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第22話「突然ですが、ゴブリンが襲ってきた」

 今さらな話ではあるけれど、アレスガルドは剣と魔法のファンタジーな世界観だ。

 人間以外にエルフもいるし、魔族もいる。となれば当然、ファンタジーの大御所である魔物も存在している。

 ただ、幸か不幸か俺が住んでいた村の辺りには魔物は出てこなかった。

 普通の獣や害獣が出てくる程度だったので、直接見たことはない。

 図鑑を読んだり父さんから話を聞いたり、知識だけは持っている状態だ。


 魔物……その生体は、はっきり言って謎が多い。

 専門の研究機関があり、毎年様々な魔物の生態や特徴などを更新しては、図鑑に起こし、そのための調査依頼を冒険者に出しているそうだ。

 ただ、どんな魔物にも共通している点がいくつかある。

 その一、心臓の部分に『魔石』と呼ばれる魔力が凝縮された石がある。

 そのニ、魔物は『瘴気』と呼ばれる空気の悪い土地に好んで住み着く。

 その三、魔物は非常に獰猛で意思疎通ができず、人間をはじめとする全種族に敵対的である。


 これらの共通点からわかるように、魔物とはゲームのようにそこら辺を歩いていて遭遇するようなことはあまりないが、一度遭遇すれば危険な存在だ。

 個人的な感想を言わせてもらえば、触らぬ神に祟りなしといったところだ。

 しかし、そんな魔物だが率先して倒さねばならない理由が二つあるのだ。


 一つは、瘴気の発生する土地をねぐらにする魔物ではあるが、全部の魔物が仲良しこよしというわけじゃない。

 弱い魔物は住処を追いやられたり、土地の魔物が増えすぎたら他所へと移動することがある。

 そういった魔物が近場の村や町を襲ってくることは、別段珍しい話ではない。

 自分たちの家を守るためにも、定期的に魔物を討伐しなければならず、冒険者ギルドは常駐依頼に近場にいる魔物の討伐依頼を出しているのだ。


(魔物の大量発生……確か、スタンピードだったか? 小説や漫画で盛り上がる場面によく使われる描写だけど……こっちの世界では、それが起きても不思議じゃないとはなあ……)


 最後の一つだが、魔物の体内からしか取れない魔石は、非常に有効活用できるという点だ。

 魔石を加工して作った道具を、魔法具と呼ぶ。

 ジェーンさんにもらった義眼や仮面は立派な魔法具だ。しかも下手をすれば国宝級の価値が有るほどに、やばい代物だったりする。

 俺がもらったものはかなり特殊な部類に入るけど、例えば高ランクの冒険者は『炎を生み出す剣』や『一時的にあらゆる攻撃を無効にする障壁を張る指輪』など、シンプルかつ強力な効果を持つ魔法具を所持していたりするらしい。

 だがその分、お値段はべらぼうに高い。冒険者御用達の高級店を覗いてみたけど、ライセンス帳などの再発行料金が毛ほどに軽く感じてしまうほどだ。


(俺は当分必要ないかなあ。というか、大半のことは魔法で事足りるしな)


 幸いなことに、俺には父さんとジェーンさんの二人が師匠となってくれたため、戦士職としても魔法使いとしても活動していける。

 だからといって、一人でなんでもできると自惚れているわけじゃない。

 むしろ一人で活動しているのだから、石橋を叩いて渡るくらいの慎重さを持ち合わせていないとまずいと思っている。


「受けた依頼は、『薬草採取』。基本といえば基本だよな」


 さすがに冒険者になりたてで、受注依頼を受けて一気に稼ごうとは思わなかった。

 そもそも、魔物との戦闘だってまだ未経験なんだから。

 というわけで、常駐依頼で比較的簡単そうな『薬草採取』をこなすべく、王都から東に向かって少し離れたところに広がる、森の中にやってきた。

『薬草採取』は持ち込んだ薬草の品種、量に応じて報酬額が増加するものの、基本報酬額が300マルク。

 多少増額したとしても、一日三食食べてしまえば消えてしまう金額だ。


 だからこそ、この森まで足を伸ばした。

 王都東の森は、こちらもまたある意味で定番中の定番、ゴブリンが出現する通称ゴブリンの森と呼ばれる危険地帯なのだ。


 薬草を採取するだけで、あえてこちらまで足を伸ばしたのには理由がある。


 一つはやはり、魔物相手に戦闘経験を積んでおきたかったからだ。

 冒険者稼業で生活費を稼ぐのなら、魔物はいずれ戦わないといけない相手だ。

 幸いなことにゴブリンは武装していなければ、戦闘力や知能は人間の子供程度しかないらしく、集団で囲まれない限りそこまで脅威ではないそうだ。

 初陣の相手……冒険者のデビュー相手としては定番の一つだと言われている。


(逆に言ってしまえば、集団で囲まれたら一人だと危険ってことなんだよな……)


 冒険者は、基本的にはパーティを組むことが常識だとされている。

 ソロで活動できるのは、よほど腕が立つか何かしらの事情を抱えたイレギュラーだ。

 ちなみに俺は後者だったりする。何故なら、これからの俺の本業は学業だからだ。

 学生と冒険者で予定を合わせて活動しましょう、なんて言ったら絶対に顔を顰められるに決まっている。

 こっちは週に一、二回しか依頼を受けられないのだから、そんな相手に付き合っていたらロクな稼ぎにならないのは当たり前だ。

 しかもFランクが受けられる依頼なら、報酬金もたかが知れている。


「というわけで、一人で活動するならいつもの手順だよな。『万能眼』カメラモード発動!」


 わざわざ口に出して言わなくても発動はするのだが、どうにも一人旅を始めてから独り言が多くなっている気がする。


 今、俺が発動させた『万能眼』とは左目の義眼が持つ正式名称だ。

 五年前に見つけた、魔力の流れを可視化する能力――俺は魔力調査(スキャン)モードと呼んでいる――をはじめとして、この義眼には様々な能力が内包されている。

 その内の一つが全周囲視界(カメラ)モード。自分自身を中心に、360°を見渡すことができる特殊な視界に切り替えるのだ。

 視界の有効距離は半径約十メートルほどで、前後左右はもちろん上下までも見通すことにより死角が一切存在しなくなる。

 唯一の欠点は、右目は変わらず普通に物を見てしまうので、この状態の時は常に左目だけを開けていないとめちゃくちゃ気持ち悪くなるという点くらいだ。

 王都に着くまでの道のりは、常にこの状態を維持してきた。

 おかげで魔物や獣に不意打ちされることなく、むしろこっちから先手や不意を突いて仕掛けることができた。


 視界の悪い森の中を歩くなら、全周囲視界モードなら安全性が増す。

 耳だけに頼ることなく、藪や樹上で変な動きがあったら目で捕らえることができるのだから。

 そしてもちろん、今回のような採取系の依頼でも発見率が格段に上がる。

 もともと足元や木の根元といった、下を見て歩かなければいけないのだが、普通に前を見て歩いていても見落とすことがなくなるからだ。


「さて、それじゃあどんどん集めていこうか。その前に、アナライズモードも起動してっと」


 解析(アナライズ)モード……こちらは読んで字の如く、目で見て捉えた物の情報を解析してくれる能力である。

 物の名前、効果もろもろ、なんでもわかる旅路の大事な命綱の一つだ。ただし、一目見ただけでなんでもわかるほど万能なものではない。

 こちらは全周囲視界モードより魔力の消耗に振れ幅があり、要するに魔力をたくさん使って注視するほど詳しい情報がわかるという特性を持っている。

 得られる情報の最低限は、自分がそれについてどの程度の知識があるか、ということだ。

 例えば、昔図鑑で見たけど思い出せない物があったとする。

 解析モードで見れば、図鑑に載っていたものと同じ程度の情報が開示されるというわけだ。

 逆に言ってしまえば、全く知らないものを少量の魔力で解析しようとしても、何もわからずじまいになることが多い。

 そして幸いなことに、薬草に関する知識は村にいる時にジェーンさんに叩き込まれている。

 おかげで今回はほとんど魔力を使わずに、目にした薬草の情報が得られるわけだ。


『ロイド草 品質:上質 効能:他の薬草と調合することで、傷薬、咳止め薬、火傷治し、麻痺治しなどの効能を上昇させる珍しい薬草』

『シーウン草 品質:上質 効能:傷薬や体力回復のポーションの原料になる薬草』

『ドーテ草 品質:上質 効能:解毒薬をはじめ、複数の状態以上を回復させる薬の基になる薬草』


 などなど、結構な種類の薬草が見つかった。そして思ったとおり、どの薬草も品質が上質なものばかりだ。

 これが、俺がこの森まで足を運んだもうひとつの理由である。


 瘴気の濃い土地の特徴の一つに、植物や自然の成長促進が著しい、という点がある。

 森であれば太陽の光が差し込みにくいほど鬱蒼と生い茂り、山であれば雲に届くほど巌しく足場の悪い山脈へと、時間を掛けて成長していく。

 そしてそういう土地から採取できる素材は、普通の土地から採取するものよりはるかに品質が上なのだ。

 薬草であれば効能に及ぼす効果が全然違うし、鉱石であれば採掘できる量や質も比べ物にならない。

 天然の素材を必要とする職人からすれば、そういった場所の素材は是が非でも手に入れたいと思うはずだ。しかし当然、瘴気が濃い土地ということは魔物の巣窟でもあるということ。

 だからこそ、冒険者への依頼が定期的に出されているんだろう。


「取り敢えず、目につく薬草を片っ端らから集めたけど……かなりの量になったなあ」


 採取用に渡された袋がパンパンになるほど集めてしまった。

 言っておくが、根こそぎ薬草を引っこ抜いたわけではない。ちゃんと増殖用に残しておいたが、それでもかなりの量が集まったんだ。

 実際、結構見にくい場所に生えている薬草があった。

 視界の悪さに加えて王都からも距離がある、俺と同じような用件がなければわざわざここまで採取に来たりはしないんだろう。


(そして、俺の用件もここからが本番だ)


 袋に詰まった薬草に関心を向けた振りをして、背後にいるゴブリンの様子を観察する。

 数は一、二……三体だ。

 情報通り、その体躯は子供より少し大きいくらいだ。肌は青みを帯びた緑色で、耳と鼻がやけに鋭く尖り、歯並びもまるで鮫のように鋭い。瞳は猫と同じで暗がりでも目が利くのか、瞳孔はアーモンドのように変形し黄土色にぼんやりと光っている。

 醜悪というか、不気味な容貌にゲンナリとするが、すぐに気を引き締めることとなった。

 その理由は、三体のゴブリンが武器を取り出したからだ。

 服は腰に巻いた布切れ一枚だけだったが、腰と布切れの間に挟んでいた短刀を抜き出し、下卑た笑みを浮かべ出す。

 しかもその刃は赤黒く変色し、刃こぼれもひどい。明らかに誰かを殺傷して、そのままほったらかしにしてきた形跡がある凶器だ。


(魔物は初めて倒す相手だし、しかも人っぽい姿もしている。抵抗はあるかと思ったんだが……そんなのたった今吹き飛んだな)


 あれは人を傷つけ、殺すことを愉しんでいる。

 魔物が人間と相容れないという意味が、この時はっきりと実感できた。

 躊躇っていたらこっちが殺される。

 殺られる前に殺るべきだし、見逃してもきっと何時か何処かで、誰かがそいつに殺される。


(だから……こいつらを、ここで殺すことに躊躇いはない!!)


 三体が当時に薮を飛び出すと同時に、腰に下げた剣を抜きながら一番端にいる一体に肉薄する。


「ゲェッ!?」


 驚いたのか、それとも鳴き声だったのか。その判別はつかなかったが、両目を見開いたゴブリンの胴体を真っ二つにし、飛び込んでくる二体を躱して背後に回り込む。


「グゲッ!」「ゲゲギャッ!!」


 やっぱり鳴き声だったのか。カエルの鳴き声をさらに重低音にしたような声を上げながら、ゴブリンは緑色の顔を赤くさせ怒りを露わにしている。

 短刀を振り回し、地団駄を踏んで威嚇してくるのだが……悪いが隙だらけだ。


「《風刃弾(エアロバレット)》」


 空いた手の中で魔法陣を描き、魔法名を口にして発動させる。

 魔法の発動に必要なのは魔法陣と、そこから発現する事象を指す発動キー(名前)。

 今さっき発動させた《風刃弾》は、風を圧縮して球状に変化させ、さらに斬属性を与えることで『切断する弾丸』を作り出すというものだ。

 それを手のひらを突き出すと同時に、地団駄を踏んでいる一体目掛けて集中攻撃した。


「ゲ!? ゲグ……ギャッ!!」


 魔力が続く限り、魔法陣から射出される《風刃弾》がゴブリンの腸をぶち抜き、頭蓋を粉砕した。

 どう見ても最初の数発で即死だったので、連射せずにすぐさま撃つのをやめた。


「さて……お前で最後になったな」


 俺はあえて剣を地面に突き刺し、威圧するようにラスト一体を睥睨した。

 見るからに腰が引けていて、既に戦意は欠片も残っていない。

 もちろん、命乞いされても生かす気はない。

 むしろ倒す時に後味が悪くなるのでやらないでほしいが、ならどうしてわざと相手を見逃すような仕草をしているのかというと、ちゃんと理由がある。


「ギャ……ギャギャァァッ!!」


 ゴブリンは短刀を振り回して俺に襲いかかろうとはせず、近寄るなと言わんばかりに喚き散らしながら藪の中に消えていった。


「……よし。狙い通りだな」


 全周囲視点モードの状態で一点を集中して見ようとすると、その分だけ視力が向上する。

 今ならば100メートル先にある広告のチラシだって、一言一句違えずに読み上げられる自信がある。ジェーンさんが「正しくは千里眼モードだ」と呆れがちに言ってたが、おそらくこれが本来の使い方なんだろう。

 わざとゴブリンを逃がしたわけだが、出発前に受付の人にここの情報を聞いたのだが、少し気にかかる内容があった。

 それは『最近、東の森で依頼をこなす冒険者の数が少なくなっているから、ゴブリンの数が多くなっているかもしれません』というものだった。

 ゴブリンは生殖行動ができる魔物で、しかも繁殖能力が非常に高い。

 まずゴブリンには雄の個体しかいないのだが、相手が雌であれば種族問わずに子を産ませることができるのだとか。それこそ人間だろうが魔物だろうが、動物だろうが見境ないという話だ。

 ゴブリンを間引く頻度が減っていて、ゴブリンの被害も最近は耳にしていないが……もしもこの森で何かを牝を捕獲していたとしたら、数は爆発的に増えていく。

 何より気になったのは、さっきのゴブリンたちが持っていた短刀だ。


「やっぱり……冒険者が扱うような武器じゃないよな」


 殺したゴブリンが持っていた短刀に解析をかけてみると、日用品であると鑑定された。

 刃こぼれがひどく壊れる寸前で満足に物を切ることも難しく、破傷風になりやすいとまで出ている。

 それで、だ……こんな森にどうして冒険者用でもない刃物があるんだ?

 もしも冒険者が旅用に携帯していたのだとすれば、本格的な武器があるはず。短刀の数からしても、少なくとも三人分の武器が。


 冒険者や街の人の被害は出ていない、という話だった。なら、旅人はどうなる?

 アレスガルドにはGPSもなく、町々を繋ぐ街道にも監視カメラ一つもない。

 行商や旅人なんかは、どこで行方不明になったか明確にできないのだ。

 そういった人が、今回この森のゴブリンの餌食になったのかもしれない。

 それを確かめるために、あのゴブリンには巣穴まで案内してもらうために生かしておいた。


「やれやれ……すっかり忘れてたけど、俺って前世は不幸体質だったな」


 まさか最初の冒険者としての活動で、こんな重そうな依頼になるとは想像もしていなかった。


 しかしこの時の俺はまだ、想像力が足りていなかったのだ。


 世界的に見れば比較的安全で平和な日本という国で生きてきた前世と、剣と魔法と魔物のファンタジーな世界アレスガルド。

 不幸を呼び込んだとして、果たしてどっちが重いものになるのかということを。

 そして、今回の一件はまだ軽いほうだということを……。




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