とある公爵令嬢の独り言②
令嬢視点二回目です。
次の更新から、また主人公視点に戻ります。
本来であれば、勇者として召喚された転移者七人たちは通例通り、三年間学園に通う予定だった。しかし『光の勇者』のギフトを授かったマエダは「魔王の脅威が世界中に広がってるっていうのに、悠長にしていられない。一年間で学園を卒業してみせるよ」と宣言し、他の六人も同意した。
彼らの高潔な精神に感激した国王陛下は、その要望を聞き三年生の学年に編入させた。居場所のない彼らに「我が家と思ってくつろいでくれていい」と王城に部屋も与えた。
この時、当時の生徒会長だった私の父が彼らの学園生活をサポートすることになった。
しかし、陛下の判断は間違いだったと父は語った。
たとえ彼らの機嫌を損ねることになっても、三年間みっちりと教育をすべきだったと。
勇者召喚の儀式で呼び出された転移者たちは、アレスガルドの人々では持てない強力なギフトを得て現れる。それに加えて自分のスタイルに合ったギフトを得るため他の神を信仰し、結果として魔王を討つに相応しい実力はたったの数ヶ月で手に入った。
けれど他の授業は散々だった。
いくら言っても礼儀作法は身に付かず、婚約者のいる異性にみだりに触れたり、ナンパな声を掛けたり、身分が上の人間に対しても敬語を使わず平民のようにフランクに接してくる。座学に関しては平均よりもできたそうだけど「これだけできれば十分だろう」と言って、授業態度は真面目とは言えなかった。寝ていたりボイコットしたり、とても世界を救う勇者たちが見せる姿ではなかった。
父は何度も言葉を尽くし、真面目に授業を受けるように言った。けれど彼らは「世界を救うために戦う力の方が必要なはずだ」と言って躱され、取りつく島もなかったそうだ。
このことは当然、国王陛下にも報告された。しかし陛下は彼らの言うことはもっともだと頷き、父の報告に重きを置かなかった。
事態を重く見たのは、卒業を控えた三ヶ月ほど前のことだ。留学に出ていた第一王女……即ちセリス様のお母様が戻られたのだ。実際は留学という名の婿探しであり、良い人が見つかったからと婚約を交わす前の一時帰国だったのだけど。
セリス様のお母様は、今のセリス様とそっくりだ。透き通るようなスカイブルーの髪は緩やかにウェーブが掛かっており、東の大陸の海の宝石と呼ばれるエメラルドのように輝かしい瞳を持っている。背も高くて姿勢が良いから、まるで男性のような長身だったけれど、出るところは出ていて引っ込めるべきところは引き締まっている、女性騎士にとって憧れのスタイルの持ち主だった。
そんな凄まじい美貌の持ち主に、転移者の男性たちが虜にならないはずがなかった。
同じ王城に住んでいるということで、所構わず声をかけたり御身体に触れようとしたり、ひどい時にはお部屋に押しかけお話しようとする始末だった。さすがに度が過ぎていると注意しに父と何人かの高位貴族の子息が彼らの元に訪れたのだが、そこで恐るべき会話を耳にした。
「王女様ってすごく美人だよな。あんな人と付き合いてえなあ」
「魔王を倒せば付き合えるんじゃないか? 魔王を倒してお姫様を結ばれるって、定番中の定番じゃん」
「だったら旅に出る時に王様に掛け合ってみるか?」
「そうだな。世界を救った勇者と姫の結婚……魔王討伐と相まって、いいニュースとなって世界に広まってくれるはずだ」
「おいおいマエダ、魔王を倒せるのは何もお前だけじゃないだろ」
「そうだぜ。それにお姫様と結婚ってことは次の国王だろ? そんなおいしい話、絶対譲れないぜ」
「僕はそこまでのことは考えていない! クロダ、ツチヤ、彼女を政略結婚の道具みたいに見るのはやめるんだ」
父たちは彼らの下品な雑談を盗み聞き、その足で陛下へと報告に走った。あたりまえだ。本人たちにそのつもりはなかったかもしれないが、彼らの会話は十分に王族に対する侮辱であり、国家転覆を企てていると取られても仕方がない。
このことを知った陛下は、さすがに是と唱えることはできなかった。改めて父から転移者たちの学園内での成績や素行についてまとめた報告書に目を通し、頭を抱えた。とてもではないが次期国王に据えられるほどの成績ではなく、セリス様のお母様からも不愉快であると何度も何度も苦言を呈されていた。
今さら王族教育を施してもまともに受けてくれるようには思えず、セリス様のお母様との仲も改善できる気配がない。教育しなおそうにも、卒業を控えたこのタイミングでそんなことを急に言い出せば、絶対にヘソを曲げられる。彼らは魔王を倒すべく呼ばれた転移者ではあるが、精神的にはまだまだ未熟な子供だった。
結果、陛下は急ぎ留学先のお相手とセリス様のお母様の婚約を確定させ、彼らが手出しできないようにした。
転移者たちの教育は、これ以上は施す時間も機嫌を損ねず言いくるめる自信もなく、三ヶ月後にそのまま卒業させることにした。
そして案の定、旅立ちの際に謁見の間で転移者の何名かは口を揃えて言ったのだ。
「魔王討伐の暁には、姫と結婚させてください」と。
彼らの発言を聞いた、その場に集まっていた貴族たちの反応は二つに分かれた。即ち、賛成と反対だ。
賛成する者たちの思惑は様々だが、共通しているのは『勇者の力を我が国に繋ぎ留めるため』だった。魔王を倒せるだけの力をいつまでも有しておけると、軍事力の面で大きなアドバンテージになる。それ以外にも、魔王を倒した実績を持つ国として発言力も大きくなるだろう。
姫一人ですむなら安いものだ。不敬にもそう考えた者はきっと何人もいたはずだ。
しかし、先手を打った国王陛下は既に婚約者がいるという理由で断った。二人は政略ではなく心から愛し合っている、と彼らの言葉を逆手に取り愛する者たちの仲を引き裂かないようにと頼む形で提案を却下したのだ。
代わりに約束した報酬が、準伯爵の地位だ。学園の成績ではとても領地経営を任せられるほどではなかったため、領地を持たない爵位の中で一番高い爵位を与えることにしたのだ。
(結果として、勇者・賢者・剣聖・聖女の四人以外は貴族は性に合わない、などの理由から辞退して王国を出て行った)
陛下の説明を聞いた転移者たちは、渋々ではあるが折れてくれた。最後まで異議を唱え続けていたのは、タンザーの父であるマエダだった。
「なぜ婚約を?」
「彼女を利用するのですか?」
「僕なら幸せにできる!」
「考え直してください、彼女のために」
と、恐ろしい執着心を見せた。
けれど陛下のみならず、父や他の転移者からも諫められたことでようやく引き下がってくれた。出立前に彼らのモチベーションはガクッと下がってしまったが、それでも旅路は順調に進んでいき数年間の苦難の果てにようやく魔王を倒すことに成功した。
「世界を救って頂いたことは感謝しているけれど、民の上に立つ貴族としてもっとしっかりしてもらいたいものだわ」
「……国王陛下も、セリス様も大変ですね」
「生まれた時から決められていることだから、もう慣れてしまったわ。お祖父様は、大変だと思うけど」
セリス様のお父上はアイワーン国に婿入りしてきたけれど、まだ次期国王でしかない。現国王は勇者召喚を行った陛下のまま変わっていない。
責任を感じているのだと思う。
転移者を送り返すことができなかったこと。
教育する場があったにも関わらず十分な教育ができなかったこと。
そして、勇者を擁護する勢力と非難する勢力で国内が二分化されてしまったこと。
「光の勇者であるマエダ様をはじめ、転移者は皆凄まじい力を持っていた。その血筋を王家に取り込ませる、その考えを良いとも悪いとも言い切ることはできないけれど……」
「今の彼らでは王配として迎えるには教育が足りなさすぎる。それでも推す勢力が多いから、セリス様や妹姫様の婚約者がなかなか決められないというのに……」
「でも、勇者派の言うこともわかるの。私たち人間族は寿命も短く、力もあまり強くない。魔物や魔王の脅威に備えるために、強い戦士を国に取り込み、血筋を残して欲しいという気持ちは理解できるもの。王族ならばなおさらよ」
「セリス様…………」
「とはいえ、貴方の言うとおり今のままでは王配としても身分の観点からも不足している。王族を領地の持たない貴族に嫁がせるわけにはいかないもの。おかげさまで、と言っていいかはわからないけれど卒業後は留学の話が出ているわ。そちらでお相手を探すか……彼らが在学中に改善されて誰もが認める逸材に成長してくれることを祈るわ」
それは……はっきりと言って難しいことだと思う。
タンザー、ウェスカ、シーダの三人は幼い頃から両親の、転移者の話を子守唄代わりに聞かされていた。そのせいか、彼らの価値観は私たちより転移者……つまり両親と似た考え方をしている。
目上――というより年上?――は敬うけど、友達に身分や性別の差は関係ない。
転移前は普通の人間だったけど、魔王を倒す使命を帯びた。だから息子の自分たちもきっと特別なんだ。
物語に出てくるような父たちは、美しい姫に恋をしたけど報われなかった。でも自分たち(・・・・)はそうはならない。
なぜなら、特別な両親から生まれた息子なんだから。だからセリスとも結婚できる。
これは一例だけど、三人の思考回路はだいたいこんな感じだ。
父から聞いた昔の勇者様たちと三人はそっくりだったようで、今の彼らを見ていると将来が不安になると問題を起こすたびに愚痴を零していた。
幼い頃にしかるべき教育を受けさせていれば、まだ変わっていたかもしれない。けれど他家の問題だからと手を拱いていたら、既に成人しアカデミーに入学するところまで来てしまった。
矯正を願うのならば、これが最後のチャンスかもしれない。
たとえ動機がなんであれ、生徒会長になれるほどの成績と人格が揃えば、少しはセリス様との仲を応援できるようになるかもしれない。
人気に関しては、悪い意味で揃っているからむしろ不安の種だ。
"勇者の息子"、"英雄の子孫"、だからお近づきになりたい貴族の子息子女は大勢いる。そんな者たちがまだ未熟な彼らを生徒会長に押し上げようとしたら……想像するだけで頭が痛い。
「すごい顔をしているわ、メリア」
「……失礼しました。せっかくのお誘いの場で……」
「気にしないで。貴方の苦労は少しだけどわかるつもりだから」
私の父は公爵だけど、転移者たちとはアカデミーの同期であり子供が出来た年も同じであった。
つまり幼馴染みと呼ばれる関係なのだ。小さかった頃は何も気にせず、気兼ねなく遊ぶことは多かったけど、淑女としての教育を受け始めてからは違和感が大きくなってきた。
私は貴族としての教育を受けているのに、彼らは全然変わっていかないのだから。貴族としての自覚が足りないと、九つになった頃からは口酸っぱく注意を促し、トラブルが起きた時のフォローに回る役ばかり回ってくるようになっていた。
そんな生活が染み付いてしまったからか、これからの学園生活を思うと頭も痛くなるというものだ。
「でもね、メリア。大変なのは貴方だけではないかもしれないわ」
「どういうことですか?」
「今年唯一の特待生よ。きっと大勢の人が注目することになるから」
「………………ああ。確かにそうですね」
何度も注意した甲斐があってか、タンザーたちもセリス様に相応しい男になるべく実績は必要だと考えてくれるようになった。
アカデミー生としてのわかりやすい実績。その一つは入試成績トップ、即ち特待生であり新入生の代表としての晴れの舞台。
それをどこの誰ともわからない相手に奪われてしまったのだ。この場では喚き散らすことはなかったけど、心中穏やかではいられないはず。
「その特待生には申し訳ないですけど、きっと彼らにやっかまれることでしょうね」
「常にというわけにはいかないでしょうけど、良ければ気にかけてあげてね」
「……そうですね。彼らに絡まれるしんどさはよくわかりますから」
「――――――それだけでは、ないのだけどね」
小さく呟かれたセリス様の言葉は、この時の私には届いていなかった。
けれど、どうして彼女が特待生の話を私にしたのか、入学式になってようやく理解できた。




