第19話「突然ですが、魔力を視ます」
父さんとの訓練が終わり、ボッコボコにされた俺は一休みしてからジェーンさんの家に向かっていた。
最後に診察された日に、今日の夕刻に義眼がどのくらい使えているか審査すると、そう言われていたからだ。
それなりに使えているとは思うがかなり緊張する。なにせ、この義眼を作ったのはジェーンさんだ。
性能は彼女が一番よくわかっているだろうし、俺がもし誤魔化したり嘘ついたりしても、すぐにバレる。
正直に試験を受けるしかないのはわかっている。わかってはいるんだが、合格ラインがわからない試験ほど胃が痛くなる話はない。
「ええい、うじうじ考えていても仕方がない! 当たって砕けろだ、たのもー!」
頭を振ってドアをノックした。奥からは以前のように、「そんな大声出さなくても聞こえてるから入んな!」と年取った方のジェーンさんの声が聞こえてきた。
「お邪魔します……あれ?」
中に入ったところで、カウンターに居るジェーンさんの姿を見つけたのだが、不思議なことに彼女は若いエルフの方の姿をしていた。
さっき聞こえてきた声は老婆の方だったのに、どうして今は本来の姿なんだろう。
「どうかしたかい?」
「いやその……店の外から聞こえてきた声はお婆さんの声だったのに、どうして今はわざわざ元の姿に戻ったのかなあ、と」
「ふむ。一応そこまでは義眼を使えているようだね」
ニタリと音が聞こえそうな、ねっとりとした笑みを浮かべられた。
おっと、まさか試験はもう始まっていたのだろうか。
「さて。とりあえずいくつか質問をするから、それに正直に答えてみな」
「もし嘘をついたら?」
「あたしの目は嘘が吐いたらわかる特別製だ。て言ったら信じるかい?」
「少なくとも、絶対にないとは言い切れないと思ってます。わかりました、嘘つきません」
マオに魔力の使い方を教わってから、この義眼にはいろいろな機能があることがわかった。
こんな義眼を作れるような人だ、嘘発見器に似た魔法を使えても不思議じゃない。
「それじゃ早速聞いていこうか。あたしの魔力の色は何色だ?」
「……黄色」
「あんたの妹の色は?」
「赤」
「ふむ……それじゃ、あんたの両親は?」
「父さんが赤。母さんが青」
しばらくの間、ジェーンさんが上げる人の名前の魔力の色を答えていった。
彼女が挙げる人は、俺が何度も会ったことがある人たちばっかりだから答えるのに時間は要らなかった。
「それじゃ、あんたの色は何色だい?」
しかし、ここで初めて俺は即答できなかった。
何故ならば、ジェーンさんの質問はひどく曖昧だから。
「それは……『今の俺』の色? それとも『昔の俺』の色? それに『俺だけの色』でいいの?」
「ほう――――――…………いいだろう、全部答えてみな」
俺が返した質問に、ジェーンさんは愉しげに笑みを浮かべてそう切り返してきた。
マオから魔力制御の訓練を受けたことで、俺は起きている時も自分の魔力を感覚で捉え、目で見ることができるようになった。
そのおかげで義眼にも魔力を流し、今では自然に動かすことが出来る。
しかし、魔力を通して初めてこの義眼がいくつかの特殊な機能を備えている。
その一つが『魔力の流れを可視化する』機能だ。
本来であれば、魔力の制御ができるようになっても、目で見て捉えられるのは自分の分だけだ。
他人の魔力は日常的には感知できず、注意深く探ったり魔法を使っている時でないと、気配を掴むことができない。
それでもあくまで気配を探れるだけであって、目で見ることはできない。
ジェーンさんが作った義眼は、その魔力を視覚情報として捕らえることができる。
魔法を使っていてもいなくても関係ない。体内に秘めている魔力量を目で推し量ることができるのだ。
ただその時、義眼に映る魔力は色を帯びている。
その色はジェーンさんに答えたように赤、青、黄色の三色だった。
他に色はないのかと気になって村中を歩き回ってみたところ、この三色以外の色を持つ人はいなかった。
しかし、その唯一の例外が俺である。
「今の俺の魔力は『紫色』。以前は多分、青じゃないのかな」
「どうしてそう思うんだい?」
「マオの魔力が赤だったから。赤い色と青い色が混ざると紫になる。俺に治療してくれた時、その場にマオがいたはず……ジェーンさんだけじゃなく、マオも俺に魔力をくれてたんですね」
正解、とジェーンさんは笑った。
義眼で俺を見た時、俺の魔力だけが三原色ではなく紫色だった。
例の三色と紫の関係性を考えたところ、かつてジェーンさんに治療を受けた時に魔力の譲渡をされたことを思い出した。
ジェーンさんほどの人が魔力を移す時に、混ざってしまうようなミスをするとは思えなかった。
それに黄色と赤を混ぜて変化するような色合いでもなかったし、おそらくは責任を感じていたマオが一緒に魔力を受け渡してくれたんだろう。
俺の魔力が一気に増えた理由の一つが、これだ。
自分の魔力だけでなく、マオの魔力も取り込んでしまっているせいでジェーンさんの魔法を見破れるほどの大きさになったんだろう。
「ああ、あんたの言うとおりだよ。お前さんの中には兄弟二人分の魔力が宿っている。本来ならあたしのと同様、妹の分もあんたの体を治すために使い切るはずだったんだが……かなり大量に込めたんだろうね。怪我が治ってなお魔力が残っちまったのさ」
「でも、それだけが俺の魔力量が増えた理由じゃないでしょ?」
「ほう……その口振りだと、まだ何かあるみたいだね? いいよ。言ってごらん」
「精霊の魔力も残っているからだ」
マオの指導の下、俺は毎晩毎晩自分の魔力を感じ取る訓練をしていた。ところがある日、奇妙なことに勘づいたのだ。
俺は心臓あたりに魂があり、そこから吸い上げるイメージで魔力を全身に行き渡らせていた。
しかしどうしても魔力が流れていかない部分があった。
それが、精霊に傷を負わされた顔や胸だった。傷は感知していないものの、触れれば感覚があり体の一部としては何の問題もないのに、魔力を流そうとすると分厚い壁に阻まれたようにうまくいかなくなるのだ。
一度気になってマオに聞いてみたところ、ひどく答えにくそうだったが教えてくれた。
『それは精霊の魔力の残滓が、兄様の体に残っているせいなのだ。特に目の当たりと胸のあたりに多く残っていて、だからそこだけ傷の治りが悪いのだ……魔力が残っている限り、完治もしないはずなのだ』
精霊とは言ってしまえば、自然界に宿る魔力が象ったもの。
炎の獣のような精霊は、いわば実体を持った炎の魔力の塊だった。
だから精霊が現れれば同じ属性が活性化されたり、反発する属性が相手であれば沈静化する。
そして一度牙を向かれれば、肉体はもちろん魂まで傷を負うことになるわけだ。
そして、その時に負わされた傷が魔力となって体の内側に溜まっている。もしかすると、これが精霊の気配になっているのかもしれない。
義眼を使って見たところ、マオの言うように傷痕と同じ位置に俺のものではない魔力の色が見えた。非常に濃い赤……紅紫色とでも言えばいいのか、体全体に比べればかなり小さいはずなのに、感じられる魔力量は俺を遥かに上回っていた。
「こいつは驚きだ。まさかそこまで勘づいているとはね」
「兄よりも優秀な妹が訓練に付き合ってくれたましたからね」
「へえ……あの嬢ちゃんが随分と丸くなったもんだ」
「それで、俺は合格なんですか?」
固唾を飲んでジェーンさんの返事を待った。
彼女は新しく淹れた紅茶をじっくりを味わいながら、俺の視線を受け止め続けると……やがてひどく面倒くさそうにため息をついた。
「厳し目に見たとしても、八十点ってところか。まあいいだろう」
「っ、ありがとうございます!」
「ただし!」
ビシッと手のひらを突き出し、待ったをかけられた。そして人差し指と薬指だけを立てて握り込んだ。
「約束事が二つある。ひとつは当然、あたしから師事を受けたこと……は別にいいとして、あたしの事情については他言無用だ」
「それは最初から約束してあるから大丈夫です」
「それもそうだったね。んじゃあ最後に……」
何度目だろうか、ジェーンさんが愉しげに口元を歪めてみせた。
綺麗な三日月を描いて笑う、思わず見とれてしまいそうな形の良い笑顔なのに……ゾッと背筋が寒くなった。
「やるからには中途半端は無しだ。アカデミーに特待生で入るといった以上、それ以外の結果は認めない。
魔法を覚えたいってんなら、あたし並み……はさすがに言いすぎだが、一流の知識と技術を覚えてもらう。覚悟は当然出来てんだろうね?」
もしかして……師事を受ける相手を選ぶの、早まっただろうか? そう思わせる程に、ジェーンさんの笑みは凶暴性を秘めていた。
これから、地獄の特訓の日々が始まることになってしまった。
第一章はここまでになります。
次の章からようやく戦闘描写が入るようになります。
そのまえに番外編を数話差し込みますので、もう少々お待ちを。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




