第23話「突然ですが、ゴブリンの拠点を殲滅した」
「巣穴はあると思ってたけど、これはまた……」
気づかれない距離をとりつつゴブリンを追跡した俺は深い藪の中に身を隠し、たった今、ゴブリンが入り込んだそれを見て頭が痛くなった。
何故か? 答えは簡単。巣穴があると思って追いかけていったら、そこには一件の家があったのだ。
何を言っているのかわからない? 大丈夫、俺も何が起きたのかわからなかった。
だからこそ、こういう時は解析モードの出番である。
(……………………見なきゃよかった)
激しく後悔した。そして陰鬱とした気持ちになった。
目の前にあるそこそこ大きな一件の家は、どうやら地方から駆け落ちしてきた貴族の子息子女が秘密裏に立てさせた屋敷だったらしい。
ここがゴブリンが出てくる森だということは知っていたが、子息はアカデミーでは剣の腕が立ち、子女の方は炎属性の魔法が得意だった。ゴブリン退治も経験していたし、むしろ率先して狩り続け資金源にするつもりだったらしい。
しかし一年ほど経って、子息の方がタチの悪い病に罹って倒れた。
子女は看病したり、治療費を稼いだりと忙しく働き、過労で倒れる寸前まで頑張り続けた。
そこで、ゴブリンの悪夢に襲われた。
病で衰えやせ細った子息と日々の過労で熱まで出してしまった子女では、結末がどうなったかは言うまでもない。
こうしてゴブリンたちは洞窟よりもはるかに住みやすいねぐらを手に入れたが、すぐに子女という繁殖道具は使い物になくなってしまった。
だが子息の残した武器もあり、森の近くを通る人間を襲えるようになった。
おかげで今は清潔な――もちろん現在は不潔極まりない――ねぐらで安心して数を増やせているというのが現状だ。
(物の経歴まで調べられるのは便利なんだけど、こういった簡単に調べられる物は魔力をちょっと込めると詳細な情景まで見えちまうから困りもんだよ……)
子息子女の生活はもちろん、ゴブリンたちがどうやってこの家を手にしたのか、全部わかってしまった。
はっきり言って気分は最悪だ。そして同じくらいに腹も立っている。
だが、怒りに任せて魔法をぶっぱなすわけにはいかない。
(あいつらは森の近くを通る人間、特に少人数を拐ってここまで連れてきている。もしかしたら、中にまだ生存者がいるかもしれないからな)
家ごとぶっ潰して拐われた人も殺しました、なんてことになったら寝覚めが悪すぎる。
熱くなった頭をクールダウンさせるべく、静かに深呼吸を繰り返す。
(頭を冷やしたところで、作戦その一。ゴブリンの各個撃破)
出来なくはないけれど、非常に面倒くさい。
何より、あの中にどれだけいるのかわからないし、素直に一対一で戦ってくれる相手じゃない。
一体一体確実に倒せる状況を作り、立て回り、倒していく。
ハマれば強い戦術だと思うけど、労力が半端ない上に終わりが見えないので最終手段にしておきたいところだ。
(作戦その二。ゴブリンの頭領を潰してから混乱させて殲滅)
どこの国の言葉だったか、見せしめに一人を殺して恐怖で相手を支配するような内容があった。
ああしてねぐらがある以上、指示を出したり威張り散らす実質上のトップがいるはずだ。
そいつを他のゴブリンたちの前で見せしめにしてやれば、戦意を失って逃亡するかもしれない。
そしたら後ろから一体一体、魔法を撃ち込めばいい。
非常に非人道的だが相手は魔物だ、アリかナシかで言ったらアリなのだが……俺の正気度が減りそうだ。
どうやらまだ怒りが後を引いているらしい、考え方が過激だ。この案は保留にして、もうちょっと穏便な案を考えてみよう。
(作戦その三。全員を無力化して各個撃破)
ふむ……アリだ。何より楽なのが、人質とか何も気にせずにゴブリンを殲滅できるのがいい。
無抵抗な相手を殺すのはいいのかって? それはまずゴブリンに言ってくれ。
「というわけで、作戦実行。《眠りの霧》」
あの家はゴブリンが住めるようには考えられていないんだろう。
雨風は凌げるが、ところどころ穴が空いていたり窓が割れてたり、形は保てているが十分廃墟と言える状態だ。
そんな隙間を利用し、風向きなど関係なく無臭の霧が次々と入り込んでいく。
逃がしたゴブリンが帰ってからは騒がしかった家の中も、三十秒もすればシンと静まり返った。
念のためにもう少し待ってみて、誰か起き出してこないか様子を見る。
「………………大丈夫そうだな」
足音を殺しながら家に入ると、予想通り全員眠りこけていた。
状態異常攻撃に耐性のあるゴブリンがいないみたいでホッとする。
家の中を回りながら、見かけたゴブリンに簡単な魔法をぶつけて確実に倒していく。
魔力を温存しようかとも考えたけど、数が多過ぎると剣が血糊で使い物にならなくなるし、時間経過で回復する魔力の方が節約になる。
そうして全部の部屋を回り切ると、リビングの方に無残な姿で乱暴に倒れ伏している女性を見つけた。息はしているが、とてもではないが人前に出せる格好ではないので、羽織っていた外套を掛けておく。
それと今までの犠牲者は食料にされたのか、残骸が家の裏手の方に投げ捨てられていた。
食べ残された肉片と衣服のパーツから察するに、最初の子息子女を含めて七人はいたんだろうか。
「最後に、これだな……」
寝室の方へ向かうと、部屋の隅に大きな穴がある。
近くにはどこから奪ってきたのか、ツルハシやスコップなどがありゴブリンたちが掘ったんだろう。
そして耳を澄ませると、穴の奥から微かにイビキが聞こえてくる。
どうやら家に入りきらないゴブリンたちは、この穴ぐらの中で寝起きしているようだ。
俺が作った《眠りの霧》は隙間を見つけてどんどん入り込むように設定してあったから、想定外だった穴ぐらの奥にも侵入して行ったんだろう。
「さて、ここで問題だ。この中に入ってまでゴブリンを倒すべきか」
見逃す、という選択肢はない。
単純に、俺が直接的に手を下しに行くかどうか、という選択なだけだ。
倒しに行くメリットはある。ゴブリンの討伐報酬を確実に手に入れらることができるからだ。
デメリットは、穴ぐらの広さがどれほどかわからないことだ。探っている間に何体か起きてしまう、という可能性は無視できない。
「となれば、選択肢は一つだな。それにもう、結構な数のゴブリンを討伐してるしな」
追跡を重要視していたために、最初に倒したゴブリンの魔石や討伐部位の回収(ゴブリンの場合は耳か鼻で統一する必要がある)はしていなかったが、この家の中だけで既に十体ものゴブリンの死体を確保している。
だったら、無理することはないだろう。俺は露出した地面の部分に手を触れ、ある魔法を発動させた。
「《地形操作》」
自身の魔力を土に変えて使う魔法ではなく、大地そのものを魔力で動かす魔法だ。
本来なら地面を平にして建物を立てたり、小さな地割れや土砂崩れを片付けるために使う魔法だが、当然、穴を塞ぐこともできる。
もちろん、ただ塞いだだけじゃそこまでの厚さにならず、時間をかければ出てきてしまうかもしれない。
だから少しずつ周囲の土を移動させ、穴の入口から五メートル先まですべて埋め尽くした。
「道具を使って掘ってたってことは、モグラみたいに自力で掘るのはできないはずだ。これで全滅かな」
少なくとも、この家をねぐらにしていたゴブリンは全滅のはずだ。
残った死体から討伐部位の回収をしつつ、しばらく他にゴブリンが戻ってこないか待ってみてみたが……やはりここにいるゴブリンたちで全部だったようだ。
その後、被害者の女性に眠りの魔法を重ね掛けし、明日の朝まで起きないようにしておく。
さすがに連れて帰るつもりだけど、目が覚めた時パニック症状を起こさないか不安だったので、しかるべき場所で診てもらうまでは眠っていてもらったほうが楽だ。
ただそれだけじゃなく、家の裏手にある犠牲者の骸から身元が判明できそうなものを探す。
身分証は……どうやら冒険者タグと同じようだ。こちらは銅製のタグだが、土と血の汚れがひどくていくつかは読み取れないが、洗浄すればおそらくわかるだろう。
幸いなことに、家主だった子息子女の分も含めて人数分見つかった。
あとは……遺族に届けられるかはわからないが、貴重品らしきものも何点か持ち帰っておこう。
さすがに全部は持ち帰れないから、ポケットに入りそうなものを何点かだけ。
「人目を避けるためってことで森の中に隠れ住んだんだろうけど……こんなところじゃなければ、あんな最後は迎えずにすんだろうに」
もしかすると、今回の件を知った身内の誰かが遺体を引き取りたいというかもしれないが、さすがにこの状態を見せるのは憚られる。
何より、ずっと野ざらしにされていたのだから、これ以上ほったらかしにしておくのはあまりにも可哀相だ。
もう一度《地形操作》を行い、亡骸をそのまま沈下させて埋葬する。簡素ではあるが木の枝で十字架を作り、黙祷も捧げた。
(マイナ様――――どうかこの人たちの次の人生が、幸多いものになるように……お願いします)
しばらく黙祷を捧げていると、気のせいかも知れない。風の音だったのかもしれない。
けれど、「私に任せなさい」という声が聞こえてきたような気がした。
◇
一夜明けた冒険者ギルドの受付で、昨日俺の登録をしてくれた受付のお姉さんがどことなく引き攣った笑みを浮かべ、依頼達成の報酬金を差し出してくれた。
「えーっと……こちらが、今回の依頼の報酬になります」
突然ではあるが、アレスガルドの通貨の単位はマルクと呼ばれる銅貨である。これが1000枚貯まると銀貨1枚と両替できる。
同じように、銀貨1000枚で金貨1枚。金貨1000枚で白金貨1枚と両替が可能だ。
なぜそんな話をいきなりしたのかというと、だ。目の前に銀貨が一山(約50枚)ほど積まれているからである。これが今回達成した依頼+αを含めた報酬額なのだ。
薬草採取に関しては数は多かったし品質も良いしで、素人見積もりでも3500~5000マルクは稼げる予想だった。
ゴブリン退治も討伐数が三体で達成扱いになり、基本報酬は500マルク。十体の討伐部位を持ち込んだから5000マルク。
合わせても1000マルクで銀貨1枚がいいところだ。
俺の予想よりも何十倍は多い報酬だが、それはやはり+αのおかげである。
それは行方不明になっていた人たちに関する情報提供料だ。
遺族の中に裕福な者がいたらしく、目撃情報をはじめ、情報の正確さに応じて報酬を出すという張り紙があったのだ。
そろそろ生存も絶望的かと思われていた頃に俺からの報告があり、訃報ではあったものの遺品まで持ち帰ったことで感謝され、少しだけチラシの報酬金より上乗せされた。
その中には、あの家を建てた駆け落ちした子息子女の家族もいた。
冒険者ギルドには魔力で遠方にいる相手と通信する魔法具があり、それを利用して国外にいる遺族に伝わった。
直接口で礼を言うには時間がかかるということで、先に気持ちだけでも受け取ってほしいと銀貨数十枚を渡すよう指示されたらしい。もしも国に立ち寄ることがあれば、ぜひ顔を出してほしいとまで伝言を授かっていた。
おかげさまで、しばらくは何もせずとも遊んで暮らせるほどの報酬金が手に入ったわけだ。
ほとんどが遺族からのお金だと思うと、とても豪遊する気にはなれないが。
「驚きました……まさかたった一日で、こんなに稼いでしまうなんて」
「いや、俺の方が驚きですよ。でも内訳を聞いちゃうと、喜びよりも申し訳なさの方が大きいですが」
「手放しで喜ばれるのは問題ですが、そこで気にしすぎてもダメですよ。これは貴方の働きによって、心に引っかかっていた問題を、気持ちに整理することができた人たちからの感謝のお金です。そう思って受け取ってください」
「感謝の気持ちか……そうですね。ありがとうございます」
そう言ってもらえると、こっちもモヤモヤした気持ちに晴れ間が差したように感じた。
ゴブリンの討伐で思わぬ大金を手にしてしまったが、それだけ感謝してくれた人がいると思えば達成感も少しは出てくる。
宿代は確保しているし、いくらかは貯金させてもらう。
冒険者ギルドではタグとライセンス帳でマルクの貯金や引き下ろしができる、銀行のようなシステムがある。もちろん、冒険者ギルドであればどこの支部でも利用可能だ。冒険者を引退する時に失効されるから、そこは注意すべき点だが。
貯金をしたら、あとの分は生活費と……せっかくだし、防具くらい買っておいてもいいかもしれない。なんだかんだで、まともな装備は父さんが買ってくれた剣くらいしかなかったからな。
「……レオさんは、しばらくしたらアカデミーを受験されるのですよね?」
考えごとをしていると、貯金処理が終わった受付さんがタグと手帳を返す際に、そう訪ねてきた。
「ええ、そうですけど……?」
「入学されたら、しばらくは来られないんですか?」
「いや……アカデミーの生活が落ち着いたらですけど、休みの日は利用しようと考えてます。そうでもないと生活できないので」
俺は重要な部分だけはぼかして、軽く受付さんに事情を話した。
アイワーンアカデミーを受験予定だということ。王都にはいるものの日用品を買ったり、武具の手入れをするお金は必要だから、休日だけは冒険者に復帰しようと考えていること。
「まあ、そうだったんですか!? レオさん……お名前からすると、平民ですよね? それなのに王都のアカデミーを……?」
「家庭の事情というか、やんごとなき理由というか、そのあたりは気にしてくれないと助かります」
「あ、そうですよね、失礼しました。人の事情に興味本位で首を突っ込むものではないですよね」
こっちが申し訳なくなるほど恐縮されてしまった。
確かに簡単に話せる事情ではないんだが、そこまで申し訳なさそうにされると断ったこっちも気まずい感じになってしまう。
「あ、えっとですね! 私が言いたかったのは、貴方の事情を根掘り葉掘り聞きたいとか、そういうわけじゃなくて……ああでも一切興味がないとかいうわけでもなくてですね!? そうではなくっ……」
この空気を打ち破るかのように身振り手振りを交えて早口で捲し立てる受付さんだが、気を取り直すべくコホンと小さく咳払いした。
すると、今までのワタワタした雰囲気はどこかに消し飛んでしまい、最初に対応してくれた時のように、キリッと引き締まった表情を浮かべていた。
「行方不明の方々が亡くなっていたのは悲しいことですが、それでも貴方のおかげで助かった人がいて、感謝している人がいるのも事実です。どうか、これからも頑張ってください。貴方なら……レオさんなら、これからもたくさんの人を救える。そんな気がします」
「…………買いかぶりですよ。俺はそんなに大した人間じゃありませんから」
会ってまだ間もない人に、面と向かってそこまで褒められるとは思わなかった。しかも……なんというか、かなり期待されているような感じだ。
背筋がゾワゾワする。顔や胸に熱くなっている。まさかそこまで言ってもらえるとは思ってなかったから、めちゃくちゃ気恥ずかしい!
受付さんの顔を見ることもできずに、せめて「失礼します」と一言かけてから逃げるように冒険者ギルドを後にした。




