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第27話「突然ですが、魔法試験に挑みます」

 やらかした……そんな後悔の念に押しつぶされそうになっても、いつも通り朝は訪れる。

 筆記試験はそれなりに自信はあるものの、実技試験でやらかしてしまった。

 試験官相手に勝利はもぎ取ったものの、勝つことばかり考えてしまい点数を全然稼いでいなかった。結果、勝利はしたものの、点数は0点かもしれないという不安に襲われているのだ。

 はっきり言って間抜けな話である。特待生を目指さなければいけないのに、なんというミスを……っ。


(でも、やり直しはできないんだ。最後の試験で挽回しよう)


 特待生は総合成績の順で決まる。最後に残った魔法の実技試験でマイナス分を取り返せるほどの結果を出すんだ。

 ……出来るかなあ。出来るといい、なあ。出来るよ……ね?

 一度失敗してしまうと自信が揺らぐ。気を取り直すべく水魔法で顔を洗って、日課のお祈り後にトレーニングで一時間ほど汗をかいて身も心もさっぱりする。朝食をとって宿を出る頃には、すっかり開き直った。

 魔法に関してはジェーンさんからそれなりに評価されているんだ。あの過酷だった五年間を思い出せば、合格点が出せないなんてことはないさ。


(実際は過酷なんて生易しいスパルタ地獄だったんだが……でもまあ、おかげで自信は取り戻した)


 今回は筆記の時とも実技の時とも違い、着の身着のまま受験票だけを持って試験会場に向かった。

 アイワーン学園もそうだが、アカデミー全体を通して魔法の実技試験を行うための施設というものは、実は作られていない。授業の一環であれば剣術の実技を学ぶ会場などを使えるのだが。

 では、なぜ試験では使わせてもらえないのかというと、魔法の発動に失敗して暴発した時、どんな初歩的な魔法であってもかなり大きな爆発が起きるのだ。

 入学前の受験生に魔法の暴発で施設が壊される可能性を考えれば、野外のグラウンドで実技試験を行う方がまだ万が一の際に被害が少ないという考えは理解できる。

 そんなわけで門番――二日目からは、もう初日の門番じゃなかった――に指示されて向かった先は、アイワーン学園のグラウンドだ。


(…………かなりの人数だけど、意外と少ないな)


 筆記の時は一クラス分。実技の時は三会場に合わせて人数が分散していた。

 だから全受験生を見るのは、今日が初めてだった。大体、二百人くらいはいる。

 しかし、それでも人数は少ないほうだと思う。

 前世の高校受験の記憶があるからだろうか。一学年の総人数が三百人近くいたことを考えると、この受験人数は少ないほうだと思ってしまう。


(いや、実際少ない。パンフレットじゃ、一学年につき七クラスあるはずだ。このままじゃ全員合格しないと人数割らないか?)


 不思議に思っていると「レオ君ではありませんか」と背後から声をかけられた。

 なんだかこのパターンが多いなと思ったが、今回は知らない人というわけではなかった。


「ベルウッドさ……」

 反射的に名前を呼びそうになったが、口噤んで貴族に対する礼を取る。


「ふふ……ウッドでいいよ、レオ君。頭を上げてくれたまえ」

「……レオ・オールドです。よろしくお願いします、ウッド様」

「本当に勉強したようだね。でも公の場でない限り、本当に名前で呼んでくれて構わないよ」

「では失礼して……お久しぶりです、ウッドさん」


 これも試験の一環かなと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

 顔を上げて、五年振りに見る騎士団長に挨拶した。


「う~む……本当に見違えたね。実力もそうだけど、外見もだ」

「悪目立ちしている自覚はありますが、こうでもしないと隠せないので」

「良い一品を見つけたのだね。こうして近づいても、まるでわからないよ」

「掘り出し物が巡ってきたもので」


 さすがに出処を教えるわけにはいかないので、適当に誤魔化す。

 ウッドさんもどうしても気になるわけではなかったらしく、すぐに別の話題へと移った。


「君が特待生で入学できるか今の段階では教えることはできないが、ぜひとも最後の試験も全力で乗り切って欲しい」

「もちろん、そのつもりですよ」

「結構……でもね、そのうえで君には気をつけて欲しいんだ」

「? どういうことです」

「……ちょうど試験の説明が始まるところだね。こっちに来てもらえるかな」


 そう言って、グラウンドのはずれの木陰に連れ込まれた。

 すると彼は自分たちに視線が向いていないことを素早く確認し、人目が向けられていないとわかると深々と頭を下げた。


「う、ウッドさん?」

「すまない、まず二つ謝らせてほしい。もう知っているかと思うが、諸事情で今年の受験は例年とは違う試験内容になっているんだ。通達が遅れてしまって、本当にすまなかった」

「ああ、なんかそんな噂は耳にしてました。でも今年からの急なことだったんでしょう? 無理ないですよ」

「いや、確かに急ではあったんだが……」


 理由はそれだけではないのか? 何やらひどく言いにくそうだ。

 取り敢えず試験も控えているし、先を促しておこう。


「それでだ、実技と同様に魔法実技試験でも変更点がある。会場を見てくれ」


 言われた通りにグラウンドに目をやると、白線によって三つのフィールドが作られていた。

 そしてそれぞれのフィールドに、まるでボーリングのピンのように的当ての標的が十体ずつ並んでいる。

 ただ、その標的だがフィールドごとにデザインが違う。形状としては案山子に近いのだが、それぞれ金・銀・銅の材質で作られているようだ。

 もしかしたらただのメッキかもしれないが、そんなわけで金フィールド・銀フィールド・銅フィールドと実技試験の会場と同じよう、三つに別けられているらしい。


「試験の内容はシンプルだ。あの三つの難易度のフィールドから自分の実力に適切だと思うものを選び、魔法を使って的を破壊する。試験官はその時に使われた魔法を見て、点数をつけるといった試験内容だ」


 ……………………ん?

 いま何か、聞き捨てならない単語が聞こえたような……。


「君にはあの中で最高難易度の、金のフィールドに挑んでもらいたい。そこで」

「ちょ! ちょっっっと待ってもらっていいですかっ」


 やっぱり聞き間違いじゃなかったみたいだ。

 難易度? 最高難易度? 実技の試験って会場によって難易度が違うってことか!?


「どうかしたかい?」

「もしかしなくても、実技の試験も同じような難易度がつけられてたんですかっ?」

「ああ、そうだ。君が挑んだ火竜級から順に、水鳥級、風虎級と難易度が下がっていく」

「…………知らないうちに一番難しい試験に挑んでたのか」


 しかもそれで下手すれば0点って……実力に合わない試験を選んだと取られてもおかしくないよな。

 これって考えようによっては、実技試験って絶望的か……?


「ふむ、なぜ急に蹲ったのかはわかりませんが、続けても?」

「はぃ……大丈夫です」

「そうは見えませんが、先ほどの件は了承してもらえますか」

「あえて最高難易度に挑ませるくらいなんですし、一応、理由を聞いてもいいですよね」

「もちろん、説明しますよ」


 そう言って教えてもらったのは、ある意味で予想のできた理由だった。

 精霊によって傷を負わされた人間は、希にではあるが強大な魔力を手にすることがあるという。いわゆる、体に残った精霊の魔力を使えるようになった人間がいたということだ。

 そして、その魔力は扱いが非常に困難であり、大抵が制御に失敗して大事件を引き起こす。

 五年前に傷を負わされた子供に、その制御は難しいはずだ。いやしかし、悪人であるから制御に失敗したのではないか。事情を知った研究員たちは、様々な議論を交わした。

 結果として、試してみればいいんじゃないかという話になったわけだ。

 アカデミーの試験であれば、事情を伏せた上で魔法の熟練者を集めることができる。万が一のことが起きたとしても、総出で掛かれば対処はできると踏んだらしい。


「もちろん、制御に自信がないということであれば断ってくれても構いません。そもそも、今回の指示も王家というより魔法研究の職員たちからの要請ですからね」

「でも……その対応を踏まえて俺を見てこい、というのが本当の指示なんでは?」

「…………君は本当に面白い考えをするね」


 否定はしないウッドさんだった。

 まず普通に考えて、そんな大事故に繋がるかもしれない可能性があるのに、わざわざ制御に難しそうな大きな魔法を使わせることを王家が許すだろうか。それも貴族の受験者が大勢集まる、このアイワーン学園の試験で。

 考えられるとすれば、精霊の魔力を持っているケースが希だから、俺にはそんなものがないとタカを括っている。そして研究員たちと同じく、これだけの人数が集まれば万が一はないと安心している。

 最後に……本当に俺に精霊の魔力があると仮定して、その力に溺れた人間かどうか判断材料にするため。ということが考えられる。

 精霊の魔力を確かめるだけなら、書簡での伝令や研究員が直接話をするだけで済むはず。ウッドさんがこの件を持ってきたということは、その目で見定めろという意味合いが強いように、俺には思えた。


「……それで、どうします? 受けてくれますか」

「最後にもう一つ聞かせてください。あの金の的の材質は?」

「ただの金属ですよ。ただし対魔力コーティングされており、質の高さを色分けしてあります。強度については、試験内容に触れるので黙秘させてもらいますが」


 対魔力コーティング……要は防御魔法をはじめとした、魔法に対する防御を施した材質全般を指す言葉だ。

 そのせいで対魔力と一言で説明しても、ピンからキリまである。儀式規模の大魔法に対して効果を発揮するものから、簡単な状態異常を防ぐくらいしかできないものまで。


(でも……遠めに見た限りだけど、そこまで大人気ないコーティングはされてなさそうだ)


 そもそも、受けるのはなにも俺だけじゃない。他の受験生が突破できそうにない試験を用意しておくなど、アカデミー側としてやってはいけない措置だ。

 だとすれば突破することは、不可能ではない。


「わかりました、受けますよ」

「……即決してくれましたね。そして、随分と自信がありそうだ」


 珍しく、というか初めて見るかもしれない。ウッドさんが目を丸くしている。

 けれど確かに、彼の言うとおり俺には自信がある。というか、なければジェーンさんにぶっ飛ばされるというものだ。


『魔法使いたるもの、真理を探求するために必要なものがある。知識、度胸、そして……自信だ。

 揺るがぬ己を持たない者に、深淵を歩くことはできない。お前さんがそこまで目指すつもりがあるかは知らないが、魔法使いを名乗るんなら……この三つは忘れるんじゃないよ』


 魔法を習う上で、最初に教えられたのがこの信条だ。

 実際、自信なさげに魔法を行使しようとすると右ストレートでぶっ飛ばされた実績がある。

 そんなわけで、魔法に関しては曖昧な態度は取れない。出来ないものは出来ないときっぱり断るし、出来ることは出来ると断言する。


「それじゃ、並んで順番を待ってきます。ウッドさんは今回も試験官なんですか?」

「さすがに生粋の魔法使いほど詳しくは見れないので、違いますよ。ですが……面白そうなので、最後まで見ていきましょう」

「いや……別に面白いものは見せられないと思いますよ? 別にそこまで派手な魔法は使いませんし」

「そうなんですか?」

「一応は学生になるために突破する試験でしょう? 地形が変わるほどの魔法なんて撃つ必要ないでしょう」


 そこまでの魔法を使う必要はないし、使える受験生がいるとも思えない。仮にもこれからアカデミーに通い、魔法を習う立場なのだから。

 ただ平民と違い、貴族は家系によっては魔法を学べる環境が整っているから、一概に強い魔法が使えないとも言い切れないが。少なくとも俺は、そこまでド派手な魔法は必要ないと踏んでいる。


「それじゃあ、行ってきます」

「ええ。健闘を祈りますよ」


 ウッドさんに別れを告げたあたりで、ちょうどグラウンドの方でも試験内容の説明が終わったところだった。

 大勢の受験生が、それぞれの実力にあったフィールドへと並んでいく。こうして見てみると、やはり金のフィールドに集まる生徒は全体の五分の一ほどしかいなかった。

 逆に言えば、貴族の子息子女は金の標的を壊せる自信を持っているともいうことだ。

 代々受け継がれていく血筋か、もしくは魔法の専門分野を修める家系なのか、どちらにせよ彼らよりも良い評価を出さなければ、特待生の座は遠のくばかりだ。


(……いくつか、知っている顔があるな)


 初日から今日まで皆勤賞な、三人組の一人である金髪男子。

 実技試験で大剣を振るっていた茶髪男子はいないが、代わりにこっちでは独特な髪型の黒髪男子が来ていた。


『十体の標的を壊すだなんて、こんな簡単な試験でいいのかな?』

 黒髪男子が前髪をいじりながら、そう微笑んだ。


『君にとってはそうかもしれないが、対魔力コーティングを破るのは至難の業だよ』

 そう思うのなら、なぜ最高難易度に足を運んだんだ金髪男子。


『大丈夫、君の魔法の腕前はボクが知っている。全力で挑めば簡単に突破できるよ』


 黒髪男子はそう言って肩を叩くのだが、仄かに嫌な予感がする。

 なにせ昨日の試験では、金髪男子と茶髪男子は明らかにやりすぎていたからだ。

 同じグループ内の黒髪男子も、何かやらかすんじゃないかと一抹の不安を覚えるのも無理はない。

 ……頼むから、魔法で大爆発なんて引き起こさないでくれ。


(…………ん? あの人もこのフィールドを選んだのか)


 筆記試験で同じ教室になった白銀令嬢……フォーシーズン嬢も金のフィールドを選んでいた。

 俺と同じく彼女の存在に気づいた金髪男子と黒髪男子は、周囲の女子たちが見とれるような笑みを浮かべて彼女に声をかけた。

 だがしかし、フォーシーズン嬢は一瞬だけ表情を顰め、すぐに感情の起伏のない能面のような顔で取り繕った。


『貴方たちもここを選んだのね』

『君こそ。さすがフォーシーズン家といったところかな』

『……家は関係ないわ。ここを選んだのは私の意志だもの』

『またまたご謙遜を。お祖母様の再来と言われてるくらいなんだ、君がここを受けるのも当然だよ』


 あの三人……いや、正確に言えば四人か。随分と不思議な関係をしているな。

 三人の男子たちはフォーシーズン嬢に対して、やけに馴れ馴れしい。貴族らしくないというわけじゃなく、距離感が友達程度には近しく見える。

 なのに、フォーシーズン嬢の表情は明るくない。

 たまに疎ましげに眉をひそめたり、疲れたような溜息をつくことがある。男子たちとは対照的に、楽しそうな表情を見せることがないのだ。

 付きまとわれているだけ、という感じではない。それならば彼女の家柄からして、一言でも二言でも文句を言ったり、苦情を彼らの家に出すことだってできるはずだ。

 フォーシーズン嬢には、そういった対応を取っている様子が見えない。なんとも、不思議な関係だ。


(気にはなるけど、俺には関係ないし知らぬ存ぜぬでいいだろう。今は試験に集中、集中)



 ――――なんて、当時の俺は軽く流してしまっていたが、実はそんなことなかった。

 彼ら三人とは、これからしばらくの間、嫌でも絡まれることとなってしまったのだ。




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