第21話「突然ですが、王都に着きました」
アイワーン学園の受験に間に合う日程で村を出たものの、その道のりは楽ではなかった。
父さんの狩りの手伝いで野営をすることはあったけれど、それを何日も何日も繰り返していくものだから疲労は溜まる一方だった。
夜は夜で寝込みを襲われないよう、寝ながらでも脳の一部は常に起きている状態を保ち、いつでも起きられるようにしていたのであまり休んだ気がしない。
しかし、おかげで目立った危険に遭遇することはなかった。
一応保存食には手をつけず、そこら動植物を使って食事をしていたから食料にも余裕があるし、遭遇した相手もそれほど手強くもなかった。
そんな日々を繰り返し繰り返し過ごして行き、ようやく王都に到着することができた。
「おおー……! お城とか、前世の観光地以外で初めて見たよ……」
友達の付き合いでお城巡りをしていたので、日本の城ならばいくつか見たことがあった。
けれど東洋風と西洋風の違いか、王都アイワーンの城とは全然趣が違う。
城の周りにも町が広がり、その外周部にやはり外敵を阻むためか外壁が囲っている。しかも見たところ、入口となる門は東西南北にあるようだけど、それぞれに人の密集具合が全然違う。
幌馬車などを中心にひっきりなしに人が集中する東門に、少人数ではあるが何人も出入りする南門。そして東門ほどではなくても、馬車などを使わず大勢の人が列を作る西門。
「うーん……取り敢えず、南門に行ってみるか。東門はどう見ても商人とか、馬持ってる人専用って感じだし」
多分、西門の行列が入場待ちの列な気がしないでもないが、並ぶために何か必要になるパターンがあるかもしれない。
並んで順番が来たはいいものの、それがないからもう一度並び直せ! なんてことになったら挫けそうだ。
というわけで、欠伸を噛み殺す二人の門番の前までやってきた。どちらも重装備な鎧を着込んでいて、夏場は暑さでしんどそうである。
「すみません、王都に入りたいんですけどこの門を利用してもいいんですか?」
「うん? 利用目的によるな。王都は初めてか? それとも過去に来たことがあるのか?」
「初めてです」
「なら、東門に並んで身分証を貰いな。登録料は3000マルク(1マルク=約10円)だ。こいつは年会費でな、紛失しなければ一年間は自由に出入りできるようになる」
「ちなみに、更新も東門だ。いま外にいるのは今まで王都の外にいたやつらだが、今頃は中の方でも更新作業でてんやわんやだろうぜ」
「オゥ……」
パッと見ただけで五十人はいる。それが中にも並んでいるって言うんだから、この倍近く待ち時間はかかると見た方がよさそうだ。
携帯電話も腕時計もないから正確な時間はわからないけど、腹時計の具合からしてそろそろ二時くらいだろうか。
これ……門限が何時までかによるけど、宿取れるかな……。
「あの列で待ってたら、今日の宿って取れますか?」
「少年……もしかして、予約もせずに来たのかっ?」
「え……予約なんて出来たんですか?」
「おいおい……一体どこから来たんだ。昨日のうちにひとつ隣の町の宿で、予約便を出してもらえばよかったじゃないか」
なんと、宿から宿に対して予約を取ることができるのか。
初耳だ……いやそれ以前に、村から王都まで一直線に進んできたからどこの町にも立ち寄っていなかったんだが。
そう言った途端、門番二人は顔を引きつらせた。
無知ですみませんねえ……というかこの場合、一度でいいからどこかの宿を利用しておくべきだったんだろうな、疲れを取るためにも。
金を惜しんで、無茶をし続けた俺の失敗だ。
「少年よぉ、お前さんどこから何しに来たんだ? そんな強行軍してまで王都に観光しに来たわけじゃあるまい?」
呆れたように門番が言うが、その目の奥は笑っていない。
それもそうか。普通の人なら宿を使ったり、裕福な人なら馬車に乗ってくる。
そんな経験もなく王都を目指してきそうなのは、ただの田舎者か。はたまた何かしらの事情を抱えた厄介者くらいか。付け加えて言ってしまえば、俺は顔半分を覆い隠す仮面までつけているのだ。怪しむのも無理はない。
なんにせよ、門番の仕事として不審な相手は見極めないといけないだろう。
「受験です。王都のアカデミーに」
「王都のって……おいおいおい少年! ここのアカデミーは貴族専用だ! 北の貴族門の存在も知らず、馬車じゃなくて徒歩で来る貴族なんて聞いたことがないぞ!」
「お金さえあれば受けられるって話を聞きました。なんで、できる限り節約するために歩きで来たんです。これ受験票」
今年の春になって王都から届いた受験票を見せる。
ただの薄っぺらい紙じゃなく、ところどころ金色の模様が施されており、あからさまに貴き人が用意する書面だとひと目でわかる工夫が施されている。正直、受ける前に失くしたらどうしようと気が気じゃなかった。
「うっ……ちょ、ちょっと待ってろ少年」
「それなら先に並んでますんで、確認が取れたら来ますよ」
「いやいい、ここで待ってろ。こいつが本物だって確認が取れたら、わざわざあっちに並ぶ必要はねえ。この受験票そのものが通行証替わりだからな」
「そうなんですか?」
「ついでに言うと受験票も、もし受かった場合は学生証も身分証になるから登録は不要だ。得したな、少年」
「逆に言うと、受験に失敗したらちゃんと払ってから実家に帰れ、ってことですよね?」
「わかってるじゃないか。せいぜい頑張れよ、受験生くん!」
それからしばらくの間もう一人の門番と雑談し、受験票の確認をしてきた門番が戻ってきてから王都に入ることができた。
ついでにその雑談中に王都の中も主だった立地や利用すると便利な店、そして優良そうな宿の候補も教えてもらった。
善は急げというし、小走りになって良物件の宿を上から順に当たってみたが、なんとか三番候補くらいの宿を取ることができた。
幸いなことにまとめて料金を払えば、受験の結果が出るまで部屋を取り続けることも可能だった。
部屋の方は、大きさ的には俺が住んでいた部屋よりは大きく、日当たりが少し悪いせいで汚れて見えるが机もあることだし、他の客の予約が入る前に残った期間も埋めてしまおう。
「さて……なんとか王都に着いたけど、問題は山積みだ」
受験対策については、正直に言えばそこそこに自信がある。復習は必要だけど、今さら猛勉強するほどではない。
問題なのは、生活費についてだ。
「まさかこの宿が食事代抜きだったとは……」
部屋もそこそこ広いのに、宿泊費が安い理由はそれだった。正確に言えば食堂はあるので、食事が必要な場合はその都度お金を出す必要があるのだ。
ついでに言うと、結構うまかった。とはいえそこそこの値段はするし、軽く食べたい時や飯を抜いて行動したい時などを考えれば、食事代が含まれていないのは妥当かもしれない。
だからといって、毎日毎日食べていればお金が尽きる。
食料を残してきたとはいえ、合否の結果が出るまで食いつなげるほどの量はない。つまり……金策が必要なのだ。
本来なら父さんと一緒に登録すべきだったんだが、そんな余裕はなかった。
折角の機会だし、金策がてら行ってみよう。冒険者ギルドへ!
◇
「ようこそ! 冒険者ギルドへ」
明くる朝。朝食をもらってから冒険者ギルドの場所を聞き、早速足を運んでみた。
外観は石造りの三階建ての建物なのだが、入口や内装などは西部劇に出てきそうな酒場に似ている。
丸テーブルがいくつか用意されており、奥のカウンターには正装を着た女性スタッフが何人かいる。
ちょうど入ってきたところに、二階からウエイトレス風の服を着た女性がビールジョッキを運んできていたから、おそらく二階がメインの飲食スペースなんだろう。
「いらっしゃい、ませ。ご依頼ですか?」
受付カウンターと思しき場所まで足を運ぶと、少しだけぎこちなさがにじみ出ていたが挨拶された。
すみませんね、怪しげな仮面をしてて。
「いえ、冒険者登録をしたいんですが」
「かしこまりました。登録するのは初めてですか? よろしければご説明しますが」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
すぐに普段の調子を取り戻したのか、受付嬢さんはスラスラとなれた口調で冒険者ギルドについて説明してくれた。
冒険者はF~Sまでの七段階のランクがあり、各ランクに上がるためには昇級試験や条件が設けられており、それをクリアしなければどれだけ実績があっても上位ランクの冒険者にはなれないそうだ。
また、登録料は無料であり成人していれば何歳からでも登録ができる。その代わりにどれだけ実力や実績があろうと、Fランクからのスタートとなる。
受けられる依頼については、受注式と常駐式の二通りがある。
受注式は文字通り、依頼が張り出されている『依頼掲示板』や自分宛に指名された依頼など、自ら率先して引き受けるタイプの依頼だ。
常駐式は、特定の素材や魔物の討伐などが常に『依頼掲示板』に張り出されているもので、冒険者ギルドからの依頼だ。こちらは早い者勝ちの依頼ではなく、好きな時に依頼の証明品を持ち込んでくれば達成扱いになる。
達成した依頼、不達成になった依頼、討伐した魔物の種類と数、現在の冒険者ランクなどがひと目でわかるよう『冒険者ライセンス』と呼ばれるポケットサイズの手帳とタグが支給される。
これが冒険者としての身分証であり、わざわざ各町で身分証を発行せずとも様々な土地の出入りが自由に行える。
ただし、紛失した場合は当然再発行に金が掛かる。再発行料20000マルク。しかも失くしたこともライセンスに記帳されるため、何度も紛失していれば冒険者としての信頼が下がってしまうので注意が必要だ。
「ご説明は以上になります。その他、施設のことや細かな注意事項等はライセンス帳に記載されていますので、必ず目を通していてください」
そう言って手渡された手帳は、縦書きにした銀行手帳のような形をしていた。
パラパラと捲ってみると、どうやら個人で使用できるメモのスペースはなく、ギルド側からの注意事項や記帳欄がほとんどだった。
「このライセンス帳に名前を書けばいいんですか?」
「いえ、こちらのライセンス帳や冒険者タグはご本人の血液と魔力をいただいて、初めて登録可能となります。こちらの銀の留め金部分に付着させてください」
どうりで受付にカッターサイズの小刀があると思った。これで軽く指を切って血を垂らせということなんだろう。
言われた通りに手帳の留め金と、タグは紐とタグ本体の留め金部分に血を垂らした。
すると血液は水に溶けていくかのように薄まっていき、代わりにタグの表面に文字が浮かび上がってきた。
『レオ=オールド ランクF
所属ギルド 王都アイワーン支部』
「ありがとうございます。これで登録完了になります。もし何か聞きたいことがあれば、その都度受付の者にお尋ねください」
「早速いいですか?」
「実はアカデミーを受験する予定なんですが、アカデミー生になったあとに冒険者活動って出来ますか?」
金策としてすぐに浮かんだのが、この冒険者活動だった。
もちろん、アルバイトするという手も考えてはいるが、アイワーンアカデミーは全寮制で門限も決まっている。
とてもではないが、平日にアルバイトができるとは思えない。
休みの日だけ働くというのなら、月払いのアルバイトよりも即現金で換金してくれる冒険者の方が手っ取り早い。父さんからそうアドバイスをもらっていた。
「もちろんです。アカデミーの生徒手帳は、授業の一環で遠征や討伐に出ることもありますので、冒険者としての登録も並行して行っているんですよ」
「そうなんですか? じゃあ、俺作らなくても良かったのかな」
「確かに入学さえすれば手続きの必要はありませんが、卒業後は生徒手帳は返還することになっています。なので卒業までに改めて冒険者ライセンスに移行しないと、それまでの実績がなくなってしまいますよ」
「なるほど。事前に作っておけば、二つ同時に出せばどっちにも実績を積ませることができるってわけですね」
「そういうことです。もちろん、その後の進路に冒険者業を考えていないのであれば、不要ではありますけど」
「わかりました、どうもありがとうございます」
お礼を言って受付から離れ、依頼掲示板と呼ばれているコルクボードの前へ……行く前に、一人掛けのカウンター席に座ってライセンス帳に目を通そう。
これがゲームの説明書とかだったら軽く読み飛ばしてすぐに依頼に取り掛かっても良かったんだけど、あいにくとこれは現実の話。
言ってしまえば免許証や保険証の注意書きみたいなものだ。読まずにいておいて、後で知らなかったと文句を言っても許されるはずがない。
そんなわけで、軽くドリンク類を注文してライセンス帳を熟読する。とは言っても、もともとページ数はあまりなく大半はこのライセンス帳所持者がどんな実績を持っているのかを記入する項目ばかりだった。
そして要約すると、冒険者として気をつけるべき点は次のとおりだ。
・冒険者の装備、費用、経費については完全に自腹。
・冒険者御用達の店舗ではランクに応じた販売額の値引き、買取額の増額が適用される。
・緊急依頼、指名依頼が発生した場合、公的理由がない限りは原則として受注しなければならない。
断った場合、一ヶ月~一年間の冒険者活動の停止。
・受注式依頼の達成に失敗した場合、違約金として達成資金の三割を負担すること。
・受注式依頼の達成証明のため際に、必ず依頼人から評価をライセンス帳に記入してもらうこと。
依頼人からの記帳がない場合、依頼不達成となる。
・冒険者同士、あるいは堅気の人間に対する暴力行為、および殺しは御法度。違反した場合は厳しい罰則。
・冒険者タグ、およびライセンス帳を紛失した場合、再発行するまで冒険者活動は無期限停止。
再発行料は一つにつき20000マルク。
(…………かなり重要なことが書かれてるな)
これは読まなかったら絶対に後悔していたな。
特に依頼関連で失敗した時の罰則の多さには、ゲンナリするほどだ。
前世の頃に読んでいた小説のような、粗野で乱暴者な冒険者にはおよそ勤まらないだろう。
ある程度の教養や礼儀作法がなければ、とてもではないがやっていけそうにない。
だが、よくよく考えればアレスガルドではアカデミーという、義務教育に近い環境があった。
さっきの受付の人の話からするに、受注依頼と似た手続きを授業の一環で行うようだし、そこで経験を積んでいればよほどのことがない限り難のある冒険者は出てこないんだろう。
何はともあれ、一番危惧していたアカデミー生と冒険者の兼業は許されるようだし、受かったあとの生活費の目処も立ちそうだ。
早速なにか依頼を受けてみよう。




