第31話「突然ですが、因縁つけられました」
新入生代表の挨拶を終えると、細かな連絡事項などが始まった。その中に、これから通うクラス分けも行われた。
クラスは1st~7thまでの七クラスあり、一年毎に成績に応じたクラス替えが行われる。1stクラスが一番成績の良いものが集まるクラスで、2nd、3rd、4thとどんどん下がっていく。7thクラスで成績不審に加え素行不良まであると、退学になることだってありえる。
新入生の場合は入試の成績だけでなく家格も加味されるため、高位貴族のほとんどが1stクラス入りしている。
当然、新入生代表を務めた俺も1stクラスだった。非常に気が重い。
入学式が恙無く閉会すると、その際に紹介された各クラスの担任がこれから一年間お世話になるクラスまで案内してくれた。
アイワーン学園の校舎は三つの棟から成り立っており、上から見ると凹の形をしている。そして、学年ごとにクラスのある棟が違う。最高学年である三年生が中央の棟、西側の棟が二年生であり、俺たち新一年生は東側の棟だ。その中でも、位の高いクラスほど上の階に配置される。
俺たちが案内された教室は、入試の時に筆記試験で受けた時の教室だった。
「それじゃあ、席についてください。明日以降は自由に座ってもらって構いませんが、今日は席が既に決まっているので、自分の名前が掘られたプレートのある席に座ってください」
このクラスの担任になったトライ・フォン・シュガーマンの指示に従い、それぞれが自分の席を探す。
俺の席は、窓際の一番後ろの席だった。机の上に置かれている五センチほどのプレートはバッジのような形をしていて、それに『レオ・オールド』と俺の名前が書いてあった。
「席に着いたら、そのプレートを制服の襟か胸ポケットなどの目立つ箇所に留めてください。学園内にいる間は、必ず装着してください」
どうやらこのプレートは名札代わりらしい。
言われた通りに身につけたのだが、その際にふと他のクラスメイトの名札が目に入った。
その時に気づいたのだが、どうやら一人一人プレートのデザインが違うようだ。俺のプレートは無地だったが、他の生徒には名前と家名の間に花弁の印が掘られている。
「皆さんつけましたね? そのネームプレートは当アカデミーの身分証の代わりでもあるので、忘れた場合は登校できません。必ず身につけてください。そして……もう気づいた生徒もいるかもしれませんが、ネームプレートには貴方がたの身分に応じて花弁が入れられています。つまり花弁の枚数が多ければ多いほど、より目上の人間であるということです」
なるほど。平民である俺は爵位を持たない、いわば最底辺の人間だ。だから花弁そのものがないんだろう。
「ネームプレートを見れば各々の身分は一目瞭然です。ですが原則として、当学園では身分による貴賎はありません。教師陣は等しく貴方がたを評価し、学生たちは自由に交友関係を広げて構いません。ただし、ここには身分の貴い者も通う格式ある学園でもあります。節度を弁えて、学生らしく過ごしていただきたい」
身分による貴賎はない……その言葉だけを捉えれば、本当に上も下もなく自由に関わり合える緩い校風に聞こえるが、最後に担任は節度を弁えろといった。
それはつまり、身分が下の者を必要以上に貶めてはいけないし、目上の者に対する敬意を忘れてはいけないということ。
結局は礼節を忘れて自分勝手に振舞うなってことだ。あとは、家柄を盾に教師を脅したり成績に融通を利かせたりさせないようにするための文言でもあるんだろう。
まず間違いなく言えることは、平民の俺に対等な友人はできないだろうってことだ。
少なくともこのクラスでは無理だ。花弁なしの俺に近い家格は、最低でも花弁三枚しかいない。
最大でも五枚の花弁の持ち主がクラスにいることか考えると、やはりどのクラスメイトも高位貴族ばかりなんだろうな。
非常に憂鬱だ。しかし、特待生でいるためには1stクラスから落ちるわけにはいかない。
友達100人どころか一人もできないかもしれないが、これも俺の選んだ道だ。諦めるとしよう。
「さて、それでは手前の人たちから順に自己紹介をしてもらいましょう。その後、学園の今後のカリキュラムの説明をします」
担任のシュガーマンさんに指名された一人から順に、自己紹介が始まった。俺の順番は、一番最後になりそうだ。
そして案の定というか、平民なやはり俺一人だけだ。誰も爵位は名乗らなかったが、ミドルネームを聞けば多少の知識があれば簡単にわかる。
貴族は爵位をいただくと同時に、次のようなミドルネームがつく。
・公爵=ファウ
・侯爵=フィン
・伯爵=フィア
・子爵=フェン
・男爵=フォン
つまり担任のトライ・フォン・シュガーマンは男爵家の人間ということになる。
他にもこの世界の文化なのか、爵位に問わず領地を持たない貴族が現れることもある。準男爵、準子爵などと呼ばれるが、戦争などで個人として大きな功を立てた者や、同家の家を継げない次男や三男などに与えられることがあるらしい。
このクラスにも準伯爵がいるかもしれないが、与えられるミドルネームは同じなのでさすがに名前を聞いただけではわからない。
しかしこのクラスは伯爵位以上の令息令嬢ばかりだった。非常に肩身が狭い。
自己紹介が終わり、これからの学園生活についてかいつまんで説明を受けた。
まず、アカデミー全体を通して基本的に一年は三期生に分かれている。
四月から八月までの前期課程。九月から十二月までの中期課程。一月から三月までの後期過程だ。この際、前世の学校生活であった夏休みのような長期休暇は存在しない。
ただその課程の最後の月のラスト二週間が、来期に向けての準備期間として休みが当てられている。この期間を利用して、里帰りや実家に帰ることが許されている。俺の場合は片道馬車で五日もかかるし、帰りの便がないことを踏まえると二日から四日程度しか帰省できない。よほどのことがない限り、村に帰る機会はなさそうだ。
毎月の月末に学力テストがあり、成績が張り出される。そのため期末テストのような大掛かりのテストは、二月末に行われる進級テスト以外にはないそうだ。月末のテストは常に気が抜けない形となるが、月々に自分の学力順位が明確になるという点ではわかりやすい。
だが、実技に関しては結構特殊だ。
まず第一に、授業中に一から手取り足取り剣術をはじめとする武術を教える科目は存在しない。その代わりに週初めの月曜日に『火竜剛剣流』『水鳥静剣流』『風虎嵐剣流』で免許皆伝を授かった騎士や職員が指導のために各実技場にやって来る。剣術に不安がある者はその機会を利用し、自分から教えを乞いに行かなければならない。
それ以外の機会では、平日であれば放課後に日没まで実技場とグラウンドが解放されているので、そこで自己鍛錬が行える。土日の休日は事前に申請がなければ解放されず、その際は剣術だけに限らず魔法の鍛錬も行って良いそうだ。
では普段の授業中では何をするのかというと、基本的には同クラス、あるいは他クラスの生徒との実戦形式での試合が主になる。もちろんそれだけではないらしいが、一年目は基本的に実技場を使った対戦試合がメインになるらしい。その成績如何によって、中期課程に行われる武術大会への進出権も獲得できるそうだ。
中期課程といえば、その頃から授業には選択科目が多く出てくる。
前期課程では魔法に関する授業が多くの割合を占め、そこで最低限の知識と初級魔法を覚える必要がある。ただし、魔法に関しては人によって得手不得手があるため万人に教え続けるわけには行かない。不得手な人に進級のために中級魔法をマスターしろなどといったら、まず間違いなく留年することになるからだ。
そのため最低限に覚えなければいけないことを前期課程に注ぎ込み、魔法が得意な者は魔法の授業を選択し、そうでない者は別の授業を選択して単位を取ればいい、という方針になっている。
「……それでは、連絡事項は終わりです。本格的な授業は明日からとなっているので、遅刻しないように」
解散にしましょう、とシュガーマン先生の号令を機に、教室内に弛緩した空気が流れる。
外を見ると別の校舎から帰路につく生徒の姿が見える。どうやら今日は入学式と説明会だけで終わりらしい。
(いや……寮じゃなく、グラウンドに向かってる生徒もいる。そっか、今日は月曜日だからな)
既に一年以上通っている生徒たちは慣れた足取りで、それぞれの目的の場所へと歩を進めていた。
直帰しようという生徒の数は、あまり見られない。どうやらこの学園の生徒たちは向上意識が高いようだ。
かく言う俺も、シュガーマン先生に確認しないといけないことがある。冒険者活動についてだ。
一年生は冒険者ギルドを利用しないからか、学生証と連動している旨の説明がなかった。
しかし俺にとっては大事なことだ。実は二年生からでないと利用してはいけないとか決められていたら、新しい金策を考えなければならない。
「ちょっといいかい」
荷物をまとめて席を立ったところで、誰かに声をかけられた。
振り返るとそこに、いつか見た三人グループの姿があった。金髪男子、茶髪男子、黒髪男子の三人だ。
先ほど自己紹介で彼らの名前を聞き、三人とも領地を持たない準伯爵家の令息たちだったので失礼がないよう貴族の礼を取る。
しかし彼らはそんなもの見えてなかったと言わんばかりに、さっさと要件を話し始めた。
「朝の入学式で君を見たよ、レオ・オールトくん。ふぅん……本当に平民なんだ」
前髪が特徴的な黒髪男子――ウェスカ・フィア・クロダ――がつまらなさそうな視線で、襟のネームプレートを見た。
「どっかで見た顔だと思ったら、筆記試験の時にいた貧乏くせえ変人じゃねえか」
ツンツン頭の茶髪男子――シーダ・フィア・ツチヤ――は仮面を見てケッと吐き捨てた。でかいお世話である。
「シーダ、あまりそういうことは言うものじゃないよ。あの時も言っただろう? きっと努力して受けに来たんだと」
機嫌の悪そうな二人を宥める金髪男子――タンザー・フィア・マエダ――は、口調とは裏腹に冷たい視線を俺に向けていた。
「だが、不正はよくないよ。レオ君」
――――――――――――――――――――――――は?
何言ってんだお前、と反射的に言わなかった自分を褒めてやりたい。
「平民の君が努力してここを受けに来たのはわかる。だが、不正をしてまで特待生になろうとするのはいけない。今ならまだ間に合うから、きちんと先生に話してみんなに謝るんだ」
いや本当に……この金髪男は何を言ってるんだ。しかも隣りにいる二人も、その通りだと言わんばかりに頷いている。
いずれ誰かから嫌がらせか嫌味を受けると思ったが、初日にこんなストレートにぶつけてくるとは思わなかった。しかも、言うに事欠いて不正である。
この三人は俺がどんな不正をしたと思ってるんだろう。
賄賂か? 平民が?
試験官の目を欺いたのか? 平民が?
自分たちがどれだけ現実味のないことを言っているのかわかってるんだろうか。そう言ってやりたかったが、残念ながら俺には彼らに口答えする権利がない。貴族に対する礼節を守るなら、許可なく話すことはマナー違反だからだ。
だがそれがなくても、この三人に無礼な態度をとることは世間が許さないだろう。
(まさかこいつらが……転生者の子供だったなんてな)
彼らの家名は明らかに日本人だ。魔王討伐後に爵位をもらい、この国に居を構えているらしい。
魔王討伐のために召喚された転生者は七人いて、そのうち四人が王国に残った。
勇者と聖女が結婚しマエダ家を作り、剣聖が旅で出会った女性を嫁にしツチヤ家ができ、賢者は子爵家の次女と男爵家の長女二人のハーレムを作りクロダ家となった。
残った三人――弓聖、聖騎士、武聖――はそれぞれ世界を旅するため王国から旅立った。その後の行方や行動は王国内では聞いていないが、訃報も届いていない。
そんなわけで、この三人は魔王討伐の最大の功労者たちの直系の子供たちなのだ。王国の貴族や城下町の人たちは、立派な二代目になってくれることを期待しているし、下手に三家に楯突こうものなら武力的にも敵わないし、彼らを慕う貴族の勢力も黙っていないだろう。
つまり……この三人を入学させるために試験基準が大幅に見直されたわけだ。
(どうしたもんかなあ……反論するのは簡単なんだけど、そのあとがなあ……)
一言も発しない俺にじれてきたのか、「なんとか言えよ貧乏人」とシーダに胸ぐらを掴まれる。
いっそのこと、一回だけ殴られてやり返せばこの場は収まるかもしれない。平民に殴り返されたなんて、情けなくて親にも言えないだろうし。
考えるのが面倒になってきて、このまま向こうがキレるまで待ってようかと思った、その時。
「見苦しい真似はよしなさい」
いつか聞いた静止する声が、三人に向かって投げつけられた。
「メリア……?」
三人はどうしてそんなことを言われたのかまったくわからず、キョトンとした顔で彼女へと振り返った。
アルメリア・ファウ・フォーシーズン――――フォーシーズン家の長女であり、試験日当日に門番に嫌がらせされていた時に助けてくれた、白銀のように美しい銀糸の髪を持つご令嬢だ。彼女も同じ1stクラスのクラスメイトだ。
「おいメリア。この平民の肩を持つ気かよ」
「肩を持つとか持たないじゃなく、貴方たちが見当違いなことを言っているから諌めに来ただけよ」
「見当違いだって? ねえメリア? 君は平民風情が僕らよりも成績優秀だと、本当にそう思ってるの?」
どこから自身が来るのか、ウェスカは前髪をいじりながら鼻で笑った。
ていうか、君らの学力がギリギリだから試験変更されたんだよな?
「逆に問うけど、貴方は学園の試験官たちが平民に篭絡されるほど軟弱だと考えているの? シーダが言うように、貴族よりも財力がない平民がどうやって取り入るの? 男性職員ばかりが試験官を務めていた試験に、男の彼がハニートラップでも仕掛けたと言いたいの?」
鳥肌が立つようなことを言わないで欲しい。俺だけじゃなく当日の試験官さんたちの名誉のためにも。
いや、本当に男色の毛がある人がいたら申し訳ないと思うが。でも少なくとも、俺は誰かに擦り寄ったりはしていない。良くも悪くも目立つからな、そんなことをしていれば絶対に印象に残るだろう。
そしてフォーシーズン嬢に指摘されたことで、ようやく自分たちが言っていることに対する違和感に気づいたのか、二人は押し黙った。
ただ一人、タンザーだけには通じなかったが。
「確かに賄賂はなかったかもしれない。しかし何らかの不正があったことは確実だよ」
「…………どうして、そんなことが言い切れるのかしら」
「平民の努力だけで超えられるほど、ここのアカデミーは甘くないはずだ。ましてや特待生だぞ。何かしらの不正は絶対にあると、僕はそう確信している」
すごいな、この男……自分の想像だけでそこまで言い切るのか。
あまりの話の通じなさに、俺もフォーシーズン嬢も目が丸くなってしまった。
「今は引くよ。でも、いつか君の不正を暴く。その前に自白することを勧めるよ」
タンザーはそう言って、残り二人と一緒に教室を出て行った。
二人も彼の言葉を信じているのか、まるで親の敵を見るような目で睨みつけて出て行った。
「平民だってこの学園に受かる人はいたわ。貴方たちの学のなさをひけらかしただけだって、どうして気づかないのよ……」
小さな声で愚痴るフォーシーズン嬢だが、あいにくと聞こえてしまった。
そりゃそうだ。この学園に通えれば、貴族との繋がりを持てるのだ。裕福な商人が受験しにくるケースは少なくないし、なんならパンフレットの過去の優秀卒業者の紹介で平民の卒業生の名前が載っていた。
ただ、今年ばかりはそうはいかない。貴族でさえ、実技・魔法の両方で高得点を取るのは難しいのだから、平民ならなおのことだ。
今年は俺という例外がいただけのことだが、彼らの言い分は過去のそんな卒業生らに対する侮辱でもある。フォーシーズン嬢の苦言も無理はない。
「はあ…………失礼しました。彼らに代わって非礼をお詫びします」
疲れきった顔をしているが、彼女の様子からするとこういった役回りをするのは初めてじゃないんだろう。
俺は気にしていませんと頭を振って非礼を受け取った。
「もしかすると……というか多分また何か言われると思いますが、あまり気にしないように。もしも耐え難かったら、教師に相談するといいでしょう」
そう言ってフォーシーズン嬢は踵を返した。
すぐに後を追って教室を出るとお互いに気まずい思いをするだろうな、と思ったが俺もすぐに教室を出ることになった。
さっきまでのやり取りを、教室に残っていた多くのクラスメイトたちが見ていたからだ。
誰もが遠巻きに俺を見ている。そのうち、半数以上が嘲笑っているか忌々しそうに睨みつけていた。
彼らの言うとおりだ。どうして平民が。不正を働くなんて最低。と陰口が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。
(特待生になる以上、いつかはこんなことになるとは思ったけどさ……さすがに早くない?)
教室を出ながら、密かに重苦しいため息をついた。
「面白かった」「続きがきになる」と少しでも思われた方は、ページ下の「☆」を入れてください!
遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




