第30話「突然ですが、入学式から幸先不安です」
『―――――以上で、新入生代表の言葉を終わります。
新入生代表 レオ・オールド』
締めのセリフを口にした途端、疎らではあるが拍手が送られてくる。
無理もないと思う。今期のアイワーン学園の新入生代表者が、誰も見たことがない仮面の男なのだから。
(どうしてこうなった――――――?)
拍手している側も驚き戸惑っているのだろうが、一番驚いているのは壇上に立って喋っていた俺自身だ。
確かに特待生で入学したいと思っていた。そしてその希望通り、特待生として入学することができた。
けれど、主席として入学することになるとは思ってみなかった。
トップ5の一人に入れればいいや、という軽い気持ちでいたのだ。
仮に成績が同順位であっても、身分の問題でそこまで目立たないだろうと思っていた。なんか成績優秀な平民がいるな、程度に思われるくらいがちょうどよかったのに。
◇
話の発端は、暦の上では三月を半ば過ぎた頃。四月の入学式まであと半月といった時期まで遡る。
入学試験を終えた俺は合格発表の通知を待つべく、日帰りでこなせそうな冒険者の依頼を受けたり、王都を散策したり、家族に向けて手紙を書いたりと久々にまったりとした時間を過ごしていた。
そんな俺のところに、合格証書を持ってきたウッドさんとアカデミーの職員たち。証書には「特待生として入学を認める」という待望の結果もついてきた。
「おめでとう、レオ君。これで君は優秀な成績を残し続ける限り、学費をはじめとした費用は全面的に免除される」
「やったっ」
思わずガッツポーズを取ってしまった。
貴族の人たちの前で無礼に当たるかな、とやってから気づいたが、誰もが暖かな視線を向けてくれていた。
「君の努力が報われたようで、何よりだよ。今年は特に試験内容が厳しかったからね。その中で特待生になれたことは、本当にすごいことだと思うよ」
「あ、ありがとうございます。でも、褒めすぎですよ」
「褒めすぎなものかね。なにせ今年の特待生は君一人だけだからね」
「えっ――――――?」
「だから、新入生で最も成績優秀だったのは君だけだ。二位と大差をつけてね。さすがに成績の内訳は発表されないが、アイワーン学園の合格発表掲示板では君の名前が一番上に表示されているよ」
「えっ……!?」
「ちなみに私たちが朝一に報告に来たのは、君に発表を見に行かせないためだよ。さすがにこの結果は予想外だったからね、入学前に他の貴族と揉めたくはないだろう?」
配慮はありがたいんですが全然予想だにしない情報のオンパレードで頭がパンクしそうだ。
特待生になれたことはまだしも、成績最優秀!? 二位との大差!? 何それ、どういうこと……?
「混乱してるね?」
「当たり前ですよっ!?」
「それについては簡単にだが説明しよう。ひとまず落ち着いてくれたまえ」
合格証書をしわくちゃにしないために、引き出しにしまって深呼吸を繰り返す。ついでに飲み物でも注文して、一息つくことにする。
俺とウッドさん、それから一緒に来た職員さんたちの分の飲み物が行き渡ったところで、ようやく話の続きを聞ける気分になってきた。
「……それで、どうして俺だけが特待生なんです? 例年通りなら全部の特待生枠が埋まるはずじゃ……」
「残念ながら、それは去年までの話だ。はっきり言わせてもらえば、今年は特待生は一人もいないと思っていた」
それはそれでひどい話だぞ。むしろ俺なんて特待生以外入学する術がなかったっていうのに。
「あまり詳しくは話せませんが、その措置を取ったのにはある貴族様たちからの圧力によるものなのです」
職員の人が重苦しい口調で口火を切った。
その話には少しだけ覚えがある。フォーシーズン嬢と他の受験生たちの間で噂になっていた、例の三人グループの顔が思い浮かぶ。
名前までは聞いていなかったが、あのうちの誰か……あるいは三人の両親が圧力をかけたっていうことか。
「なんといいますか、学業がひどく苦手な貴族が受験されたのですが、事前に家庭教師から寄せられた情報によればギリギリ合格ラインに乗るかどうかといったところ。優秀な他の受験生が集まれば、不合格になる線が濃厚だったのです」
「その方が言うには、なんとか今回に限り合格できるように試験で便宜を図れと。採点を甘くしたり回答を書き換えるなどの不正は行わず、その者たちが合格できるような措置を取れと」
「……その結果が、今回の試験だったってことですか?」
「ここからの話は守秘義務が発生する。他言無用になるが、いいかい?」
「わかりました。というか、ここで教えてもらわないと生殺しにも程がありますよ。あと納得してませんから」
ウッドさんたちが語った内容は、アカデミーの受験に関する重大な機密だった。
なんと、受験の合否については筆記試験が十割であり、剣術による実技や魔法の実技はあくまで本人の資質を見るためだけのもので、採点には直接関係がなかったのだ。
あえて実技試験に意味を見出すとするなら、それは面接だ。
アカデミーの受験には面接試験がなく、筆記と実技だけ。というのも、面接などの個人間でのやりとりになると賄賂を使った裏口入学が横行していた時期があり、廃止にされたのだ。
だからあえて面接試験の代わりに実技試験を導入した。
剣や魔法を通してどれだけ真面目に取り組んでいたか、その人にとって剣や魔法とどう向き合っているのか、そういった側面から人柄を判断しているのだ。
もちろん、そこで大きな問題があれば弾かれることはあるの。だが本日までよっぽど問題のあった受験者はいなかったため、去年までは腕試し的な意味合いのほうが大きかった。
「その二つの試験を、筆記の代わりの試験にすることになったと?」
「正確に言えば、筆記・実技・魔法の三科目で点数をつけることにし、三百点中何点獲得したかにより、合格不合格を決めることになったのです」
なるほど。そうすれば筆記がギリギリであっても、実技の方で挽回すれば合格できる可能性が高くなるわけだ。
実技試験に難易度が選択できるようになっていた理由も、それなら納得がいく。
本来なら人格面を見るだけのはずの試験が、突然点数式に変わってしまったのだ。
アカデミーで魔法や剣を習おうとする者は決して少なくない。むしろ貴族の子女が剣や武術を実戦レベルで修めている方が希なはずだ。魔法はもっとシビアだ。人によっては攻撃魔法はほとんど役に立たず、身体強化しかできない戦士タイプの人間は数多く存在する。
「筆記はともかく、実技・魔法を両方とも高難易度で高得点を出せる人間はほとんどいません。必ず剣か魔法に才能は偏るものですから。
貴方のように両立させられる者は類まれなる才能の持ち主か、長年の積み重ねによる者だけです」
だから貴方はよくやりました、と。ウッドさんは口には出していないが、優しげな眼差しでそう語りかけていた。
頑張りが認められるというのは、思ったよりも嬉しく気恥しいものだ。ついつい、照れ隠しに頬を掻いてしまった。
「納得していただけたところで、こちらを受け取っていただけますか」
職員の一人が、そう言って背負っていたカバンを差し出してきた。
そのカバンにはアイワーン学園の校章が入っている。どうやら学園支給の備品らしい。
受け取って中を検めてみると、案の定、教科書やノートをはじめとした教材が入っていた。
……のだが、その中で異色を放つ封筒があった。特別な要素のない変哲な茶封筒で、新品の教材の一番上になるように入れられていた。
なんだこれ? と。
そう思って手にとった瞬間、俺の新しい不運が始まっていた。
「……………………………………新入生代表の挨拶?」
「なんですか、これ?」
「入学式では毎年、色々な方から挨拶があります。その中でも、生徒たちも壇上に上がり挨拶する機会があるのですよ」
その当たりは前世の学校と似たような流れらしい。
嫌な予感がフツフツとこみ上げてくる。というか予感というより確信である。
「挨拶をする生徒は在校生代表。これは昨年度の成績優秀者が務めます。そして新入生からも代表者一名が挨拶を行い、代表は……」
「嫌ですすみません聞きたくありません」
「そうですか? でしたらその原稿をあとで読んでおいてくださいね」
「持って帰ってもらうことってできませんか?」
「無理です。唯一の特待生にして入試成績最優秀者くん」
「ガッテム!!」
衝動的に頭を抱えて床に蹲った。
付き添いできた職員さんたちが気持ちはわかるよ、気の毒に、と小さく同情してくれたが、反応している余裕は俺にはなかった。
だってそうだろう? アカデミーに圧力をかけてまで試験内容を変更させるような貴族の子供や、フォーシーズン家やバルティーユ家などの高位貴族を差し置いて、平民の俺が新入生代表を任される?
絶対に目をつけられるだろ。平民のくせにとか、よくもこの俺/私を差し置いてとか、やっかまれないはずがない。
平民として、しかも特待生を目指してアイワーン学園の入試を受けたんだから、悪目立ちすることは覚悟していた。
でもまさか入学式で、学園生活初日で、全校生徒の前に立って顔と名前を覚えてもらうことになるなんて、完全に予想外です。
「辞退することはできないんですか? 平民には荷が重いですよ」
「出来ることはできますが、本当によろしいんですか?」
「平民が入試を受けた貴族全員を差し置いて代表を務めること以外に、悪いことってあるんですか?」
「入試の成績順は既に張り出されています。貴方以外の人物が壇上に上がれば、間違いなく"平民に譲ってもらったんだ"と全校生徒に知らしめることになります。
それを"平民のくせに分を弁えている"と捉えるか"平民のおこぼれを授かった"と捉えるかは、次席次第でしょうね」
全貴族に目をつけられるか、特定の貴族……及びその取り巻きだけに強く憎まれるか。
受けるも地獄、退くも地獄だ。そんなバトル漫画のクライマックスみたいなセリフを思い浮かべることになるなんて、昨日までの俺には想像もできないだろう。
ていうか現在進行形で信じられない。実は夢だったってオチはないかな。ない?
「……どうしますか? 新入生代表の件」
念のために次席が誰か聞いてみると、子息の名前は知らないがフォーシーズン家に匹敵する公爵家だった。
公爵家とその取り巻きだけを敵に回すか。運が良ければそうならない可能性もあるが、はっきり言って賭けになる。
全アカデミー生に注目されるだけに留められれば、あとは貝のように口を閉ざしてひっそりと学園生活を送ることはできるかもしれない。
入学生代表という名誉によほど固執していない限り、過ぎ去ってしまえば悪目立ちするだけで済む……かもしれない。
(ちくしょう、どっち選んでもやっぱりロクなことにならんなあ……)
それでも、どちらかしか選べないのなら――――――
◇
そうして、冒頭の入学式の日を迎えた。
入学式は学園の敷地内にある講堂で行われた。
年間行事であるダンスパーティや、今回のような式典などで用いられるため、全校生徒を収容してもなお余りある広さを持った施設だった。新入生は手前の席へ、在校生や職員たちは奥の席に座り、豪奢な壇上に一人一人上がって祝辞を述べ始める。
まずはアイワーン学園の学園長と出資している貴族の理事たちの長。そして新たに配属される職員たちが紹介され、在校生の代表者が新入生たちに向けての挨拶を始めた。
壇上に現れたのは、学園指定の制服に身を包んだとても美しい少女だった。まるで教科書のお手本のようなカーテシーを披露すると、彼女は凛としたよく通る声で「ごきげんよう」と優雅に微笑んだ。
「新入生の皆さん。入学、おめでとうございます」
俺は彼女の祝辞を、壇上の裾の方から見ていた。手元には学園側が用意してくれた原稿がある。
結局俺は、新入生代表の件を引き受けることにした。
良くも悪くも大勢の、あるいは高位貴族の目に留まってしまうのなら、学園側に良い姿勢を見せてやろうと開き直ったのだ。
三年間この学園で特待生で居続けるためには、授業態度だけでなく普段からの行動も見られることになる。だったら少しでも素行が良い生徒だと思ってもらえるように、与えられた役割はしっかりこなそうと考えた。
そうすることによって他生徒からのやっかみや僻みからの嫌がらせが発生するのは、創作の話の中では王道パターンだ。
しかし精霊の傷の件がなければ、手助けしてくれる教師もいるかもしれない。
いわばこれは味方を作るための必要な行為なのだと、自分に言い聞かせて新入生代表を引き受けた。
(まさか特待生になることで、ここまで目立つ羽目になるとはなあ……)
遠い目をしていると、会場の方から大きな拍手が上がった。どうやら在校生代表の祝辞が終わったらしい。全然聞いていなかった……。
代表は俺とは反対側の舞台袖へと消え、自分がいた席に戻っていくだろう。今度は俺の番だ。
深呼吸をして、名前を呼ばれるまで待機する。「新入生代表、レオ・オールドくん」と拡声魔法で呼び出しされるまで。
名前を聞いた途端、まず疑惑の声が上がるだろう。何故ならその名前は、貴族の名前ではないからだ。
次に、俺の姿を見たら怪訝な表情をされるだろう。傷を隠すためとはいえ、晴れの舞台で顔半分を覆った仮面をつけているのだから。
壇上に立つと、最初に貴族に対する礼を取る。
そしてさっきの彼女と同じく、拡声魔法が自分にかけられたことを認識してから、原稿を読み上げた。
「ごきげんよう、皆様――――」
そしてさようなら、平穏なアカデミー生活よ。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




