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とある公爵令嬢の独り言①

今回は番外編です。

一応公爵令嬢はヒロイン予定です。

「受験の手応えはどうだったかしら?」


 数日前、王都唯一のアカデミー『アイワーン学園』で入学試験が行われた。

 私アルメリア・ファウ・フォーシーズンも受験生の一人だったわ。

 アカデミーは成人を迎えた者たちが通い、様々な知識や武術、魔法を学ぶための環境であり、普通であれば書類審査だけでテストの必要はない。その書類審査も犯罪歴がないか、戸籍に偽りはないかを調べる程度で、基本的には誰でも、どこのアカデミーに通うのか好きに選べる。

 ただ、アイワーン学園のように入学するために試験が課せられるアカデミーがある。それが、伯爵位以上の高位貴族が多く通うアカデミー。

 伯爵位より上の貴族には高貴なる血筋の者が多く、学力はもちろん礼儀作法も兼ね備えていなければ、アカデミー生活の中で無礼を働いてしまうこともある。例えば……今、私の目の前にいる方もその一人。

 今年で最終学年になる、ファルセリス・ファン・アイワーン第一王女殿下。

 私は祖母が王家の血筋であったため、彼女とは幼少の頃から付き合いがある。昔はお姉ちゃんと慕っていたけれど、さすがにもうそんなに気安い真似はできない。

 けれども、個人的な交流がなくなったわけでもない。今日もこうして、王城の四阿で私的なお茶会に招待されている。


「セリス様。これでもフォーシーズン家の令嬢です。家名に恥じない成績を残しました……と、言えれば良かったのですが」

「その顔を見るに、芳しくはなかったようですね」

「剣も魔法も達者で成績にも非の打ち所が無い女性など、この国では王女殿下くらいのものですよ」


 魔法の知識くらいであれば、アカデミーで習うものだからと先んじて教育する貴族もいる。

 けれど、令嬢に剣を持ち野山を駆け巡り魔物を打ち倒せ、などと教える貴族はそうはいない。

 思い当たるのは、私の父方の従姉妹くらいだろうか。それも辺境伯であるために自ら打って出ることもあり、自分の子供たちには武術を嗜ませるという家訓があるせいだ。

 その従姉妹も今年アイワーン学園を受けたけれど、筆記は可もなく不可もなく。魔法はギリギリといった塩梅だったらしい。


「貴方をはじめ、やはり女性には厳しい試験になったようですね」

「というより……男性にとっても難しかったのではないでしょうか。筋骨隆々な男子、という方も見かけませんでしたし」

「特別な家訓や事情がない限り、文武両道を高レベルで修めることは難しいですからね」

「セリス様のようにですか?」

「…………そうですね。否定はしません」


 第一王女であるセリス様だけど、陛下の子供は彼女だけではない。セリス様の上には兄君の第一王子が、下には第二王子の弟君と第二王女の妹君がおられる。

 世継ぎという意味では兄弟殿下がいるし、姫殿下たちに王位継承権が回ってくる可能性は低い。それなのに王子殿下たちと同じ教育を受けているのには、十年以上前に起きたある出来事が関係している。


「――――ご歓談中失礼致します、ファルセリス様」

「どうしました?」

「"例の"準伯爵家の三人がこちらに案内せよと応接間でお待ちです」

「……私は彼らを招待した覚えはありませんが」

「はい。そう伝えましたところ、"俺たちはメリアの幼馴染だから一緒にお茶してもいいだろ"と仰るばかりで……」


(うわ……非常識極まれりね……)


「申し訳ありません、セリス様。どうやら我が家の使用人が口を滑らせたようです」

「気にする必要はないわ。誰に非があるわけでもないもの。そこの貴方、彼らをここまで案内して」

「よろしいのですか?」

「ええ。いつまでも居座らせておくのも問題でしょう」


 セリス様はそう言ってくれたけど、顔に苦悩が滲み出ている。鏡はないけど、きっとそれは私も同じはず。

 彼らは昔から平然と王宮に脚を運び、我がもの顔でやってきてはセリス様に会おうとしたり、施設のものを利用してそのまま帰っていく。方々にかかる迷惑など考えず、『我が家と思ってくつろいでくれていい』と親に伝えた言葉を免罪符に……しているのであれば、まだやり様はある。

 彼らは言葉通りに受け止めている。そこに裏表がなく、王宮も自分の家と同じように扱っているから本当にタチが悪い。


「やあ! 久しぶりだねセリス」


 侍女に案内されてきた三人の男子。礼儀作法の欠片もなく、フランクに話しかけてきたのはタンザー・フィア・マエダ。

 父親譲りのブロンドの髪に精悍な顔立ち、母親譲りのブラウンの瞳を嬉しそうに綻ばせ、まるで子供のように朗らかに笑う。というより、本当に彼は子供なのだ。

 昔から正義感が強く正直な性格をしているのだけど、裏を返せば"自分の考えや価値観こそが正しい"と思い込んでいるとも言える。彼が間違っていると思えばそれは過ちであり、彼に賛同する者は正義の味方となる。

 今回のことだって、"幼馴染と会いにいくのにどうして邪魔をするんだ?"と正当化し、宮使いの者が制止しても引かったんだろう。


「メリアも人が悪いな。セリスに会いにいくならボクらにも声をかけてくれよ」


 この大陸では珍しい父親譲りの黒髪を特殊な整髪剤で整えた前髪をクルクルといじりながら、アクアマリンのようにくりっとした瞳を柔らかく細めながら笑みを浮かべるウェスカ・フィア・クロダ。

 女性のように繊細で可憐な顔立ちをしているけど、間違いなく彼は男である。ここまで案内した侍女や侍従も頬を染めていたけど、別に珍しいことではない。しかも父親が魔法師団の師団長を務めているのだから、地位もあり顔も良く魔力も非常に高いと、貴族の子女からすれば文句なしの高物件だ。タンザーと同じく性格の難に目を瞑れば。

 口調は穏やかなのだけれど、非常にプライドが高く自分より弱い相手を下に見る傾向が強い。そのせいで平民や身分の低い貴族を自然に馬鹿にしていて、私からすれば将来的に領民を不和を引き起こしかねない不安な跡取りだ。


 あと一人、こちらも同じく父親譲りの刺々しい癖のついたダームブラウンの髪を持つシーダ・フィア・ツチヤ。

 三人の中で一番体つきが逞しく、普段から父のような戦士になるのだと体を鍛えることが趣味としている。しかし今は口を閉ざしているけど、彼は普段から口が悪く粗野な言動が多い。

 以前、その父の上司である騎士団総師団長から"王城内で乱暴な口を利くものではない"と叱責されて以来、ここに来る時は無口になる。できることなら、他の二人にも同じように口利きしてもらいたかったのだけど、一番粗が目立ったのが彼だけだった。


「来てくれて申し訳ないのだけど、今は貴方たちの席はないの。少し間、立って待ってもらうことになるけど構わないかしら?」

「そうなのかい? ちょっと疲れるけど、セリスがそう言うなら待っているよ。君、早めに頼むよ」


 セリス様の傍らに控えていた侍女に、ウインクを投げて遠慮なく注文するウェスカ。ここにいる侍女はセリス様の専属侍女なので、顔色一つ変えずに一礼して下がっていった。

 ゆっくりでいいのよ。アポイントどころか先触れもなく訪れた不調法者なのですから。


「それで、なんの話をしていたんだい?」

「先日行われたアイワーン学園の入試についてですよ、タンザー」

「そうだったのか。来年から僕らもセリスと同じ学園に通うことになる、よろしく頼むよ」

「同じ学園、ね……」


 彼らに聞こえないよう、小さく呟いた。

 思うところがあったのはセリス様も同じだったようで、「そうね」と打った相槌は冷たい響きがした。


「メリアの方はどうだった? 入試の手応えは」

「実技以外は十分だと思っているわ」

「そうだね、メリアの魔法の腕は僕が保証するよ。見事な土魔法だったからね」

「お褒めいただき、ありがとうございますわ」

「そうですね。貴方たちの評価は私の耳にも届いていますわ」


 生徒会長であり、かつ第一王女であるセリス様は入試を受けた生徒たちの成績を目にすることができた。その彼女が明るい顔をしているのだから、全員不合格とはならなかったのだろう。

 けれど、次の瞬間少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。


「でも残念ながら、特待生の座を手にすることはできなかったようね」


 特待生――――それは入学するうえで、様々な特典を与えられる成績優秀者の称号。

 けれど貴族である私たちにとって、学費の免除をはじめとした特典にあまりうまみは感じられない。唯一価値のある点は、成績優秀者――――アカデミーが定めた基準を大きく越え、トップ5に入る優秀なものだと認められること。即ち、称号そのものを指す。

 例年であれば一人か二人は特待生の座を与えられるのだけど、今年はやはりいなかったようね。


「言い訳するわけではないけど、今年の受験は厳しかったからね。狙ってみたけど……そうか、ダメだったか」

「ボクらでダメだったんなら、多分誰でも無理だったよ。筆記は調べられないけど、実技や魔法では比類する者はいなかったしね」

「ああ、実技の試験官も手強かったからな。僕やシーダと同等の腕を持ちながら、魔法まで得意な受験生はいなかったはずだよ」


 そうだよな、とタンザーが促せばシーダも腕を組みながら何度も頷いている。

 自分たちの実力をセリス様にアピールしたいのはわかるけど、先んじて特待生ではないと楔を打たれているせいでいまいち凄みに欠ける。

 もちろん、彼らが弱いなんて言うつもりはない。親の才を引いているのか同年代の中では飛びぬけた魔力と腕前を持っている。

 けれど、それだけなのよ彼らは。両親――――つまり、二十年前に世界を救ってくれた転移者を親に持つ彼らは、その背中を見て育ったためにどうしても剣や魔法にばかり重きを置いて、学業や勉強に関しては最低限か平均くらいしか持ち合わせていない。

 今年の受験で筆記・実技・魔法の三科目で総合評価をするようになったのは、いわゆる勇者派と呼ばれる勢力の動きによるものだ。彼らの両親も一枚噛んでいる、というか知らず知らずに組み込まれたのかもしれないけど、おかげで彼らの入試が楽になった。

 これまでは筆記がすべてで、実技や魔法は追加特典のような扱いだった。これが基準になった場合、三人の合格率は著しく低下する。だから実技や魔法も評価基準にしたのだ。そうすれば、それぞれの得意分野が多いに活かされ大幅な加点が期待できるから。

 でも、おかげで座学だけ以外でも高得点が取れなければ特待生の座は得られなくなってしまった。

 私は筆記や魔法には自信があったけど、実技は専属侍女に護身の体術を習った程度。仮に300点満点だとすれば、240点かその程度しか取れなかったことになる。

 シーダは実技で、ウェスカは魔法で満点を取れたはず。タンザーは両方とも高得点を狙えただろうけど、三人とも筆記はあまり得意ではないから、やはり総合点は私よりやや下か同じラインかもしれない。

 そんな点数では特待生なんて見込めるわけもない。今年の入試試験の平均点はひどいものになっていると思う。

 けれど……セリス様は驚くべきことを言った。




「今年の特待生は一人だけだったのだもの。確かに難しかったようですね」




 得意げに語るタンザーとウェスカの自慢話が、ぴたりと止んだ。シーダもダークブルーの目を丸くさせ、口をあんぐりと開いている。

 私も紅茶を飲んでいなければ吹き出してしまいそうに、ポカンと口が開いてしまった。


「特待生が一人……ということは、入試成績トップということですか」


 すぐに気を取り直した私は、セリス様にそう訪ねた。

 セリス様は変わらずいたずら猫のようにニコリと微笑み、正解と仰った。


「筆記、実技、魔法ともに高得点だったそうよ。今年の新入生代表は貴方たちの誰かが務めるものだと思っていたけど、そうはならなかったのが残念だわ」


 生徒会長であるセリス様は、当然在校生代表として新入生たちに歓迎の挨拶をする。新入生代表も同じ壇上に上がって挨拶をするため、私たち――特にタンザーたち三人――にとってはとても栄誉なことだ。

 特待生にはなれなくても、その座を狙う目はあった。まったく疑っていなかった彼らは、目を剥いて驚いていた。


「そんなヤツいなかったはずだぜ、嘘吐くなよ」


 セリス様の言葉を疑うとか、不敬なんてものじゃない。

 案の定、眉を顰めたセリス様は目も合わさずに言った。


「私が嘘をつく理由なんてないでしょう。それと……ベルウッド団長から許可は頂いたのですか?」

「っ…………」

「そう言ってあげるなよセリス、ボクらの仲じゃないか」

「私としても残念なことですが、それを判断するのは私ではありませんから」


 冷たく切り捨てるけど、これはセリス様が圧倒的に正しい。仮にも準伯爵家の跡取りなのに、未だに幼馴染感覚で敬語の一つも使わず畏まらない三人の方が問題なのだから。

 でもこれは何も彼らだけが悪いのではない。きちんと教育をしない、両親のせいでもある。


「でもセリス? 疑うわけではないけど、本当なのかい? 僕らだけでなくメリアでも特待生になれなかったんだろう」


 そう聞き返しただけで、既に疑っていると言っているようなものだけど。


「でも事実よ。入学式では貴方たちではない別の人が壇上に立つわ。貴方たちの誰かが来ると思っていただけに、残念ですわ」

「っ――――」

「遅れを取り戻すには今からでも頑張った方が良いのではないかしら? 学園の授業は入試の比ではないもの」

「心配いらないよ。ボクたちの成績なら」

「生徒会には入れないわね。このままなら、次期生徒会長に任命もできそうにないわ」


 一年生の頃に生徒会役員に入り、コネを利用することなく次期生徒会長に任命された。実力と人気を兼ね備えた彼女は一年の時からずっと生徒会長を務めるという快挙を遂げた。

 ただそのせいで、次の生徒会長はとても名誉なことであり、非常にプレッシャーの大きい大任であるとも言える。

 つまり次の生徒会長に任命され、同じように三年間やり遂げることができれば、それはセリス様に相応しい人物(・・・・・・・・・・・)の実績としてカウントしてもらえる。

 まだ決まっていないセリス様の婚約者――――その候補として。




「何も言わずに帰ってしまいましたね。お茶もまだ来ていないというのに」

「最初から用意するつもりがなかったのでは?」

「さて。なんのことだかわからないわ」


 いつの間にか椅子を運んでくる、と出て行った侍女が戻ってきていた。その手には椅子はなく、二人分のお茶のおかわりを持ってきていた。

 最初から同席させるつもりはなかったみたいだ。もっとも、それはセリス様でなくても当然の対処である。私だって先触れもなくいきなり訪れた不調法者なんて、たとえ幼馴染だって丁寧に対応してあげるつもりはない。


「彼らの両親は、きちんと教育係を用意していないのですか?」

「父は同期のよしみで良い教育係をおすすめしましたよ。たった数日で解雇されましたが。なんでも「子供は俺たちが育てる。家族の触れ合いの邪魔をしないでくれ」と言われてクビにされたそうです」

「……言っていることは美談なのですが、教育の成果が伴っていませんね。いつまでも"元の世界"の気分でいられても困るのですが。

 まあ、王族の私がそんなことを言うのも間違っていますか」

「そんなことは……」

「あるのですよ、メリア。彼らを召喚したのは、私の父なのだから」


 魔王を倒すべく呼び出した、異世界の人間たち。

 彼らは確かに国王陛下をはじめとした大勢の人たちの希望どおり、魔王を倒し平和を取り戻してくれた。

 しかし希望に沿ってくれたのは、戦いにおける戦果だけだった。召喚の術式は呼び出すことはできるけれど、送り返すことはできない。一方通行である以上、彼らはアレスガルドで生きていかなければならない。

 だからまず召喚されたばかりの転移者である彼らには、戦う力を身につけると同時にこの世界での常識を身につけてもらうべく、アイワーン学園に入学してもらった。


 けれど、そこで得られた彼らの評価は、あまり喜ばしいものではなかった。



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