第28話「突然ですが、受験生の実力に驚きです」
魔法の実技試験が開始されてからだいたい三十分が過ぎた。
昨日の実技試験と同様に、最初のうちは見学に回っていた。
試験官たちがどういった基準で審査をしているのか、というのは傍から見ているとよくわかる。
例えば試験官は一つのフィールドにつき五人いるが、魔法の威力を見て目を輝かせる試験官もいれば、特に工夫がされていなくてがっかりする試験官もいる。
一人一人に好み……というより見る項目が違うのだろう。五つの違う項目により採点され、満点は百点か五十点か。
なんにしても、ただ的を壊すために力任せの魔法を撃てばいい、というわけではないようだ。
(それにしても……こうして見る機会があれば、魔法の技量って一目瞭然だな)
魔力調査モードで全体を見渡せば、個人個人の魔力量は見える。あくまで、魔力の量だけだ。
実際に魔法や魔力を操作している時でなければ、魔力を制御する腕前は測れない。
例えばいまさっき《火炎球》を使っていた男子は、火力は充分あったが射出精度と維持があまく、的に当たる前に減衰してしまって満足な成果を上げられなかった。
他にも制御は十分でも込める魔力量が少なくて威力が不十分だったり、すべてにおいて高レベルな魔法を作れても総魔力量が少なくて息切れを起こしていたりと、人によって得手不得手がはっきりと見てとれる。
ただ一つ、その中でも意外な点があった。それは誰も彼もが、魔法を使うために詠唱をしているということだ。
『魔力よ、我が意に従いこの手に集え! 礫となりて、彼の物を焼き払う業火となれ! 《火炎球》!』
また一人の受験生が、的を壊すために《火炎球》を使った。微妙に長そうな詠唱をしながら。
(詠唱か……あんまりいい印象はないな)
これは俺に教えた人が悪いのか、それともエルフが人間よりも魔力の扱いに長けているからか。
とにかく俺は「詠唱なんてまどろっこしいことしないで魔法を使いな」と教わったのだ。
『いいかい? 詠唱ってのはね、魔法陣を自力で描けない人間がその工程を補うために編み出した技術だ。この部分が難しい、ここの画数が多い、そもそも魔力が持たない、って言った場合の補助だ。
だが詠唱なんて正確に詠い上げなけれりゃちゃんと魔法陣は描けないし、なにより隙だらけだ。儀式魔法みたいな大掛かりの術式じゃなければ、実用性は極めて低い。
よって……お前さんには詠唱なんぞに頼る半端者にしないために、魔力の制御訓練をスパルタで仕込む。死んだ気でついて来な』
………………最後に余計なことまで思い出した。
でも俺は実際そう言われて魔法を習ったし、目の前で行われている試験を見て納得もしている。
受験生達が使っている魔法は、《火炎球》をはじめとした初級難易度の魔法ばかりだ。その程度の魔法のために、十~二十秒くらい詠唱に費やしている。
これがジェーンさんだったら、指一本差し向けて《火炎球》と唱えることなく一秒未満に発動させるだろう。
もちろん、比較対象が異常だってことはわかる。しかし俺でも最後の発動キーである《火炎球》以外に詠唱の必要はないレベルまで鍛えられた。
そして冒険者ギルドで魔物の討伐をしたからこそ、余計に詠唱の長さが気になってしまった。
発動までにこれだけの待ち時間があったら、俺は冒険初日に遭遇したゴブリンたちに蹂躙されていただろう。
(アカデミーに入学したら、詠唱破棄の訓練を受けるのかな。でも訓練もなにも魔力制御次第なわけだし、今魔法が使えるんなら最初からそういった訓練方針で子供たちを育ててやったほうがよかったんじゃ……)
釈然としない思いで見学していたが、俄かにグラウンドが騒がしくなる。
何かあったんだろうかと喧騒の方に視線を向けると、ほぼ昨日と同じ事態であると察した。
金のフィールドに、三人組の一人である黒髪男子の出番が回ってきたのだ。
彼は自分に注目が集まったこと――特に女子の視線――に気づくと、前髪をかきあげながら笑みを投げかけた。
当然、女の子たちの黄色い歓声が上がる。これ魔法の試験だよな?
『さあ――――偉大な父の血を引く僕の晴れ舞台だ! いくよ。
魔力よ、我が意に従いこの手に集え 礫となりて、彼の物を焼き払う業火となれ 《火炎球》!』
偉大な父と言いつつ詠唱はしっかりするんだ、なんて呑気なことを考えられたのはほんの一瞬だけだった。
詠唱を始め、手元に魔法陣が現れた途端、思わず腰が引けて逃げ出しそうになった。
『うおっ、すげえ!』『な、何あの大きさ……!』
『あれが初級魔法……?』『素敵……!』
『俺たちとは桁が違う……』『さすがは高貴な血を引く御方』
『……何をみんな驚いているんだろう。もしかして、ガッカリさせてしまったかな?』
『『『いや、すごすぎて驚いてるんです!?』』』
黒髪男子が発動させた《火炎球》を見て周囲の受験者たちは驚き、賞賛の声を与えるが、俺は誰も彼も正気とは思えなかった。
確かに黒髪男子が発動させた《火炎球》は大きい。いや、でかすぎる。
両手の先に展開される魔法陣よりはるかに大きく、直径三メートルほどの巨大な炎の塊を作り出したのだ。
(な、何考えてるんだ、アイツ……!)
込められた魔力の量が尋常ではない。
さっきまでの受験生たち《火炎球》が野球ボールくらいだとすれば、黒髪男子のはアドバルーンだ。ただ大きいだけじゃなく、中身もいっぱいに魔力が注ぎ込まれている。
黒髪男子はそれでも平然としている。恐ろしい程の魔力量を持っているのだが、真に恐ろしいのはそれが制御できていないことだ。
事実、《火炎球》はあそこまでの大きさにはならない。というか、する必要がない。
威力を上げるだけならば大きさを変えるより、炎の温度や魔力の質を向上させれば大きさはそのままに破壊力や精度を増すことはできる。
《火炎球》の大きさは、最大でもバスケットボール程度というのが一般的な認識だ。それ以上に膨らませようとすると、どうしても中に注ぎ込む魔力の質、量ともに割に合わなくなってくる。
だから、目の前にある超巨大な《火炎球》は非常識の塊だ。
《火炎球》という風船が破裂する寸前まで魔力が注ぎ込まれ、形を保てるギリギリの大きさに膨れ上がってしまっている。そのくせ魔力は精練されている気配がなく、本当にただでかいだけの《火炎球》になってしまっていた。
『みんなの期待には応えられなかったかもしれないけど、これがボクの魔法だ。いけえ!』
(ちょっ――――!?)
咄嗟に身を低くして顔を伏せた。黒髪男子は自分の《火炎球》の歪さに気づかないまま、的に向かって射出したのだ。
普通にボールを投げた程度のゆったりとした速度で金の的に向かい、先頭の一体が《火炎球》に触れた瞬間、耳をつんざく破裂音と真昼の砂漠を彷彿とさせる熱風が襲いかかってきた。
肌にひりつく風が収まり、そこで恐る恐る顔を上げてみれば……案の定というべき光景が広がっていた。
(そりゃ棒立ちで突ったってればそうなるよ……)
まず最初に目に入ったのは、あちらこちらに倒れている受験生たちだった。
見るからにやばそうな《火炎球》に、ただ「すごいすごい」と声高に賞賛の声を送り続け、魔法が炸裂した後どうなるかも考えていなかったのだ。当然と言える。
そして次に目に映ったのが……巨大な爆心地となった"元"金のフィールドである。
標的は一体も残っておらず、焼け焦げ、バラバラになりそこら中に飛び散っていた。まるでというかそのままというか、爆弾でも放り投げたかのようにグラウンドも抉れている。
『さすがだ。また腕を上げたんじゃないかい?』
『そうかな? 君もできるし、これくらい普通だと思うよ』
普通ではないし、なんならやりすぎだ。あの黒髪男子は、手加減を覚えた方がいい。
的を壊すために質を上げたり精度を上げるのではなく、バカみたいに量を増すというのでは周囲への被害は今回のように甚大なことになる。
お願いだから、彼には中級以上の魔法を使わないでもらいたい。せめて制御技術をもっと磨くまでは。
試験官の中にも同じことを考える人がいるのか、やや辟易とした様子で小休止を告げる。新しい的の用意と、会場の整備をするためだ。
しかし、そんな彼らの苦労を無にするものがいた。
誰であろう。同じグループの金髪男子である。
『僕も負けてられないな。彼ほどではないけど、今の全力を試してみよう!』
今の惨状を目の当たりにして、どうしてその発想に行き着いたのか小一時間くらい聞いてみた……いや、やっぱりあのグループに関わると面倒だからやっぱりやめよう。
そう思ったのは、ある意味で正解だった。金髪男子は何を考えたのか、魔法の実技試験だというのに昨日の試験で使った剣を抜き放ったのだ。
(なぜに……魔力が向上する杖や装飾具を使うならわかるけど……)
そういう魔法具が売っていることは知っている。実際、この試験でも使っている受験生はいたし、冒険者として装備を買い揃える時にも目にしていた。
ただ、案の定というべきか試験官の中で良い顔をしない者がいた。多分その人たちが審査する項目が魔法具で水増しされていることを快く思わなかったんだろう。
まあそれはさておき、魔法を使う上で能力を向上させたり制御の補佐をしたり、そういう役割を持つ魔法具は確かに存在する。だが、金髪男子が取り出したのは実技試験で使用した剣だ。あんなものを持ち出していった……。
『魔力よ、我が意に従いこの手に集え! 闇夜を照らす光よ、剣に集いて一条の輝きとなれ! 《閃光爆裂剣!!》』
果たしてそれは魔法なんだろうか。そう思った俺は悪くない。
確かに金髪男子は詠唱していたし、剣の前に魔法陣は展開されていた。
しかしやったことといえば、魔力を光属性に変換させ剣に纏わせると、振り下ろすと同時に溜め込んだ魔力を解放しただけだった。
魔法剣、とでも言えばいいんだろうか。ゲームでもよく見かける特技だが、自分の持つ武器に魔法で属性を付与させて相手を攻撃する手段だ。
(………………魔法、か? 魔力は使っているけど、やってることは戦士に近い気もする……)
ついでに魔力の量は先ほどの黒髪男子ほどではなかったが、かなりのものだった。
それでよりにもよって剣を薙ぎ払わずに振り下ろしたもんだから、グラウンドに大きな亀裂を入れながら、的をすべて吹き飛ばした。
威力と被害規模は黒髪男子の方が上だが、金髪男子もオーバーキルしているという点ではどっこいどっこいである。昨日といい今日といい、あのグループは手加減という言葉を知らないのか?
二人は「やるね」「そっちこそ」なんて青春の一幕みたいに盛り上がっており、賞賛していた受験生たちも熱っぽい視線を向けていた。
清々しいやりとりではあるけれど、背景にある荒れ果てたグラウンドについては一言もなしだった。今回もまた小休止が入ることになるのかと、俺を含めた何人かが疲れた様子を見せていたのだが。
『新しい的だけ用意してください、先生。グラウンドの方は私が直しますから』
そう言って、一人の女子が埃のついたドレスを手で叩きながら歩み出た。
ドレスと違い汚れ一つない銀色の髪が特徴的な、フォーシーズン嬢だった。
『魔力よ、我が意に従いこの手に集え 大地の声に耳を傾け、大いなる息吹にその身を委ねる 母なる大地よ、か弱き我らの願いの声を聞き給え 《地形操作》』
フォーシーズン嬢が両手を大地に翳し、詠唱により魔法陣が完成する。すると彼女の魔力が大地へと染み渡り、金髪男子の魔法権によって深々と斬り裂かれた大地がゆっくりと癒えていく。
俺は素直に驚いていた。《地形操作》の魔法は操る規模に応じて必要とされる魔力も、制御の技術も高いレベルを要求される。
しかも詠唱の長さからわかるように初級の《火炎球》とは異なり、中級の中でも難易度の高い魔法だ。まさかアカデミーに通う前からこのレベルの魔法の使い手がいるなんて、思わなかった。
『お見事です。どうしますか? 今の魔法でも試験に挑むことができますが』
『使う予定のなかった魔法で試験を受けるつもりはありません。通常通りに受けさせてください』
『かしこまりました。急げ! 的を用意しろ』
制御の技術を見る試験官からすればフォーシーズン嬢の魔法は文句なしだったらしい。しかし彼女も気づいているんだろう、他の試験官は別の項目で採点していることを。
今の《地形操作》だけでは、すべての項目を埋めることはできない。より高い点数を取るためにも、きちんと試験は受けたほうがいいと理解しているようだ。
彼女がグラウンドを整備してくれたおかげで、すぐに試験は再開された。
十体の標的を前に、中級魔法を使ったフォーシーズン嬢は一体どんな魔法を使うのか。俺を含め、大勢が固唾を飲んで見つめていると――――俺は更に驚かされることになる。
『魔力よ、我が意に従いこの手に集え 大地よ、我が声に応じよ 束ね連ねて刃となりと、彼の物を貫く牙となれ! 《鉄槍大地》!』
魔法陣が展開されるとともに、金フィールドの大地が鳴動する。魔法の発動キーが瑞々しい唇から紡がれると、大地が文字通り牙を剥いた。
標的の真下の地面がまるで針山のように隆起し、土で作られた槍が十体全てを穴だらけにし粉砕した。
(土属性の中級魔法だ……詠唱ありとはいえ、ここまで出来るのか)
今まで見てきた受験生が、全員子供に見えるくらいのレベル差だ。金髪男子と黒髪男子? あれは悪い意味で例外。
念の為に銀と銅のフィールドにも目を光らせていたけど、使っても初級の中で一番難易度の高そうな魔法だけだ。
中級魔法と初級魔法には、越えられない壁がある。詠唱ありとは言え魔法陣を形成するだけの魔力、そして複雑な動きをするために高度な制御技術。これらを身につけて、ようやく中級魔法の入口に立てるといった塩梅だ。
まだアカデミーで習い始める前から、独学、あるいは家人に習ったとはいえ、15歳が容易に到達できる領域ではない。きっと相当に訓練してきたんだろう。
フォーシーズン嬢は試験が終わると優雅に一礼し、再び《地形操作》を行ってグラウンドを元に戻した。
『さすがフォーシーズン家のご令嬢だ』『お祖母様の生き写しと言われるだけのことはあるわ』
『制御の難しい中級魔法をここまで……』『これは主席間違いなしよ!』
周囲にいる男子も女子も熱を帯びた視線とともに、黄色い声で絶賛している。
その中には当然のように金髪男子と黒髪男子がいた。というか、二人に便乗して声を上げているといった感じだ。
しかしまたもやフォーシーズン嬢は表情が優れない。魔力を使いすぎた疲労、ばかりではない。一瞬だけ垣間見えた表情は、一昨日の教室で見たものと同じだったからだ。
『それでは、次の人どうぞ』
試験官が次の人物を促した時、まだ受けていない受験生の声だけがピタリと止んだ。
無理もない。あれだけレベルの高い魔法を見せられたあとに、喜び勇んで手を挙げられるほど度胸のある人物がいるとは思えない。
中級魔法を会得できたのには、おそらく公爵家のご令嬢という環境も手伝っていただろう。技術指導する家庭教師はもちろん、魔法を修めるための本や教材にはお金がかかるものだから。
そんな彼女よりも家格が下の者が、中級魔法にたどり着けるとは思えない。修められても、やはり初級止まりだろう。
だから、行くのなら今でいいかなと思った。
誰かが出るまで待つより、さっさと自分が行ってしまえばいいと。
「やらせていただきます」




