第34話「突然ですが、公爵令嬢に助言を求められました」
月末に行われる定期試験だが、言ってしまえば少し難しく科目の多い小テストみたいなものだ。
王国語・数学・生物・世界史・歴史の五科目が対象となっていて、翌月の頭には答案が返却され各校舎の昇降口のところに順位が張り出される。
《4月度成績順位表》
1位 レオ・オールド(500点)
2位 アルメリア・ファウ・フォーシーズン(494点)
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15位 タンザー・フィン・マエダ(422点)
20位 ウェスカ・フィン・クロダ(386点)
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………………
35位 シーダ・フィン・ツチヤ(314点)
手応えはバッチリだったから、この順位には驚きはなくむしろ達成感がある。ここに他の生徒たちの目がなければ、ガッツポーズをしてたかもしれない。
人生二度目の学生生活だが、やはり知らない分野や知識はたくさんあって勉強をしなくても満点が取れる、というほど甘くはなかった。
普段の予習復習の成果がこうして目に見えた形で順位に表れると、やはり嬉しくなる。
しかし、喜んでいられたのも最初のうちだけだ。
すぐに俺に気づいた例の三人が、今にも噛みつきそうな勢いで詰め寄ってきたのだ。
「君……僕は言ったはずだよ。不正は良くないって」
「一位になるためにカンニングまでするのかい? 最低だよ」
言いがかりをつける貴方たちは最低ではないんですか? そう言い返したい。
「誰の答案を写したのかは知らないけど、これはやりすぎだ。早く先生たちのところに謝りに行くんだ」
そう言ったタンザーたちの意思を代表するかのように、シーダが襟首を掴み掛かろうとする。
いかん、それはまずい。下手に服が捲れると傷跡が見えてしまう。
それに先に手を出そうとしているのは向こうだし、証人もたくさんいる。
彼らは転生者の親たちほど強くもないというお墨付きもあるし、先手必勝で組み伏せてしまおうか。
この間、わずか一秒弱である。その間に、鋭く静止する声が突き刺さった。
「何をしているのですかっ」
大声というわけではないが、よく通る鈴の音色のような声色だ。
ただ語気はひどく荒く、自転車のベルのように耳に響いた。
「メリア……どうして止めるんだい?」
「貴方たちが見当違いな思い込みで人の名誉を傷つけようとしているからよ」
「思い込み? おいおいメリアよ、そっちこそ学生は不正しないもんだって思い込んでないか?」
「そうだよ。彼がボクたちや君を差し置いて学年一位だなんて、カンニングでもしないと無理に決まってるだろ」
「どうやって?」
フォーシーズン嬢がそう切り返すと、三人の誰もが言葉に詰まる。
それはそうだ。だってやっていないんだから、証拠も手段も出てくるはずがない。
「彼が全教科満点を取ったということは、全教科でカンニングをしていたということ? だとすれば、私たちの学年の先生方の目は節穴ばかり、ということになるけれど、そういうことでいいの?」
教師陣に正面から、お前たちもっと生徒を見張っておけよ、と乗り込むか。
証拠があるなら正しい行動なんだけど、今回そんなことしたら学生としての命が終わるかも知れないぞ。
彼らの家格からしたら、厳重注意だけかもしれないが。
「わ、わからないだろ! もしかしたら魔法を使って……」
「この学園には魔法や魔法具に反応する監視用魔法具がいくつか設置されている。入学式で説明にあったでしょう。それに、まだ一年目の学生がそんな高度な魔法が使えると思っているの?」
すみません。使っていないけど魔法具でそれっぽいことはできます、一応。
フォーシーズン嬢が言ったように、入学式でその魔法具の存在は知っていた。
だから余計な波風を立たせないよう、テストの時は接続を絶っている。
むしろそのことを俺が説明したら、カンニングをしていない証拠として成り立ってしまいそうな気がする。普段から使っている魔法具を閉ざしたんだから。
「もう他に反論はない? だったら謝罪して下がりなさい。こんなところでいつまでも騒ぐのは褒められた行為ではないわ」
「…………ッチ」
「ふんっ」
何も言えなくなったシーダとウェスカは何も言わず、サッサとどこかへと行ってしまった。
ただタンザーだけは「今回は見抜けなかった僕たちの負けだ。でも次はないよ」と捨て台詞を残してから去っていった。
素直に「次はテストで負けないよ」とは言えないものだろうか。
俺のやってもいない不正を見抜こうとするより、勉強して点を取れるようになった方がずっと建設的だと思うんだが。
三人が去ったことで、周囲も俺に興味をなくして疎らに立ち去り始めた。
俺はフォーシーズン嬢に感謝すべく礼を取ったのだが、そこへ思いがけない言葉を頂いた。
「今日の放課後、1stクラスの教室に残っていてください。お話があります」
先ほどまで三人にぶつけていた荒々しさが潜まり、どこか氷のような冷たさがある。
なんだろう……もしかして彼女、実はテストで順位を上回られたことが気に入らなかった、とか?
公の場だし証拠もなかったから諌めに出たが、実は彼女自身も一言物申さずにはいられなかった、というのか?
(うわ……放課後になってほしくない。でも無視するのもそれはそれで非常に怖い……)
そもそも貴族様からの話をそう簡単に断れるわけがない。
俺は腹を括って、放課後になるまでの時間を過ごした。
半日しか過ごさないのに、時間がやけに長く感じた。
同じ教室にいるフォーシーズン嬢は、まるで今朝の出来事などなかったかのようにいつも通りに過ごしていた。
逆に俺に刺々しい視線をぶつけるのは、同じく今朝絡んできた三人だったのだが、遠くから睨みつけるだけで実害はなかったから無視した。
ともあれ、微妙に居心地の悪い一日がようやく終わった。
本来であれば図書館にでも行って本を物色するのだが、件の人物との用件が終わるまでは帰れない。
一人、また一人と教室から去っていく。三人組が「一緒に帰らないか?」とフォーシーズン嬢を誘うが「用事があるから残るわ」と袖にしていた。
(用件、ねえ……なんだろう。次のテストでも1位になったら実家を公爵家の権力で潰すとか言われるのかなあ)
さすがに実家にまで火の粉が降りかかるのなら、大人しく引き下がらざるを得ない。
それに1位を譲るくらいならば別にいい。確か特待生の条件は学年別順位のベスト5入りだったはずだから。
「……ねぇ」
学園を去れとかいう話だったら、俺だけの判断ではどうしようもない。
話がしやすいのはベルウッドさんだが、どこに行けば話ができるのやら……。
今さらながら、あの人の連絡先を知らなかったのは痛手だ。
「…………ねえ」
特待生になることしか頭になく、その後は大きな問題を起こさなければ卒業できると思った。
まさかここまでアクティブに貴族様から絡まれるとは思っていなかったのだ。想像力の低さが恨めしい。
しかし、嘆いてばかりいても始まらない。王国の騎士団であることはわかっているし、入学試験でも監督を務めていたのだから、担任か誰かが連絡先を知っているかも
「ねえ! 人の話聞いてる!?」
「うおぉおおっ!?」
耳元で大きな声が聞こえ、思わず飛び上がりそうになった。
いつの間にか後ろにフォーシーズン嬢が立っており、既に教室内には俺たち二人以外、誰も残っていなかった。
「無視するとはいい度胸ね」
いかん、笑顔を浮かべてはいるものの目が笑っていない。
俺は慌てて頭を下げ、謝罪の意を込めた礼をした。
「だから……って、ああ、そうだったわね」
すると何かに気づいたフォーシーズン嬢は、一歩下がり綺麗なカーテシーをした。
「私の名前はアルメリア・ファウ・フォーシーズン。貴方のお名前をお聞かせ下さるかしら」
「……レオ・オールドと申します。フォーシーズン様」
「そのお名前、"覚えて"おきます。私のことは、ぜひアルメリアとお呼び下さい」
「かしこまりました、アルメリア様」
ここまでのやり取りをし、やや疲れた様子でフォーシーズン嬢……アルメリアは溜息を吐いた。
「まさか学園にいるうちに"平民相手の礼儀作法"を実践する日が来るとは思わなかったわ。でも一番頭が痛いのは、それを知らない貴族が多いことよね」
そう思うでしょう? と目で同意を求められた。
本音を言えばその通りなのだが、さすがに当の貴族様を前に言えるはずがなく、曖昧に笑って誤魔化した。
身分に高い者から低い者へ。低い者から高い者へ。男から女へ。女から男へ。
貴族の社会には様々な礼儀作法がある。
俺は平民であるから、貴族の方々は身分の低い者に向けた対応をするのが常識なのだが、ここで厄介なのが貴族にとっての身分の低い者の中に、平民は含まれていないのだ。
だから厳密に言ってしまえば、身分の高い者から低い者へ、低い者から高い者への対応は社交の場やデビュタントなどで大いに披露する場があっただろう。
しかし"公の場で""平民に対する貴族の作法"を使うことは滅多にない。
例えば、領地を持っている貴族が領地の視察で平民と会ったり会話するとき。
これは"公の場"には含まれていない。
答えは非常に簡単で、"平民から貴族に対する作法"はアカデミーでも高位貴族と平民が通える規模のアカデミーでなければ授業で教えてもらえないのだ。
そのせいで成人し、アカデミーもきちんと卒業していても、貴族に対する作法を知らない平民は多い。
だからこそ王城や貴族の屋敷などをはじめ、"貴族と同じ空間に過ごす場合"が平民にとっての公の場となっている。
そしてこれが希な理由だが、平民が貴族と同じ場所で過ごす時というのは、もっぱら手柄を立てた平民が貴族から恩賞を授かるなど……つまりは大きな戦や事件が起きて、しかもそこで平民が手柄を立てていなければならない。
一番多いケースでも、商人が国に多大な貢献をして叙爵する時くらいだ。
そして当然、ここアイワーン学園も貴族と平民が同じ空間で過ごしている、言ってしまえば公の場と同じ扱いだ。
他の生徒でそこまで気が回っている者はほとんどいないが、別のアカデミーでこの礼儀作法を教える際、普段から意識して心掛けるようにと注意喚起されている。
ここでは礼儀作法を教える授業はないし、平民一人しかいない状況で周知する必要もないのか今のところ教師陣から指摘されることはない。
しかし他のアカデミー同様、普段から見られているのなら守っておいた方がいいに決まっている。
そして平民の礼儀作法というのは、『貴族に名前を覚えてもらうまで勝手に口を利いてはいけない』というものだ。
この名前を覚えてもらう、というのが意外に曲者だ。
俺は入学式の時に全校生徒に名前を教えたし、このクラスにおいては自己紹介もしている。
けれど、貴族側からの了承をもらっていない。
きちんと「貴方の名前を覚えた」という言葉を頂き、こちらもまた相手の名前を呼んでもいいように相手から名前を教えてもらわない限り、言葉を交わすことは不躾に当たる。
だからタンザーをはじめとする三人組は、一方的に「レオ・オールド」の名前を知って話しかけてくるが、平民相手の作法を取っていない以上、こっちから話しかけたり、言い返したりすることはマナー違反になるという、非常にやるせない状況に置かれているのだ。
「……それで、フォーシーズン様? 私に御用ということでしたが、一体どのような」
「――――ふうん……」
「どうかされましたか?」
「いいえ。名前で呼ぶことを許したというのに、砕けた話し方をしないのね」
「あくまで作法の中でのお話でしょう。私的にはそこまで許されていないと感じましたが、間違っていましたか?」
「いいえ、正しいわ。これで急にタンザーたちみたいに馴れ馴れしくしてきたら、どうしようかと考えていたところよ」
どうやら俺の判断は間違ってなかったらしい。
いや、仮にもアイワーン学園なんていうう高貴な方々が通う学園を目指したんだから、それなりに作法についても勉強しましたとも。
まあ心の中では長くて呼びにくいからアルメリアと呼び捨てにするが。
「とりあえず、話をする前に準備しましょう」
「準備、ですか?」
「扉の鍵をかけてきてください」
………………
「どうしました?」
「もしかしてここで処分されるので?」
「え……?」
「いえなんでもありません、すぐに」
言われた通りに鍵を締めて回る。自分で逃げ場を封じることが、こんなにも絶望感を掻き立てるとは思わなかった。
唯一の逃げ道は窓くらいだ。一応特殊素材ではなさそうだし、最悪の場合は割って逃げよう。
「……なんだか失礼なこと考えていない?」
「そんなことはありません」
「そう? ならいいけど……とりあえず長くなるかもしれないから、座って話しましょう」
適当な席に座るアルメリア。
鍵を掛け終えると、それに習って近くの席に座るが、彼女の表情や仕草には怒りや苛立ちみたいなものは見えなかった。
俺の成績に対する文句……ではないのなら、一体どんな用件なんだろう。
「鍵を掛けてきましたが、そういえば勝手に掛けて大丈夫なんですか?」
「ご苦労さま。人には聞かれたくない話だったので、先生にも許可はとってありますから心配なさらず」
結婚前の女子が男と二人きりって、貴族的にいけないことだった気がするんだが……でも担任が許可を取っているなら大丈夫なのか?
しかし、アルメリアが聞かれたくない話が俺にある、と言う。まったくもって身に覚えがない。片や平民で、片や王家の血が流れる公爵家の令嬢だぞ。どんな話があるって言うんだ。
「実は、貴方に聞きたいこと……いえ、教えてもらいたいことがあるの」
「俺に、ですか?」
「ええ――――魔法について、貴方に教えて欲しい」
「既に実技で見ていると思うけど、私の基本属性の魔法はひどい評価を受けている。先生に言われた通りに魔力を練っているつもりなんだけど、どうしても進歩がない」
「フォーシーズン様は土属性なのだから、ある程度は仕方がないのでは?」
「そうかもしれないけど……でも御祖母様は違った」
「御祖母様というと、確か第二王女の……」
「御祖母様も私と同じく生まれた時から土魔法に適性がありましたが、基本属性の魔法も問題なく使えていた。
私は魔法の属性だけじゃなく、容姿も御祖母様の若い頃にそっくりだと言われている。だから、子供の頃からよく比べられていたわ」
「でも、それが辛いというわけじゃないの。御祖母様とは三歳の頃までしか過ごした記憶はないけど、とても優しい方だった。
だから辛いのは、御祖母様のように魔法を使えない自分自身なの。不甲斐なくて不甲斐なくて、自分が嫌になる……」
「アカデミーを受ける前から家庭教師をつけたし、土魔法も上達した。でも基本魔法はどうにもならなかった。学園で一ヶ月勉強して、先生に見てもらって、他の先生にも助言を求めたけど、みんな同じことを言うばかり」
それはそうだろう。他のやり方なんて知らないんだから。
「御祖母様譲りの魔力もある、属性も似ている。なのに実力だけが伴わない。他の誰かが陰口を叩いても悔しくもなんともないけど、私は自分自身が情けなくて堪らない」
長いことアルメリアは独白は続いた。簡単に口を挟んでいいほど、彼女の思いは軽くなかった。
形の良い眉がひそめられ、瑞々しい唇を噛み締め、そこにある表情は貴族の令嬢などではなく、一人の少女が挫折に苦しんでいるものだった。
気持ちがわかる、とは簡単に言えない。
君は頑張っているよ、と励ましても鬱陶しいだけだ。
でもきっと心無い言葉を受けるだけじゃなく、子供の頃から比較されたのならそういった同情の言葉も多く寄せられたはずだ。
それでも彼女は諦めなかった。
御祖母様のような魔法使いになるために、こうして平民に教えを請うほどに。
しかし、そんな彼女に俺はまず、心無い言葉をぶつけなければならない。
「申し訳ありませんが、今のフォーシーズン様には無理だと思います」
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




