第25話「突然ですが、筆記の次は実技です」
王都アイワーンのアカデミー『アイワーン学園』受験の一日目は、筆記試験だ。
科目は王国語(英語)、数学、理科、歴史、社会の五教科で制限時間は各科目につき一時間。
学園内に張り巡らされた魔道具により、試験中に魔法を使った場合は問答無用で0点にされる。当然、カンニングや替え玉受験などの不正行為も同様だ。
正直に言えば、筆記試験はそれほど難しくなかった。
全体的に、前世の公立中学一年で受けるテストと同レベルの内容ばっかりだった。
数学は言うに及ばず、理科はアレスガルド独自の植物があったが薬師のジェーンさんに教わったのだから問題があるはずがない。
英語に関しても母国語であるため中学の平均レベルより高めだが、常日頃から使う今世からすればそれほど難易度は高くない。
一番不安だったのは、社会と歴史だ。
勉強全般はジェーンさんに見てもらったのだが、彼女は正体を偽って隠遁しているエルフである。世界情勢にどの程度明るいのか不安に思っていたが……いざ受験当日を迎えてみれば、拍子抜けするほど簡単だった。
テストの難易度の低さに驚けばいいのか、テスト範囲よりも社会情勢に詳しいジェーンさんの情報網に慄けばいいのか、悩ましいところだ。
だがとにもかくにも、筆記試験に関しては大きな問題はなかった。
ケアレスミスがないか確認する余裕があるほど、手応えはバッチリである。
日が明けて受験二日目。今日は装備を整えた上で受験会場に向かわないといけない。
父さんが買ってくれた愛用の剣を腰に佩き、王都で揃えたハードレザーの防具を着込む。といっても、アームカバーに胸当てだけの簡素な装備ではある。
あまりゴテゴテした装備を身につけると動きが遅くなるし、兜も物によっては仮面にぶつかってしまうので買うのは諦めた。
冒険者ギルドで初日に俺の担当をしてくれた受付さん――ユミル・カーベラさんという名前だった――からは「軽装すぎじゃありませんか?」と心配されたが、昔の偉い人はこう言っている。「当たらなければどうということはない」と。
それに装備の仕方も体育の授業で習った剣道の防具に似ているし、慣れている方が色々と動きやすいものだ。
「よし……それじゃあ行くか!」
装備に異常がないことを確認し、宿を出発する。
今回の試験会場もアイワーン学園なのだが、場所は校舎の中ではなく『実技場』と呼ばれる屋根のない広いドーム状の建物だ。
パンフレットにも載っていたが、アイワーン学園をはじめとするアカデミーでは三大流派と呼ばれる剣術を学べる環境がある。このアイワーン学園ではそのために、わざわざ流派毎に実技場を作っていた。
実技試験では、受験生は自分が挑みたい難易度の会場に足を運び、そこで試験官相手に約10分間の対戦を行う。
その結果がそのまま実技試験の点数になる。
――――――ということを、試験が終わってから初めて知ったのだった。
「まずい……会場が三つもあるなんて聞いてなかったぞ」
俺の目の前には、看板が三つ立てかけられている。
『火竜級 東館へ』
『水鳥級 北館へ』
『風虎級 西館へ』
それぞれが『火竜剛剣流』『水鳥静剣流』『風虎嵐剣流』と、三大流派の略称であることはわかる。
実技場が三つあることも知っている。けれど、
三つすべての場所で行われているとは知らなかった!
パンフレットにあった実技試験は、受験する年によって試験科目となる流派が変動するというものだ。
去年が火竜級だった場合、翌年は水鳥級か風虎級。そして翌年に水鳥級が選ばれたら、その次は火竜級か風虎級といった感じになり、その流派を修めた試験官相手にどれだけ戦えるのかを見るといった内容だった。
(なんで三つもあるの? まさか全部受けろっていうのか? これがフォーシーズン嬢が言ってた試験科目の変更点なのか!?)
そりゃあ筆記試験で必死にもなるさ。
この三流派全部と戦って好成績を修められる自信なんて、貴族の子息子女にあるはずがない。
それこそ騎士爵の子息とかが、子供の頃から戦闘の英才教育を受けてないと無理に決まってる。
出来ることなら、俺も匙を放り投げたい。
この試験内容を考えたアホはどこだ、と怒鳴り散らしてやりたい。
でも、そんなことしたら一発退場待ったなしだ。
どれほど理不尽だろうと、挑まないという選択肢は俺に用意されていない。
(そうなると、どこから挑むかなあ……比較的やりやすそうなのは火竜級。相性が良さそうなのは風虎級。水鳥級は……試験官による。賭けの要素が強いし、最後に回すかいっそのこと最初か……)
少しだけ気が滅入りそうになったが、どの流派から挑もうかと頭を悩ませていると……。
「そこの君、そんなところで立ち止まってどうしたというんだ?」
誰かが後ろから声をかけてきた。
なんだかデジャビュを覚えながら、声をかけてきた何某に振り返ると、そこにいたのは絵に描いたような女騎士姿の少女が立っていた。
金髪碧眼の美少女は、昨日会ったフォーシーズン令嬢とは違った意味で目を引いた。
まず何より目を引くのは、真っ赤な鎧姿だ。しかも胸部や腰、肩当てなどの必要最低限の箇所しか守っていない軽装というよりも部位鎧のような装備だった。これで鎧下を着込んでいなければ、某RPGの女戦士を彷彿とさせたかもしれない。
しかし、仮にそんな姿であったとしても見劣りしないくらい、少女の容姿は整っていた。
肩まで届く金色の髪は一房に結い上げられ、赤を基調とした鎧姿に垂れかかると良く映えて見えた。宝石店で見かけるエメラルドような磨き上げられた碧眼は、その穏やかな色とは裏腹に力強い眼差しを向けている。
(うーん……なんて答えたらいいものか……)
すぐに我に返ったものの、返事はできなかった。
昨日の一件を思い出せばわかるように、周囲はほとんど貴族ばかりだ。
フォーシーズン嬢には助けてもらえたけど、中には平民に話しかけられることを嫌う貴族だっている。というか、少ないというのが俺たち平民からした貴族像だ。
ここで彼女の問いに答えて、後で素性が知られてからいちゃもんつけられたりしないだろうか。そんな失礼なことを考えてしまったのだ。
「む、君の装備は……そうか、なるほどな」
金髪令嬢は腰に佩いた俺の剣に目を落とすと、頤に指を添えて何やら得心がいった様子を見せた。
「読めたぞ。さてはどこの試験で腕試ししようか迷っていたのだな?」
はずれ……ではないが当たらずとも遠からずではある、かな。
どこの試験から受けようか迷っていたのは事実だし。
「そして、その見るからにオーダーメイドの剣……おそらく、相当に……」
この子、俺に話しかけているのか独り言喋ってるのかどっちなんだろう。
こちらの反応を全然見ていないし、また俺の剣を見るなりブツブツと小さな声で何やら呟いているし。
「よし! 君、私はこれから火竜級の試験を受けるつもりだ。よければ一緒に行かないか?」
「火竜級、ですか……」
「そうだ。君の装備なら、火竜級を受けても不足はないと私は思うぞ」
そうなのか? 剣はともかくとして、防具は完全に彼女の物と比べると圧倒的に劣っているのだが。
「大丈夫だ、私の見立てに間違いはない。会場はこっちなのだな。さあ、行こう!」
「あ、ちょっと……!」
思わず声をかけてしまった。
しかし彼女は気にした素振りもなく、一目散に火竜級会場のある東館へと歩を進めてしまった。
(ついていかなきゃ駄目かな……駄目なんだろうなあ……貴族の誘いを断るわけにもいかないもんなあ……)
どこから受けるか決めていなかったから、別に構わないんだが……どうにも今の貴族令嬢は早合点というか、思い込みというか、一直線すぎる。
もう少しこちらの反応というか、意見を聞く姿勢を見せてくれないと目下の人間としては関わりづらい。
助け舟を出してくれたし、悩んでいる俺に声をかけてくれたから、悪い人間ではないと思うんだけど……落ち着きは持ったほうがいいと思う。
比べるのは悪いことだけど、昨日のフォーシーズン嬢の方がまだ貴族の淑女らしさがあった。
親しみやすさはこちらの金髪令嬢の方が上なんだけど、どちらも目上の人間なんだから親しみやすさよりも目上の人間としての立場をしっかりと理解してくれている方がいい。
当然、そんなことを口に出したら物理的に首が飛びかねないので、黙って後ろをついていく。
先をゆく金髪令嬢は「私以外にも……」「どれほどのものか……」「これは入学が楽しみ……」と、何やら興奮気味の様子。
これから実技の試験だというのに、気負わずに楽しむ余裕がある。
もしかしなくても、バトルジャンキーなのかもしれない、この令嬢……。
ついでに、かなりの実力者だ。
それなりに剣術道場には通っていたし、五年間も父さんに訓練をつけてもらっていたから、対人相手であれば大体の強さが測れるようになった。
金髪令嬢の歩き方は、淑女というより剣士を意識した歩き方だ。
後ろから見ていても隙が少なく、体つきも女性らしくはあるがきちんと剣を振るための筋肉がついている。
(多分……DかCランク、といったところかな)
彼女の実力を冒険者に当てはめると、だいたいそのあたりのランクかなと予測を立てた。
アイワーン学園の平均的な実力がわからないから何とも言えないけど、少なくとも二流、三流の冒険者では彼女には歯が立たないだろう。
そして……そんな金髪令嬢が喜々として向かった先が、火竜級の試験会場だ。
何百人と収容してもまだ余裕がありそうな屋内グラウンドに、外周部には何故か観客席まである。
学校の体育館というより、スポーツのスタジアムに近い内装をしている。
「試験官と相対する時に受験票を見せれば問題なく受けられる。君の健闘を期待しているぞ」
金髪令嬢はポン、と俺の肩を叩くと朗らかに笑って人混みの中に消えてしまった。
彼女がくれたアドバイスはありがたいのだが、なんというか……最後まで人の話を聞かない人だったな。
でもこちらの沈黙を好意的に捉えてくれたのは助かった。
さっきのアドバイスに従い、試験官を探して会場の中をぐるりと見回すが……どうやら主な試験官は五人いるようだ。
星の形を描くように石造りのリングが五箇所配置されていて、それぞれのリングの中央に試験官と思しき騎士鎧姿の人物が数名立っている。
おそらく、彼らのうち一人と戦って実力を審査されるんだろう。
普通に考えていくら鍛錬を積んだ騎士であっても、これだけの人数を相手にすれば疲労が溜まる。
何人か相手にしたら交代するローテーションを組んでいるはずだ。
この会場に集まった受験生たちは、誰もがそれぞれのリングの周辺に集まって試験の開始を待っているようだ。
その中に、昨日同じ受験会場にいた貴族たちが何人かいた。
「へっ! どいつもこいつも、それほど大したことはなさそうだな」
身の丈ほどの刀身を持つ大剣を背負った、茶髪男子が鼻の下を指先でこすりながら得意げに笑っている。
「油断は禁物だ。相手は本場の騎士なんだからね」
黄金色の全身鎧に身を包んだ金髪男子が諌めるが、色合いが目に優しくなくて思わず背けてしまいそうになった。
しかし、いるのはどうやらこの二人だけのようだ。
もう一人の前髪が長い黒髪男子は、どうやら別の会場で試験を受けるつもりらしい。
ついでに言えば、フォーシーズン嬢をはじめとしたあの教室にいた女子は誰一人として見かけなかった。
ここまで案内してくれた金髪令嬢は別として、見渡す限りは男の受験生ばかりである。
(……これって、女子にはきつい試験だって言ってるようなものだよなあ……)
『お集まりの皆さん! ただ今を持って、実技試験の開始時刻になりました。会場門を閉鎖させて頂きます』
まるで拡声器でも使っているかのような大声とともに、遠くから門が閉ざされる音が聞こえた。
声の主を探して会場内を見渡すと、観客席のヘリの部分に立つ一人の騎士の姿があった。
しかもそれは、五年前にオールト村にやってきたベルウッド団長だった。
『ようこそ、火竜級の試験会場へ。これより一人一人リングへ上がってもらい、試験官と一対一で試合をしてもらいます。勝敗に関わらず試合内容によって点数をつけるため、敗北したとしても気落ちすることはありません』
暗に「お前たちじゃ勝てないから全力を出し切って挑め」と言っている。
この場に彼が現れたということは、試験官は紛れもない現役の騎士団の人間だということ。
普通に考えれば、成人したばかりの人間が勝てる相手じゃないのは明らかだ。
そして試験の内容だが、気をつけるべき点は次の二つ。
① 身体強化をはじめとした魔法の使用禁止(会場内に魔法の発動を感知する魔法具が設置されている)
② 試験官の鎧は強い衝撃を与えると外れるようになっており、頭・胸のいずれかの部位鎧を外すことができれば勝利
③ 外した部位鎧に応じて点数がつけられる
④ 受験者は気を失うかギブアップ、試合時間10分のタイムアップを迎えた場合、敗北扱いとなる
武器や防具に関しての貸し出しは一切行っていない。こっちの武器は刃引きをしていないのだが。
案の定、受験者から誰かがウッド団長に質問した。「もし間違って殺してしまった場合はどうなりますか?」と。
質問者を含めて何人かが顔色を変えるが、しかしウッド団長は朗らかに答えた。
『ご安心を。試験官の武器は刃引きしてありますので、貴方たちがよほど下手な受け方をしない限り、万が一は起こりません。
そして仮に、万が一、貴方がたが試験官を殺めたとしても、それを含めて評価基準となります。即時失格とはなりませんので、ご安心を』
安心できる要素がなかったんだが。
ウッド団長的には、試験官――おそらく彼の部下――の腕前を信頼しているから、万が一は起こらないと確信しているんだろう。
そんな試験官相手に万が一が起きるということは、意図的に試験官の命を狙ったり、手加減もできないような荒くれ者だということになる。
勝利判定になったとしても、まず落第点をつけられるだろうな。
……落第判定になるよね? なんて素晴らしい実力だ! とか言って満点を与えるような試験基準だとすれば、今後のアカデミー生活が不安で仕方なくなるんだが。
『それでは、受験者は南側に集まって好きな試験官に挑んでください。試験が終わった者はリングから北側に降り、そのまま会場を後にしてください。再試験はできないので、心して挑むように』
言うことはすべて伝え終えたウッド団長は、そのまま拡声魔法を解除して観客席に座った。
よく見れば彼の他にも観客席に黒いローブに身を包んだ職員らしき人物が数名いる。おそらく、彼らも試験官の一員なんだろう。
直接戦って実力を測る試験官と、外から動きを見て点数をつける審査員といったところか。
しかし今俺が一番気にしているのは、そこではない。
(再試験できない? それってここが終わったあと、別の会場に行っても駄目ってこと?)
一発限りの真剣勝負で、火竜級が相手……なるほど、通りでこの会場に貴族の娘さんが少ないわけだ。
火竜級の剣術の特性は『一撃を以て相手を下す、一撃必殺』の剣。
力任せに相手に叩きつける使い手が多い流派であるため、女性には不向きであるというのが世間一般での認識だ。
力自慢の男性……それこそ父さんがきちんと剣術を学ぶ機会があれば、火竜級剣術の使い手になっていたかもしれない。
(ただ見た限り、試験官の武器は普通の片手剣なんだよな……だとすると、厄介だな)
父さんのような大剣使いで火竜級というのは、五年間の訓練で慣れているから与しやすい。
しかし、小回りの利く片手剣で一撃必殺の剣を繰り出せるとなると、技術や身体能力にもよるけど父さんよりもはるかに厄介だ。
もしかして……来る会場を間違えたかもしれない。




