第29話「突然ですが、修行の成果お見せします」
ストックがもう残り少ないので、残り10月中は2、3日に一話更新となります。
手を挙げて答えた途端、あの後に受けるとかどんな身の程知らずだよ!? と言わんばかりの視線が殺到した。
彼らの気持ちはわかる。正直、これが魔法の試験でなかったら俺だって御免被りたい。
しかし、嫌がっていてもいつかは試験を受けなければいけない。全員の結果が出たら、嫌でも一番上とは比べられてしまうんだ。
だったらさっさと済ませてしまうに限る。現に試験が終わった受験生は何人か既に会場を去っているのだから、さくっと受けてすたこらと帰ればいい。
「そうか。的を用意しよう。魔法に関する魔法具は持っているか?」
「いいえ、なにも」
義眼も仮面も特殊な能力は備えているが、魔法に直接的な影響を及ぼすものではないから即答する。
受験票を試験官に渡すと、何人かが目の色を変えた。
おそらく、彼らが魔法研究の職員たちなんだろう。俺が精霊の魔力を使えるかどうか、試験にかこつけて観察しに来た人たちだ。
(でも残念ながら、お見せすることはできないんだよね)
理由は二つあって、一つは単純に精霊の魔力を持っていることを知られたくないからだ。
そもそも"精霊に傷物にされた"事実を伏せるために、こんな仮面をつけているのだ。なのに大っぴらに精霊の魔力なんて使ったら、入学前に大勢の目に留まることになる。使えるわけがない。
もう一つの理由はいたってシンプルだ。
何故なら、ジェーンさんに固く言いつけられているからである。
それは魔法を習ってから半月ほどたったある日のこと。
魔力制御に精を出していた俺は、ふと気になって訪ねてみたのだ。自分の中にある精霊の魔力、それを引き出してみたらどうなるのか、と。
『炎の精霊の魔力を使いたいって?』
『せっかくあるんだから、有効利用できないかと思いまして』
『死ぬよ』
『えっ』
『今のお前さんが使ったら死ぬ』
『なにそれこわい』
『言っておくがこれは冗談じゃない。将来的にどうなるかはわからんが、今のお前さんが使ったら絶対に死ぬよ。この村を巻き込んで』
『村を巻き込むって……』
『誇張でも嘘でもないよ。精霊の魔力ってのは、たとえ一欠片であってもそのくらい桁違いの魔力なのさ。
精霊ってのはあたしらみたいな肉体を持っているわけじゃなく、自然界から生まれた非物質体。わかりやすく言えば、あたしらの暮らす世界の魔力が顕現したものだ』
『それはつまり、火・水・地・風、みたいに?』
『もちろんそれだけじゃない。ついでに言わせてもらうと、火の精霊って言ってもたくさんいる。温厚なヤツもいれば、あんたらを襲った獣のように凶暴なヤツもいる。
生まれた時期が遅いか早いか、どんな環境で生きてきたかによって、形作る姿や自我も違ってくる。だが共通して言えることは人間や魔族、はたまたエルフなんぞ比べ物にならないくらい、でかい魔力を持ってるってことさ』
『ジェーンさんよりも?』
『あたし? あたしだったら単純な魔力量なら、足元には及ぶかも知れない』
『(5000年以上生きたエルフでようやくそこまでなのか……)』
『今失礼なこと考えたろ』
『気のせいじゃないっすか?』
『……とにかく、だ。精霊の持つ魔力はヤバイの一言に尽きる。牧場の惨状は見たろ? あれは文字通り、軽く引っ掻いた程度であの被害だ』
『ぅへぇ……』
『お前さんの中にある魔力量はその時の残滓ではあるが、指先に灯す程度の火でも制御に失敗すれば、鉄なんてバターみたいに溶かせるんだってことを忘れんな』
『炎系統の魔法を使って扱いに失敗したら、大惨事ですね』
『そういうことだ。だから、あたしの許可なく精霊の魔力には触れるな。大事な家族を吹き飛ばしたくないならね』
『肝に銘じておきますっ』
結局、五年間ずっと師事を受けてようやく許可が下りた。ただしもちろん条件付きだ。
『絶対に魔法の制御に失敗しない状況であること』『自分の魔法が一切通用しない状況であること』この二つを満たさなければ、使うことは許されない。
そんなわけで、期待の眼差しを送ってくる試験官には悪いが精霊の魔力を使うことはできない。仮に人目を気にせず使ってくれと懇願されても、ジェーンさんとの約束事は反故できない。
精霊の魔力を使わずとも、金の標的を壊すことなんて簡単にできるのだから。
俺は片手を突き出すと、ジェーンさんの教えを思い出しながら体内の魔力をコントロールしていく。
『いいかい? 詠唱ってのはあくまで補助。自力で魔法陣が描けるなら、詠唱なんざする必要はないのさ』
そう言って、ジェーンさんは人差し指をピンと立てて小さく動かした。
指先から迸る魔力がその奇跡をなぞりながら動き、空中に文字を描いた。
『やることはいたってシンプル。こうやって中に魔力で文字を書く要領で、魔法陣を描くだけさ。ま、それが一番難しいんだがね』
最初に書いた魔力文字が消えないうちに、次の魔力文字を書く。それを延々と繰り返して作り出されるのが、魔法陣だ。
ちんたら書いていたら魔力が底をついてしまう。だから、魔法陣を描くには一つのコツが要るのだ。
「えっ――――?」
それは試験官の誰かが発した、小さな驚きの声だった。
俺は詠唱を始めることなく指先から魔力を放出し、一つの文字を形成した。そのまま時計回りにグルリと円を描くと、その軌跡に沿って一文字一文字、順番に浮かび上がっていく。
これがそのコツだ。一文字ずつきちんと指で書いていては時間が掛かりすぎる。
だから文字を書くのではなく単語を書くつもりでイメージをする。これはいわば、俺たちが日常からやっていることと同じだ。
「ま」「ほ」「う」という文字を書くのではなく「まほう」と単語を頭に浮かべておけば、意識せずに三文字を書くことができることと同じだ。
俺たちはわざわざ一文字単位で想像しながら喋ったり書いたりしているわけではないのだから、魔力で書くことに意識を割く必要がなくなれば自然とできるようになる。
これができるようになれば、あとは簡単。"絶対にやってはいけない決まり事"を破らなければ、無詠唱で魔法は完成する。
『魔法陣を描けるようになったら、絶対にやってはいけない決まりがある。
それはね、レオ坊。『魔法陣は外から内に向かって描くこと』が絶対条件なのさ』
『外から、内?』
『そう。大外に円を描き、内に理の文字を規則正しく記し、言の葉を持って無より有となる。それが魔法の大原則』
『もしもそれを破ったら』
『死ぬよ』
『えっ』
『いやさすがに死ぬはいいすぎた。でも100%暴走する。だから魔法陣が描けるようになったからって、間違ってもオリジナルの魔法を作ってみようなんて考えるな。
魔法陣ってのは意味もなくこんな複雑な形をしているわけわけじゃないんだ。ちゃんと理があってこの形状に落ち着いてるんだよ』
『それって、魔力を炎に変えたり大きさを調整する手順は、ちゃんと決められてるってこと?』
『そういうこ………………待てレオ坊。今お前さんなんつった?』
本格的に魔法を習ったばかりの頃を思い出し、ふと笑いが込み上げてきた。
あの時のジェーンさんの鳩が豆鉄砲くらったような顔は新鮮で、今も目に焼きついている。
そう――――俺は魔法陣に使用されている言語を読むことができた。
人間族では神代言語、魔族では古代言語、そして魔法の生みの親であるエルフにとってはエルフ言語と呼ばれる、アレスガルドの中でも読み解ける者が非常に限られる難解な言語。実はそれに見覚えがあったのだ。
使われている文字自体は筆記体のように崩れた書体で、どこかで見覚えがあった。
そしてよく注視してみればアルファベットの26文字に加えて特徴的な文字が四文字増えた30文字で構成されていた。
ジッとそれらの文字を何度も何度も目にしていると、ある時ふと思い出した。
『これ、ドイツ語だ』
『この書体、亀甲文字だかそんなフォントだった気がする』と。
転生する際にマイナ様からアレスガルドは前世と似通った点があると言われ、それはてっきり王国語=英語のことを言っているのだと思ったけど、まさかこんなところでも前世との共通点が出てくるとは思わなかった。
ちなみになんで気づけたのかというと、ちょうど今と同じ年頃にある病気を発症した友達がおり、その付き合いでドイツ語やらラテン語やら勉強する機会があっただけのこと。
その友人は高校卒業前に完治したのだが、せっかく勉強したんだから何かに活かしたい、という理由で医大に進学しようと志した。
三浪したものの努力の甲斐あって医大に合格したらしいが、それからはお互いに忙しくて連絡を取っていなかった。彼は立派な医者になれただろうか……。
話がそれた。つまりそんな経緯があって、独学ではあるがドイツ語を学んでいた時期があった。
おかげで早く文字の習得ができ、魔道書などに載っている魔法陣も読み解くことができるようになった。
思っていたよりも順調に習得していく俺に対し、『つまらん。スパルタ特訓を課すのがあたしの趣味だったのに』と面白くなさそうに拗ねるジェーンさんの顔も、また印象に残っていた。
あとは、書き方のコツを教えてもらい、絶対にやってはいけない約束事さえ守っていれば、魔法は発動する。
自分だけの魔法も作ることができるし、アレンジを加えることもできる。こうやって――――
『属性変換=水属性』
『生成数=10』
『形状変化=矢』
『自動追尾=義眼連動』
『貫通+貫通+貫通=螺旋変化』
『形状変化=矢+螺旋変化』
魔法陣を描くということは、言ってしまえば工作に近い。
魔力という材木に対して、どのような形にするか削り出しを行い、完成すると魔法が発動する。
この時、削る手順を間違えると彫刻ができる前に、壊れてしまったり別物に変化したりする。それが魔法の暴発だ。
その時に注意しないといけないのは、替えの利かない大きな処理ほど先に行わなければいけない、というルールがある。
今回であれば「何の属性で作る」「いくつ作る」「どんな形にする」といった外観的なものを先に処理しておかなければならない。
そして内容的には難しいのだが、ロックオンしたりホーミングしたりなどの付加要素は、たとえどんな形状であっても付けることができるから、先に処理するわけにはいかない。
しかも記述できるのは大枠の内側にしかできないから、最初にどれだけの大きさで魔法陣を描くか決めておかないと、必要な要素を付与しきれずに失敗する可能性も出てくる。
最後に、これらの書き方は数式に似ているのだ。
さすがに高校より先に学ぶほど難しい公式は使わないし、あったとしても「何の処理に」「どんな処理を」代入するか、「処理の内容はどんな内容か」を計算式で表すだけだ。
その式自体も複雑にするほど魔力の消耗が激しくなるので、あえて簡単な計算式で処理させて少しでも魔力の消費を抑える、というのが俺の経験からくる節約術だ。
「《蒼水矢、十連射》」
魔法陣の完成を告げるべく、発動キーを口にする。本来ならただの《蒼水矢》なのだが、アレンジを加えた改良版だ。
魔法陣の前にバスケットボールくらいの水の球が生まれると、亀裂が走り十に分かれ的に向かって飛んでいく。一つ一つは少し大きな矢と同じ形をしているが、先端は螺子のようにトグロを巻いて貫通力を高めている。
義眼で金の的の対魔力コーティングを捉えているから、一本につき標的一体を追尾し、全十体の標的は一つ残らず中心に穴を開けた。
「まさか、無詠唱で発動させるとは……」「しかも《蒼水矢》? あれが……?」
「攻撃属性の中では最弱の水属性で、金の対魔力コーティングを抜けるものか?」
「いやそもそも、あんな初級魔法は見たことが……」
試験官たちが顔を付き合わせて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。どうやら彼らには、さっき使った魔法の異常性を理解してくれているようだ。
それに比べて……。
『おいおい、水魔法なんて使ったよアイツ』『でも的が壊れてるわ。運が良かったのね』
『曲芸師みたいな動きしてたけど、魔法は派手な破壊力がないとな』『サーカスにでも行けば見栄えするんじゃない?』
同じ受験生にはあまり響かなかったようだ。
魔法に対する認識が低いというか、とにかく大きくて派手な方がすごい、という共通認識でもあるんだろうか。
「それじゃあ、次は俺がやります!」
ハードルが下がってホッとした。そんな表情で次の受験生が手を挙げた。
だが試験官はすぐにその声に気づくことができず、まだしばらく議論を交わしていた。
周囲の反応はいまいちだったが、試験官の反応は上々だと思える。対魔力コーティングが施された的も全部壊したことだし、今までの試験の中で一番高得点が期待できるだろう。
満足して試験会場をあとにしようとすると、ふと視線を感じて振り返った。
そこには、他の受験生と同様にいかに俺の魔法が期待ハズレだったかを語る黒髪男子と、それに頷き返している金髪男子。
そして……鋭い眼差しを向けるフォーシーズン嬢がいた。




