがて彼女は俺の言葉に嘘がないとわかり、居住まいを正して静々と頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
◇
俺たちは次の日、アルメリアによって貸切にされた『水鳥流』の実技会場にいる。
やはり裏技を教えるのだから、人目のない場所で魔法の特訓を行えたほうがいい。
「それでは裏技をお教えするのですが、いくつか重要な注意点があります。それを説明する前に、フォーシーズン様には見て頂きたいものがあります」
「なにかしら?」
「これから私が、普通の魔法と裏技を使った魔法を順次見せます。そこで気づいたことを挙げてみてください」
これは口で説明するより、実際に見てもらったほうがより説明しやすい。
使う魔法は別に難しいものにする必要はないから、授業で習った手順で《火炎球》を使う。ただし当然、魔法陣は手書きだ。
《火炎球》
グルリと円を描き、発動させる。直径二十センチほどの炎の塊が魔法陣から飛び出し、実技場の一部に着弾して火の粉を飛び散らす。
授業で使った時よりも火力は低いが、別に手を抜いているというわけじゃない。
そしてもう一度、今度は"いつもの"魔法を使う時の手順で魔法陣を描く。
《火炎球》
今度はバスケットボールほどの大きさはある炎の塊が魔法陣から出現し、その場に留まっている。
さすがにこの大きさの炎をいつまでも手元に置いておくとかなり熱いので、じっくりアルメリアに見せた後はさっさと消す。
「どうです? 違いはわかりますか」
「……ひと目でわかるのは、火力が段違いね。あと、込められている魔力も全然違った」
「あともう一つ、重要な点がありますが気づきましたか?」
「あと一つ? えっと……《火炎球》が飛んでいかなかった、こと……?」
「残念ながらそれは意図的にやったことなので、不正解です」
最初の《火炎球》くらいの被害だったら《地形操作》で簡単に直せるけど、今の《火炎球》だったらもっとでかいクレーターが出来上がってしまうからな。
不正解を告げられたアルメリアは悔しそうに唸りながらしばらく考え込むが、ほどなくして「降参だわ」と手を挙げた。
「では、これが回答になります」
そう言って実技場の地面に魔法陣を書き起こしていく。
最初に描いた方が学園で習う魔法陣。その隣りに描いた方が、俺が普段から使っている魔法陣だ。
「………………なに、これ?」
回答を見せられた時、真っ先に出たのは空気が抜けたように呆っとした声だった。
「後に描かれた魔法陣、私たちが使っているのと"全然違う"!
――――いえ、違うのは…………一部だけ? "外側"に別の魔法陣が書き加えられているわ!」
その通りである。そして、これこそがアルメリアに教える裏技なのだ。
「ここで少しだけ講義になりますが、フォーシーズン様は授業で教わったこちらの魔法陣がわかりますか?」
「当たり前よ。《火炎球》の魔法陣でしょう」
「それでは0点です。この魔法陣が、どんな処理をしているのか、わかりますか?」
「――――――――――――――――――はっ???」
「この魔法陣に書かれている処理は、『球状に変化させる』ことと『魔力に応じて熱量を増す』こと、最後に『まっすぐに投射する』ことが書かれている。この三つの処理に『炎属性の魔力』を込めることで《火炎球》となるわけです。逆に言ってしまえば」
今度は体内から水の魔力を引き出して、授業で習った魔法陣を描く。口にする発動キーは当然、《水球》である。
すると魔法陣の前に水の塊で作られた球が出現し、先ほど《火炎球》が着弾した箇所に飛んでいく。あとは同じく地面にぶつかると同時に飛散し、実技場の地面が湿っていく。
「こういうこともできるわけです」
「ごめんなさい。少し深呼吸させて」
「あ、はいどうぞ」
令嬢らしからぬ小走りで俺から距離を取り、深く浅く深呼吸を繰り返す。
一回、二回、三回……いや長すぎやしないか?
たっぷり三十秒は深呼吸に費やし、ようやくアルメリアはこちらに戻ってきた。
「ごめんなさい、少し……いえとてつもなく取り乱しそうになったわ」
「理由はわかりますので、お気になさらず」
「そう……貴方は、自分が神代文字を読めることの異常さに気づいているのね」
魔法陣に使われている独特なフォントのドイツ語……それは魔族にとっては古代言語と呼ばれ、人間にとっては神代言語と呼ばれている。
そしてエルフにとっては、エルフ言語。つまり俺たちが使っている魔法とは、元はエルフが発明したものなのだ。
エルフが使っている魔法を魔族が読み解き、魔族が使っている魔法を人間族が模倣し始め、魔法という文化がアレスガルドに広がった。
今でこそ読める人間族などほとんどいないとされている神代文字だが、それは過去の戦時下において博識な者たちが大勢亡くなったり、エルフとの友好的な交流が途絶えたせいだ。
魔法研究の職員たちが本当にすべき使命は、過去の戦争において使われていた魔法の記録を探し、読み解き、再現することである。
もちろん新たな魔法や理論が発見・再発見されれば諸手を挙げてその人物を職場に歓迎するだろう。だが……。
「生憎ですが、私は魔法陣の読み方を公表するつもりはありません。もしもこのことを否定されるようなら、申し訳ありませんがこの話はここで終わりになります」
「……………………そう。まあもともと魔法の技術に関しては個々の財産だもの。貴方が我が領地の領民だったなら、もしかしたら強硬な手段に出たかもしれないけど、残念でしたわね?」
そう言ってウインクするアルメリアだが、どうやら黙っていてくれることに賛同してくれたらしい。
それなら、こっちもきちんと教えることにしよう。彼女がありのままの魔力で、基本属性の魔法を使える方法を。
俺は先ほど地面に描いた魔法陣のうち、裏技の方にある追加されている箇所だけを残して他を全部消した。
「この魔法陣ですが、書いてることはシンプルです。『魔法の属性を炎に変える』それだけです。同じように……」
その隣りに、水・風の属性に変換する術式を書き記す。
ついでに実践もしてみせる。目の前でその術式を追加した魔法陣をゆっくり描き、先ほどの《火炎球》と同規模の魔法が展開された。
「……確かに、全部の属性が同じレベルで発動している。こんな簡単なことで……」
「そう思うのなら、試してみてはどうです?」
「ええ、やってみるわ」
期待に満ちた眼差しで、アルメリアは自分の人差し指に意識を集中する。
しかし、指先から魔力が少しずつ放出されたかと思うと、眉間にシワがより額に汗をかき始めた。
「あっ――――!」
そしてわずかに集中が乱れた途端、指先に集められた魔力が爆ぜて空気中に溶けていった。
「どうです? 難しいでしょう」
「どうして……中級魔法には、もっと複雑な魔法陣だってあるのに……」
「それは詠唱をしているからですよ」
一度、習った詠唱を使って魔法を使ってみたことがある。
詠唱というのは魔法陣を作る上の補助的な役割があるが、そこにある仕組みは詠唱することで魔法陣を体内で生成し、発動キーと同時に体外へと放出しているのだ。
そもそも、学園や魔法書では魔法陣と詠唱をセットにして教えている。
それによって詠唱すると魔法陣を想像しやすくなり、誰もが詠唱するだけで魔法を使えるようになる。
ただしこれには落とし穴があって、詠唱に意識を割いているせいで"自分の意思"で魔法陣を描いているわけではないということ。
魔力の制御訓練は誰しも行っているから、詠唱することで綺麗な魔法陣は書けるだろう。しかしそれは言ってしまえば詠唱というシステムに代筆してもらっているだけで、自分自身でペンをとって書いているわけではない。
「詠唱に頼っていた部分を自力でやらなければいけない、ということなのね」
「そういうことです。なので、この裏技を体得したいのであれば、順を追って訓練していく必要があるのです。
ただし、この訓練をしたからといってすぐに自力で魔法陣を描けるわけではありません。それこそ、フォーシーズン様の努力次第ということになりますね。
そして最後に、裏技としている所以、デメリットについても教えておきます」
「で、デメリットなんてあるのね……」
俺は目の前で、再び魔法陣を描いてみせる。
ただし、今度は発動させるつもりはない。ゆっくりと時間をかけて描いていく。
「先ほど魔力を放出してみたからわかると思いますが、この方法は常に魔力を消耗します。
つまり、こうしてチンタラ書いているとそれだけで魔力が失われていくわけです」
「それ、貴方は大丈夫なの?」
「昔は訓練するたびにぶっ倒れていましたが、今は全然平気ですよ」
「ぶっ倒れるって…………いえ、そうね。魔力を消耗しているんだから、精神的な疲労が溜まるわよね」
「ええ。ですが慣れてしまえば……」
今度は丸を描くように腕を軽く振るう。すると、その軌跡に沿って文字が次々と浮かび上がり、あっという間に魔法陣を形成する。
「このように、魔法陣に必要な分の最低限しか消耗せず、魔法を使うことができます。
ただしそれでも、学園で教わった方法より多くの魔力を消耗します。魔力量の多い人間にしかできない裏技です」
「……………………」
重要なことを説明しているのに、なぜかアルメリアの目が点になっている。
「どうしました?」
「少しでも魔力を放出する大変さを知れば、いかに貴方が化け物じみたことをしているのかわかるわ」
「お褒めに預かり光栄です?」
「ドン引きしてるのよ」
まさかまさかのドン引き宣言である。
だが俺なんてまだ可愛らしい方だ。ジェーンさんやマオなんてもっとえげつない速さで魔法陣を描くからな。
「……でもそこまでできないと、私の目標には届かないものね」
ふう、と肩を落としながら溜息を吐くアルメリア。
その口調や態度とは裏腹に、彼女の顔は前を向いていた。
可能性が目の前にあることが実感でき、そこに手を伸ばすべく決意を新たにしている。
「ねえ、ひとつ聞かせて。レオ・オールド」
「なんでしょうか?」
「どうして貴方は、私にこの方法を教えようという気になったの?」
「貴方に恩返ししたかったからですよ」
俺の中に、彼女に手を貸さないという選択肢は最初からなかった。
絶対にアイワーン学園の試験を受け、特待生として入学しなければならなかった俺の前に、突如として立ちはだかった予期せぬ壁。
それを取り払ってくれたのが、アルメリアだ。感謝の言葉は伝えていたけれど、彼女にとっては取るに足らない些細なことだったはず。
アルメリアにとっても、俺にとっても、あの出来事は既に終わったものだった。
しかし彼女に頼りにされた時、あの時のことを思い出した。
アルメリアに恩を返せるチャンスが巡ってきたのだ。引き受ける理由はあっても、断る理由はどこにもなかった。
「ずるいわ……それじゃあ、こっちが弱みにつけ込んだようなものじゃない」
理由を聞いたアルメリアは、何故か頬を膨らませていた。
慎ましやかな胸の前で腕組みをすると、どうしてか細い人差し指が不機嫌そうなリズムで二の腕を叩いた。
(おかしい、今までの説明で彼女の機嫌を損ねる要素があったか?)
急に機嫌が悪くなった理由に心当たりがなく、顔には出さないが内心で混乱していた。
あまり長い時間そうしていたわけではなかったが、そっぽを向きながら「アルメリアよ」と小さく吐き捨てるように呟いた。
「私の名前はアルメリアよ。そう伝えたのだから、これからはそう呼びなさい」
「え……しかし」
「これから貴方は私に師事する立場になるのよ。中途半端に遠慮されるくらいなら、ない方がいいわ。公の場でなかったら、言葉も砕けて構いません」
どんな心境があったのか、本当に名前で呼ぶことを許された。
確かに彼女の言うとおり、訓練を見るのなら下手に遠慮せずに喋れる方がやりやすくはある。
公私混同するほど精神的に未熟でもないし、ありがたく彼女の提案に乗らせてもらおう。
「わかりました、アルメリア様。訓練を見る時には、普段通りの俺でやらせてもらいます」
「それでいいわ。よろしくお願いね、レオ」




