第20話「突然ですが、旅立ちの日が来ました」
今回から第二章です。
今回からしばらく妹のマオの出番が減ります。すまぬ、すまぬ。
春が来て、夏を過ごして秋を迎え、寒い冬を乗り越えると、また春がやってくる。
剣を振るって、勉強をして、魔法を叩き込まれて血反吐を吐いて、そうして季節をいくつも過ぎて誕生日を祝ってもらい、ついに俺は15歳となった。
身長もかなり伸びて鍛錬のおかげか体つきもガッシリとし、父さんほどではないが細身ながらも筋肉のついた体型へと成長していた。
体の傷もほとんど癒えてはいるが、やはり左目と胸には爪痕状の傷と火傷が残ってしまった。
そして15歳になった年の次の春、俺はアイワーン学園に入学する――――――その前に、受験をしなければならない。
「えっと……旅の支度はOK、受験票も持った。忘れ物はないよな」
指差しながら持ち物に漏れがないか確認する。一度出発してしまえば、簡単には戻ってこられないからな。
なにせ片道で五日ほど掛かる道のりを、徒歩で行かなければならないのだ。
馬車の移動速度がどんなものかはわからないが、倍以上の時間はかかると見積もっていたほうが良さそうだ。
行商の人に相乗りさせてもらおうかとも考えたが、残念なことに受験日と噛み合う日程がなかった。
ひと月ほど前に出発すれば馬車には乗れたのだが、その間の滞在費が嵩むことを考えると歩いた方がマシだなと判断した。
そんなわけで、いよいよ出立の日がやってきた。
合否の結果は一週間以内に張り出されることになっているので、合格すればそのままアカデミーに入学することになる。
アイワーン学園は全寮制であるため、合格していればこの部屋に帰ってくるのは三年後というわけだ。
さすがに十年以上暮らしていただけあって、部屋には愛着がある。
持っていける私物も旅路を考えれば最低限になってしまい、ほとんど自分の部屋そのままになっている。それだけに、余計に名残惜しかった。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。荷物の詰まったバックを背負い、家を出た。
「「レオ! 頑張ってこいよ!!」」
家を出た途端、大声でそんな激励を受けた。
父さん、母さんを始め顔見知りの村民たちが口々に「お前なら行ける!」「がんばれ!」「王都の受験生に負けるなよ!」と気合を入れてくれた。
しかもいつの間に作っていたのか、『レオ ファイトだ!』と書かれた横断幕まで広げている。
「レオ。お前が頑張ってたのは村のみんなが知ってるからな!」
「あれだけ勉強してたんだ、お前なら絶対に受かる!」
「帰ってくる時には王都のお土産忘れんなよ!」
「どうせなら王都でお嫁さんでも連れ帰ってきちゃえ!」
「ついでにいい男も紹介して!」
激励というかヤジというか煩悩というか、とにかく温かな言葉をたくさんかけてもらえた。
俺としては子供の頃から勉強してたり、近所付き合いもあまり多くなく、こんなにも大勢の人たちが見送りに来てくれるとは思っていなかったので、思わず涙腺が緩み涙が溢れそうになった。
「レオ……感激するにはまだ早いぞ」
応援団をかき分けてやってきた父さんは、そう言って俺にひと振りの剣を差し出した。
今まで訓練で使っていた木剣じゃない。父さんが使っていた大剣でもない。
手に取ってみるとずっしりと重たいが、不思議と手に馴染む。
鞘から抜いてみる。全容は古代ローマで使われていたグラディウスによく似ているが、刃渡りはだいたい日本刀と同じくらいの長さだろうか。
柄も同じくらいに長いためにとても重そうなのだが、使っている金属の問題なのか日本刀よりやや軽い程度だった。
「持っていけ! 父さんからの餞別だ」
「ど、どうしたの、この剣……?」
「お前と訓練してる時、入学前に剣くらい与えてやりたいと思っててな。近くにお前の使いやすそうな得物がなかったから、せっかくなんでオーダーメイドしてみた」
「オーダーメイドって……い、いくらしたのさ!? 今すぐは無理でも、ちゃんと返すよ」
「安心しろ! 最近冒険者として復帰してな、こいつは俺の財布から出したんだ。家計には影響でないから、余計なことは考えずに受け取れ!」
「いや、でも……嬉しいんだけど、こんな凄そうなもの渡されると……」
「ふむ……それなら、機会があれば父さんと一緒に冒険者として依頼を受けないか?」
「父さんと?」
「ああ! そこでお前がどれほどこの剣を使いこなせるようになったか、お前の成長を見せてくれ! それがお前の親孝行だ。どうだ?」
一から剣を作ったんだ、決して安くはなかったはずなのに……父さんはいつものようにニカッと笑ってみせた。
まったく……本当にこの人には敵わないな。
ここ数年の訓練では一度も土をつけることはできなかったし、人間としても器の大きさが違う。
「わかった。王都に着いたら、まずは冒険者になる。それでアカデミーを卒業したら、父さんと一緒に依頼を受ける」
「おう! 約束だぞ?」
「父さんをガッカリさせない程度には強くなってみせるよ」
「どうせなら目一杯喜ばせてくれ、我が息子よ!」
差し出された手にがっしりと握り返す。
ゴツゴツとした手のひらは、まさに体を鍛え、体を張って家庭を守ってきた男の手だった。
前世の俺も家庭を持っていたが、道半ばで最後まで守っていくことはできなかった。
最初の人生ではあまり深く考えていなかったが、一度大人になった今だからこそわかる。この人は人生の目標にすべき、尊敬できる人だと。
俺も父さんのように家庭を守れるような男に成長しよう。
多分、それが一番の親孝行になるはずだ。
「さあ、お前を送り出したいのは俺で終わりじゃないぞ」
そう言って父さんが譲るように体を引くと、次に現れたのはジェーンさんだった。
俺の義眼には翡翠色の髪と瑠璃色の瞳を持った絶世の美女……もといエルフに見えるが、他の人たちには年老いた老婆にしか見えていない。
「教えるからには徹底するとは言ったが……やっぱり五年って月日は短くていけない。お前さんに教え込みたいことは腐るほどあるってのに、これっぽっちしか教えられなかったんだからねえ」
「…………………………あれで?」
ジェーンさんは人差し指と親指で、小石大ほどの大きさの輪を作ってみせた。
朝は父さんと訓練、それ以外の時間はもっぱら勉強と魔法の訓練だった。
寝る間も惜しまずというか、寝ながらでも訓練できるということを実証してしまったがために、文字通り四六時中訓練することになってしまった。
だっていうのに、まだ足りないっていうのか。はっきり言ってドン引きです。
「魔法ってのは、まさに深淵みたいなもんでね底なんてないのさ。突き詰めれば突き詰めるだけ、終わりが見えなくなる。人間一人分の一生で追求できる領域なんて、タカが知れてるんだよ」
「ばあさん、あんた一体いくつだ……ぶげらっ!」
余計なことを言った父さんが、額に魔力の塊を叩きつけられて仰け反った。
自分が食らったら悶絶必至の痛さなんだが、あの筋肉の鎧は伊達じゃないということか。
「だがまあ、そんじょそこらの魔法使いには負けない程度には叩き込んでやったつもりだ。これで満足な結果が出せなかったら、それはあんたの努力不足ってことだ」
「実力じゃなくて、努力ですか?」
「言ったろ? そこらの魔法使い(人間)には負けないように仕込んだって。それでも躓くようなことがあったら、それはあんたが目の前の問題に対して対処の仕方を、解釈の仕方を、解決の仕方を誤った……つまり、なんとかしようっていう努力が足りなかったってことさ」
「だから、精一杯努力しな。たとえ何者が相手でも全力で挑みさえすれば、アカデミーの三年間なんてあっという間に乗り切れちまうさ」
ジェーンさんは口端を吊り上げ、力強く肩を小突いた。
絶世の美女と呼んでも遜色ないほど美しいエルフなのに、彼女の態度や仕草はひどく少年っぽい。深窓の令嬢というよりも、ご近所の良い姉貴分と言えばいいんだろうか。
そんな彼女に師事した、勉強を見てもらった毎日は、はっきり言って地獄の猛特訓なんて言葉が生易しいと思えるくらい濃密で、過密で、過酷なものだった。
それでも諦めないで受け続けられたのは、ひとえに彼女の性格によるものだった。
常日頃から明るく朗らかで、厳しくもあるが優しさや気遣いも持っている、そんなたくさんの顔を持っている女性だった。
この人じゃなかったら、今日まで頑張ってこれなかっただろう。だから、俺は深々と礼をした。
「肝に銘じておきます、師匠!」
「いい返事だ。それじゃ、ついでにこれを受け取っときな」
そう言って手渡されたのは、不思議な質感を持つ仮面だった。
ハロウィンで見かけるようなシンプルかつホラーテイストな仮面だが、どういうわけか二つに割れているみたいだ。俺に手渡してきたのは左半分しかない。
「あの……これは?」
訝しがる俺にそっと顔を近づけ、ジェーンさんが耳元でヒソヒソ声で教えてくれる。
「こいつはアンタの内にある精霊の気配を抑えてくれる優れものさ。アンタが"アレ"を使ってもバレないお手製だよ。餞別さ、持って行きな」
ジェーンさんは小さくウインクし「倉庫に眠ってた古いもんだけどね」と笑った。
いくらなんでも、それが嘘であることくらいわかる。
こんな今の自分にお誂え向きなものが、今日になってようやく見つかるなんて出来すぎだ。
魔法具を作れるジェーンさんが、この旅立ちの日に合わせて作ってくれたものだ。
照れ隠しでそう言ったんだろうが、五年も付き合っていれば彼女の性格もわかってくる。
「……どうです? 似合います?」
早速付けてみたが、サイズは完全にぴったりだった。むしろ顔に合わせた瞬間、仮面の方が顔の大きさに合わせて微調整された感があった。
しかも不思議なことに、顔につけているという感触がほとんどしない。
さすがに触れれば肌ではなく仮面の感触があるが、視界も塞がず口にも当たらず、まったく邪魔にならなかった。
「う~む……夏場の夜にはあまり見たくない容貌だね」
「じ、自分で作っておいて……!!」
「仮面の麗人を気取るには、まだまだ男前が足りないってことさ。これから、しっかり磨くことだね」
「…………はいっ」
釈然としなかったが、この仮面が似合うように男を磨けと言われたんだし、目標の一つに加えておこう。
大切な訓戒と御手製の餞別も頂いたことだし、この人の顔に泥を塗るような真似はしないようにしなくては。
「――――――……兄様」
最後に、母さんが一人の女の子を連れてきた。
五年前はまだ小さな女の子だったのに、十歳になった彼女はあどけなさの中に大人の色香を漂わせる、美しい少女に成長していた。
「マオちゃん……悲しいと思うけど、ちゃんとレオちゃんを送り出してあげましょうね」
そう言って、母さんはマオの肩を押した。
彼女もまた俺より少し遅れて、家を出ることになっている。今年から修道院に入るため、今まで腰に届くほど長く伸ばしていた髪をバッサリと切り、肩口にふわりと広がるように切り揃えていた。
今まで炎のようだと思っていた髪だが、短くしたことでまた印象が変わった。
前髪もダークブルーの瞳がよく見えるようにカットされ、年相応以上の美人さが際立っている。
「マオ……それじゃあ、行ってくるよ」
「兄、様……どうか、お気をつけて」
ぎ、ぎこちない……いや、その理由はわかっているんだ。わかっているんだが、どうしようもない。
マオはとうとう10歳になり、長い旅路にも耐えられる年頃になったと判断された。
そして彼女が入る修道院は、聖女候補生になるまで外に出ることができないのだ。
俺は三年間を過ごせば村に帰ってくることができるが、マオはそうではない。
明確な終わりの時期が定められていない以上、一年で帰ってこれるかもしれないし、十年経たないと無理かもしれない。
悪いものの見方をすれば、これが俺とマオの今生の別れかもしれないんだ。
そう考えると、今までのように言葉が出てこないのも無理はない。
(……だけど、このままお別れをするようじゃあ、マオの兄として情けなさすぎるよな)
俯きそうになるマオの肩に手を添え、「マオ!」と力強く名前を呼んだ。
どこか迷うような素振りをしながらも、ゆっくりとマオは俺の方を見た。そんな彼女に向かって……
「どうだ! 似合うか?」
わざとらしく、仮面と同じような笑みを浮かべてみせた。
「プッ……――――――!」
不意を突かれたのか、マオだけでなく周囲の人たちも吹き出していた。
一番笑っているのが、笑わせたかったマオではなく、仮面を渡した当人だっていうのは失礼じゃないか?
「まったく……兄様は昔から変わらないのだな。マオを元気づけるために、変にからかうのだから……」
笑いすぎたのか、昔を懐かしんでいるのか、マオの目尻には涙が浮かんでいた。しかし、その表情にはさっきと比べて重さが抜け落ちていた。
うん、これでいい。しんみりとするより、声を上げて笑うくらいの空気が、俺たちにはちょうどいい。
だってこれが、俺たち兄弟が作り上げてきた絆なんだから。
「マオ、行ってくるよ。お土産は何がいい?」
「……そう、だな……珍しいものがいいのだ。食べ物ではなく、アクセサリーなんかがいいのだ」
「アクセサリーか……マオもそういうのに興味を持つ年頃なんだな」
「兄様のセンスが問われるのだぞ。なにせ私は成長期だ。そんな私に合ったアクセサリーを探すのは大変だと思うのだぞ?」
…………和やかな雰囲気を出すためにお土産を聞いたのだが、予想以上に高いハードルを仕掛けられてしまった。
そりゃそうだ、10歳って言ったら二次成長期が始まる頃じゃないか。
ただでさえ可愛らしいというより美人なマオがどんな成長をするのか楽しみであり、そんなマオに似合うお土産を選ぶ栄誉を手にしたのだ。
嬉しいと思う反面、プレッシャーが半端ではないことに……。
「ま、任せておけマオ! 兄ちゃんがお前にピッタリな物を選んでおいてやるからな!」
「わかった。楽しみにしているのだ」
「兄様がくれるお土産を楽しみに、マオも聖女になれるように頑張るのだ」
「マオ…………」
「兄様はきっと特待生で入学するのだ。それなら、妹である私が高みを目指さないなんてありえないのだ! だから……待っていてください、兄様。きっとマオは帰ってきますのだ」
マオは浮かべた涙を拭うことなく、ダークブルーの瞳を大きく見開いて、じっと俺を見つめていた。
その瞳には悲壮感も諦観もなく、俺とマオ自身の未来を信じている力強い意志の色を宿している。
俺ならできると、私なら聖女になれると、欠片も疑っていなかった。
これは一時の別れだから、悲しまずに胸を張って送り出そうと前を向くマオが、ひどく眩しく映った。
「わかった……約束だ。俺は特待生で入って、アカデミーを卒業する。だからマオも、立派な聖女になった姿を俺に見せてくれ」
「もちろんなのだ!」
それが過酷な道なのは知っている。
どちらも簡単ではなく、道のりは険しく血反吐を吐くほどの努力が必要なことも十分わかっているつもりだ。
それでも、マオは頑張ると決めたのだ。だったら兄である自分が、それに答えてあげなくてどうする。
兄である自分が……マオを信じて送り出してあげなくて、どうするというんだ。
だから、俺とマオは指切りをする。お互い、立派になってまた会おうね、と。
はじめの頃は何を意味するのかわからず首を傾げていたマオだったが、今ではどんな些細なことでも約束をする時は必ず指切りをするようになった。
「「♪指きりげんまん、ウソついたらハリセンボンのます 指切った」」
「約束なのだぞ、兄様」
「ああ、約束だ。マオ」
そう言ってマオは俺に抱きつき、俺もマオの華奢な体を力いっぱい抱きしめた。
決して短くはないお別れ。でも、この約束を胸に、俺たちはきっと頑張っていける。
だからマオ、父さん、母さん、村のみんな……行ってきます!




